グレーフィンソニアの旅路~追放された元聖女ですが、冒険者になって頼れるアンドロイドとともに自分を捨てた元婚約者の王子にざまぁします~

折本装置

本編

「聖女ソニア、君を王都アントルメから追放する」

「……え?」



 この国の聖女として、ソニアはもう十年も働いてきた。

 民の生活を、都市の基盤を、王族の繁栄をただ一人聖女として守ってきた。

 だというのに、どうして王都から出て行けなどというのだろうか。



「殿下。お、お言葉ですが、私なくしてこの国は成り立たないかと」

「ふん、お前の魔法などなくてもこの王都は十分に回っている」

「で、ですが」

「だいたい、お前の魔法は効果が限定的すぎて、使い物にならないんだよ」

「…………」



 正論だった。

 聖女と言えば、人々の傷をいやす回復魔法をはじめとした、汎用性の高いかつ強力な魔法を持っているのが普通だ。

 だが、ソニアの魔法はそういうものではない。

 人に直接恩恵をもたらすような聖女らしい魔法ではないのだ。



「それよりも、お前がいることで尊い王城と王家の血筋が穢れてしまうことが問題なのだ!この平民街の子供風情が!」



 ソニアの前で、豪華絢爛なマントをはためかせながら喚いているのはこの国の第一王子である。

 体につけている貴金属や宝石がジャラジャラと音を立てるせいで、声が聴きとりづらい。

 一方ソニアは聖女らしく、肌をあまり出さないシスターが着る地味な礼服に身を包んでいる。

 服装と見た目だけ見れば、ソニアが王家お抱えの聖女だとは思わないかもしれない。

 聖女兼、王子の婚約者という方が正確かもしれないが。



「ふっ、私はこちらの侯爵令嬢と結婚する。真実の愛に目覚めたんだよ!さあ、邪魔者は出て行け!」



 相手の派手なドレスを着た侯爵令嬢が第一王子にしなだれかかっている。

 彼女は豪奢で妖艶で、とても美しかった。

 地味なソニアとは、正反対と言える。

 つまるところ、ソニアは仕える主兼婚約者に捨てられてしまったのだ。



「連れて行け!」



 王子の言葉に従って、兵士がソニアの体を掴んで引きずっていく。

 ソニアの体にも心にも、もはや抗う力は残っていなかった。

 王城を追い出されて、貴族街を出て、王都の外に出て。

 ソニアは、王都がある場所の近くにあった森のそばに、放り出された。

 兵士たちは去っていった。

 無理もない。

 王都は、予定ではあと三十分もしないうちにここから消える・・・・・・・

 それを見計らって、彼もソニアを追い出したのだろうが。



「ここまで、ですかね」



 王都から放り出されたのだ。

 ソニアの周りには、人も家も、何もない。

 木が生えて、岩が転がっていて、スクラップが落ちているだけだ。

 この状態では、もう生きていくことはできないだろう。

 食料も身を守る術もなく、一人の少女がどうやって森の中で生きていけるというのだろうか。

 王都とは別の都市が近くにある、厳密には王都がその都市に寄っていた・・・・・とはいえ、そこまでたどり着くのも少女の足では難しいだろう。

 何よりも、彼女の意思がすでにくじけていた。



「ああ……」



 彼女の口から出たのは言葉か、あるいはため息か。

 平民街に、孤児として生まれて。

 聖女としての力に目覚めると、すぐに孤児院から王城へと引き取られた。

 あとは、ずっと魔法を行使するだけの人生だった。



「私には、何もない」



 大切な人も、理想とする信条も、失いたくない幸福も、生きる意味すらも。

 ソニアには、何も、ないと気づいた。

 真実の愛、だなんて。

 どうすれば手に入るのだろうか。

 聖女として、人のため、国のために尽くしてきたつもりだったのに。

