第13話 彼らの正体
領主の館に戻り、エゼル、シャーロット、それからオーウェンとメリッサは今後の対応を話し合った。
「僕とオーウェンで彼らを王都まで連れて行く。ただ、僕は王都へ入るのを禁じられた身だ。近くの宿場町で留まって、あとはオーウェンに任せる形になる」
オーウェンはうなずいた。
「お任せあれ。途中で王宮に連絡を入れて、護送用の人員を回してもらいましょう」
「あぁ、お前はやっぱり……」
エゼルは苦笑した。シャーロットが首をかしげる。
「何ですの?」
「オーウェンは王家から派遣されたんだよ。そうだな、母上あたりの差し金じゃないか?」
「御名答です」
オーウェンは澄ました顔でいる。
「エゼル様とシャーロット様のお世話と監視を兼ねまして、メリッサとともに任につきました」
「監視ですって!?」
シャーロットが声を荒げるが、オーウェンとメリッサは受け流した。
「奥様、それはそうでしょう。あなたたちは王都を追放された、半ば罪人だったのですから」
と、メリッサ。オーウェンが続ける。
「まあ監視というよりは、お2人がヤケを起こして自殺でもしないように、見守る意味合いが強かったのですよ。シャーロット様は思いがけない速度で立ち直りましたが、エゼル様は長らく塞いでおりましたし」
「……あの時は心配をかけた」
エゼルがしょんぼりしている。
「あたしは本職が護衛なんです。不慣れなメイドの仕事は大変でした」
「あ~、だからお料理が下手なのね、メリッサは」
シャーロットがぽんと手を叩いて、メリッサは不満そうに眉を寄せた。
「種明かしをしたということは、僕たちを信用してくれたのかい?」
エゼルが言うと、2人の使用人はそれぞれにうなずいた。
「ここ何ヶ月かのお2人のご様子、それに今日の一連の騒動。このオーウェン、感服いたしました。以前のお2人であれば、考えられないほどです」
「……そうだね。王都にいた時の僕は、弟への劣等感で何もしたくなかった。毎日無気力だったよ。
でも、このシリト村で皆と一緒に農作業に汗を流して、着替えも湯浴みも、何なら料理やテーブルセットも自分でやるようになって、考えが変わったんだ。誰と比べる必要はない、自分にできることをやればいいと――」
言いながら、エゼルは照れ臭そうにしている。
彼の横で、シャーロットも言った。
「私も、この村が気に入っていますわ。王都よりもおおらかで、素朴な人々も。力を合わせて働いて、野菜や小麦が実る様も。自分で作った作物を食べて、とても美味しいと思う時も。ここにいると、生きていると実感します」
「僕たちは貴族より農民が向いていたのかもね」
「ふふ、そうかもしれませんわね」
2人は笑みを交わす。その様子は、地に足をつけて生きる若者の生気にあふれていた。
翌日、エゼルとオーウェンは役人たちを連れて村を旅立っていった。
大人数なので馬車に乗り切れず、徒歩の旅である。
朝、いよいよ出発の時間になった時、エゼルはシャーロットの手を取って言った。
「往復の道程だけなら10日程度だが、告発と処罰の手続きにどのくらい時間がかかるか、まだ読めない。都度手紙を出して状況を伝えるよ。メリッサと一緒に、この村を頼む」
「分かりました。気をつけていってらっしゃいまし」
遠ざかっていく夫の背中を、シャーロットはずいぶん長いこと見送っていた。
税金の話が片付いたので、村では秋祭りの準備が進められていた。
「祭りの日までに、ご領主様が帰ってくればいいのですが」
村長が心配そうに言う。
「気にしなくていいのよ。秋祭りは村の一番の楽しみだと聞いたもの」
そうは言ったが、シャーロットもエゼルと一緒に祭りを見て回りたいと思っている。
けれど願いは叶わず、秋祭りの当日になってもエゼルは戻らなかった。
シリト村の秋祭りでは、大地の精霊としてユニコーンを祀る。
藁束で作った大きな馬――ユニコーンに見立てたもの――の周りに、様々な農作物やパンを捧げるのだ。
小麦の束に大きなカボチャ、玉ねぎ、りんごや梨。パンはこの日のために焼いた、馬の蹄の形のもの。
藁束のユニコーンがたくさんの捧げ物に囲まれているのを見て、シャーロットは本物のユニコーンにもお土産を持って遊びに行こうと思った。
「この角のある馬はユニコーン様っていって、村の守り神なんだよ!」
ティララが得意げに教えてくれる。シャーロットはくすくすと笑った。
「ねえ、ティララはユニコーンを見たことがある?」
「ないよ! ユニコーン様は森の奥に住んでいて、めったに人の前には出てこないんだって」
「へえ、そうなのね」
ユニコーンの実在は、あまり口外しないようにと本人(本馬?)から言われている。シャーロットは笑って誤魔化した。
秋祭りが始まった。村人たちは空っぽの畑に出て、昼間からワインやエールを飲んでご機嫌だ。
村長は子供たちを集めて、ユニコーンの話をしている。この村の最初のリーダーの女性と、年若い乙女たちの守り手となった話。
村長の奥さんと女性たちが村人にパンと料理を振る舞っている。
その横では歌の上手い者たちが声を張り上げ、手拍子で盛り上げる。
やがて夜になると、村の広場で大きな焚き火をする。
村長がユニコーンに大地の恵みを感謝する口上を述べて、麦束を1つ、炎に投げ入れた。
その周りでは村人たちが、思い思いに炎を見ている。
特に年若い男女は、互いの想い人に寄り添うようにしていた。
彼らの姿に、シャーロットは少しだけ寂しさを覚えた。
「エゼル様、帰ってきて下さらないかしら……」
エゼルからの手紙では、例の役人の引き渡しは無事に済んだと書かれていた。ただ、具体的にいつ戻るとまではまだ知らせがない。
シャーロットはぎゅっと口を引き結ぶ。
エゼルからこの村を頼まれたのだ。秋祭りを楽しく盛り上げて、村人たちの1年を労らねばならない。
暗闇の中にあかあかと燃える炎を見つめながら、シャーロットは長らくそのままで立っていた。
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