本格ファンタジー桃太郎

瘴気領域@漫画化してます

むかしむかし、あるところで

 現在いまではない時代、地球ここではない場所。

 遥か彼方の平行宇宙で、壮大な神話が幕を開けようとしていた。


 濃密な緑に覆われた山中に、古びた小屋があった。

 そこに住んでいたのは一人のおきなと一人のおうな

 平たく言えばおじいさんとおばあさんである。


 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ行った。

 現代的な感覚では「しば刈り」と聞くとビバリーヒルズの一軒家に住む老夫婦が、ディーゼルの芝刈り機を走らせて庭の芝生を刈り揃える情景を思い浮かべるであろうが、さにあらず。現在いまではない時代、地球ここではない場所、遥か彼方の平行宇宙の柴刈りであるので、なんか程よく細い木切れを鉈で切って集めてくる、まあ有り体に言えばたきぎ拾いである。


 川へ洗濯へ、と言うのも現代的な感覚とは大きく異なる。

 なにしろ現在いまではない時代、地球ここではない場所、遥か彼方の平行宇宙の川であるので、無数の並行宇宙の運命が交差し、荒れ狂い、時に思いもよらぬ運命をもたらす洗濯である。奇しくも洗濯とは選択と同音語であるが、それぐらいの重みがあるのが現在いまではない時代、地球ここではない場所における川へ洗濯へ行くという選択なのだ。これはもはや運命への反逆と言っても過言ではない。


 おばあさんは川上で洗濯をする合宿中の高校球児たちを「水が汚れるから川下でやれ」と急流に叩き込むと、己は悠々と洗濯を開始した。高校球児たちは次元の狭間に巣食う竜魚にその身を喰われながらおばあさんを呪った。おばあさんは、鮮血に染まる流れを眺めて両切りの紙巻きタバコを根本まで一気に吸い、ペッと吐き捨てた。


 Calvin Kleinのボクサーパンツには茶色の染みが付いていた。

 おじいさんの人工培養臓器にいよいよガタが来ていることをおばあさんは悟った。トロルの真皮から抽出したIPS細胞で培養した人工臓器は極めて高い再生能力を誇ったが、400年に及ぶ鬼どもとの戦いはさすがに想定耐用条件を超えていた。製造物責任法が定めるメーカーの補修部品保持期間は10年だ。これでは修理もままなるまい、とおばあさんは溜め息をついた。


 次元潮流の作用により茶色の染みが量子論で言う確率論的存在に還元される頃、おばあさんは異常に気がついた。川上から何か圧倒的な存在が近づいてくる気配を察知したのだ。おばあさんは九字を切って式神を放ち、川上の様子を探索させた。おばあさんは陰陽師安倍晴明の転生者だった。


 超次元的に見た場合の宇宙的エネルギー高所から流れ落ちてきたのは、直径1メートルほどの桃だった。気配の大きさからしてヨルムンガンド級の機動要塞が流れてくることも覚悟していたのだが、あまりにちっぽけな結果に拍子抜けした。おばあさんは自分の勘が鈍ったことを嘆きつつ、式神からインドラの矢を放って隣接宇宙もろともに桃を焼き尽くした。


 だが、驚くべきことが起きた。

 大型の天蓋喰らいであっても瞬時に蒸発させる熱量と存在確率変動を叩き込んだにも関わらず、桃は傷ひとつなくどんぶらこっこ、どんぶらこっこと川を流れてきたのだ。眼前で起きた信じ難い出来事に科学者魂が燃え上がったおばあさんは、桃を自宅に持ち帰った。おばあさんは原初の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスの生まれ変わりでもあった。


 持ち帰った桃を、おじいさんは鉈でかち割った。

 おじいさんの鉈はかっぱ橋道具街で買った関の刀匠の一級品であり、鍛冶師が幼い我が子の生き血を使って鍛えたと言われる曰く付きの品だった。超宇宙的攻撃をものともしなかった桃でも、その呪術的切れ味には為す術もなかったのである。


 二つに割れた桃からは、元気な男の赤ん坊が生まれた。

 赤ん坊は「ももたろう! ももたろう! I must kill Ogres!」と産声を上げた。おじいさんとおばあさんは、これは話が早いとこの赤子に桃太郎と名付け、宿敵たる鬼を滅殺する人間兵器に育て上げるべく様々な修行や生物的・機械的・呪術的改造を施した。


 そして4分33秒の月日が流れ、桃太郎は立派な若侍となった。

 桃太郎はおばあさんからきびだんごを受け取ると、おじいさんの鉈を打ち直して作った日本刀を持って鬼退治の旅に出た。玄関先で馬糞を踏みつけ、転びそうになったがなんとかこらえ、屋根の上から降ってきた臼を真っ二つに叩き切っての勇壮な旅立ちであった。


