第6話 婚約解消まで秒読み開始……?

「お嬢様にはまだご報告していませんでしたが、私は、お嬢様が学園を卒業する時期に合わせ、祖母の元へ行くことが決まっています」

「お祖母様……クラレンス辺境伯夫人?」

「はい。祖母には跡継ぎがいませんので、以前より養子になることが決まっていました」

「で、でも、アルフレッドはバークレー子爵の長男……お家はどうなるの?」

「弟がいますので、問題ありません……このような時に、バークレー家のことはお考えにならずとも良いのですよ、お嬢様」


 アルフレッドは、私の手にハンカチを握らせると優しく微笑んだ。

 待って。

 つまり、私がフェリクス様に嫁いでも、そうじゃなくても、アルフレッドがいなくなるってこと?


「クラレンス辺境伯……跡継ぎとなるなら爵位は申し分なくなるが、確かに、嫁ぐのは少し考えた方が良さそうだな」

「そうね。クラレンス領では……」


 さっきまで、アルフレッドと結婚すればいいと推していたお姉様まで、突然言葉を濁した。

 しばし沈黙が流れた後、すっかり温くなった紅茶を飲み干した侯爵様は私の名を呼んだ。


「リリーステラ、そなたに相応しい相手を私も探そう。無理をして、オーランド家に嫁ぐことはない。義父上にも私からそうお伝えしよう」

「……ありがとうございます、お義兄様」

 

 こうして、私とフェリクス様の婚約が解消されることは、ほぼ確定した。

 

 フェリクス様のご両親は誠実な方なようで、ことと次第を知ったその日の内に訪れて謝罪を申し入れた。

 でも、私が謝罪を受け入れたことにされては問題だと、お義兄様が仰られ、お父様の到着まで私は会うことを止められた。


 毎日、毎日、馬車で訪れるオーランド伯爵様には申し訳ない気もしたわ。

 でも、私は考えることに疲れていたし、お父様たちが到着した頃には窓の外を眺めることもなくなっていた。


 ご縁がなかったのと考えれば良いのかしら。


 お姉様に借りた恋愛小説の頁をめくりながら、ふと思う。

 この本に書かれていることが真であれば、世の中には縁というものがあるらしい。それは生まれる前からの繋がりであり、と云うそうだわ。

 

 どんなに困難があったとしても、縁があれば必ず結ばれる。そういうものだと書かれているけど、本当に、そんな運命的なものがあるのかしら。

 本を閉じて膝に置き、ふうっと息を吐くと、紅茶の優しい香りが漂ってきた。


「リリー、熱心ですね」

「……お母様」

「ノックをしても返事がなかったので、勝手に入ってしまったけど、随分と集中しいたのね」


 アルフレッドを従えて訪れたのは、お母様だった。

 

「お茶にしましょう」

「ありがとうございます……お父様は、まだお怒りでしょうか?」

「えぇ。今日もオーランド伯爵が謝罪に訪れましたが、まだ、納得されないご様子でしたよ」

「そうですか……お母様、申し訳ありません。私が、私が……」


 私がフェリクス様に愛される淑女であったなら。そう言い出すことは出来ず、涙が零れ落ちた。


 お母様は、ドレスが汚れるのも構わずに私を胸の中に引き寄せて下さった。こうして抱きしめられるのは、学園へと通うようになる前、十二の頃が最後だったかしら。

 あれから三年すぎたけど、お母様の腕の中は変わらず温かかった。

 

 目を閉じれば、穏やかな鼓動が聞こえてくる。こうして抱きしめられたのは、いつぶりかしら。


「貴女は何も悪くはありませんよ」

「でも、婚約は……」

「私たちは、あなたの幸せを願って婚約者を選びました。幼かったあなたは、初めてフェリクスに会った時、とても可愛らしく笑ったのよ。オーランド伯爵も誠実な方だし、きっと幸せにしてくれるだろうと信じて……」

「……お母様」

「信頼を裏切ったのです。それが意味することを、フェリクスは身をもって知らねばならないでしょう」


 私の涙を拭ったお母様は、そっと手を引いて、お茶の用意されたテーブルまで私を誘い出してくれた。

 

 お母様は、それ以上、婚約の話に触れることはせず、ウォード家と領地で最近あった話を聞かせて下さった。お兄様が魔狼の幼体を拾ってきて、ちょっとした騒動になったとか、最近、花占いが流行っているだとか。

 用意されたクッキーを頬張りながら、私は懐かし領地の風景を思い浮かべながら、お母様の話に耳を傾けて時を過ごした。

 

 翌日、オーランド伯爵様がフェリクス様とダイアナを連れて訪れ、私は久々に対面することとなった。

 地獄の悪魔も震え上がりそうな、怒りに満ちたお父様と共に。

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