第7話 周りが見えていなかったのは、私も同じようです
私の姿を見るなり、オーランド伯爵様は謝罪を口にしてきたけど、私は静かに席に着いた。
「リリーステラ様、この度は我が愚息がとんだ失礼を──」
「オーランド卿の誠実さを私も知っているが、ご子息は違うようだ。どうみても謝る態度ではありませんな」
伯爵様の言葉を遮ったお父様の厳しい視線は、フェリクス様に向けられた。
こともあろうことか、彼は横にいるダイアナと手を握って椅子に座ろうとしているのだ。御父上である伯爵様が頭を下げていらっしゃると言うのに。
フェリクス様は、こんなにも周囲が見えない浅はかな方だったかしら。出会った頃は、もっと聡明で、オーランド領をより豊かなものにするつもりだと語っていらっしゃったのに。
ダイアナは私を見ると、何故か勝ち誇った顔をしている。
何を考えているのか、さっぱり分からないわ。
「ウォード侯爵様、弁解のお時間をください!」
「……弁解?」
「フェリクス、話が違うだろう! きちんと謝罪をする約束だっただろう!」
「オーランド卿、少し黙っていてくれないか」
お父様の声が低く響いた。
お顔を正面から見ることは出来ないけど、この声は、間違いなく怒ってらっしゃるわ。
お可哀想に、伯爵様は顔を青ざめさせて頭を抱えてしまわれたわ。
不誠実なことを働いた人へ容赦のないことで、お父様は社交界で有名だもの。伯爵様としては、謝罪をしてフェリクス様とダイアナを引き離すことで、穏便に終わらせるつもりだったのでしょうね。
当人たちは、そんなつもりなかったようですが。
「お前は、婚約を破棄する理由が、その不貞以外にもあるというのか」
「はい。まず、ご理解いただきたいことはダイアナが
突然、何を言い出すのだろうか。
身に覚えもないことを突きつけられ、私は一瞬、息をすることを忘れて動きを止めた。
「証人はいるのか?」
「おりません。ですが、五十年に一度と言われる癒し手のダイアナが、嘘をつくはずがありません!」
どうやら、五十年に一度の癒し手という肩書が、フェリクス様にとって重要なみたいね。
確かにダイアナはとても強い回復魔法を使える。
だけど、所詮は五十年に一度なのよ。それを、あたかも奇跡のように演出する姿を、一部のご令嬢は冷やかに見ていたわ。
思い出せば、彼女たちに何度か、お付き合いする方を選びなさいと助言をいただいたこともあった。だけど、私はフェリクス様の言葉を信じてしまったのよね。ダイアナは誤解されやすいだけだなんて言葉を、私はどうして真に受けたのでしょう。
ご令嬢の皆さんの言葉を信じるべきだったんだわ。
フェリクス様は、ダイアナを信じ切って周りが見えていないようだけど、私も、同じように周りが見えていなかったのね。
五十年に一度という肩書をもって、格上のご令嬢と対等であるように振舞うダイアナの滑稽な姿を思い出し、思わず小さなため息をついてしまった。すると、お父様はわざとらしいほどの笑い声をあげた。
「五十年か! それはいい!」
「ウォード侯爵様! 私のことを信じてくださいますのね。人目に触れないところで、リリーステラは──」
「黙れ! お前ごとき小娘が、我が娘を気安く呼ぶなど、許されると思うな!」
大笑いから一転、お父様は地獄の悪魔も震えそうなほどの怒声を上げた。
ダイアナは本当に物事を見る目がないようね。
お父様は、貴女が癒し手であることを喜んで笑ったのではなく、その滑稽さに笑ったというのに。
「我が娘は、百年に一度の癒し手だ。癒し手が嘘をつかないというのが道理であれば、我が娘も嘘をつくことはない」
フェリクス様の顔が引きつり、青褪めたダイアナが私を見た。
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