第3話 恋する相手は婚約者じゃなくても良いの?
私の質問に、少しだけ頬を染めたお姉様はカップを受け皿に静かに降ろした。
「旦那様とは政略結婚だけど、出会ってすぐに恋をしたわ……ふふっ、言葉にするのって恥ずかしいわね」
恥ずかしそうに答えて下さったお姉様は、とてもキラキラとして可愛らしかった。あぁ、幸せなんだなと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。恋をすると、周りを幸せな気持ちにするのかもしれない。
だけど、私の胸の内には、そんな温かい気持ちが届かない
「どうしたの、リリー?」
押し黙った私を心配したのか、私が座るソファーの横、空いている箇所に腰を下ろしたお姉様が、私の手にそっと触れた。
「その……最近、お友達に恋愛小説を借りました。でも、恋というのがよく分からなくて」
「まぁ、そういうことね!」
「恋をしたこともないから……」
「お勉強ばかりじゃなくて、リリーもたくさん恋をしたらいいわ。恋の話を聞くよりも、体験した方が分かるものよ」
「たくさん? 恋をする相手は、一人ではないのですか?」
「一人だなんて、もったいない。結婚相手は一人でも、恋の相手は物語に出てくるヒーローでも良いのよ」
「物語のヒーロー?」
「そうよ。恋物語に出てくるヒーローに恋をしても、誰も怒らないわ」
「……冒険譚のヒーローでも良いんでしょうか?」
そっと目を閉じれば、
彼が背を預けるのはちょっと手加減を知らない魔術師で、たまに魔法を失敗もするけど、いくつもの危機を助けるの。どんな困難にも立ち向かい、強敵にもひるまずに駆け抜ける姿は、ヒーローの名にふさわしいわ。
「冒険で活躍する主人公は生き生きとしていて、とても素敵で憧れます」
「ふふっ、ちゃんと恋をしてるじゃない」
お姉様の声にハッとして、私は現実に引き戻された。
「その憧れる気持ちも、恋よ」
「……憧れる気持ち……」
「まぁ、恋といっても色々あるのよ。胸を焦がす苦しいものもあれば、ワクワクしたり、楽しくなるものもあって……そんな、感情を揺さぶる人と一緒になれたら、素敵な人生よね」
この憧れる気持ちが恋だというなら、私はフェリクス様に恋をしていたのだろうか。ダイアナは、彼に憧れていたのだろうか。それに、フェリクス様は……。
「お義兄様も、お姉様に恋をされたんですよね……?」
「どうかしら? 愛してるとは言われても、恋してるなんて言われたことないわね」
「……愛してる」
「ふふっ。私も旦那様を愛しているわよ。そして、リリー、貴女のことも」
私を温かい胸に引き寄せたお姉様は、その白魚のような指で私の赤毛をそっと撫でてくれた。
それから、二人で好きな物語のことを語り合っていると、ドアがノックされた。
入ってきたのはアルフレッドだった。
「どうしたのですか、アルフレッド?」
「スカーレット様、お客様がお待ちです」
「客? 今日は午後の予定はなかったと思うのだけど」
お姉様は少し不機嫌な顔をされ、控えていた侍女にお茶を新しくするよう言いつけた。
せっかくの楽しいお茶会もお終いかしらとおもったけど、どうやら、お姉様はお客様に会いたくないみたい。私を優先してくれるのは嬉しいけど、大丈夫なのかしら。
「緊急でないのなら、日を改めてもらって。私、今は可愛いリリーとの時間を楽しんでるの!」
案の定、突き返したお姉様は私を抱きしめてアルフレッドに言いつけた。すると、彼は困った顔をして私の方をちらりと見た。
「お待ちになっているのはフェリクス様です」
「リリーの婚約者殿ですか?」
「はい。それと、ご学友のダイアナ嬢をお連れです」
「……ダイアナが、どうして?」
その名前を耳にした瞬間、私は肩を震わせた。
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