第4話 どうすれば、始まってもいない恋を終わらせられるのでしょうか。

 私の脳裏には二人の逢瀬が鮮明に蘇り、嫌な予感に胸の内が重くなっていった。


「リリー、大丈夫? 顔色が悪いわよ。……やはり、礼儀がなっていないのですから、日を改めてもらいましょう」


 心配そうに私の顔を覗き込んだお姉様は、アルフレッドにそう告げた。だけど、その直後に廊下が騒がしくなった。


「……今、旦那様のお声が聞こえたような」

「先ほど、フェリクス様とご一緒に、お戻りになりました」

「旦那様がリリーの婚約者殿と?」

「今、ご対応をされています」


 理解しがたいと言わんばかりに、お姉様は笑顔を消されると立ち上がった。


「リリー、貴女は部屋で休んでいなさい」

「で、ですが、お姉様……」

「アルフレッド。至急、お父様とお母様にご連絡を」

「……お姉様、あの」


 私も同席した方が良いのではと思い、立ち上がろうとした。だけど、どうしてか足に力が入らず、腰を上げることすら出来なかった。


「大丈夫です、リリー。何も心配することはないわ。アルフレッド、リリーを部屋に連れて行くように」

「かしこまりました」


 つい今しがた、恋と物語の話題で顔をほころばせていたお姉様は、すっと笑みを消すと立ち上がる。

 そこに立っているのは、毅然としたロスリーヴ侯爵夫人だった。

 

 部屋に戻った私は、重たい身体をソファーに横たえて天井を眺めてただ時間を過ごした。

 ここから応接間は遠い。お姉様たちの会話が聞こえるはずもなく、何が話されているのかと不安に思って待つことしか出来ない。

 数時間後、馬車の蹄の音が聞こえてきた。

 

 窓辺にそっと立ってみたのは、屋敷から去る馬車だ。その車体にはオーランド伯爵家の紋章が入っている。

 あぁ、あれにはフェリクス様とダイアナが乗っているのね。

 二人は何を話しているのだろう。また、あの日のように仲睦まじく見つめ合っていいるのだろうか。


 頬を熱い雫が落ちてゆき、窓に手を突いた私はずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

 

 例え、卒業後に婚礼が成されるとしても、フェリクス様のお心はダイアナのもののままなのでしょう。

 ダイアナを愛しているだろう彼を、私は慈しむことができるのだろうか。それに、彼が私を愛してくれるなんてことは、きっと──私の恋は始まることも知らずに打ち砕かれたのね。

 いくら恋に疎い私でも、それくらい分かるわ。だけど、始まってもいない恋を終わらせることは、どうしようもなく難しかった。

 

 だって、私は家のために嫁ぐのが役目の侯爵令嬢だから。

 ウォード侯爵家は、オーランド伯爵家との繋がりを求めているんだもの。それに、従うしかないじゃない。


 散り散りになる心を繋ぎ止めようと、私は、ベッドに駆け込んで本を開いた。

 私を、別の世界に連れて行って。


 *

 

 夕食の後、白磁のカップに紅茶が注ぎ入れられると、ロスリーヴ侯爵様はアルフレッドを残して他の使用人を全て下がらせた。

 大切なお話があるのだわ。それも、私の身にかかわる何かで、それは恐らく昼間に屋敷を訪れたフェリクス様とダイアナにも関係していて──考えると、胸の奥がギュッと苦しくなった。

 眉根を寄せた侯爵様は、精一杯の優しいお声で私を呼んだ。


「リリーステラ。五日後に、ご両親が到着されることは聞いたかい?」

「はい。聞いています」

「そうか……これから話すことは、受け止めるには辛いだろうが、大切なことだ。最後まで、冷静に聴きなさい」


 そう言って、深く息を吸った侯爵様は私をもう一度呼ぶ。


「フェリクス・オーランドから婚約解消の申し入れがあった。そなたではなく、ダイアナ・アプトンを妻に迎えたいとのことだ」


 静かな声が告げたことは、私の想像していた言葉と一言一句違わわなかった。

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