 誰にも愛されず、求められず、抱きしめ合う・・・・・・ことすら叶わないだなんて。

 これほど残酷なことはないと、ソニアは絶望したまま、土の上に体を横たえたまま涙を流した。



「幸せになりたい、なあ」



 ソニアは欲しいなと思った。

 それが何かは彼女にはわからない。

 どのようにすれば手に入るのか、どこにあるのか、そもそもそれは存在するのか。

 何もわからなくて、それでも欲しいと思って涙を流した。



「あれ?」



 ソニアは、気づいた。

 彼女を除けば人の気配一つない、ないと思っていたソニアのすぐ近くにある瓦礫の山。

 そこから、一本の、人間の足らしき物体がのぞいている。



「行き倒れの、方ですか?」



 そういえば、この近くには王都とは別の町があったはずだ。

 そこから来た人が、力尽きて倒れていたとしても不思議ではない。

 ソニアには、何もできない。

 人を癒す力はない。

 そもそも、今更人を救う意味なんてもうないはずだ。

 それでも。



「もしも、こんな私、何かでも」



 あと一度だけ、チャンスがあるのなら。

 どうしても欲しいものがあったから、ソニアはそこに向かって歩き始めた。



 ◇



「ソニア、もうすぐ目的の町だぞ」

「んんっ、寝てない。私は寝てないですよ―」



 森の中にある細道を、二つの人影が進んでいる。

 一人は、黒い鎧に身を包んだ大柄な男。

 顔も兜で覆っているはずなのに、声は奇妙にも全くくぐもっておらずはっきりと聞こえる。

 背負子に荷物ともう一人を乗せて、重戦車のごとくゆっくりと進んでいく。

 もう一人は、赤と白で構成された美少女、ソニア。

 白い髪に、ルビーのような赤い瞳。

 赤いブーツに赤いコート、そして白いスカートと白いストッキング。

 街の外を歩くにはあまりにも不相応かつ不用心な恰好だった。



「森の中なんだから、気を抜くなよ……」

「グレーフィンさんが守ってくれるんでしょう?じゃあ大丈夫ですよ」

「そりゃ守るけどなあ」



 そんなのんきなやり取りをしながら、ソニアとグレーフィンと呼ばれた男は森の中にある道を進む。



「がるるる」

「うえっ」

「ほら、言った傍から」


 野犬の群れが、いつの間にかグレーフィンたちの前に立ちはだかっていた。

 その中の一匹が跳躍してグレーフィンの頭部にかみついた。

 ソニアがとっさに鞄から武器を取り出そうとして。



「ちょっと揺れるぞ、ソニア」



 グレーフィンの声に対応して、ソニアは舌を嚙まないように歯を食いしばる。

それと同時に、彼が犬を引きはがして、投げ飛ばした。


「ぎゃううんっ!」


 二メートル近い体格のグレーフィンに吹き飛ばされた犬は、去っていった。

 仲間の犬たちも、その犬を追って逃げていく。



「危なかった」

「久しぶりですねえ、王都アントルメ」

「ああ、ソニアは一年ぶりだっけか」



 一年前、王都を追われた元聖女は、冒険者になって王都に戻ってきていた。

 

「さびれてますねえ」



 門をくぐって王都を見て、ソニアはそんな感想を抱いた。

 一年前の王都は、白亜の町という言葉がよく似合う、白を基調とした都市だったはずだ。

 だが、今の王都は見る影もない。

 白い町並みは黒く煤けており、家屋も古びて壊れているものが度々見受けられる。

 無理もない、現在の王都は王都として機能していない。

 半年前に入手した地図がまだ意味を成している・・・・・・・・・・・・・というのが、その証左だ。



「もう半年も動いてないそうですねえ」

無限軌道・・・・もぶっ壊れてるしなあ」



 王都の端にある、さび付いて動かなくなったキャタピラ・・・・・を見て二人はため息をつく。

 


