No.3二つの弦の音

 友達って良いかもしれない。

 友達がいるってだけで、私の生きていくモチベにもなるし、また明日学校に行こうって思える。


「ムフフ…」


 朝の教室の中。

 自分の席で、筆箱にスマホを立てかけ、満足そうにニヤけている私がいた。

 私が見ているスマホの画面には、世奈ちゃんのアイコンが映っていた。

 なんで私がこんなにニヤけるのか。

 それは、こんな私にも、陽キャと呼べる友達ができたからだ。

 あんな見た目だからチャラいって言うと、世奈ちゃんにとんでもなく失礼かもしれないけど、きっと陽キャなのは変わらない。


「これで私も……って、そんなわけないかぁ…」


 でも、陽キャの友達ができたからって、私が陽キャへと格上げされたわけじゃない。

 陽キャというのは、入学から今に至るまで、みんなからの評価がそれなりに高くないといけない。


「なにかメール送った方が良いかな…いや、別に話すことないし…」


 世奈ちゃんに対して、私からメールを送ったことは一度もない。

 世奈ちゃんの方からは、いろいろと送ってきてくれるけど、私からはない。

 バンドの話をしようにも、昨日メールでほとんど話しちゃったし、会話を試みようとしてもも、そこから広げる自信がない。


「だめだな〜…私……はぁ……」


 また大きなため息が出る。

 世奈ちゃんのアイコンの前でのため息は、今日で四回目。

 まるで今の私は、彼氏になんてメール送ろうか悩んでる女子みたい。自分で言うのもおかしいけど、多分半分ぐらいは当てはまってると思ってる。


「そんなに悩む?私にメールするの」

「うん、そりゃ…あんな陽キャの人にメールなんてしたことないし、そもそも話す話題が……あれ、私、今誰と話してるん———わぁっ!?」


 突然、聞いたことのある声が聞こえ、ふと振り返ってみると、そこには世奈ちゃんというギャルが私の後ろに立っていた。


「ひーめちゃん!昨日ぶりだね!」

「せ、世奈ちゃん。昨日ぶりですね」


 心臓に悪い。ほんとにびっくりした。


「あれ、昨日とおんなじパーカーじゃん。ちゃんと洗ってるの?」

「いや、同じパーカーが何枚もあるので…」


 私の着ているこのパーカーは、家にまだ大量に置いてある。

 私が数量を間違えて注文しなければ…もっと自分の着たい服が着れたのに…って、ほぼ毎朝後悔してる。


「さっきから私のアイコン見ながら話してたみたいだけど、そんなことをしても、私にメールは送れないよ?」

「わ、分かってますよ…」

「まっ、大体の話は昨日しちゃったからね〜。話す内容がないのも仕方ないよ。あと、意外とバンドに詳しい姫ちゃん面白かったし〜」

「だって…バンド、やってみたかったんですもん……」


 世奈ちゃんの言う通り、昨夜のメールはとっても面白かった。

 世奈ちゃんのバンド経験者視点の話、私の歌の練習、あとは、いつも学校で何してるか、とか、そういう話をだいたい一時間ぐらいしてたと思う。


「ねね、突然なんだけどさ、今日の放課後暇あったりする?」

「は、はい。一応、暇ですけど…」

「やった!それじゃあさ、帰りのホームルーム終わったら、音楽室に来てくれない?」

「音楽室ですか…?でも、音楽室って放課後に吹奏楽部が使ってません?」

「多分?まぁでも、きっと大丈夫だよ!」


 親指を立ててキラッと笑顔を見せる世奈ちゃん。

 私はどう返していいのか分からず、苦笑いしていると、不意に学校のチャイムが鳴った。


「やばっ!時間だから、私行くね!姫ちゃん、また後でねっ!」


 そう言うと、私に軽く手を振り、ものすごい速さで世奈ちゃんは教室を出て行ってしまった。

 あの感じ、運動神経も良いんだろうなぁ。陽キャって、やっぱりすごい。


「ねーねー、もしかして水澤さんと友達なの?」

「え、はい…?え、えっと…多分、友達です」

「え、そうなの!私も話聞きたい!どんな人なの?やっぱり可愛いよね!」


 すると、急に私の周りにはクラスの女子に溢れていた。

 どこを見渡しても、この状況から私の逃げ場はなかった。しかも、私に対して面白い話を期待するかのような目で溢れかえっていた。


「えっと…」


 そして、私は世奈ちゃんと昨日何をしたのかをいろいろ話した。カラオケとか昨日のメールの話。流石にバンドの話は隠した。話したくないって世奈ちゃんが言ってたようなものだし。


