No.2唐突なギャル

 カラオケ店までは結構歩く。と言っても、せいぜい二十分もかからないぐらい。


「うぅ、あんまり動きたくない…」


 誰にも聞こえないように口を小さくする。

 さっき学校を出たとき、逃げるように早歩きをしたせいで私の足は軽く悲鳴を上げていた。

 よく歌う人は肺活量が多いと言われるが、私の場合、その肺活量と運動能力との差が大きすぎる故、運動音痴なのである。


「それにしても……なんだろ…この状況は……?」


 今、私は知らない世界を歩いているようだった。

 私は普通に歩道を歩いているはずなのに、すれ違う人みんなが私のことを不思議な未確認生物でも見たかのような目で見つめてくるのだ。


「ちっ…」


 機嫌悪そうに私を睨むサラリーマンの舌打ち。


「なにあれー、変なのー」


 ちょっとチャラそうなカップルは私のことを見てクスクス笑っている。


「なんなの…これぇ……」


 これは何かのドッキリなんじゃないか。そう疑うぐらい異様な光景だった。




 やっとカラオケ店の前に着いたのだが、ほとんど人が私のことを見ては通り過ぎていく。

 

「(私、何かやらかしましたか…?髪型でも変ですか?おかしな顔してました?)」


 と、話しかけられれば一番手っ取り早い。

 だが、コミュ力がそこら辺の石ころよりも無い私にそんなことをする余裕はない。


「(でも、思い当たることが…別にあるわけじゃ……もしかして、さっき人とぶつかったから神に呪われたとか?あのぶつかった人が疫病神だったり…でも、声からしてそんな……)」

