第26話 微かな光

ザックが瀕死の状態の上、奴が消えても追うことができない。早く完全回復フルポーションを飲ませなければ。もしものために[異空間]に収納してある完全回復フルポーションを取り出し、コルクの蓋を開けザックの傷へと振りかける。


しかしポーションが効果を発揮しない。もう一本取り出し、今度は口を無理矢理開き、ポーションを口の中へと流し込む。だが効果は現れない。


【・・・。残念ながらザックは失血というデバフ状態です。回復を無効するデバフのため、手遅れかと】



(黙れ!!)



残る一本はアウレアに飲ませたため、完全回復フルポーションはすでに底を尽きてしまった。残るは上回復グレートポーションが数本あるのみ。だがそれは部屋に置いてきてしまっている。



「頼む!誰でもいいっ!上回復グレートポーションを持ってきてくれ!」



「自分が行きますっ!」



「わ、私も!」



怪我をしながらも。ソールがメロと共に部屋まで取りに走った。とても頼もしい味方だ。こんな状況でもなければより痛感するだろう。


苦し紛れに〈小回復ライトヒール〉を連発しつつ、2人が走っていった方向を見つつ到着を待つ。その時、ザックが虚ろな目を開き、僕の腕をがっしりと掴む。



「アスタ…もう…いい…」



今にも途切れそうな声で、ザックが口を開いた。



「っ!待ってろザック。今治してやるからな」



無理矢理に貼り付けた笑顔でザックの手を握り返す。これ以上彼を心配させるわけにもいかないから。



「俺は…もう…ダメだ…。俺よりココを…助けろ…」



「何言ってんだよ.....!お前を治した後で、ココも救う!」



「へへっ…ずいぶんと優しい…魔王様だな」



ザックの傷を必死に押さえつけ回復魔法を使用しているが、血が止まらない。


ポーションはまだかっ!



「もう大声出せねぇから…後から他のやつにも…伝えてくれ…」



「馬鹿か!自分で言え!」



「いいから黙って聴いてくれ…メロ…まだお前と2人で冒険者やってたとき、散々迷惑かけてすまなかった…けど俺さ…お前のこと…好きだったんだぜ…」



俺はただ、ザックの口元に耳を近づけて、聴くことしか出来なかった。



「ココ…お前は名誉ある騎士だったのに…どうしようもない俺たちのために、わざわざ抜けてまで仲間になってくれてありがとう…いつも元気で…お前には何度も励まされた」


「エレナ…短い間だったけど…酒場でみんなで盛り上がったりして楽しかったよ…しかも俺たちより強くてさ…本当に頼りになった…」


「ソール…そしてルナ…お前ら兄弟とはもっと色々話したかった…一緒に戦ってるとき…何度も守ってくれたよな…ありがとう…」


「アウレア…お前は俺のこと嫌いだったのか?…まぁいいけどよ…他の仲間は…好きでいて欲しい…お前とも…一緒に酒…飲みたかった…」


「最後にアスタ…」



「アスタ様!!ポーションです!!!」



ソールが息を切らしながら、ポーションを投げてきた。俺はそれを受け取り、急いでザックに振りかけた。



【ザックの死亡が確認されました】



・・・。



妄想のように上手くいかないな。妄想世界の僕なら.....簡単にザックを救えた。妄想なら.....今までの生活では感じることのなかった強い後悔。一緒に戦ってやることすらできなかった不甲斐なさから、僕は自分自身に絶望した。



「なんだよ…僕との思い出は無いのか…最後まで言えよ!」



時は残酷だ。その場で悲しむことすら許されない。現在あの王様の指示の可能性もあるため、宿屋から急いで出て、身を隠しつつ仲間の傷を癒すため、ケルン大森林にある最初にザックらと共に制圧した小鬼ゴブリンの巣の奥で身を隠していた。


ザックの死体はかなり惨たらしく、最後くらいはと[異空間]で収納し、[創造]を使い数を綺麗に治して創り直した。守護神アテナによると魂を入れることも可能なそうだが、ザックではない別の人物がザックの体を動かすことを想像したくもなく、その提案は即座に却下した。綺麗な状態のザックの下に白い布を敷き、不恰好だがいくつもの花を備える。


