No.12久しぶりのライブハウス
紗雪さんがメンバーに入ってくれてから少しのこと。
放課後の音楽室の中で、日課のようになってしまった合奏をしている途中。
「そろそろ”別のとこ”で練習しない?」
それは、紗雪さんの一言から始まった。
「”スタジオ”借りるってこと?」
世奈ちゃんの言うスタジオとは、音楽スタジオのこと。楽器の練習や曲のレコーディングなど、音楽活動をする人にとって欠かせない場所。
「そっ。いつも音楽室を使わせてもらってるけど、これ以上吹部に迷惑をかけるわけにはいかないし。あと、ここのロッカーで寝るのもう飽きた」
「さゆっち…それ、理由になるの?」
「ここのロッカー狭い。だから、最近は保健室のロッカーにいる。保健室のロッカーが1番良い」
「いや、聞いてないけどね?」
紗雪さんの不思議な部分に困惑する世奈ちゃん。
「それはそうとして、姫乃はど――姫乃?」
「えへへ〜、バンド、バンドだぁ……え、あっ、呼びました…?」
私のことをじっと見つめる二人の視線を感じ、ふと我に返った。
「なんか最近ずっとニヤけてるけど、そんなんだっけ?」
「いや、これはいつもの姫ちゃんじゃないよ!いつもだったら……さ、紗雪さん…な、なんでしょうか…?ど、どうか食べないでくださいっ!——みたいな反応をするはずだもん」
「アンタ、私を何だと思ってんの?はぁ、とりあえず、私が入ってから浮かれてるってことね」
「そ、そうかもですね…」
頭の後ろを掻きながら、苦笑いをして頷く私。
確かに、紗雪さんの言う通りかもしれない。
今の私は、紗雪さんという心強い新メンバーが加入してくれたということもあり、これからのバンド活動にずっと興奮しっぱなし。こうして三人で放課後集まって演奏してるけど、私はもう楽しくて楽しくてしょうがなかった。
「それで…なんて言ったんでしょうか?」
「いつまでもこんなとこでやってないで、そろそろ別の"ちゃんとした場所"でやろって話。このドラムも吹部から借りてるやつだし、そのピアノだって学校のでしょ?バンドをやるってんなら、もっと本格的にやんないと」
今までこうして放課後にみんなで合わせて演奏してたけど、ちゃんとバンドっぽいことをしているのは毎回ギターを隠し持ってくる世奈ちゃんだけ。
「そうですね…吹部の皆さんにも先生にも迷惑をかけてられないですから…」
「でね、借りようと考えてるとこなんだけど、ちょうど私の知り合いがやってるとこがあるから、今からでも行かない?」
「え、でも、借りるときって予約とかいるんじゃないの?」
「いや、最近はあんま客いないんだって。そのせいなのか、前から誰か連れて来てって連絡くるんだよね……」
少しめんどくさそうな顔をする紗雪さん。その後ろでは、世奈ちゃんが目をキラキラ輝かせていた。
「それならちょうど良くない!?貸切なら歌い放題だし、演奏し放題じゃん!」
「じゃあ、世奈は行くとして、姫乃、アンタはどうす——」
「行きますっ!」
「即決ね」
紗雪さんが言い終わる前に、私のお腹の奥底から声が出ていた。
「それじゃ、私たちのバンドへの一歩に向かいますか」
「レッツゴーっ!」
「お、おーっ…!」
世奈ちゃんの掛け声に合わせるように咄嗟に出た情けない声だったが、とりあえず私たち三人は紗雪さんの知っている音楽スタジオへと向かうことにした。
学校を出てから十分が過ぎようとしていた。
私は"ある場所"に目の前にしてぼーっと立ち尽くしていた。
「さ、紗雪さん…ほんとにここなんですか?」
「そうだけど」
「ん?姫ちゃん、どうかしたの?」
「ここ、知ってるんです…前に一度だけ来たことがあるので…」
街の中にポツンとある小さなライブハウス。名前は『ログラス』。
私にとっての思い出の場所で、お父さんと初めてライブを見たのがここだった。
「前に。お父さんに連れてきてもらったことがあるんです…『universe』を知ったのも、ここが始まりなんです…」
「姫ちゃん良いよねー、初めて見たライブが『universe』だなんて羨ましいよー」
この懐かしい思い出の場所にまた来れるなんて。しかも、バンドとして来るなんて。
「ちょっと…感動で涙が……」
「ほーら、なに泣いてんの?置いてくよ?」
「姫ちゃんも行くよ!」
「は、はいっ!」
手を折りたたむように手招きをする紗雪さんに、私と世奈ちゃんは小走りで向かった。
紗雪さんの後ろについて行くように扉の中へと入ると、薄暗い証明が赤と黒の床を照らしている暗めの雰囲気が漂う店内が、私たちの目の前に現れた。
開店前なのか人の気配は全くしない。
辺りを見回すと、黒色の壁一面にいろんなステッカーが貼られており、ギターやベース、そして、私の知らないバンドの写真などがたくさん飾られていた。
「うぇ…相変わらず趣味わる……」
「さゆっち…ここ、結構個性的なんだね…」
目を細めて嫌そうな顔をする紗雪さんと、石のようにピタッと動かなくなった世奈ちゃん。
「まぁ、変な場所だけどちゃんとしてるよ…もうちょっと明るかったら客増えるのに…」
「かっこいい…」
「「え?」」
