第33.5話 それぞれの日々

村の総人口約50名。


人口爆発が起こるこの世界において、50という数字は圧倒的に少ない数字。村としても底辺。そんな村の主人であるアスタは悩んでいた。


それは.....



馬小屋での生活に慣れている彼にとって、衣と住に関していえば気にするに足りないこと。


だが食に関しては別問題。農家での食事はマシだった。冷蔵庫のないこの世界において鮮度が落ちる速度はとても早い。なればこそ収穫から出荷までの速度が重要。彼らがありつける食事に使われる食材は、そのほとんどが傷んだ農作物やら腐りかけのものばかり。税を納めるためにも出荷できるものは根こそぎ出すのが当たり前。


彼の料理を担当した小人ドワーフのラーフは料理上手だったため、彼の舌を唸らせることに成功しただけ。傷んだり腐ったりした作物を試行錯誤で美味しく仕上げた。彼は知らないし、今後も知ることはないだろうが、食した卵は全て腐りかけ。肉は近くに現れたモンスターの肉。小鬼ゴブリンが使われることも珍しくなかった。知らぬが仏とはこのこと。


ギルドで販売される食事に関しても、質が良くない。ただギルドは食料としても重宝されるモンスターであれば、言い値で買い取っている。


買い取り対象は多岐に渡るが、よく取引されるのは、古亀トータスの中でも海辺付近に生息し比較的長い年月を生きた個体の甲羅。長い年月によって蓄積された甲羅は天然の岩塩と化しており、どこか甘みのある肉との相性抜群の塩となる。


その他にも花の蕾の頭に大きな葉の手、太い根を足をもつ人型の死植物デスプラント。それぞれ蕾は乾燥させることで美味しい華やかな香りを放つお茶となり、葉は苦味から好き嫌いが分かれるが、栄養満点の野菜として食され、根は特有の粘り気があり、すりおろして小さな団子状にまとめて揚げるもよし、そのまま麺にかけてもよしの優れもの。


単純な肉としては砂鷹サンドホーク黄金羊ゴールデンラムなどが人気だ。


特に人気なのは、野菜ノ龍ベジタブルドラゴンと呼ばれる、名前に龍がつくものの植物種のモンスター。腹の部分は良質な脂が染み渡る緑色の肉。生肉の見た目はとても食用には見えないが、焼くことによって通常の肉と区別できない焼けた時の茶色の色合いになる。また大きな翼は甘みの強いキャベツにも似た葉であり、足は大根のような根菜、両眼は最高級のトマトのような野菜、牙はキノコのような味の野菜となっている。最上位の種族で強敵であり、年間で50〜100人ほどの死者を出しているが、莫大な富となる、野菜ノ龍ベジタブルドラゴンに挑むものは多い。


話は逸れたが、このようにギルドには多くの食用モンスターが持ち込まれるため、ギルド内の食事は金さえ払えばそれなりの品質の飯にありつくことができる。


だが最大でドウまでしか登れなかったアスタはギルドの中でも低い品質の食事を取っていた。.....が食材だけを見れば農家よりも質が良い。


しかし今は違う。村にあるのは小さな畑のみ。それも土壌の状態は極めて悪く、村人全員に行き渡るほどの食料を確保することができない。


アスタの朝は基本的にかなり早い。悪魔であるが故に睡眠は本来必要ないが、人間としての名残でつい寝てしまう。寝ないと辛くなるのは気持ち的な問題なのかもしれない。とはいえ睡眠時間は極めて短く、夜は誰よりも遅く、朝は誰よりも早い。


彼は食料問題解決のために、様々なことを試すがどれも上手くいかない。質は落ちるが作物を急成長させるための魔法もあるが、彼はその存在すら知らない。


輸入に頼るにも、自らの存在を隠すためにも、彼の村があるハノーファに援助してもらうことはできず、冒険者時代に貯めていた少量の金銭と、村にある少ない財で、買い集めた食材でなんとか食い繋いでいる。



「じゃあ.....いただきまぁぁーす!」



「おう!いただきますっと」



村に来てから半月が経ったある日の朝。まだ薄暗い空の下で偶然、村の周辺を偵察していたココと会った。1人での朝食も寂しいので、魔王城(仮)の円卓の間でポツンと2人で朝食を取ることに。


偵察の仕事をしていた労いも兼ねて、俺が朝食を用意するも、残念ながら.....の飯。


申し訳程度のサラダとパンと何ヶ月も前のであろう古のジャーキーに、ココには白湯、俺は雑草の根を煎って煮出したコーヒーもどき。


まずはパンに齧り付く。力づくで引っ張らないと千切れないほどに硬い。品質が極めて悪い家畜用のニンジンの見た目をしたジャガイモでかさ増しされた水分無しには食べられないパサパサのパン。食感は消しゴムのような不快感。味は雑味が多く、口の中をリセットするためにコーヒーモドキを流し込む。


