No.11一本の大きな柱

 一方その頃、補修を受けている世奈ちゃんはというと……。


◇◇◇


「あぁ!もう何も分かんないよぉ!」

「静かにしなさい」


 厳しいでお馴染みのポニテ女教師の柚木ゆずきせんせーと私しかいないはずの空き教室の中から、うるさいぐらい私の叫び声が響いていた。


「だって!分かんないんだもん!」

「この前の授業の最後に分からない人はいますかって聞いたはずです。もちろん、その時のアナタはもう大丈夫と言っていたはずですけど?」

「あ、あの時はちゃんと分かってたもん!」

「今は?」

「さっぱり〜」

「はぁ…困ったわね」


 頭を抱えるせんせーに、私は舌をぺろっと出して誤魔化した。

 私のテストの点数が悪いのは最初から知ってるはずなのに、もっと簡単な問題にしてくれなかったせんせーが悪い。


「このまま、一時間目と二時間目の授業も私と補修してもらいましょうか」

「いやだぁ〜!もうやりたくないぃ〜!」

「つべこべ言わずにプリント終わしなさい」


 机に置かれたプリントを見ても、何を書いてあるのか全く分からない。

 日本語のはずなのに、私には全く解読できない。

 そとそも、漢字なんてなんとなくで読めれば良いし、数学なんて足し算引き算できれば良いのに、わざわざなんでテストにするのか意味分かんない。


「せんせー、私がこのプリント終わしたら、ジュース買ってください」

「イヤです」

「えー良いじゃん、ジュースぐらい買ってくれてもぉ〜。ご褒美ないとやる気でないって〜。そんなんだから、いつまで経っても彼氏ができないんですよ?」

「なっ!?だ、黙りなさい!いいですか?プリントをやるのは当たり前のことなんです。そんなことで奢るわけありません。か、彼氏なんていずれできますっ!」

「強がらなくてもいいのに〜」

「強がってなんかいませんっ!いいから早くやりなさい!時間がもったいないですよ」


 確かにそうかもしれないけどさ、高校生の大事な時間を奪うのは良くないと思う。

 一刻も早くここから抜け出して、姫ちゃんのとこに急いで行かなきゃいけないってのに。


「はぁ〜…やらなきゃダメかぁ〜…」

「ようやく観念したのね」


 なんか、その言い方されると、私が負けを認めたみたいでちょっとイヤ。

 私は不服そうに頬を膨らませながらペンを握り、大きくため息を吐いた。

 そして、私がプリントに目を向けたその時だった。


 ボンッ!