 王都アントルメは、移動都市であった。

 都市の下に、キャタピラがついており、国中を移動することができる。

 なぜそのような仕組みなのかと言えば、王都以外の都市を監視するためである。

 王国は国土の広さと都市間の距離が遠いことから、王族の支配が届きにくかった。

 ゆえに、各都市まで王都が移動することで対応していたのだ。



 もっとも、移動機能が破綻したことで、王都は王都として成り立たなくなってしまったのだが。

 それらすべてが、ソニアがいなくなったあの一年前から始まっている。


 その中で、雑貨店を見つけてソニアたちは入っていった。



「いらっしゃいませお嬢さん、それにお兄さん。ひょっとして冒険者かい?」

「ええ、そうなんです」



 ソニアは愛想よく返事をし、グレーフィンは、無言で会釈した。


「冒険者さんが来てくれるなんてありがたいねえ。何か売るようなものはあるかな?」



 王国には冒険者と言われる職業がある。

 都市間を移動して、商品や情報などを売ることで生計を立てている。

 王都が機能を停止したことで、より需要が高まってしまっている。

 それ以外にも用心棒や都市周辺の魔物の討伐なども行ったりするので何でも屋や便利屋と呼ばれることもある。



「ああ、こちらの火薬とかどうです?」

「へえ、いいねえ、ありがたい」



 扱う商品は薬、武器、宝石、貴金属などが多い。

 この国は、内部には厳しいが、外部からの旅人に対しては非常に肝要だ。

 だから、こうして冒険者という仕事が存在できているともいえる。

 では、冒険者になればいいと思われるかもしれないが、そうでもない。

 冒険者は、ビザを都市に発行してもらう必要があり、原則として三日間以上留まることはできない。



「王都の治安が、どんどん悪化してるからね。武器弾薬の類はいくらあっても困らないさ」

「それはよかった。ところで、仕事を探しているんですが、何かありませんか?」

「ああ、あるとも」



 店主によると、王国側が冒険者を集めて仕事を依頼しようとしているらしかった。

 ソニアは、内容を訊いて受けることにした。



「冒険者がちらほらいますね」

「まあ、それは無理もないと思うけどなあ。でも、ソニア、本当に受けるのかこの仕事」

「当然じゃないですか」

「わかった、じゃあ俺がお前を守るよ。俺は、お前の鎧で、俺たちは二人で一つだからな」

「はい、いつも通りお願いしますね」


 ソニアは、冒険者たちと情報交換を兼ねて話していた。



「『炎姫』のソニアが参加してくれるんなら心強いぜ」

「うわさじゃあ、炎熱魔法を使えるとかなんとか」

「あはは」



 冒険者は、荒事に遭遇することも珍しくはない。

 なので、冒険者は戦闘力を求められることが多い。

 魔法を使える人間は限られているがゆえに、それだけで一目置かれる存在だった。



「そんなに便利なものではないんですけどねえ」

「ん、何か言ったかい?」

「いや、何でもありません」

「そういえば、あんた今一人かい?よかったらこれから一緒に食事でも」

「えっとそれはちょっと」

「ソニアに、何か用か?」



 冷たい声が、響いた。

 いつの間にか、高さ二メートルの鎧が彼らを見下ろしている。



「い、いやなんでもないよ」

「グレーフィンさん、どこに行ってたんですか?」

「すまない、情報交換をしていた」

「何か得られましたか?」

「敵の人数や来歴、加えて魔法を使える人間の数と使ってくる魔法もわかった」

「なるほど、ですね」

「お前対人戦の経験はほとんどないだろ、やっぱりやめた方がいいんじゃねえか?」



 今回の仕事というのは、王都周辺に拠点を構えている盗賊たちを捕縛、あるいは討伐することである。




