第12話 秋の一幕
「ちょっと待て!」
声を上げたのはエゼルだった。シャーロットを追い抜いて役人の前まで行く。
「おや、ご領主様。何のご用ですかな。国の徴税人に余計な口出しをしないで欲しいものです」
エゼルを見た役人は一瞬だけびくっとしたが、すぐに尊大な態度に戻った。役人もエゼルが追放された王子だと知っているのだろう。
「何故、税の割合が5割なんだ。国税が2割、領主税が1割で3割だろう。5割も取られたら、村人の生活はいつまでも苦しいままだ」
村人がざわついた。この村の税はずいぶん前から5割だったのだ。
役人は舌打ちするような顔になった。
「王都を追い出されたあなたは知らないのでしょうが、最近になって税金が上がったのです。今は5割ですよ」
「嘘だ! 去年もその前も、ずっと5割だったぞ!」
村人から抗議の声が出る。エゼルはうなずいた。
「ああ、嘘だな。僕が王都を追放されたのは、今年の春。その時までに税率変更の発令はなかった。
王国法で税率の変更に関する法令は、前年までに決めるべしとある。例外は不作時の飢饉対策の時だけだ。
浅はかな嘘をついても無駄だ。どうして5割もの割合で搾取するのか、理由を言うんだ」
「ちっ……」
役人は今度こそ舌打ちを隠さなかった。殺気立っている村人たちを睨んでから、ふてくされたように言う。
「必要経費ですよ! 徴税人はあちこちの田舎を回って税を取り立てなきゃならない。重労働なんです!
そのためのお手当をもらって、何が悪いんですか!」
「役人として給金が出ているだろう。重労働であるのは認めるが、そのために給金が上乗せされているはずだ。
それに、徴税人は行く先々の村で歓待を受けると聞く。機嫌をそこねて税を多めに取られてはかなわないからな。一種の役得だろう。
だとしても、2割の上乗せはあまりに多い。その差額はどこへ消える? 答え次第によっては、ただでは済まさない」
「ははっ! 王太子の立場を剥奪されて、こんな田舎に追放された小僧が何を言うか!」
役人は開き直ったのか、吐き捨てるように言った。
「ただでは済まさないだと? お前に何ができる。まあいい、そんなに知りたいなら教えてやろう。
ドリーチェ伯爵様だ。あのお方への献上金として余剰分が納入されるのさ。伯爵様は王都に太いパイプを持つ、有力貴族だ。多数の兵を抱えた実力派なんだよ!
お前のような身分ばかりの小僧っ子とはわけが違う。伯爵様に逆らえば、この村の取り潰しなんぞ簡単だ。分かったら大人しくしておけ!」
「なんですって!」
エゼルを見下した物言いに、シャーロットが飛び出した。
けれどエゼルは、そんな彼女を腕で制した。
「ドリーチェ伯か。彼はこの近隣に根付いた古い貴族の一家だったな。王都での派閥はカーリグフォルト公爵の一員。
公爵は弟の……第2王子デルバイスの後見人を務めている。
公爵自身は清廉潔白な人だ。だからこそ弟と水の聖女の肩を持った。
そんな公爵が、派閥内の不正を知ったらどうなるかな。良くて伯爵は派閥を除名の上、王国法に基づく処罰。悪ければ――不正に物資を搾取し、それをもって不当な募兵を行っていたかどで、国家転覆罪の適用になるかもしれん」
「な……? そんなバカな!」
役人の顔から血の気が失せた。
「いいや、ありえるとも。そうなればお前は不正実行の手先として、真っ先に処断される。ドリーチェ伯はお前を差し出して、減刑を願い出るかもな。よく言うだろう、トカゲのしっぽ切りと」
「…………」
役人の顔色は真っ青を通り越して、土気色になっている。
それを見たエゼルは、にやりと笑った。
「お前が助かる道もあるぞ?」
役人はのろのろと顔を上げた。
「お前がドリーチェ伯爵を告発するんだ。伯爵の不正を進んで証言すれば、お前の罪は軽くなる。
1人でやれとは言わない、僕も力添えをしよう。カーリグフォルト公爵への渡りはつけてやる。僕は廃太子だが、王都の人脈が全て途絶えたわけではない。伝手を頼れば公爵へ直訴は可能だ」
エゼルは役人と荷運び人、兵士たちを交互に見た。
「どうする? やるか? ――それともこの場で僕たちを皆殺しにして、口封じでもするつもりかな?」
村人たちは不当に搾取されていたと知って、怒りをあらわにしている。人数は圧倒的に村人の方が多い。
兵士たちはほんの数人。いくら武装しているとはいえ、かなうものではない。
「わ、分かった……。いえ、分かりました。ご領主様の言う通りにいたします。その代わり、どうか、わたくしの身を助けて下さい!」
役人は先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、地面に膝をついてエゼルに頭を下げた。
兵士たちに武器を手放すように命じて、オーウェンとメリッサが回収している。
役人たち一行は、領主の館で預かることとなった。
とぼとぼと歩いていく役人たちの後ろ姿を見ているエゼルに、シャーロットが話しかけた。
「エゼル様、すごいですわ! 私、税金の割合なんて何も知りませんでした。でも、よく考えたらそうよね。あんなに苦労して作った小麦なのに、5割も取られてしまったら、生活が苦しいに決まってる……」
目を伏せるシャーロットに、エゼルが笑いかける。
「僕は大したことはできていないよ。シャーロットだって、これから学べばいいんだ。僕たちは今まで、色んな失敗をしてきた。今後も間違いながら、それでも答えを探していけばいいのだと思う」
半ば自分に言い聞かせるような言葉だった。
フェイリムが駆け寄ってきて言う。
「領主様、あいつら本当に許しちゃうの? おれ、今までだまされていたの、すげえ悔しいよ。小麦がもっとあれば、冬のあったかい服も買えたし、ティララが腹をすかして泣くこともなかったのに」
「あたし泣いてないもん! お腹がすいてもがまんしたもん!」
ティララは不服そうだ。
「率先して上役の不正を告発させる以上、減刑は必要になる。……だが、この罪はかなり重い。長年、民を虐げて国の財産をかすめ取っていたのだからね。
減刑したところで、それなりの罰は受けるだろう。それに伯爵からは裏切り者と憎まれて、これから大変だろうね」
「よくわかんないけど、ちゃんと罰を受けるってこと?」
「その通り。フェイリムは賢い」
エゼルが頭を撫でてやれば、フェイリムはにっこり笑った。
村長が近づいてきて、言う。
「まさか、税金を騙し取られていたとは。ご領主様がいなければ、このままずっと奪い取られるばかりでした。なんとお礼を言えばいいのやら」
「村長、やめてくれ。むしろ今まで苦労をかけて、すまなかった。これからは正当な割合だけを税として、残りはお前たちの生活に役立てて欲しい。二度とこんなことがないよう、僕がよく注意しておくよ」
「はい!」
村人たちも集まって、わいわいと言い始めた。
「今年からは3割でいいのか。こりゃあ楽になるなあ」
「仕事のやりがいが出るぜ。今まではどうせ半分も取られるなら、と思ってやる気が出なかった」
「ご領主様のおかげさね」
「いや、僕は当たり前のことをしただけで……」
エゼルが困っているが、村人たちは頓着しない。
もみくちゃにされて、それでもどことなく嬉しそうにしているエゼルを見て、シャーロットも心が温まるのを感じた。
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