 でも、さすが世奈ちゃん……人気者過ぎる。


◇◇◇


 そして、なんだかんだあって、気づけば放課後になっていた。

 みんなから囲まれたとき、世奈ちゃんとの思い出話をいろいろしたのは良かったけど、調子に乗って私の"音漏れイヤホン未接続事件"のことを言うんじゃなかった。あ、これは私が勝手に名付けました。

 話を聞いた感じ、昨日の私の音漏れはクラスのほとんどの人に限らず、いろんな人に聞かれてたらしい。

 ほんとに恥ずかしい……。


「あははっ!それで、みんなから言われたあだ名が乙守ちゃんから"音漏れちゃん"かぁ〜」


 音楽室の中に世奈ちゃんの大きな笑い声が響く。


「そ、そんなに笑わないでくださいよぉ…ほんとに後悔してるんですから…」

「ごめんごめん、ちょっと面白かったからさ。ぷっ…あははっ!」


 世奈ちゃんの笑い声に、顔がカァっと熱くなるのが嫌というほど分かってしまう。


「あー、面白かった。それにしても、姫ちゃん予定よりも随分早く来たね」

「えっと、帰りのホームルームが早く終わったので…」


 ほんとは、私はホームルームが終わった瞬間、逃げるように抜け出してきただけだけど…。


「じゃあさ、ちょっとだけ待っててもらっても良い?そこの椅子に座って音楽でも聞いててよ。あ、でも、音量には気をつけてね。音漏れちゃん?」

「うぅ…いじらないで〜…」

「あははっ!ごめんごめん!」


 やっぱりいじられると思った。

 このまま、世奈ちゃんの陽キャ組の人にもこの話が広まって……あぁもう…大変だ……。

 私が椅子に座って頭を悩ませてると、世奈ちゃんが何かを持ってきていた。


「ふぅ、やっぱり音楽室にあった。教えてくれた吹部のみんなには感謝しかないね〜」

「それって、アンプですか!?え?まさか…」


 世奈ちゃんの足元には、よく動画で見たことがあるアンプが置かれていた。

 アンプというのは、簡単に言えばギターの音を大きくするためのスピーカーみたいなもの。

 お父さんが、よく「ギターとかベースを弾く人には、これは命よりも欠かせないもの」って言ってたのを聞いたことある。

 世奈ちゃんの方に視線を移すと、何やらゴソゴソと大きめのケースらしきものを開けていた。

 すると、中から驚きのものが出てきた。


「じゃじゃーんっ!私のギター!」

「え、えぇっ!?せ、世奈ちゃん持って来ちゃったんですかっ!?」


 出てきたのは、赤色の光沢のあるギターだった。

 しかも、そのギターは、あの"あやなん"の持っていたギターの色違いだった。


「かっこいいでしょ〜?しかも、これ結構良い値段するんだよ〜?確か、手の指の数は簡単に超えるぐらいの一万円札が必要だったかな〜」

「ひぇ…」

「姫ちゃんも弾いてみる?」

「え、わ…私弾けないですよ?コードとかは聞いたことありますけど、よく分かってないですし、そんな高価なものは……」

「ほぉ。バンドに詳しくても、ギターには詳しくないんだ。なら、教えてあげようじゃないか!」


 そう言って、世奈ちゃんは私に無理矢理ギターを持たせてきた。

 う、結構重い。これの重さが、ただ単にギターが重いのか、それとも、値段を聞いて重く感じるのか、私には分からなかった。


「お、重いよぉ〜…!」

「うーん…姫ちゃんはギターを持つと、足が子鹿みたくなるんだ。あははっ!なんか可愛いね!」

「わ、笑ってないで助けて〜…!」


 私はギターと値段の重さに震えながらも、優しくさっと世奈ちゃんへと返した。


