第6話

何もかわっていないというその言葉に、ジロは安心感を得たのだろう。私は少し微妙であった。私が攫われたというのに平穏無事に暮らしている。まあそうか殺す手間が省けたといったところなのだろう。


どうやらそのお友達の5匹の狼が様子を見てくれたようなので「ありがとね」と5匹も撫でまわす。そして魔力の発動されたことで一抹の不安を感じた私。ジロみたいなイケメン男子が5人も……ありそうだから怖い。

そんなことを思いつつも撫でる手に喜ぶ5匹は、めっちゃハッハッと興奮しているようで、喜んでくれているのだろうと考えていた。


ちょっとの不安を抱えながら一夜を開けると……

何事もなかった。


ホッとしたような、少しだけ残念なような……。とりあえずは一定のレベルにないと人型にならない?言葉をしゃべれないとダメ?よく分からないけどむやみに人化できる魔物が増えなくて良かったのだと思うことにした。


そんな感じで日々は過ぎてゆく。

暫くすると洞窟内に快適な干し草入りの敷布団と、ふんわりとした掛け布団が増えた。これでジロに抱かれて眠ることもなく安眠ができる。ジロは「俺の方が温かいよ!」と不満の様だったが、私の精神安定のためにも我慢してもらった。


そんなある日、クロが作ってくれた大量の布を、街に売りに行こうという話になった。どうしても調味料や食器類、調理器具なども必要だという。私じゃなくてジロからどうしてもと強くお願いされてしまった。


ジロの話を聞くと、私が少しやせたのが原因だとか。いやむしろ屋敷に隔離されていた時と比べればまさに健康体!スタイルも良くなった!と、こっそりとガッツポーズをしていたぐらいで、体も軽く感じて淒ぶる調子が良い。

ジロの心配は的外れではあったが、とはいえ食器類や調味料などの話は正直あると嬉しい。塩のみと石の皿、葉っぱのコップは正直辛い。


クロにも許可をとってジロと街に出る。

クロ特製の茶色に染めたローブで顔は隠して目立たなくしていた。


街の人伝にはなしを聞きながら、商業ギルドというところを訪ねると、持ち込んだ生地は好評で一緒に持ち込んだ兎の肉と果物と合わせて結構な金貨を頂いた。

その金貨で食器類と調味料、鍋とフライパン、多少の野菜を買うことができたので心ウキウキで帰り路を歩いていた。


街の一角で装飾品を並べてある露店で、少しだけ足を止めて眺めていた私に、ざわざわとうるさい集団が近づいてきたので、ぶつからないように端にずれたのだが、その集団が幅を広げて歩いていたのでぶつかってしまう。


「あっ」と声をあげて尻餅をついた拍子にローブが頭からズレ、顔を見られてしまう。焦ってすぐに直した私は、その集団の中心にいる男を少しみてホッとした。少なくとも私が知っている顔ではなかった。

ふてぶてしく油ギッシュな顔をした貴族と思われる派手な服を着た男。


その男は、こちらの様子をジロジロと見ると「これはこれは……」と近づこうとするので、ジロは間に割り込んで私を立たせると「いこう」といってその場を逃げるように足を進めた。背後で少しざわざわと煩かったが早くその場を離れたかった。


折角盛り上がった気持ちが沈んでいく。新しい調味料に食器類など欲しかったものが買えた喜びは台無しになった私は、森に入ってからジロにお姫様だっこをされながら心が癒されていくのが分かった。

やっぱりジロが好き……


その気持ちを大切にしたいと思いそのたくましい腕の中でドキドキを感じながら体も心も預けて目をつぶった。


◆◇◆◇◆


「なに?アッサム・ハイデリッヒ伯爵からロズを嫁に欲しいと?」

「はい……北方の町はずれでロズエリア様を見かけて一目惚れだとか……」


アールグレイ侯爵家の当主、アールグレイ・ダイモンドは頭を抱えた。アッサム・ハイデリッヒという男は、同じ侯爵家ではあるが女癖が悪いことで有名であった。すでに10名の妾がいる状態と聞いている。

そもそもロズはそんな北方などには行っていないはずなのだ……


そして気が付いた。マリアントかと……


自分も含めて2大侯爵であるアッサム家とのつながりはほしい。だが愛するロズは王家に嫁ぐことが決まっている。だが見目だけで良いのであればマリアントでもいいはずだ。そもそも見初めたのはマリアントの方で……


「おい!今すぐ北方に捜索隊を出せ!マリアントは生きている!探し出して保護するんだ!」

「えっ?」

「何してる!早くせんか!」

「は、はいっ!」


焦りながらも部屋を出ていく従者。


「まったく、育ちも悪ければ頭を悪い……言われたことぐらいすぐに理解して動いてほしいもんだ……」


室内に父、ダイモンドの独り言だけだ響いていた。


◆◇◆◇◆


ある日の私とジロ


「ねえ、お肉って血抜きとかしないと生臭かったりするんだけど、ジロの出すお肉ってそんなに臭くないんだけど……」

「うん最初すっごく臭かった!兎とかそのまま毛を毟って食べたんだけどね……げんなりするほどまずかった」


ジロは本当に嫌そうな顔をしていた。


「でもね!兎の血が臭いって気づいたから、逆さまにしたりして落としてから食べたんだよね!何度かやって頭を落としてから1時間ぐらい木に吊るしたら、一番おいしいって発見したんだよね!」


うん。いい笑顔。そしてナチュラルに血抜きを思いつく……天才かな?

こうして理想は前世で食べていたドッグフートというジロのケモ耳を優しく撫でるのだった。

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