第11話 力を取り戻す


「いかがですか?」


 とても心配そうな目で、シャーロットが彼を見ている。

 この目は見覚えがあるな、とエゼルは思った。

 もう10年以上も前、彼らがまだ何も分からぬ子供だった頃。

 風邪をこじらせて寝込んでしまったエゼルにシャーロットが見舞いに来たことがあった。

 その時彼女は、南方の珍しい果物をお土産に持ってきてくれた。

 もちろん、果物はシャーロットの親が用意しただけのもの。

 けれども彼女は、一生懸命にそれを抱えてエゼルの部屋まで来た。

 エゼル様のお風邪がよくなるよう、栄養のある果物を持ってきました、と言って。

 使用人が皮を剥いて皿に乗せると、差し出してくれた。

 そして、今と同じ目で言ったのだ。「おいしいですか?」と。


 果物の味はもう忘れてしまった。でも、純粋な心で心配してくれた、あの時の彼女の姿は覚えている。

 その後2人が大人になるにつれて、純粋なだけではいられなくなって。自分もシャーロットも変わってしまったけれど。

 だから、彼は言った。あの時と同じように。


「うん。美味しいよ」


「……良かった!」


 ぱっと花が咲くような笑顔だった。

 その笑顔を見ながら、エゼルはカブを飲み下す。スープをたっぷり含んだカブは食道を滑り落ちて、胃の腑に届いた。

 すると、久方ぶりの食べ物に身体が歓喜の声を上げるのが感じられた。

 それはエゼル自身が思うよりずっと強い、生命の衝動だった。


 口の中に唾がわく。口中に残るカブの柔らかな感触が、とても魅力的なものに思えてくる。塩と野菜の滋味が、飢えた体に染み込んでいく。


「本当に美味しい。もう一口、食べてもいいだろうか」


 遠慮がちに聞けば、シャーロットは目を丸くした。


「もちろんです。ああ、こちらの豆と麦粥も美味しいですわよ。カブの次は、こちらもぜひ召し上がって!」


 嬉しそうな彼女の様子に、エゼルの心まで浮上するようだ。

 エゼルはこうして、ずいぶんと久しぶりに楽しい食事の時間を過ごした。







 夏の季節からエネルギーを貰うようにして、エゼルは立ち直っていった。

 シャーロットと共に村人たちと農作業に汗を流して、新鮮な野菜と豆類をしっかりと食べ、夜はぐっすりと眠る。

 農作業の合間にオーウェンと一緒に館の修繕をしたり、日曜大工もしている。

 時にはフェイリムとティララがやって来て「これ、栄養あるよ」と卵やベーコンをくれる。

 そんな日々を繰り返していくうちに、エゼルの心と体は健康を取り戻したのである。


 シャーロットは時折、ユニコーンに会いに森に出かけていく。お土産は村で採れた野菜だ。

 彼女はまだ、エゼルと結ばれていなかった。お互いに何となく気恥ずかしくて、そういう雰囲気にならないのだ。

 ユニコーンはその点には触れず、お土産の野菜を美味しそうにモシャモシャと食べていた。


 季節は過ぎていく。

 暑い夏はいつの間にか終わり、収穫の秋がやって来た。

 シリル村の主産物は小麦。村人は総出で畑に出て、金色に実った穂を刈り取った。

 鎌の数に限りがあるので、穂と根本を刈る者、麦束を小分けにして干す者、脱穀のために穂をより分ける者と分担作業を行った。


 そうして収穫した小麦を積み上げる頃合いになると、税の取り立て人がやって来た。

 1人の役人と何人かの荷運び人、それに武装した兵士が数人である。


「今年の収穫量は全部で220リブラか。天候に恵まれた割に、少ないのでは? どこかに隠していないだろうな」


 村の広場で小麦の袋を数て、役人は悪意を込めて村人たちを睨んだ。


「滅相もない。これで全てでございます」


 村長が小さくなりながら言っている。

 広場には村人たちが全員集まっている。エゼルとシャーロット、オーウェンとメリッサも様子を見にやって来た。

 その様子を見ていたシャーロットは、エゼルにささやいた。


「ねえ、エゼル様。私たちがこの村の領主なのだから、税の取り立ては私たちの仕事では?」


「そうとは限らない。税は領主と国の二者に収めるものだ。この村は長らく直轄の領主が不在だった。ならば国の取り立て人が来ても間違いではないよ」


「それにしてもあの小役人、態度が悪いわ。私たちにろくに挨拶もせず、村人たちに威張り散らして」


「そうだな……。来年からは僕たちが責任を持って税を納入すると、申請を出しておくよ」


「それがいいわね」


 彼らの視線の先で、税の取り立て役人はがなり立てている。シャーロットが止めようと一歩を踏み出したところで、役人はやっと口を閉じた。


「ふん、まあいい。では小麦の税をもらう。5割、110リブラだ」


 役人が税として取る小麦の量を宣言すると、声が上がった。


「ちょっと待て!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る