「いえ、やりますよ。でないとスッキリしません」 

「そうだよなあ」



 ◇



 翌日、彼らは盗賊団のアジトに向かった。



「お久しぶりですね、王子様」

「貴様、聖女か」



 ソニアは、彼の顔をよく知っている。

 この国の第一王子だった。

 いや、元第一王子だったか。

 聖女として、王都を支えてきたソニアとは面識がある。

 見れば、他にも見覚えがあるものが多い。

 王子の取り巻きの貴族か、その部下か。王城で顔を合わせていたことがあったのかもしれない。



「ずいぶんと、見た目が変わったな」

「それはそちらも同じでは?」



 今の彼の格好は、王族貴族が身にまとう好奇なそれではない。

 バランスの良くない、ちぐはぐな服装をしている。

 奪い取ったものをそのまま着ていたら、変な見た目になったとでも言わんばかりだ。

 いや実際そうなのだろう。



「王族がクーデターにあって、盗賊になるとは。落ちぶれたものですね」

「ふざけるなよ!死にぞこないの聖女風情が!」

「いいえ、今の私は何者でもありません。ただのソニアです」

「冒険者として、貴方を制圧します」



 ソニアは、バッグの中に手を突っ込んで、彼女の武器を取り出した。

 彼女が取り出したのは、一本の金属でできた筒だった。

 筒の先は、パイプを通して一つのチューブからタンクにつながれている。

 それは、武器で、機械で、兵器だった。

 それは、火炎放射器だった。

 液体燃料が詰められており、炎を噴射して相手を燃やす武器だ。



「おい、ちょっと待て」

「待ちません」



 豪炎が、眼前の盗賊たちを包み込んだ。



「ああ、もう燃料切れですね」

「そりゃ考えなしにぶっ放してればそうなるだろうよ」



 炎は、ソニアの手前にいたグレーフィンにもかかるが、彼がそれを気にした様子はなかった。



「それより、まずいぞ」

「ええ……」



 予め詰められている液体燃料を完全に消費して放たれた炎は人を燃やして致命傷を与えるには十分な火力だった。

 だが、彼らは燃えていない。

 汗を流す程度でとどまっている。



「防壁魔法、ですか」

「ふっ、その通りだとも。お前の攻撃は通じないぞ」



 魔法を使える人間は限られるが、優秀な血を掛け合わせた王族であれば、大抵使うことができる。

 第一王子が使うのは防壁魔法。

 高硬度の物質による殻を生成し、攻撃を防ぐことに特化している。

 今火炎放射器による攻撃を防いだように、防御に使うことがメインとなっている。

 一方で硬度の高い物質をぶつけて攻撃に転用することもできる。

 応用性が高い魔法と言えるだろう。


 

 ソニアとは、真逆だった。

 聖女ソニアの魔法適性は、機械修復。

 整備士のように機械を修繕するというだけではない。

 機械についた傷も、エラーも、全て正常な状態に戻せてしまう。

 そして、聖女の特性なのだが、魔力が枯渇するということがない。

 大気中にある魔力を取り込んで自分のものにすることができるからだ。

 例えば、燃料切れなども、だ。

 ゆえに、彼女が聖女として生きてきた十年間は、彼女一人を動力にして都市が運用されていた。

 しかし、王子やその取り巻きは彼女のありがたみを忘れて彼女を捨てた。

 そうなれば、機械に頼っていた王都は機能を停止する。

 インフラは停止するうえに、そもそも移動都市という特色も失ってしまい、なおかつ税金を徴収できなくなってしまう。

 つまるところ、王都はソニアを失った時点で運用が不可能になった。

 本来なら、ソニアが生まれる前の運営方法で都市を維持すればよかったのだが、ソニアに依存するあまり技術者を解雇したり、燃料などに使う資金を王侯貴族の贅沢に用いたりしたせいで、ソニア抜きで維持できなくなっていた。



