第8話 ありもしないことで咎められても困ります
どうして癒し手であることを、私が秘密にしていたのかなんて簡単なことよ。
癒し手は崇められる存在じゃないわ。
王太子妃殿下は五百年に一度の癒し手で聖女と呼ばれていらっしゃるけど、それと比べたら私なんて足元にも及ばない。
五十年どころか、百年に一度の癒し手程度で偉そうな顔をするなんて、恥ずかしいことこの上ないことなの。だから、学園では黙っていたのよ。
フェリクス様は私が癒し手であることを、どうして忘れられていたのかしら。
この力をもって生涯オーランド領に尽くすと誓ったのに。八年も前の婚約の日など、簡単に忘れてしまうものなのね。
ほんの少し寂しい気持ちでフェリクス様を見ていると、お父様が私に声をかけてきた。
「リリーステラ。お前は、ダイアナを虐めていたのか」
「全く、身に覚えがございません。家名に恥じぬよう、日々を過ごしておりました」
静かに答える私に、フェリクス様が縋るような眼差しを向けたけど、それに応えることはもう出来ないわ。
「そんなのは、口から出まかせよ! 私のことを、卑しい男爵家の娘だって言ってたわ!」
「身に覚えがありません。そもそも、私があなたを虐げたという話に、証人はいないのですよね?」
「そ、それは……それなら、先月、フェリクス様以外の男性と買い物に行ったのはどう説明するの? あなたこそ、婚約者にあるまじき行為をされているんじゃなくて!?」
「……リリーステラ嬢、それは、本当なのか? 私に黙って、他の男と会っていたのか?」
「身に覚えがありません」
「言い逃れなんてしないで、潔く認めなさい!」
突然、話題を変えてきたダイアナは、どこか得意げな笑みを浮かべている。
上手いこと言い返したと思っているのでしょう。その横でフェリクス様はショックを受けているのも奇妙な話だわ。
不誠実なことをした二人が、私のありもしない不貞を咎めている。考えれば考えるほど、何て滑稽なのかしら。
黙っていると、私が回答に困って言い訳を考えているとでも思ったのか、ダイアナは余裕の笑みを向けてきた。
本当に、身に覚えがないのだもの、そう言うしかないじゃない。
「旦那様、お嬢様、よろしいでしょうか」
「アルフレッド?」
後ろに控えていたアルフレッドは、お父様に頭を下げた。
「何か、思い当たることがあるのか?」
「おそらく、花祭りの前日ことだと思います」
「そうよ! 銀髪の男と一緒に装飾店に入っていくのを見たわ!」
ほらねと言うように、自慢げな笑みを浮かべたダイアナだけど、アルフレッドは表情一つ変えずに話を続けた。
「スカーレット様へのお誕生日プレゼントを探しに街へ行かれた日です」
「お姉様の誕生日プレゼント……確かに、あの日はご一緒できるご令嬢の方がいなかったわ」
「はい。ですが、祭りの前日で人も多いので、私が同行させて頂きました。以上です」
淡々と報告を終えたアルフレッドは、青みがかった銀髪を揺らして頭を下げた。
つまり、ダイアナは私とアルフレッドを見て、勘違いをしたということね。顔を見なかったのかしら。
アルフレッドの報告にフェリクス様が小さくほっと息をつき、ダイアナの顔が真っ赤になった。
「お父様。私はウォード家の娘として、恥じるような振る舞いをしておりません」
「分かっておる。フェリクス、他に言うことはないか?」
論じるのもバカらしいとばかりに、お父様はフェリクス様に声をかけた。もう、ダイアナには興味すらないのでしょうね。
「わ、私は……ダイアナを愛しています。不貞を働いたことは認めます。ですが、真実の愛に目覚めたのです!」
「真実の愛か」
「リリーステラ嬢を悲しませることは承知でした。ですが、私はこの愛を貫きたいのです」
「私もです、フェリクス様!」
お父様の目が細められ、口元が僅かに上がった。これは、絶対に怒ってらっしゃるわ。だけど、フェリクス様とダイアナは見つめ合って、二人で頑張ろうなどと言い合っている。
それにしても、今まで私を責める言葉は何だったの。私は何を見せられているのだろう。
寒々しい気持ちになりながら、私は小さく息を吐いた。
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