だがコーヒーモドキも正直言って煤の入った水.....匂いはまだマシだし、見た目もコーヒーそのものであり諦めきれない感が否めない。


サラダも.....水水しさからは程遠い食感。ドレッシングなどもちろん無し。食材本来の味を楽しめる。ジャーキーも少しカビ臭い。



「おいしかった!アスタありがとね!」



優しさなのだろうか、それとも俺の舌が肥えているだけなのだろうか。今回の朝食の最大の美味しさのポイントは、隣で美味しそうに食べてくれるココ。誰かと食べる食事は何よりも食材を美味しくしてくれる素晴らしいものだ。


ココは食事が終わり、しばらくして再び偵察のため俺の前を後にした。


いなくなったのを確認して、皿の上に残ったパンのカケラとサラダをかき込みつつ、俺は思う。



「あぁ.....本当に美味しいご飯はいつになったら食べられるんだぁぁぁっ!!!」



ちなみにこの食事は毎日のもの。俺たちの食事の事情が解決するのはいつになるやら.....





───数年前────


アスタとザックたちが出会ったギルド内にて。



「だぁっ〜金が.....ねぇ」



茶色混じりの赤い髪は逆立つくらいの短髪で、切れ目で比較的には整った顔立ち。体つきは細いが、露出している腕や脚にはしっかりとした筋肉がついている。黒く袖のない服の上からレザーアーマーと、甲の部分が硬い革になっている手袋を着用しおり、左の腰に剣を携えている冒険者。


そんな男ザック・グルナードは、黒の三角帽子に灰色のホルダーネックを着用し、その上には黒のマントを着用している眼鏡をかけた垂れ目で、碧眼の緑と黄色のグラデーションをした真っ直ぐ伸びたロングヘアをした女性メロは、ザックと共に何やら掲示板と睨めっこ。



「これにしましょ!」



「えー!虫はあんまり得意じゃねーんだよなぁ」



「もー!好き嫌い言わない。私だってお金に余裕があればもっと楽で簡単なお仕事選びます。それに、蟲種のモンスターであれば火属性が共通で弱点。私の火球ファイヤボールでかなりのダメージを出せます!」



「しゃあねーなー。やるか!」




「はい!」



かくして2人は、ケルン大森林の中でも最も大きな木、トリーア巨大樹へと足を運ぶ。



「相変わらずでかいな。この木は」



「ですね。300mほどはありそう.....」



トリーア巨大樹はケルン大森林において心臓部。毎年春頃に巨大樹から降り注ぐ花粉は、植物の成長を促進する効果があり、この世界で一番巨大な大森林の安定を務めている。その全長は約350mであり、巨大樹の頂上へたどり着いた人物は3人のみとされる。


金持ち連中は、この巨大樹を見るために冒険者という護衛をつけて良く訪れている、観光スポットにもなっているが、大森林内には数多のモンスターも潜んでいる歴とした危険地帯。


最近まで訪れる者が多かったが、今ではその姿は1人としていない。何故なら巨大樹の根の付近に最近になって、蜚蠊王コックローチロードというモンスターが巣を作ってしまい、観光に訪れた客が犠牲となったから。


蜚蠊王コックローチロードとは、その名の通りゴキブリなのだが、全長は5mほどあり、背中には数百を超える下位の種族で、ロードの配下である小型の人喰蜚蠊デスコックローチが付いている、最悪までに見た目が悪いモンスター。


強さの指標としてはB-。ドウ以上なら余裕。それ以下でも勝てる可能性はある程度。報酬も決して悪くないが、なぜ放置されているかというとその見た目の悪さが原因。


今回はそんな蜚蠊王コックローチロードの討伐を行う。



「よっし!気合い入れていくぞメロ!」



「もちろんですっ!」



「早速来やがったかっ!」



着いて早々、俺たちの存在に気がついた人喰蜚蠊デスコックローチのヤロウどもが、俺たち目掛けて群がってきた。


俺は両手でガッシリと剣を握り締め、先行して突撃してくる人喰蜚蠊デスコックローチ数体をまとめて両断する。



「ひえっ.....来ないでぇ!〈火球ファイヤボール〉」



燃える魔力の球がメロの杖から放たれ、人喰蜚蠊デスコックローチたちの肉体を崩壊するまで燃やし尽くす。


出だしは好調。


問題はここから魔力をいかにして温存しながら、親玉をぶっ飛ばすかだ。


正直、親玉相手にはメロの方が確実にダメージを出せるので、ボスまでは俺が積極的に1匹でも多く倒す必要がある。


スキルを温存しつつ、俺は無数に群がる人喰蜚蠊デスコックローチの群れを次から次へと斬り飛ばす。


ゆっくりと歩みを進めていると、俺たちを脅威に感じたのであろう、金属を擦るような不快な音を立てながら、とてつもなくデカい人喰蜚蠊デスコックローチのようなモンスターが根と根の間から姿を現す。