「「え?」」


 急に廊下の方から爆発したかのような大きな音がしたのだ。


「なんの音?爆発した?」

「今の何かしら?」

「せんせー、私、見てきて良いですか?」


 右手を大きくあげながら席を立ち上がる。


「ダメです!アナタはこの部屋から出てはいけません。ここは私が行きますから、大人しくプリント解いてなさい!」

「そんなぁ〜」


 だけど、せんせーは許してくれなかった。

 せんせーは扉を開け、周りをキョロキョロ見回すと、急ぎ足でどこかへと行ってしまった。そして、教室の中はポツンと私だけ一人残され、少し静かになってしまった。


「あーあ、一人になっちゃった」

「一人じゃないよ。二人だよ〜」

「うわっ!?だ、だれっ!?」


 突然、私の後ろから可愛い女子の声が聞こえてきた。


「こんにちは〜、ギターリストの水澤世奈ちゃん〜?」

「えっ!?ほんとにだれ!?」


 振り返ってみると、ほんとに知らない女子がそこに立っていた。


「アタシのことは、今はまだ知らなくてもいいよ。あとで教えるからさ〜」

「なにそれ、どゆこと?」

「まぁまぁ、そんなことよりも〜、早く姫ちゃんのところに行かなくていいの〜?」

「行きたいよ。でも、このプリントやんないと私ここから出られないし」


 机の上のプリント見せながら、私は大きなため息を吐いた。


「ここから出ちゃいけないのはさっきまででしょ?今は、出れるんじゃないの〜?肝心の先生はもういなくなっちゃったからさ〜」

「あ、確かに」


 確かに、私のことを見てるせんせーがいないんだったら、私がここに残る必要はない。


「でも、なんか怪しいね君」

「そうかな〜?」

「そりゃ怪しいでしょ!急に現れて私のことを逃がそうとしてくれるなんて普通おかしいって!ってか!なんで私がギター弾いてること知ってるの!?」

「反応遅いね〜。それも後々説明するよ〜」


 ニヤッと怪しげな笑顔に、不気味さと不思議な可愛さを感じていた。


「アタシはまだやることがあるからね〜。ほら、さっさと姫ちゃんのところに行ったらどう?今は音楽室にいるからさ」

「うん、そうする……え、姫ちゃん音楽室にいるの!?まぁいいや。とりあえず、ありがとねっ!」


 私が感謝の言葉を伝えながら教室を出ようとすると、謎の女子はまたニコッと微笑んでいた。


「で、ほんとに誰だったんだ?」


 廊下を走り、階段を急いで駆け上がって音楽室まで全速力で向かう途中、私の頭の中は謎でいっぱいになっていた。

 そして、音楽室に向かっていくと微かにピアノの音が聞こえてきた。あと、なぜかドラムの音も。


「ピアノは姫ちゃんだと思うけど、ドラムは…もしかして、さゆっち!?」


 姫ちゃんの優しいピアノ音色とさゆっちが叩くドラムだと分かった瞬間、私はもっと速度を上げて音楽室へと向かった。


 そして、あっという間に音楽室の前に着いた。


「はぁ…はぁ…ひ、久しぶりに疲れた…!」


 久しぶりに感じた疲労に私は膝に手をつきながら、なんとか呼吸を整えていた。

 音楽室の扉からは、まだドラムとピアノの音が聞こえてくる。

 

「この曲…『universe』じゃん!私抜きでやってくれるね〜」


 姫ちゃんとさゆっち二人だけってのがちょっと悔しかったけど、なんとかその気持ちを押し殺して、私は音楽室の扉をそっと開けた。


◇◇◇


「姫ちゃんいる?」


 突然、音楽室の扉からひょこっと世奈ちゃんの頭が現れた。


「わっ!?せ、世奈ちゃん…!?」


 私が世奈ちゃんの名前を呼ぶと、ドラムの音がピタッと止んだ。


「ごめんごめん、意外と長引いちゃってさ」

「全部終わったんですか…?」

「ま、まぁ、一応ね?」

「なんだ。まだ補修してんのかと思ったのに。もう来たんだ」

「あっ!やっぱりさゆっちいた!」


 世奈ちゃんが驚く視線の先に、壁に寄りかかりながら、また器用にスティックを回している紗雪さんが立っていた。


「てか、姫ちゃん!」

「な、なんですか…?ふぇっ!?」


 すると突然、世奈ちゃんが私に近づいてきて私の頬をつまんできた。


「なんで勝手に二人だけで演奏してるの〜!」

「え、えぇ…?」

「私だって、みんなと演奏したかったのに〜!」

「ご、ごめんなひゃい…!悪気はないですから…で、でも、もう一度紗雪さんの演奏が聴きたくなっちゃったので…」


 世奈ちゃんには申し訳ないけど、紗雪さんを説得するにはそうするしか方法がなかった。


「それよりも、なんでさゆっちと一緒なの?姫ちゃん、頑張った感じ?」

「え、えっと…なんて言うか……」

「私が姫乃をここに連れてきた」

「え?そうなの?」


 そう言うと、紗雪さんはまた私の隣に座ってきた。


「水澤。アンタなら分かるかもしれないけど、バンドってのは、一人でできるものじゃないでしょ?」

「それはそうだよ!実際にこの身をもって感じたからね!」


 胸を張る世奈ちゃんを見て、紗雪さんはため息を吐いた。


「私、姫乃に教えてもらったんだ。一人じゃ何もできないかもしれないけど、それでも気づくことがあるってこと。一人でも諦めちゃいけないんだって、姫乃の演奏を聴いて分かったよ」