メロはザックに膝枕をしつつ、その顔を悲しそうな顔で撫で続けている。


見るのも辛い僕は、全員から少し距離を置き、角で体育座りの状態で丸くなっていた。



「アスタ様…申し訳ありません…」



僕に配慮して距離は保ちつつ、ソールはさっきから僕に謝り倒している。


ソールはよくやっていた。大怪我を負いながらもよく戦った。他のみんなもそうだ。泣きながら聞かされた話。アウレアがいなければ全滅もありえた。ルナとメロのサポート。ソールとザックの援護がなければ.....エレナが男に不意打ちをくらわせたおかげで、ザックの最後の言葉が聞けた。ココもエレナと共に戦ってくれたおかげであいつが怯み撤退してくれたのだろう。だが自分だけは何もできていない。



「謝る必要はない。全部僕のせいだ」



「そんなことはっ.....」



全員暗い雰囲気に包まれていた。残りのメンバーは誰1人一言も発していない。



「アスタ様。あーしは薪を拾ってきますね」



アウレアは素っ気ない態度だが、かなり責任を感じている様子だった。


上回復グレートポーションの余りをルナにも飲ませ、ソールが看病している。


アウレアを含めた5人ですら全く歯が立たなかった強敵。そんな強敵に拉致されたココの存在。そして大切な友を失った悲しみ。僕は心はもう限界だった。


沈黙の中、最初に口を開いたのはエレナ。優しく僕の肩に手を置き、真剣な眼差しで僕を見つめる。



「アスタ。あの男とどう戦うか話し合おう。前に見かけた弓兵の存在もある」



正直考える余裕がなかった。



「そんな気分じゃないんだ・・・エレナ」



「見損なったぞ。ザックは死んだ。もう戻らない。だが、ココはまだ生きている。彼女は私たち次第では戻ってくるんだぞっ!!」



確かにその通りだ。ココはなんとしてでも取り戻さねばいけない。だが、やはり気持ちの整理ができない。僕は沈黙の後に、みっともなくその場から走って逃げてしまった。


もうこの重圧に耐えられない…


しばらく走り続け、離れた砂漠地帯の手前で、1人泣いていた。無理な話だったんだ。元々クラスの中でぼっちで、運動も嫌い。父親は早くに死に、母親もどうしょうもない人だった。それを言い訳にして楽な方に逃げて生きてきた僕には、この世界は荷が重すぎる。



「アスタ様を追わないと」



「私1人に行かせてくれ、ルナ」



「わかった…」



泣き続け考え込んだ結果、死のうと思った。


死ねば楽になれる。もう世界を救うとか…どうでもいい…苦痛耐性のおかげで、腹に刀を突き立ててもあまり強い痛みは感じずに、死ねるだろう。僕は刀を抜き首へと押し当てる。



「何をしているっ!!!!」



驚いて後ろを振り返ると、エレナが追っかけてきていた。



「なんでここが…?」



「私は、人狼だぞ。鼻はいいからな」


「とりあえず、それをしまえ」



「うるさい!もう限界なんだ…僕なんかっ!!!」



エレナの手が振り抜かれる。次の瞬間頬に鋭い痛みが走った。同時に視界が突然何かに覆い隠された。とても柔らかく落ち着く感触だった。



「アスタ。君はそんな弱い人間じゃないだろう」



「僕は弱い。ザックを助けられなかった」



「私もだ」



「なんか無駄に格好つけたりするけど、前世は楽な方に逃げるどうしょうもないやつだったんだぞ?友達もいないし.....」



「そうなのか。私が知っているアスタは、勇敢で仲間思いで、頭がキレて、可愛い。君の前世なんて知らないが、私の知っているアスタは強く頼もしい」



「偽物だ。そんなの.....」



「本当にそうなのか?仲間を守ろうとした行動も、楽しんだ思い出も偽物なのか?」



「.....っ」



「アスタ。君は強い。私は信じているぞ。さぁ、どうする?ココを救いに行くか、私たち全員を見捨てて逃げるか?私も君に助けられた身だ。逃げても責めたりはしない。ただ私は1人でもココを救いに行く。友人だからな」