「よしっ。じゃあ、ちょっと何か弾いてみようかな」

「なにを…弾くんですか?」

「別に決めてないよ。とりあえず、久しぶりだから試奏ついでにね。でも、ちゃんと聞いててね。ちょっとだけ自信あるから。あっ!でも、ミスっても何も言わないで!」


 そう言うと、世奈ちゃんはアンプとギターを繋げ、少し音を調節した後、大きく深呼吸をして軽く音を出して見せた。

 ギターの独特の金属音だ。


「ギター…」


 動画越しに聞くのとは、全く違った。

 私の反応が面白かったのか世奈ちゃんはニヤッと笑っていた。


「それじゃあ、いくよ」


 すると、急に世奈ちゃんの目つきと周りの空気が変わった。

 いつもは若干タレ目の丸くて可愛い目をしているけど、その時、その瞬間はギターを真っ直ぐ見つめる"ギターリスト"になっていた。

 そして、なんの合図もなしで弦を弾く世奈ちゃん。

 すると、ギターの鋭い金属音がアンプを通して音楽室に鳴り響いた。音の振動がパーカーを突き抜けて、私の胸の奥まで届いてくる。


「わぁ……」


 世奈ちゃんのあまりの迫力に、私の口から勝手に間抜けな声が出てしまっていた。

 しかも、何よりすごいのが、世奈ちゃんのアレンジだった。 

 世奈ちゃんが弾いてくれてるのは、私も知っているアニメの曲。その曲に独特なキレのあるカッコいいアレンジをしていたのだ。

 そして、私は世奈ちゃんに目が離せないまま、演奏が終わってしまった。


「……ふぅ、どうだった?私、かっこよかった?」

「はい、それはとても…はい!」


 気づけば私は、子供みたいにパチパチと拍手をしていた。


「はぁ〜、なまってなくて良かったぁ〜」


 どこかホッとした様子の世奈ちゃん。

 一度だけちゃんと生で聞いたことのあるギター演奏。

 やっぱり、動画で聞くのとは全然違って、目と鼻の先で聞く方が迫力もあって、なによりかっこいい。

 やっぱり、演奏を聞くなら生に限る。


「流石です、世奈ちゃん」

「ふっふっふ、こう見えて、中学校の時にやってたバンドのリーダーですから!ギターの腕だったら、そこら辺の上手い人に張り合えるくらいはあると思うよ?」

「す、すごいですね…!」

「えへへ、ありがとう」


 やっぱり、世奈ちゃんはすごい人。


「あのさ、突然なんだけど、姫ちゃんって何か楽器弾ける?」

「わ、私ですか!?」

「まっ、どっちでも良いんだけどね。一応"確認"みたいなものだから」


 ここで、私は見逃さなかった。

 世奈ちゃんの何か企むようなにやけ顔を。


「えっと、私は、リコーダーと鍵盤ハーモニカと…それから…あっ!ピアノ!ピアノだったら結構…いや…そこそこ自身ありますよ!」


 私は今でもできるような楽器を一つずつ挙げていくことにした。

 すると、ピアノという言葉を聞いた瞬間、世奈ちゃんの口が開いた。


「へぇー、ピアノかぁ。今弾けるって言ったらできる?」

「一応…できるとは…思いますが…」


 首を傾げる世奈ちゃんに、私はゆっくりと頷いた。


「じゃあお願いっ!」


 手を合わせてお願いしてくる世奈ちゃんに、私は「良いですよ?」と言ってあげた。


「やった!じゃあ、お願いします!」


 世奈ちゃんはぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶと、近くにあった椅子を持ってきて、ピアノに寄りかかって座った。