「そんな……へ?」


 すると、急に紗雪さんが私の腕を抱きついてきた。


「さ、紗雪さん…?」

「私、寂しかったのかも……」


 私の腕をぎゅっと抱きしめる紗雪さんの力が強くなる。

 私もどうして良いのか分からず、ただ抱きしめられてる腕の力を抜くことしかできなかった。


「あんな強がって言ったけど、ほんとはもっとドラムを叩きたかった。アンタたちに聞かせるために叩いたときも、私は楽しくてしょうがなかった。今もこれからも、ずっと叩いてたいって、そう思ったぐらいにね。けど、先輩のことを考えたら、私ばっかりこんな思いをするのはダメなんじゃないかって思った……夕凪先輩が、最後までバンドを続けたかったのかは分からないけど、もしそうだとしたら、私だけ楽しい思いをしてるのは…なんか違う気がするから」


 これが、きっと紗雪さんの本心だ。

 私たちのバンドに入りたくないんじゃなくて、バンドに入ると自分を、そして、夕凪先輩に対して申し訳ないという気持ちでいっぱいになってしまうから。


「でもさ、その夕凪先輩なら、きっとさゆっちのことを応援してくれると思うよ!


 急に世奈ちゃんが口を開いた。


「さゆっち、私に対してちょっと当たり強いけど…それでも!人一倍真面目だし、ちょっと不思議なところもあるとっても頼もしい存在だと思うよ!」

「頼もしいって言われても……」

「夕凪先輩のことはよく知らないけど、こんなに良い後輩を、その先輩は嫌な目で見ると思う?」

「……」

「私も一回バンドから離れた身だからさ、なんとなく分かる気がするんだよね。もし、私がさゆっちの先輩だったら、楽しそうにドラムを叩いているさゆっちを見て応援しないはずがないもん!だから、きっとまた会えたときに笑顔で背中を押してくれると思うよ!」


 良いことを言う世奈ちゃんに、私と紗雪さんは目が離せなくなってしまった。


「世奈のくせに、偉そうに」

「えぇっ!?私、結構良いこと言ったと思うんだけど?ん?今、私のこと、なんて呼んだ?」

「そんなこと言って、私がバンドに入ると思ってんの?」


 紗雪さんは世奈ちゃんに聞いてるはずなのに、バンドという言葉に私は反射的にコクンと頷いてしまった。


「なんで姫乃が頷くの?」

「あ…いや…その……」

「はぁ……いいよ。入って欲しいんでしょ?」

「え…?」

「違った?」

「い、いえ…合ってます!」


 私は戸惑いながら大きく頷いた。


「そっかぁ……姫乃の言う通り、私は一人だったから辛かったのかもね……さて、今からやろっか」

「なにするの?」

「なにって、一曲合わせるの。私が、これからアンタたちとバンドを続けるっていうならね」


 若干口角を上げて微笑む紗雪さん。

 すると、それが珍しかったのか、世奈ちゃんは固まりながらもポケットからスマホを取り出そうとしていた。

 私は何も言わず、静かに止めた。


「二人とも、言っとくけど、私がバンドをやるからには、絶対やめたいなんて言わせないから」

「やったぁーっ!」

「よろしくお願いします…紗雪さん…!」


 ようやく、紗雪さんが新たなメンバーとして、私たちのバンドに入ってくれた。


 その後、私たち三人で演奏をしようとしたら、突然、柚木先生が恐ろしいオーラを放ちながら音楽室に入ってきた。

 私と紗雪さんは軽く説教を受けたぐらいで済んだけど、世奈ちゃんは怒られたままどこかへと連れて行かれてしまった。

 久しぶりに怒られたのに、私の顔は笑っていた。

 紗雪さんも「スタートからグダグダ過ぎ…」とは言っていたけど、さっきの寂しそうな顔が嘘のように明るくなっていた。


 私たちの演奏に、新たに一本の大きな柱ができた。




「さゆちゃん、意外とあっさり受け入れたんだね〜。さ〜て、これからが大変だ〜。あははっ!」


 誰もいなくなった音楽室の中で一人、ニヤッと笑みを浮かべる顔があった。

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