第2話 傷ついた私を癒してくれるのは、別世界に繋がる冒険譚だった。
フェリクス様とダイアナの逢瀬を初めて見た日から、次第に、二人は周囲の目を気にすることなく、仲の良い姿を見せるようになった。当然、周りは私に同情して、心配する声をかけてくれたり、フェリクス様やダイアナを悪く言う声が上がった。
婚約者を悪く言わないで下さいね。お二人は研究班が一緒ですし、お話が合うこともあるのでしょう。
フェリクス様をそう庇えば庇うほど、同情の眼差しが私に向けられ、それはいつしか、憐みへと変わっていった。
私は、
あれなら結婚したら浮気三昧できそうだな、見た目だけの令嬢だ等と、陰で笑われるようになった。
でも、そうかもしれないわね。
怖かったのよ。ダイアナを悪く言って、フェリクス様に嫌われるのが。
この婚約がダメになってしまったら、お父様がお怒りになるんじゃないかって。だって、彼の家は大きな騎士団を持つオーランド伯爵家で、お父様はその繋がりを大層喜ばれていたんですもの。お母様だって、私が泣いてるなんて知ったら、きっと、悲しまれるわ。
私は意気地のない、駄目な令嬢なんです。
そんなことばかり考えるようになった私の気持ちを和らげてくれたのは、物語だった。
文字を追ってページをめくる音を聞いていると、別世界へと飛び込めるような気持になれたの。
*
ある日、私を心配した一番上のスカーレットお姉様がお茶に誘ってくれた。
ロスリーヴ侯爵様に嫁がれてから、女主として忙しい日々を過ごすお姉様は、私の憧れで目標でもある。だから、お屋敷から学園に通わせて貰えるだけでも、とても感謝している。
なのに、私のことで心配をかけているかと思うと、凄く心苦しい。
「リリーは最近、どんな物語を読んでいるの?」
「物語ですか?」
「えぇ。アルフレッドから聞いたのだけど、リリーが勉強よりも読書に夢中らしいわね」
「……勉強もしています」
「ふふっ、良いのよ。今までいっぱい頑張ってきたんだもの。卒業までもう半年でしょ? 少しくらいサボっても怒られないわ」
「そう、でしょうか」
「そうよ。リリーは真面目過ぎるのよ。それで、どんな物語が好きなの?」
カップを受け皿に降ろしたお姉様は、興味津々な顔で尋ねてきた。
どうしよう。お姉様が好きそうな物語って、恋愛とかお姫様が出てくるような物語よね。私が好きな世界とはきっと違うわ。がっかりさせやしないかしら。
「真面目なリリーは古典文学とか読みそうね。思い切って、新しい世界の物を読むのも良いわよ」
「新しい世界……」
その言葉にドキリとして、お姉様を見た。
「……お姉様は、どんな物語がお好きなんですか?」
「そうね。恋愛を描いたものが好きだけど……最近は、冒険に出るお話も読むわ。先日、お友達から借りたのは、結婚から逃げ出して、新しい人生を手に入れる男装令嬢の恋物語だったのよ」
「結婚から逃げる? そんなことをしたら、大変なことになります! それも、男装だなんて」
「物語だから良いのよ。男として生きることを選んだ令嬢が、背中を預けた冒険者と落ちる恋。素敵でしょ?」
私の十歳も年上とは思えない、まるで乙女のように目を輝かせるお姉様は、今度貸してあげるわと言ってカップを持ち上げた。
カップを傾ける姿はとても優雅で、完璧な淑女に見えるのに、意外な一面を見た気がする。
物語は、自由で良いわ。でも、現実の恋はそうもいかない。恋物語にばかり憧れたら、恋が出来なくなりそうだけど。
「……お姉様は、お義兄様に恋をされましたか?」
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