まさしく今回の目標である蜚蠊王コックローチロードだ。長い触手の先が三又に分かれており、あれこそこの人喰蜚蠊デスコックローチたちの長の印。


まずは様子見がてらメロが〈火球ファイヤボール〉を放つ。しかし流石は上位種。俊敏な動きでメロの攻撃をいとも簡単に躱して見せた。だがロードの動き合わせるように俺は6本あるうちの1本の脚にスキルを乗せた斬撃で斬る。


しかし斬ったと同時に、背にこべり付いている人喰蜚蠊デスコックローチが俺に向かって飛びかかってきやがった。



「くそっ!」



1匹1匹の攻撃は低くとも、数十匹からの同時攻撃は流石に痛い。メロからの援護も、俺が巻き添えをくらう可能性があるため望めない。


まずいな。


その時だった。


目の前を白い影が通り過ぎ、影と共に目の前の人喰蜚蠊デスコックローチの大群を影が攫って行った。



「誰だか知らねーけど、助かったありがとな!」



影の正体。白銀のフルメイルを着た謎の人物。しかしチラッと見えた胸に青で描かれた王冠を被ったドラゴン。あれはウルム王国の精鋭部隊の証。人喰蜚蠊デスコックローチを殺した際に飛び散る緑の返り血も、フルメイルに残ることなく零れ落ちているところだけで、装備が一級品ということがわかる。



「.....こんなモンスターのために駆り出されてたなんて最悪」



「助かったぜ!ありがとう!」



「.....だれ?」



「おう。俺はザックだ!」



「あっそ」



声を聞く感じ女だ。しかし何というか.....無愛想にも程がある。まぁ協力してくれる様子だから許してやるか。



「じゃあ俺が先行するからお前.....って!」



俺が指示する前に、無言でロードの元へと走り出し、背に残る人喰蜚蠊デスコックローチごと背中を斬り裂く。あれだけ重厚な装備なのにスピードは軽装備の俺よりも圧倒的に速い。しかも短剣を逆手で使っているにも関わらず、切り口は俺よりも深い。


だが俺には見えた。とんでもない速さで同じ箇所をほぼ同時に2回斬ってやがる。なんという実力の高さだ。あの戦士はこのまま1人でロードを圧倒してしまうだろう。それはまずい。



「俺だって!」



剣に魔力を込めつつ、まだまだ残る人喰蜚蠊デスコックローチからの攻撃を無視しながら走り出す。


メロの魔法の援護もあり、大したダメージを受けることなくロードの元へ辿り着き、俺の奥義を放つ。



「うぉっ!父なる聖剣グラムッ!!」



魔力を解き放った斬撃の一撃で、蜚蠊王コックローチロードの体を真っ二つに切断する。



「ばかっ!」




蜚蠊王コックローチロードは身体が切られると同時に、小さく黒い塊を無数に飛び散らせる。最後の足掻きだろう。


大したことはないとたかを括っていたが、黒い塊が一粒俺の肩についた瞬間、激しい痛みに襲われる。レザーアーマーを貫通し、肩の肉を食い破りながら数匹の人喰蜚蠊デスコックローチが飛び出してきやがった。


まずい。と思ったその時、先ほどの女戦士が俺の肩の肉ごと人喰蜚蠊デスコックローチを探検で斬り裂き、同時に飛び散る黒い塊を全て地面に落ちる前に斬り裂いてみせた。まさに神業。



「そこの魔導士さん。火属性の魔法でこの辺焼き払ってくれない?」



「は、はい!〈火球ファイヤボール〉」



女戦士に言われるがまま、メロは数発の火球ファイヤボールを放ち、人喰蜚蠊デスコックローチ蜚蠊王コックローチロードの亡骸を燃やした。


これにて一件落着。



「じゃあ、私は行くわ。あんたたち弱いんだから仲間を増やすといい」



終わって早々に女戦士は立ち去ろうとしたので、思わず去っていく腕を握り引き留めた。



「おい。ちゃんとお礼くらい言わせろよ。ありがとな!」



「わかったから離して?」



「わりぃわりぃ。でもお前だって俺たちの力借りたろ?顔くらい見せてお礼言ったらどうだ?」



「私1人で余裕だったよ。図々しい男だね。はいはい.....ありがとう」



と、ヘルムを外して現れたのは、褐色の肌に茶髪の髪を後ろで結ぶ女性の顔。その目に光は無く暗いものを感じさせる。



「おうよ!で、お前名前は?」



「私?私の名前は────」



これがココとの出会いだった。



つづく.....?

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