No.10おしゃれなカフェ
そして、カフェの前。
「来ちゃった…」
私は口をポカンと開け、キラキラ光って見える扉の前で立ち尽くしていた。
「りおりんって、ベースやってたんだ!」
「そうだよ〜。さゆちゃんと2人でね、近くの公園に集まってよく演奏してたな〜」
「えっ!?さゆっち、わざわざ公園にドラム持ってきてたの!?」
「んなわけないでしょ。スマホのアプリでドラム叩けるやつがあるから、それで演奏してただけ」
「アタシはちゃんとベース持ってきてたけどね〜」
一方、私以外の3人は話に花を咲かせていた。
里音さんがベースをやってたという話と、紗雪さんのカバンの中には必ず寝袋が入っているという話と、世奈ちゃんがずっと赤点ばっかり取っているという話だけは聞こえた。
楽しそうな会話だが、私が入る隙間はなかった。
「(いや、入る間がないわけじゃないけど……よくあるんだよなぁ……)」
4人で話すという流れになったら、基本4人で会話をするか2人ずつに分かれて話すことがほとんどだと思う。
私が仲良かった友達といるときも、こうなることが結構多かった。
でも、今の私には話す余裕なんかなく、カフェについて調べることしか頭になく、カフェに向かう道中ずっとスマホと睨めっこしていた。
「(で、気づいたらこうなってしまった……)」
「姫ちゃーん、入るよー」
「は、はい」
固まっていた体を動かし、私は光の中へと飛び込んでいった。
店内は驚くほど綺麗だった。
外から見えた通り、中は明るくキラキラしていて、木材の温かみのあるオレンジ色の床に店内の至る所に置いてある観葉植物が良い雰囲気を描いている。
「(しかも、窓側の席…)」
店員さんに案内された席は、まさかの一番と言って良いほど綺麗な窓側の席だった。
外から差し込む夕日の光が机の上のメニューを照らし、天井を見上げるとシャンデリアがキラキラとプラネタリウムかと思うぐらい光を反射している。
そのときの私の目は、天の川ぐらい光っていた。
「(これが俗にいう…エモいって感じか…!)」
無駄な感情に酔いしれていると、目の前に座る紗雪さんがアイスコーヒーをすすりながらじっと私のことを見つめていた。
「さ、紗雪さん…?どうかしましたか…?」
「こんな華奢な姫乃がバンドのリーダーなのが、未だに信じられない」
確かに、紗雪さんの言う通り、私がバンドのリーダーを務めていると聞いたら疑うのが先だろう。
こんな弱そうな私がバンドのリーダーをやっているなんて、見るからに弱そうなモブ敵がボスキャラとして君臨しているようなものだ。
「小動物ですよね…私…」
「そう?アタシはそれ聞いてすぐ信じたけどね〜」
すると、紗雪さんの隣に座る里音さんがフライドポテトを片手につまみながら言った。
「だって〜、姫ちゃんはバンドって単語を聞いたとき、誰よりもキラキラした目に変わるんだもん〜。はい、ポテトあ〜ん」
「え、あ、あー…ん…お、美味しい…!あの、私、そんな目してました…?」
「してたよ〜。アタシが"イタズラするとき"とおんなじ目」
「い、イタズラ?」
なかなか聞かない言葉に私の頭ではてなが浮かぶ中、急に私の隣に座る世奈ちゃんがパチンと手を叩いた。
「ねぇねぇ、お互い知らないことも多いだろうからさ、自己アピール会しようよ!」
「自己アピール会?」
「意味的にはそのまんまだよ!自己紹介をちょっとアレンジしただけだから」
世奈ちゃんの提案に最初、紗雪さんと里音さんは固まっていたが、次の瞬間、やる気に変わっていた。
「じゃあ、私から!私は水澤世奈。元々中学のときに友達とバンド組んでた経験がありまーす!あと、ギター兼姫ちゃんのサポーターです!よろしくね!」
最後のピースまで完璧にこなす世奈ちゃん。
「次は私、砥上紗雪。小さい頃からドラムやってて、大体の曲は聞けば叩ける。そこんとこよろしく」
「さゆっち、最後のセリフだけ聞いたらヤンキーみたいだね」
「ギャルに言われたくない」
「なっ!?同類じゃないからね!?ヤンキーとギャルは!」
紗雪さんの特徴として、世奈ちゃんをちょっとからかうところがあるっぽい。
理由は分からないけど。
「はいは〜い、アタシは新村里音だよ〜。さゆちゃんとは幼馴染で〜、ベースなら大の得意。趣味はイタズラでね〜、見ててね〜……」
すると、里音さんは私に握りしめられた手を差し伸べてきた。
「えっと…じゃんけんですか?」
思ったことをそのまんま質問する私に、里音さんはニヤッと笑った。
「どうかな?」
そう言った途端、里音さんが開いた手のひらからポンっとバラの花が現れた。
「わぁっ!?」
「こういう人をびっくりさせるイタズラでね、みんなの驚いた表情を見るのが私の生き甲斐だよ〜」
「りおりんってマジシャンだったのか!」
「演出家って言って欲しいな〜」
人を驚かせるのが趣味というのはちょっと不思議だけど、里音さんがやっていると聞けば納得できるにはできる。
「そして、最後」
「私、ですよね…?」
一斉に私へと向ける視線とともに頷くみんな。
目のやりどころに困りながらも、私は深呼吸をして口を開いた。
「私は、乙守姫乃です!えっと…ボーカル目指してます!ぴ、ピアノ弾けます!よろしくお願いします!」
ぎこちない自己紹介に頭を深く下げる。
「姫ちゃん、リーダーって言うの忘れてるよ!」
「あ、り、リーダーもやってます!」
