第2話

「黒い……狼?」


その狼は、私に次の悲鳴を出すことも許さない速度で近づき、そして私を咥えて放り投げた……

私はぐるりと回る世界にびっくりして声も出せない状態だった。


そして私の体はポフリと落ちた。

その狼の背中に。


『しっかり、捕まっててね』


そんな言葉になっていない言葉。脳に直接語り掛けるような言葉に頷き必死にその毛皮をつかんだ。

ふわふわで温かく、そして少し青みがかった黒。月の光に照らされて綺麗な毛皮を纏ったその狼は「ワオーン」と吠えて部屋から飛び出した。


「うわーーー!」


浮遊感に思わず悲鳴を上げた。ここ実は二階なんですー!私まだおこちゃまなんですー!でもごめんなさーい!少し漏らしちゃったかも、の言い訳を心の中で思いながら謝っておく。


スピードを緩めず私を乗せて走る狼。

そして目の前には暗い森。


一気に駆けてその中に飛び込んで、少し走って大きな木の洞(うろ)のそばで足を止める。


そして体を伏せ、私を降ろしてくれたその狼は私をその赤い瞳を向けて話しかけてきた。


『やっと助けすることができたよ……マリ姉……』


そういってまた言葉じゃない言葉で話しかけてくる狼。

いやでも……きっとそうだよね。


「ジロ……」

『そうだよ!マリ姉!』


その狼は、いやジロは顔をすりすりとこすり付けて喜びを表していた。

尻尾はバッフバッフと地面を叩きながら揺れていた。


「ああ、そうなんだ。一緒にこの世界に飛ばされちゃったんだね。ありがとう。今も……あの時も……」


私はジロをやさしく抱きしめ、その青みがかった美しい毛並みを撫でる。

その時、手から何かが放出されるのがわかった。多分魔力か何かだろう。だって異世界だもんね。

そしてジロは『くーん』と可愛い声をあげ、お腹を見せて尻尾をぶんぶん振っていた。


そうか……『もふり』は……もふるんだね。

何言ってるかわからないだろうが、どうやらそういうことのようだ。自己完結。


ひとしきりなで終わると、ジロの美しい毛並みがさらに光輝いて見える。とても美しい。その光沢!その柔軟性!100点満点である。

私は思わずまた手に力を込めてモフモフモフモフともふるのだった。


『くーん……くんくぅーーーん……』


狼の艶やかな遠吠えが響いていた。


充分に堪能した私は、その夜は洞(うろ)の中に入って眠る。

その温かい毛並みに包まれて……


安心する。怖くない。こんなにゆっくり寝られたのはいつぶりだろう。

何とも言えない安らぎを感じ、私は深い眠りについた。


しかしよく朝、私の平常心は一気に崩壊した。


ジロに包まれて眠っていたはずの私……

いつの間にか紺色の髪に腹筋がバッキバキのイケメン男子に抱きしめられていたのだから。全裸の。


私は即座に飛びのいた。その暖かな腕から……なごりおしい……心臓がバクバクと破裂しそうに動いていた。


「あっマリ姉。起きたんだね……」

「えっ何?ジロはどこ?」

「ん?どうしたのマリ姉。僕も良く分からないけど、朝起きたらこうなってたんだ。でもマリ姉と一緒!嬉しい!」


どうしよう。頭がありえない妄想を思い描いてしまう。

このイケメン全裸男子が……ジロっぽい事を言っている気がする……


「あっごめんね。何か着なきゃね。人間は服を着るんだよね?」


目の前のその全裸は手を空中に出現した光につっこむみ、次の瞬間その手には真新しい真っ白な布を持っていた。


「お友達に貰ったんだ。今度紹介するね」


そんなことを言いながら布を上半身からはおり、腰で上手に縛って整えるジロ。素敵な布を着こんだ元全裸イケメン狼は「おまたせ」とこちらに太陽のような笑顔をむけた。

頭には、もふりがいのある耳。お尻にはふんわりとした尻尾。ゆえにお尻は斜めに半ケツ状態で……悩ましい……


やはり私は願望全開の夢の中にいるようだ。


そんな現実逃避も長くは続かず、とりあえる見えてるお尻も後回し。これからどう生きていこうか冷静に考えた。

……考えたが、どうもこうもこの国、というかこの森についても何もしらない私はジロに丸投げを決め込んだ。


「ジロ。私はこの国とかこの森とか何も知らないの。知ってること教えてくれる?」

「もちろん!」


そしてジロが話してくれたのは、ここは領土に隣接する『死の森』で、魔物が住み着きほとんど人は入らない死地であるという。

だた、その魔物たちも下手にちょっかいを出さなければ特に害はないため放置されている土地という認識らしい。

その土壌は豊かで果物なども豊富に取れ、ウサギやイノシシなど動物も多数生息しているのでお肉にも困らないらしい。


一通り話をきいて今後のことをさらに考える。


「これからどうしようか?」


私の言葉にジロは小首を傾げるだけだった。可愛い。

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