 旅の途中、一匹の痩せ犬に出会った。

 痩せ犬は「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、ひとつ私にくださいな」と人語を操る。自分の名を知っていることと言い、面妖なと桃太郎は訝しんだが、あるいはこれも天命かもしれぬときびだんごを与えてみた。すると痩せ犬が「あったけぇ……あったけぇ……人様の優しさがこんなに染みたことはねえよ……」とぼろぼろと泣き始めたので、桃太郎はその肩をそっと抱きしめてやった。痩せ犬が仲間になった。


 次は一匹の薄汚れた猿と出会った。

 薄汚れた猿は「じつはあっし、カニの野郎に逆恨みで命を狙われてやして。クリの野郎とハチの野郎はなんとか始末したんですが、へへっ、そこでしくじっちまって。いやあ、馬糞と臼を仕留めた兄貴のお点前、つくづく感服いたしやした。ぜひともぜひとも、あっしを子分に加えてくだせえ」と言ってきた。奇貨居くべし。桃太郎は薄汚れた猿にもきびだんごを与え、仲間とした。


 次は一羽の雉と出会った。

 雉は猟師の仕掛けた罠にかかっており、悲しげに「けーんけーん」と泣いていた。哀れに思った桃太郎が助けてやると、雉は「この御恩は一生忘れません。いまからはたを織りますが、決してその様子を見てはいけませんよ」と言った。紳士な桃太郎は律儀に約束を守った。雉が仲間となった。獲物を逃してしまった猟師への詫びに、きびだんごを置いていった。


 鬼ヶ島にたどり着いた。

 鬼ヶ島は南緯47度9分西経126度43分の絶海にあり、大変困難な道程であった。とにかくものすごく大変な道程であった。空前絶後の苦労であった。命の危機にも何度も晒された。黒ひげ危機一発どころのスリルではなかった。いつ布袋寅泰のBGMと共に江頭2:50が表れてもおかしくなかった。だいぶネタが古いので、ここはわからない読者が多いかもしれないから補足しておくと「めちゃイケ」だ。わからない人はお父さんお母さんに聞いてみよう。そんなわけで、三人の仲間と力を合わせなければ到底乗り越えられない艱難辛苦の道程であった。


 鬼たちとの戦いは熾烈を極めた。

 一戦目は将棋だ。あいにく、桃太郎は駒の動かし方すらわからないし、仲間の三人は畜生だ。二人零和有限確定完全情報ゲームを十全に戦える知性などあるはずもない。そこで桃太郎はきびだんごを使って羽生善治永世七冠を召喚した。将棋星人が攻めてきたら間違いなく地球代表となるレジェンドだ。最年少七冠藤井聡太を推す声もあったが、ファン投票の結果僅差で羽生善治永世七冠が選ばれた。鬼には勝った。


 二戦目は寿司勝負だ。

 お題はサーモンとアボカド。江戸前では外道と言われるこれらのネタに、桃太郎たちは苦戦した。鬼たちは贅を尽くしたカルフォルニアロールを出してきたが、桃太郎たちは巻き寿司すら作ったことがなかった。窮地に陥った桃太郎一行を救ったのはやはりきびだんごだった。きびだんごを新たな寿司ネタにしようと目論んだ笹寿司が、鬼たちにありとあらゆる妨害工作を仕掛けたのだ。なお笹寿司とは漫画「将太の寿司」に登場する悪役で、寿司勝負に勝つために漁船を燃やしたり対戦相手を電車に突き飛ばしたりする外道だ。たかが寿司勝負にそこまでされてはさしもの鬼たちも敵わない。二戦目も無事に勝利した。


 三戦目はデスゲームだ。

 謎の主催者に集められた桃太郎一行と鬼たちは、卑劣なゲームに翻弄された。ひとり、またひとりと欠けていく参加者たち。それを嘲笑う謎の主催者。いよいよ最終ゲーム。ついに裏切り者が明らかになった。鬼山鬼子(16歳)だ。彼女は難病の弟を人質に取られ、主催者の言いなりになっていたのだ。怒りに震える桃太郎と鬼たちは、力を合わせてデスゲームを根底から覆し、主催者を打ち破った。彼らの正体は世界を裏から操るディープステートだった。


 こうして、世界に平和が訪れた。

 だが、桃太郎の脳裏には主催者の最期の言葉が脳裏にこびりついて離れない。「人間の心に闇がある限り、第二第三のデスゲーム主催者は必ず現れる」。本当にそうなのだろうか。不安に駆られる桃太郎の肩をそっと抱き、「大丈夫だよ」と柔らかく微笑むのは鬼山鬼子(16歳)だった。


 ふたりは夕焼けの海を背景にそっとキスをし、鬼ヶ島は爆発炎上した。

 めでたし、めでたし。

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