「ずるい…見捨てられるわけない」



「そうか。ならどうする?」



僕には仲間がいる。ココ…メロ…エレナ…ソール…ルナ…アウレア…そしてザック


そうだ。僕はこんな簡単に折れるわけにはいかない。いや折れてはいけない.....まだ少ないが、こっちに来てから、守りたいと思える大切な人たちに出会った。


偽物でいい。かっこ悪くていい。自分や他人に嘘をつき逃げながら生き延びるくらいなら、必死に背伸びして必死にもがいて苦しんで、格好つけながら死んでやる。


誰に気づかれなくても努力し続ける者はかっこいい。と漫画で読んだことあるしな。


なら答えは一つだ。


軽く目を瞑り気持ちを落ち着かせる。次第に冷静になり目を開けようとした直前。笑顔のザックが脳裏に浮かぶ。口がパクパクたがいているが声は聞こえない。だが僕には聞こえる。俺が見守っててやるから、最高の魔王になれ.....と。



「やる」



不思議と自信がみなぎる。



「そうか。ふふっ。ならハグはもういらないな。こっちを向けアスタ」



エレナの顔を見上げると、その距離はとても近かった。次の瞬間唇に柔らかい感触が当たった。



「君は、私に一目惚れをしたと言っていたな。君さえ良ければだが…君と夫婦つがいになってやろう。私はキスをしたのが初めてだったが、悪くないな」



「はははっ!僕も初めてだよ。エレナ、僕のいた世界には夫婦になる前に段階を踏むんだ。付き合うってことをするんだ。そこで愛を育んでから、夫婦になるんだ」



「そうなのか。ならココを助け出したら、その付き合うとやらをしよう」



「うん!」



違った意味で気持ちの整理がつかなくなったが、エレナのおかげで元気が出た。ココのためにも…ザックのためにも…やるしかない。


2人でみんなのところへ戻った。沢山泣いたから目が痛い。全員に頭を下げてから僕はぐちゃぐちゃの頭を整理し、作戦会議を始めた。



「みんな作戦会議だ。その前にソールはこの上回復グレートポーションを飲め」



「ありがとうございますアスタ様」



とりあえず最初にあの野郎と対峙した際にいた仲間について守護神アテナの協力のもと説明した。そして野郎を倒す思いつく限りの手段を述べ、皆で意見を出し合う。


僕は覚悟を決めた。ザックの覚悟も全部背負って、あいつに喜んでもらえるような世界を作る。.....まぁ魔王になる予定だがな。


余分な殻をザックは持っていってくれた気がする。散々覚悟してきたつもりだったが、やはりどこかで揺れ動く気持ちがあった。しかし今は違う。明確に何をするべきか。自分がどうしたいかそれがわかる。


大切な者を失ったばかりなのに、何故か心地が良い。大切な者の気配をそばに感じるから。亡くなっても無くならない想いい僕の胸に宿る。



「僕.....いや“俺”は、もう逃げも隠れもするつもりもない。あの男を倒し、本格的に活動を始めるつもりだ。全員、俺に付き従ってくれ」



「もちろんですアスタ様。あーしの身体も心も全てはアスタ様のために存在しております」


「「アスタ様に付き従います」」


「や、やりましょう!ザックの仇。そしてココを助け出して、アスタさんを魔王にして見せます!」


「この命尽きるまで、君に全てを託そう」



ザック.....本当に俺は君と出会えてよかった。こんなにも頼もしく頼れる仲間たちをくれたのだから。



「男は俺が引き付ける。エレナとメロは、戦闘が始まったらココを助け出しに行って欲しい」



「あぁ」

「はい」



「アウレア。そしてソールとルナは取り巻きの処理だ。一掃した後に余力があれば参戦してくれ」



『かしこまりました』



作戦について、細かい詳細も説明をした上で、さらに2日間の間作戦を練りながら傷を治す者。さらなる強さを求め修行する者。それぞれ決戦に備えた。



ー今度は勝つー

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