「ねぇねぇ」


 すると突然、頭を悩ませる私の肩を誰かが優しくポンっと叩いてきた。


「ひぎゃ———!?」


 突然の出来事に普通じゃ出ないような声が、私の口から飛び出した。


「あぁ…」

「君——あれ、大丈夫!?」


 後ろから可愛い女の子の声がする。

 だが、そんなことより驚いた時の衝撃で身体の力が全部抜けてしまい、膝から崩れるように倒れる私。


「だ、誰…でしゅか?」


 なんとかイヤホンを外し、地面に突っ伏したまま喋る私。


「どうも、さっきのトイレ前でぶつかっちゃった人でーす!君のことが気になってついて来ちゃいましたー!」

「え——わぁあっ!?」


 そのことを聞いた途端、力が入らなかったはずの私の身体は飛び起き、声のする方へくるっと体の向きを変えた。


「急にどうしたの!?」


 そこには、一人の女子高生が立っていた。

 驚いても可愛らしい顔立ちと薄茶色のローツインテール、キラキラ光るヘアアクセサリーに、耳にはピアスが付いている。

 服装は茶色のニットカーディガンを羽織り、校則ギリギリの短いスカート、視線をさらに下に向けるとルーズソックスが見えていた。

 そして、チラッと見えたカバンには、たくさんのカラフルなキーホルダーが付いており、ポケットの中から可愛くデコレーションされたスマホが覗いていた。


 私は気づいてしまった。


「ぎゃ…ギャル…!?」


 この人を簡単に言うならば、"ギャル"。

 私とは縁が遠いはずのギャル、一時期憧れたギャルだということに。


「大丈夫?水飲む?お菓子食べる?」

「あの…さ、さっきはほんとにごめんなさいっ!どうか…みんなにわるぐいわないでぐださい……」


 ギャルということはつまり、女子の中でもクラスの中でも人気のカースト上位種の存在ということ。

 そんな彼女を怒らせたら何をされるか、考えたくないほど恐ろしい。


「あーそのこと?それなら全然平気だよ――って!ちょっ、ちょっと!?そんな土下座しなくて良いからっ!?」


 焦った私は、咄嗟に今まで人前で見せたことのない真心を込めた渾身の"土下座"を披露した。


「ど、どうか…お許しを……」

「ほ、ほら顔あげてって!私がそんな些細なことで怒るような器は持ってないから!こんなところでやられると私がカツアゲしてるみたいじゃん!」

「で、でも……」

「あーもう!話がするなら中に入ろうよ!今の私たち、ものすごーく目立ってるから!」

「え…あ……」


 そう言われ、ふと顔を上げて周りを見てみると、私は通行人の輪の中心にいた。

 男女関係なく、私のことを不思議そうに見つめる人で溢れていた。

 この状況を理解した瞬間、頭の中では絶望と羞恥心が入り混じり、私の顔はカァっと沸騰したように熱くなった。


「おぉ、すごいね。今女の子が絶対しないような見るに耐えない顔してるよ」

「うぅ……」

「じ、冗談だよ!あ、でも、ちょっと面白いから写メ一枚撮らせてもらうけどね?良いよね?」


 ギャルさんは容赦なくスマホで私の顔をパシャッと一回撮った後、肩を掴んでカラオケ店の中へと運んでくれた。



◇◇◇



 そして、なんやかんやあり、カラオケ店の中へと入ることができた私。


「……」


 だが、今度はギャルさんと二人きりの状況にどうして良いか分からず、私はただ固まっていた。


「ふぅ。ほら、早く座って一息つきなよ。立ったままだと余計落ち着かないでしょ?」


 そんな私とは違い、ケロッとした顔のギャルさん。

 

「えっと…さっきは、目立つような真似をしてしまい、迷惑をかけて……ごめんなさい…!」


 込み上げる申し訳なさに、私は体が直角になるぐらい頭を下げる。

 そして、ギャルさんとは向かい側のソファへと座る。さすがに迷惑をかけた人の隣に座るのは、礼儀として悪いし、私のメンタルが耐えれない。

 すると、ギャルさんは私が座るや否や、スッと立ち上がり、ものすごい速さで私の隣に座ってきた。


「わっ…!?」

「全然いーよ!私、寝れば忘れるタイプだからさ!それに、なんか面白そうだったし」


 ニコニコで話すギャルさんからじわじわと漂う甘い香りに、私の脳内がだんだんとお花畑になっていく。


「(ふわぁ…こ、これが…陽キャの匂い…!?)」


 念のため言っておくが、このギャルさんとは初対面で顔も名前も知らない。

 制服に付いているリボンからして多分同じ学年の人だと思うけど、クラスが違うからか全く覚えがない。


「(てか、さっきから…なんで私の太ももばっかり触ってくるんだろう……もしかして…これが、セクハラってやつ…!?)」


 私の太ももを優しく撫でるように触る仕草と悪そうに目を光らせる笑顔に、私の頭の中でアラームが鳴り響いていた。


「肌すべすべじゃん!へぇー、良いなぁ。しかも、ちょっとモチモチしてるし、食べたら美味しそうだね!」

「(やばい、肉食系だ…!は、早くやめさせないと、私の足が骨付き肉にされちゃう…!)」


 だが、結局何も言えず、思う存分太ももを撫でられてしまった。

 