 火炎放射器におけるエラーは、およそ二つ。

 一つは、排熱の限界によるオーバーヒート。

 もう一つは、燃料切れ。

 いずれも、彼女の能力をもってすれば解決できる。

 まして、聖女であるソニアの魔力は枯渇しない。

 これが、『炎姫』と呼ばれるゆえんである。

 時間がたてば、優劣がはっきりとしてきた。



「この、ままでは」



 彼らの戦術は単純。

 防壁魔法で耐久力を上げて、そのまま強引に突破するか、防壁魔法で相手の攻撃を受けて相手が疲弊したところでカウンターを与えて倒す。

 だが、どちらも選択できない。

 火勢が強すぎて、ソニアのところまではとても近づけない。

 さらに、持久戦では確実に盗賊側が不利である。

 聖女の魔力は尽きないからだ。

 いや、順序が逆だ。

 魔力が尽きない特異体質のことを、聖女というのだ。



「舐めるなあ!」

「っ!」



 元王子は、手に持っていた剣を、グレーフィンの首元に振るった。

 首元は装甲が薄く、鋼鉄の剣であれば、鎧越しでも首くらいは断てる。

 よしんば切れなかったとしても衝撃には耐えられない、首の骨が折れる。



「グレーフィンさ」



 剣が、グレーフィンの首元にぶつかって。

 ぼきん、と音がして。

 剣が、折れた。


「なんだ?」

「どういうことなの?」

「何だ、お前は?」

「俺は、グレーフィンだ」



 それは、かつてソニアが名付けた名前。

 それまで名前など持っていなかったソレに、初めて与えられた名前。



「そうじゃない、何者だと、どういう存在だと訊いているんだ!」



 首筋に剣を見舞って、人間が耐えられるはずはない。

 だが、グレーフィンは耐えている。

 それどころか、彼の首に、鋼の刃が耐えられない。

 彼の強度が、鉄と同等以上であるということを示していた。



「こいつ、人間じゃない?」

「人間だよ、俺は」



 飄々とした声で、グレーフィンは返した。



「ただまあ、ちょっと硬くて重いかもしれないけどなあ」



 彼の名は、グレ―フィン。

 またの名を、戦闘用アンドロイドである。


 ◇



「アンドロイド、ですか」



 アンドロイドとは、ヒューマノイドとも言われる人を模した機械だ。

 戦闘力、あるいは労働力として開発されたが、人を模倣するためにコストがかかりすぎるという理由から凍結され、試作機は廃棄されたと伝わっている。

 ソニアも、たまたまこのアンドロイドと同じ地点で廃棄されたということだろう。

 そういう意味では似た者同士なのかもしれない。

 誰にも存在を認められていない、望まれていない失敗作。



「直します」


 ソニアは、直接触れて、魔法を発動した。

 境遇に自分を重ね合わせた、というわけではない。

 彼女には、それしかできないから。

 生まれた時から、彼女が必要とされるのは壊れた機械を直すときだけだったから。

 それが、彼女の仕事だったから。

 だから今この瞬間も、彼女はそれをする。

 まるで、命令を与えられた機械のように。



「うん?」



 ぱちり、と目が空いたような気がした。

 鎧の奥で、赤い光が発生する。

 これがアンドロイドの所謂目の部分に当たるのだろうとソニアは考えた。

 アンドロイドは、周辺をきょろきょろと見渡してから、ソニアの方に向き直る。



「そこのお嬢さん」

「はい?」

「俺はどうやって復活した?」

「あ、あの、私の魔法です。機械を修復して、正常にすることができます」

「機械を?ふーん、助けてもらってなんだが変わった魔法だな」



 鎧型のアンドロイドは、手足を動かして状況の把握を始めた。

 すぐに、ぺたぺたと彼の全身を触り始める。



「俺は、動力炉だけないみたいだな」

「なんででしょう、ご、ごめんなさい」

「いや、たぶんあれだな、アンタの魔法が、エラーの排除、つまり復元だからだろ。つまるところ、全盛期の状態にしているわけだ」



 アンドロイドは、体を動かしうる動力炉がなければ動けない。

 エンジンがない車が動かないのと同じだ。

 しかし、最初から動力炉やエンジンなどの駆動機構を持たない機械にソニアの魔法をかけた場合はどうなるのか。

 機械を新たに作り出すことができない以上、エンジンを作ることはできない。

 答えはいたってシンプル。

 動力機関を持たないまま、無形の動力をもって動き出す歪な機械となる。



「俺は動かすためのもともと動力炉を埋め込まれる前に壊された。だから、動力炉を埋め込まれないまま、アンタの魔法で正常に動いているってわけだ」

「な、なるほど」

「つまり、あんたがいないと俺は生きられないってわけだ」

「でもなあ、お前が死んだらたぶん俺はまた動けなくなるぞ。それはちょっと困る、というか嫌だ」

「何か、欲しいものはあるか?俺に魔法をかけ続けてくれるなら、何でもするぞ、お前のためなら」

「私を……」


 言うべきことなら、たくさんあった。

 復讐がしたいだとか。

 ご飯が食べたいとか。

 近くの都市に運んでほしいだとか。

 どれを口にしても、傍から見れば不自然ではないだろう。

 けれど、その時に思いついたのはたった一つだけ。



「私を、抱きしめてください」

「承知した」



 金属の鎧を介して伝わってくる、金属の鎧から感じられる熱を。

 人をたやすく押しつぶせるパワーがあるはずのアンドロイドが、包み込むようにしてくれているという優しさを。

 何より、生まれて初めて誰かに抱きしめられて、離れないことへの安心感を。



「うっ、うっ、うっ」

「…………」



 生まれてきて、聖女になってからのことが一度にあふれてきて。