そんな二人と違って、壁にあるステッカーやギターを見て、私は目をキラキラ輝かせていた。
懐かしいというよりも、このちょっとイケてる雰囲気が私は好きだった。
「姫乃、マジで言ってる?」
「ま、まぁ、人によって好きなものがあるわけだし!姫ちゃんもきっと何か惹かれるものがあったんだよ!」
「アンタは姫乃の親なの?」
「うーん、なれたら面白いと思うけどね!」
「なにそれ」
「姫ちゃんの親になれたらね〜……」
「はぁ?私だったら……」
私の話っぽいけど、コソコソ話しているせいであまり聞こえなかった。
「あっ、今まだライブやってないですよー」
すると、奥の方から爽やかな男性の声が聞こえてきた。
声のした方に視線を向けると、カウンターらしきところからひょこっと顔を出した茶髪のパーマヘアの……イケメンがいた。
「わっ、こっちもかっこいい…!」
私が目を丸くしてイケメンさんを見つめていると、二人の会話が聞こえてきた。
「なんか…姫乃って心配になるかも」
「大丈夫だよ。姫ちゃんなら…多分……」
なんの話をしてるのかよく分からなかったけど、仲良さそうだから問題ないよね。
「あれ?紗雪ちゃん?」
高身長でゆるい目つき、耳にはキラキラしたピアスが付けたチャラいオーラ全開のイケメンが私たち三人の目の前に現れた。
「久しぶりだねー、元気そうで何より。それで、今日はなんの用で来たのかな?」
「見れば分かるでしょ?ちょっと練習しに来たの。客、今いないんでしょ?だから、私の……と、友達つれて来た」
「へぇ〜、ついに紗雪ちゃんにも可愛い友達ができたのか〜」
「悪い?」
「いや、"夕凪"のことがあったからさ」
「……」
「ひえー、相変わらずの鋭い目つき」
イケメンさんのことを嫌味たっぷりの目つきで睨みつける紗雪さん。
話を聞いてると、どうやらこのイケメンさんは紗雪さんの先輩である夕凪さんのことを知っているらしい。でも、どんな関係なのかまでは分からなかった。
すると、イケメンさんは私とパッと目が合うと、急に目の前まで近づいてきた。
「俺の顔じーっと見てたみたいだけど、なんか付いてた?」
「な、なんて眩しいんだ…!」
白い歯がチラッと見える笑顔の眩しさのあまり、私は目を開けられずにいた。
「
「へぇー、姫乃ちゃんっていうんだ」
「はいはーい!私は世奈って言いますっ!」
「姫乃ちゃんと世奈ちゃんか。二人とも可愛いね。俺は
そう言うと、爽やかな笑顔で私に握手を求めてきた。
「(や、やばい…!さっきの緊張で手汗が…!)」
私の手汗まみれの手が三浦さんの手と触れそうになった瞬間
「触らないで」
と、紗雪さんの声が止めた。
「女たらしの三浦さんに、私の姫乃の手なんか触らせない」
そう言うと、紗雪さんは私の前に立ち、ぎゅっと両手を握ってきた。
急な出来事に一瞬理解できなかったが、ハッと思い返したときには、私の手汗まみれの手は紗雪さんに強く握りしめられていた。
「(わ、私の手汗が…!紗雪さんの手に…!)」
慌てて離そうとしたが、紗雪さんの力のほうが何倍も強かった。
「姫乃に手を出そうとしたら許さないから。セクハラで訴えるよ?」
「おっと、それは困るからやめてほしいかな?」
紗雪さんの言葉にビビったのか、三浦さんは少し慌てながら両手をあげた。
それよりも私は別の理由で慌てていた。
「とりあえず、人数は三人ってことで良いのかな?」
「うん」
「分かった。でも、ちょっとだけ待ってね」
三浦さんが頷くと、カウンターに戻りバインザーを上から下へと眺めていた。
「んーと、今のところなんも予約入ってないから自由にやってもらって構わないよ」
「良かった。ほら、二人とも行くよ」
「は、はい…」
「それじゃ、何か困ったことがあったら言ってね」
手を振る三浦さんを横目に、私は紗雪さんの後について行った。
中に入ると、私の体はピタッと動かなくなった。
「懐かしいなぁ…」
そこには、お父さんと見に行ったライブのときと変わらない光景がそのまんま残っていた。
天井の至る所に付いている照明に白黒の床、大きなスピーカーに小さなテーブルとソファが何個か置いてある。
「ここから…始まったんだよね…」
あのときの光景が蘇る。
「おーっ!結構ちゃんとしてるじゃん!ほんとにここで私たちだけで練習していいの!?」
「じゃあ何のためにここに来たって言うの?ここだったらさ、音楽室と違ってちゃんとした設備もあるし、埃被ったアンプとか古いピアノなんかよりも全然良いと思うけど?」
「やったぁーっ!思う存分掻き鳴らすぞーっ!」
まるで遊園地に連れて来てもらった子どものようにはしゃぐ世奈ちゃんが私の横を通り過ぎ、一目散にステージへと駆けていく。
「姫乃」
「は、はい…!」
私はようやく懐かしい余韻から覚めると、紗雪さんに呼ばれていることに気づいた。
「これ、使ってみてよ」
「こ、これって…!」
「キーボードだよ。ほら、ここにシンセもある」
なんと紗雪さんの横にあったのは、私がいつか小遣いを貯めて買おうと決めてはいたキーボードがあった。
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