世奈ちゃんが言ってくれなければ、危うく一番大事なことを言い忘れるところだった。
「大事なことなんだから、もっと自信を持てば良いのに」
紗雪さんの助言に、私は苦笑いをする。
「これで、みんなの自己アピール会終わったね!」
「どんな演奏ができるのか、今から楽しみだよ〜」
「ほんとにね!私と姫ちゃんはまだりおりんのベース聞いたことがないからさ、めっちゃ気になる!」
「放課後、いつも音楽室に残ってやってるならコイツ連れて行こうか?」
私は紗雪さんに合わせていた視線をゆっくり里音さんの方へと移す。
なんで里音さんのことを見たのか。
それは、私がちょっと余計なことを考えたせいだ。
すると、里音さんと目が会ったとき、微かに目尻が動いたように見えた。
「姫ちゃん、アタシはペットじゃないよ〜?」
「え…」
「今、里音ちゃんって紗雪ちゃんのペットなのかな?みたいな目してたじゃん〜」
「い、いや、そんな目は…」
絶対していた。
私の頭のどこかでは、里音さんの言う通りのことを妄想してしまっていたからだ。
「安心して。アタシは誰のペットでもないよ〜」
「そうですよね…」
「でも、姫ちゃんはアタシのペットになるんだよ〜?」
「え、えぇっ!?」
私は見逃していない。
里音さんの目が、結構ガチの目をしていたことに。
「さゆっち、姫ちゃんはあげないからね?」
「急に何言ってんの?てか、なんで私?」
そんな私とは別で変な食い違いが起きていた。
「こんなどうでも良い話は置いといて、バンドやるなら演奏の技能はもちろん、独自性、あとは広い人脈の確保が必要になる」
「そうだよねー。なら、やっぱり音楽室から一歩先に出るしかないから、スタジオを借りなきゃいけないよ」
「それか、片っ端から先生に聞いて全く使われてない教室を借りて練習するかのどっちか」
「姫ちゃんには〜、赤か黄色の首輪かな〜?」
「わ、私をペットにする気満々じゃないですか?あ、なら、赤色の方が…」
「二人、ちゃんと聞いてる?」
紗雪さんの言葉に私の体はビクッと反応してしまった。
私は里音さんと話に夢中になるあまり、頭の中には首輪のことしかなく、世奈ちゃんと紗雪さんの話を全く聞いていなかった。
「あっ!えっと……」
「話?練習場所の話でしょ〜?」
「聞いてたんだ。ならいいや」
里音さんの言葉に安心した様子の紗雪さん。
「(ちゃんと聞いてたの!?)」
と、驚く私。
「じゃあ、リーダー。そこんとこ、お願いね」
「えっ、わ、私が…?」
「確かに!姫ちゃんがリーダーなんだから、姫ちゃんがやりたいことをやろうよ!」
なんと大きな責任なんだろうか。
私の背中を簡単に埋め尽くせるような責任が私の上にのしかかる。
「分かりました…んー……えっと…それなら、まずはみんなと一緒に合わせるところからじゃないでしょうか…?みんなの演奏、聴きたいので…」
「場所は?」
「使えるなら…音楽室ですかね?」
「使える教室ならアタシが調べておくよ〜」
そう言うと、里音さんはポケットの中から何かを取り出した。
「鍵?」
「そうそう。これを使えば学校のどこにでも侵入できるんだよ〜?」
「えぇっ!?そ、それって…合法なんですか?」
「なわけあるか。里音のイタズラだよ」
「あ……」
「あはは〜!ま〜た騙されてるじゃん〜!」
見事に騙された私をお腹を押さえながらケラケラと笑う里音さん。
でも、私は楽しかった。
よくよく考えてみれば、私みたいな人間がこうやってみんなとカフェに来て楽しく喋れるなんて、少し前の私だったら絶対に考えられない光景だった。
「このままが良いな…」
「いろいろ大変になるかもだけど、とりあえず!さゆっちとりおりん、ようこそ!私たちのバンドへ!」
すると、世奈ちゃんは突然立ち上がり、さっきまで飲んでいたグラスを頭の上に掲げて大きな声で言った。
「みんな見てる。恥ずかしいからやめて」
「えー!良いじゃん別に!」
でも、恥ずかしいぐらいが良かったのかもしれない。
これが私たちのバンド活動への第一歩って思えるから。
「楽しみです…!」
◆◆◆
「なんか、すごい盛り上がってるね、あの子たち」
姫乃たちがいる席とは少し離れた席でのこと。
ブラックコーヒーを飲む茶髪で爽やかパーマの男が、向かいに座る黒髪の男に話をしていた。
「だから何だよ、俺はああいうのとは関わる気はないからな?」
「女経験がないから?」
「うるせっ!関係ないだろっ!?」
絶妙な仲の二人の元に一人の女性が近づいてくる。
「なんの話してんの?」
その容姿は、紫色の髪にジト目、少し大人びた雰囲気を漂わせていた。
「いや、コイツが急にね、あそこにいる女子高生たちが〜って言うから」
「んなこと言ってねーからっ!」
「へー、可愛いとこあるじゃん」
ニヤニヤ笑う二人の顔に黒髪の男性は少し悔しそうに睨みつけた。
「てか、あれって別の高校の子たちでしょ?」
「制服というか…まぁ、見るからにそうっぽいね。あと、なんか聞こえてきたけど、バンドやってるらしいし」
「バンドか……"私らと一緒"ってことか」
「良かったな、
「さっきからうるせーなぁ!俺はそういうの興味ないから!あと、パンケーキ冷めるから話しかけないでくれ!」
そう言って、ふわふわのパンケーキにかぶりつく
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