 ぽろぽろと涙があふれて止まらなかった。



「うっ、ああああああああああああああああっ!」

「…………大丈夫だ。好きなだけ、泣くといい」




 生まれて初めて、ソニアは誰かの胸の中で、声を出して泣いた。



 ◇



 契約は成立し、この一年間守られ続けている。



「くそっ!なんなんだお前!」

「いやいや、もう投降したほうがいいんじゃね?そうすりゃ命までは取らんし」



 今この瞬間にも、火炎放射は続いている。

 しかして、火炎はグレーフィンを燃やさない、壊さない。

 いや、熱された傍から彼女の魔法によって修復され続けている。



「なめるな!」

「ひっ」



 どうやら、魔法を使える元王子が最大戦力だったらしく、他のメンバーは次々と武器を捨てて投降した。

 防壁魔法がなくなった状態で、ソニアが猶の事火炎放射器を構え続けていたのがとどめになったのかもしれない。


「気分はどうだよ」

「すっきりですね!」



 晴れ晴れとした表情で、ソニアはグレーフィンに語りかける。



「くそっ、いい気分だろうな!俺への復讐を果たしたんだからな!」

「…………」



 縛られて動けなくなった状態で、元王子が喚く。

 ソニアは答えない。

 何も言えないのか、あるいは言いたくないのか。



「いい気になるなよ!俺に復讐したつもりかもしれないが、俺はまだ生きている!いつか這い上がって、お前らを潰してやるからな!」



 ふう、とグレーフィンはため息をついた。



「勘違いしないでほしいんだがな、ソニアは、復讐のためにこんなことをしたわけではないんだよ」

「じゃあ、何のためだというんだ?」

「今の私の仕事が冒険者だから、そして以前の仕事が聖女だったからです」

「な、に?」



 冒険者としての仕事、というのはわかる。

 元王子たちは、指名手配を受けた盗賊であり、捕獲ないし討伐をすれば賞金を得ることができるからだ。

 しかし、聖女としてとはどういう意味なのか。



「この王都は、一年で随分と荒廃してしまいました。すべては、私が王都を追放されたことに起因します。厳密には、私が聖女に選ばれたことというほうが適切でしょうか」



 王都の要であるキャタピラの整備は、機械修復の魔法を使えるソニアが十年以上担当していた。

 というより、機械修復の魔法が王都にとって有用だったからこそソニアは聖女として重用されていたのだ。



「しかし、それはさまざまなひずみを生みました。まず、殿下たちは燃料の補給をまともにしなくなりました。私の魔法があれば、動力がなくても正常に動かせる・・・・・・・からですね」



 ソニアは、ちらりとグレーフィンを見た。



「さらに、整備士や技師などを殿下たちは追放なさいました。なぜなら、私がいれば整備の人員など必要などないから。その分、自分達の私腹を肥やすことができるわけですね」



 思えば、王子たちもいきなり何の前触れもなくソニアを追放したわけではなかった。

 機械整備などを行う技術者を、ソニアが来てから用済みと追放していた。

 さらにそれだけではとどまらず、自身の意にそわないものや、必要ないと判断した者たちを次から次へと排除していたのだ。

 そういう排除がエスカレートしてしまった結果が、ソニアの追放だったのだろう。



「な、何が悪い!おれは王族だぞ!」

「それも、私がいればまだかろうじて都市を運営することはできたでしょう。しかし、貴方は私も排除した。私なくして都市が持たないことを、貴方はわかっていたはずなのに」

「そんなだからクーデター起こされて、落ちるところまで落ちるわけだな」

「ぐ、ぐぬぬ」



 ソニアとグレーフィンに正論で詰められ、元王子は呻くことしかできなかった。



「ですから、私は元聖女としての責任を果たすために来たのです。貴方がこうして盗賊として王都の住民に迷惑をかけているのも、私に責任の一端があるのですから。貴方はともかく、巻き込まれた一般市民に罪はありませんしね」



 今の王都の荒廃も混乱も、もとをただせばソニアに原因がある。

 だから、こうして元王子たち盗賊を捕えることで、償いとしようとソニアは考えたのだ。



「ぐ、うううう」



 聖女としての責任を果たそうと考え実行に移したソニアと、責任感の欠片もなく私利私欲のためだけに行動してきた元王子たち。

 誰がどう見ても、格が違う。



「くそおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 それを理解した元王子は、屈辱に顔を歪めながら叫ぶのだった。

 ソニアは、そんな絶叫と発狂を聞き流しながら警吏に元王子たちを引き渡し、グレーフィンとともに歩き去っていった。



「ソニア」

「なんですか?」

「気は済んだか?」

「ええ、すっきりしました!」

「そいつは良かった」



 感じた責任という名の重石が、すっと抜けていったような気がしていた。

 王都から追い出されて、どこにも居場所がなくて。

 グレーフィンと出会って一年旅をしてきて。

 今日、過去にも決着をつけることができた。



「グレーフィンさん、契約」

「はいはい」



 何かを欲しがる声と、満更でもなさそうな声。

 グレーフィンがそっとソニアの体に腕を回す。

 冒険者になって、様々な場所を巡った。

 けれど、どこに行こうと、何をしようと。

 ソニアの居場所は、この腕の中なのだと改めて思う。

 この腕があれば、彼がいてくれれば、どこにいたって幸せなのだと。

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