No.9不思議な道化師

「へぇ〜、可愛いね〜」

「ふぇ…」

「そんな間抜けな出さないでよ〜。なんでもするって言ったんだからさ〜」

「で、でも……」


 理科室に連れ込まれた私は、廊下から死角になる場所に置いてあった椅子に座らされ、なぜか名前の知らない女子に身体のあちこちを触られていた。


「あ、あの……」

「ん〜?」


 なかなか喋るタイミングがなかった私は、ようやく声を出した。


「わ、私の身体を触るのは別に…何も言いませんが……せ、せめて…名前だけ聞いても…?」

「あ〜、言ってなかったね。アタシは新村里音にちむらりおんだよ。里音って軽く呼んでね〜」

「里音さん…?」

「ちゃん付けが良い〜」

「り、里音ちゃん…」

「そうそう、それで良いよ〜」


 ぎこちなく名前を呼ぶと、少し嬉しそうに頷く里音ちゃん。

 私はふと思い出した。

 新村里音。

 この名前に、私はなんとなく聞き覚えがあったのだ。


「新村里音って……もしかして、みんなが噂してる"神出鬼没の道化師"って……」

「……よく知ってるね〜」


 里音ちゃんは一瞬ポカンとした顔をすると、すぐにニヤッと怪しげな笑顔に変わった。

 新村里音、別名"神出鬼没の道化師"。

 なんでこの名前で呼ばれているのかというと、いつどんな時でもなんの前触れもなく唐突に現れる問題児だという話を聞いたことがあるからだ。

 それだけじゃ全然説明になってない気がするけど、私の知ってる限りでも里音ちゃんはいろんな事件を起こしている。

 最近だと、中間テストの日に廊下一面に解答を貼り付けるという"テスト解答暴露事件"が印象的。

 男子が一斉に答えを覚えようとして必死になってたところに、怒ると怖い教頭先生が走って来たときはちょっと笑っちゃった。

 そのときにやってやったと言わんばかりに人一倍笑顔だったのが彼女、今目の前にいる里音ちゃんだった。


「さて〜、姫ちゃんの観察はこれぐらいにして。そろそろ聞こうか。乙守姫乃ちゃん?いや、音漏れちゃんの方が良かったかな〜?」

「え…?なんで私の名前、知ってるんですか?」


 でも、今の学年の中に、私の音漏れのことを知らない人はいないのかもしれない。

 きっと里音ちゃんもそうだと思う。


「やっぱり…里音ちゃんも音漏れのことで私のことを……」

「いや〜?アタシは前からずっと姫ちゃんのことを知ってたよ〜?」

「え?」


 予想外の答えに、私の目が点になった。

 音漏れの件以外で私のことを知ってるだなんて、初めて会った。

 すると、里音ちゃんは私の目の前にあった椅子に座り、また話を続けた。

 

「アタシね、姫ちゃんの歌声も知ってるよ?」

「私の歌声…?」

「そう、音程はブレないし、みんなを魅了できる綺麗な声。あとね、姫ちゃんが毎日こっそりカラオケに行ってたのも知ってる」

「えぇっ!?どうしてそれを…!?そのことを知ってるのは…世奈ちゃんしか……」

「アタシのあだ名、忘れたの〜?神出鬼没って言われてるぐらいだからさ、基本的にどこにでもいるよ〜」

「ひぇ…」


 急に恐らしいことを言う里音ちゃんに、私の顔は少し青ざめていた。

 どこまで私のことを知っているのか分からないけど、多分……ほぼ知ってる。

 里音ちゃんが何も言わなくても、赤紫色の瞳がそう言ってる。


「そんな歌が上手な姫ちゃんに質問。今、バンドメンバー探してるんでしょ〜?」

「え?えっと…なんのことですかね…?」

「とぼけて隠そうとしても無駄だよ〜?私はちゃんと見てたし、バッチリ聞いてたからね〜」

「うぅ……でも、あのときも…私と世奈ちゃんしかいなかったような……」

「だから〜、姫ちゃん、ちゃんと細かいところまで周りを見てないとダメだよ〜?」


 里音ちゃんの発言の一つ一つが妙に恐ろしく感じてしまう。

 ジリジリと詰め寄ってくる里音ちゃんに、私はなんとなく里音ちゃんの企みが分かった気がした。


「まさか…私の恥ずかしい秘密を人質にして……私に何かやらせようとしてます…?」


 そうとしか考えられない。

 だって、私が勝手に里音ちゃんの怪しげな研究を見てしまったせいで、今こんな事になっている。

 秘密を見られるのは、誰だって嫌なはず……。

 ふと私の頭の中には、あの恐ろしい目つきの紗雪さんが浮かんでいた。


「それもそれで良いんだけどさ〜、やってもらいたいことって言ってもね〜、姫ちゃんはもう既に”やってる"からさ〜」

「私がもう…やってる?」

「姫ちゃんが追い求めているものと、アタシが望んでるものが一緒だからね」

「私が追い求めてるものって言うと…紗雪さんのことですか?」

「そうそう、正解〜」


 私に軽い拍手をする里音ちゃん。

 でも、たとえ紗雪さんのことだとしても、なんで彩さんなのか余計里音ちゃんの謎が深まるだけだ。


「な…なんで、紗雪さんのことを…?」

「アタシはね、姫ちゃんのことを信じてるんだ〜。歌も上手いし、心優しいし。でね〜、そんな姫ちゃんだからこそ、変えれると思うんだ〜」

「変える…?一体、何を変えるんですか?」

「"さゆちゃん"のこと」

「さ、さゆちゃん…?」

「紗雪のあだ名だよ〜」

「結構、可愛いあだ名ですね」

「さっきの姫ちゃんの間抜けな声の方が、私は可愛いと思うけどね〜」

「あ、あれは…不可抗力で…!」


 すると、里音ちゃんは窓の外を眺めながら、話し始めた。


「今のさゆちゃん、自分からバンドのこと話そうとしないでしょ?」

「確かに、そうですね…話すどころか、少し避けていたような気がします」

「"過去"にいろいろあったからね〜」

「やっぱり、紗雪さんに何かあったんですよね?」

「そりゃあったけど〜、何があったのかは本人から直接聞いたほうが良いと思うよ〜?」

「今の紗雪さんに聞きに行くのは…殺されに行くようなものです……」

「そんな大袈裟な〜」


 笑う里音ちゃんだが、私が言ったことは全部本当のことだ。

 もし、また前と同じように話しかけたら、今度は紗雪さんに言葉だけで潰されちゃう気がする。


「それに、今のさゆちゃん、"独りで寂しい"と思うからさ〜」

「え?」

「おっと、もうこんな時間か〜。それじゃ、アタシは用事があるから行くね〜」

「え?ど、どこに行くんですか?」

「秘密〜。あっ、でも……もしかしたら、またアタシたち会うことになるかもね〜」


 そう言うと、里音ちゃんは片付けを始めた。

 机に並べてあった怪しいビンをカバンに詰め込み、何も言わずに理科室から出て行ってしまった。


「な、なんだったんだろ…」


 私が今まで出会った人の中で、一番謎が多くて変わった人だった。

 そもそも、なんでそんなに私のことを知ってるのかが疑問だし、バンドのことも紗雪さんのこともバレてる。

 しかも、紗雪さんの過去を知ってるみたいだったし……。


「謎が深まるばかりだ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る