 そして、ものすごい期待を寄せた目で私の事を見つめてくる…。

 私はかなり緊張しながらも、ピアノの前に座った。


「じ、じゃあ、弾きますね…」


 一応、合図をしてから、そっと鍵盤に触れた。

 そして、私は一音一音丁寧にピアノを弾き始めた。

 曲は世奈ちゃんがさっき弾いてくれた曲だ。


「(アレンジは…確か…こうやってたような…)」


 耳で覚えている限りでやってみる。

 ピアノの一音一音に意味を持たせるように、綺麗に弾く。

 ピアノの弦が優しく、そして、ゆったりと音楽室の中を包み込んでいく。

 だんだんと心地よい演奏へと変わっていく。


 さっき世奈ちゃんに言うのを忘れたけど、私は小さい頃にお母さんにピアノを教えてもらっていた。

 家で練習したり、ピアノ教室にも連れて行ってもらったこともある。

 でも、今考えてみればそれは、私にとって思い出したくもない"地獄"だった。


"貴方は、お手本になるのよ?"


 嫌な言葉が脳裏を横切ったせいで、まるで何も間違えてはいけないような緊張感に包まれる。


「はっ…!」


 そんなことを考えていたら、もう曲は終わる寸前だった。

 私は気を抜かないように最後の一音まで丁寧に弾いてみせた。


「……ど、どうでしたでしょうか?」

「す…すごっ…!えっ、姫ちゃんピアニストじゃん!マジで上手!」


 そう言うと、世奈ちゃんは驚きと感動の混じった顔をしながら、私の手をぎゅっと握ってきた。

 しかも、世奈ちゃんの目は、感動したのか少し涙が滲んでいるように見えた。


「い、いやぁ…私が幼い頃にピアノを習わされてただけで…」

「やっぱり習ってたんだ!ほんとに上手過ぎるよ!」


 パチパチと私と似たような拍手をする世奈ちゃん。

 それを見た途端、私の少し頬が熱く感じた。

 多分、久しぶりにピアノを弾いて嬉しいと思ったからだと思う。

 すると、世奈ちゃんは覗き込むようにピアノの鍵盤を見つめ、少し考えるように首を傾げて口を開いた。


「んーそっか、小さい頃からかぁ。じゃあさ、音の高さとかって分かる?いわゆる音感ってやつなんだけどさ」

「えっと…一応分かりますよ…?さっきのピアノも…世奈ちゃんのアレンジを真似したので」

「え、即興で!?まじですごいよそれ!てことは、絶対音感じゃん!良いなぁ〜」


 ピアノの音をよく聞いていた私は、いつの日か音の高さが分かるようになっていた。世間では、それを音感と呼ぶらしい。

 例えば、ドレミの音、それが重なった音とか一応、何となく分かる。分かりたくてなったわけじゃないけど……。


「やっぱり姫ちゃんは優秀な人材だなぁ…"確保"しておきたい…」


 すると、急に世奈ちゃんが私に背を向けてブツブツと何かを言っていた。一瞬だが、私の名前が聞こえた気がする。


「ゆ、優秀…?確保…?」

「歌も上手いし…ピアノが弾けるならキーボードをやらせれば良いし…絶対音感持ちはお釣りが出るぐらいの存在…」

「えっと…世奈ちゃん…?」

「あ、ごめんごめん!ちょっと考え事をねっ!」


 少し焦った様子の世奈ちゃんは横目で私を見た後、また背を向けて何かに悩んでいた。

 結構悩んでたっぽいけど、どうかしたのかな。あの世奈ちゃんが悩むって相当なものだと思うけど。


「えっと…その、話聞きますよ?何か悩み事があるのでしたら」

「あー…そうくるか〜。じゃあ、もう言っちゃうか」


 すると、世奈ちゃんはくるっと体の向きを変え、私の目を真っ直ぐ見てきた。

 なんか、深刻な悩みなのかな…。

 私は少し緊張しながら、固唾を呑んで世奈ちゃんの目を見た。


「私さ…」


 でも、その悩みとは、私の予想とは全くかけ離れていた。


「またバンドやりたいんだよね!」

「……え?」


 全然、悩みじゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る