「名前、なんて言うの?」


 唐突の質問に、私は一瞬戸惑った。


「乙守姫乃って言います……みんなは、乙守さんって呼んでくれます…」


 正直、自己紹介なんて名前さえ言えれば良い。

 すると、ギャルさんは私の名前を聞くとうんうんと頷きながら言った。


「そっか、"プリンセス"ちゃんかー」

「え…?」

「随分と高価な名前してるんだね!でもまぁ、見た感じ結構可愛いし、あながち間違いってわけじゃなさそうだけど」

「えっと…プリンセスじゃなくて……姫乃です…」


 とは言ったものの、私のあだ名なんかよりギャルさんから漂う陽キャオーラが私の身を削っているような感覚がして気が気じゃなかった。


「あはは!ごめんごめん!可愛い名前だったから羨ましくて!私は水澤世奈みずさわせな。普通に世奈って呼んでくれると嬉しいよ!」

「分かりました…水澤さん」

「じぃー…」

「(なんでこんなに見つめてくるんだろう…)」


 名前を呼んだはずなのに、ギャルさんはなぜか少し不満そうに私を見つめていた。

 このとき、私は偶然ギャルさんの考えていることが分かった気がした。


「えっと……世奈…さん?」


 きっと陽キャの人は苗字じゃなく名前で呼ばれたいんだ。

 苗字で呼ばれるよりも、名前の方が親近感が湧くという噂をどこかで聞いたことがある。


「まぁ合格点!できれば、"さん"よりかは"ちゃん"の方が親しみがあって良いと思うけどなぁ〜。いっそのこと呼び捨てでも良いよ?」

「ぜ、善処します……」


 世奈ちゃんの無邪気な笑顔が、天井の照明よりも眩しく見えた。


「一つ聞きたいんだけど、"姫ちゃん"さ」

「姫ちゃん……」


 聞き慣れない単語に、私は少し驚いた。


「どうかした?」

「あ、いや…なんでもないです。どうぞ、続けてください」


 いつも苗字で呼ばれることが多かった私。

 そのせいか、世奈ちゃんの言う自分の名前が不思議と新鮮に感じてしまった。


「学校からここまで来る間、ずーっと爆音で"音楽鳴らしながら歩いてた"けど、あれってわざとやってたの?それとも、いつもやってる感じ?」

「…………なんの話ですか?」

「え、自覚ない?なら、一回確認してみてよ」


 その瞬間、頭にビビッと嫌な予感がした。

 私が急いでポケットからスマホを取り出してみると、出てきたのは自分のスマホと接続されていないイヤホンのケーブルだった。


「ひゃぁあぁ———……」


 これが、音が聞こえにくかった原因。

 イヤホンが壊れたのではなく、壊れていたのは私の頭の方だった。

 原因が分かった瞬間、私の体からスゥッと何かが抜けていくような感覚とともに、周りの音がどんどん遠くなっていった。


「もう…ダメだ……私はついに頭のおかしい奴として生きていかなきゃいけないんだ……」


 死にかけの声で、そう呟くことしかできなかった。


「おーい、姫ちゃーん、戻ってこーい」

「んむっ!?も、戻りま…戻りまひた…!」

「おぉ!姫ちゃんのほっぺもすっごい柔らかい!」


 すると、世奈ちゃんが私の頬を引っ張った瞬間、私の意識は元に戻った。


「はぁ…私はどうすれば……」

「別にそんな気にすることないよ。人間生きていれば、自分の恥ずかしい醜態を晒しちゃうときだってあるよ。自分だけってわけじゃないし、そんな重く考えるほどのことじゃない。ちょっと難しいかもしれないけど、素直に立ち直っちゃえば案外楽だよ!」

「世奈ちゃん…!」

「まぁ、街の中は少し歩きにくくなるかもしれないけどね?」

「うがっ!?」


 世奈ちゃんの最後にボソッと言った言葉が、私の胸にグサっと突き刺さった。


「最後の一言がぁ…!」

「ほんと!私の言葉、そんなに刺さった?私、カウンセラーとか向いてるのかな!」


 世奈ちゃんに違うって伝えたかったが、私の口は開かず、ソファへと倒れ込んでいた。


「また死んじゃった。夏の終わりによく見るセミみたいになってる」

「(このまま…消えちゃいたい…)」

「あっ!そういえば、姫ちゃんの聞いてた曲見せてもらっても良い?」

「はひ…」


 私が頷くと、世奈ちゃんは床に落ちていたスマホを拾い上げ、電源ボタンを押す。

 そして、スマホの画面を映し出された途端、目を丸くして驚いていた。


「やっぱり!これ『universeユニバース』の曲じゃん!姫ちゃんも好きなの!?」

「はい…え、世奈ちゃんも…好きなんですか?」


 『universe』。

 それは、私の一番好きなバンド。

 ギター二人、ベース、キーボード、ドラムの計五人で結成されたロックバンドだ。

 結構前からあるバンドで、結成したのはなんと今の私と同じの高校生のとき。

 しかも、高校を卒業してからすぐにインディーズデビューして、今も密かに波に乗っているバンドの一つでもある。

 ちなみに、私が小学生の頃に見たバンドであり、私の憧れの存在がギター兼ボーカルをしている。


「そりゃあCD買って聴いてたからね。私の中でもお気に入りバンドだよ!」

「私も一緒ですよ……良いですよね…」

「それに、私がギターをやるきっかけにもなったし、最近の出た新曲のギターソロがめっちゃやばくてさ!」

「分かります…ギターだけで一つの曲みたいになってて凄かったですよね……えっ、世奈ちゃん、今ギターって言いませんでした!?」


 突然、私の体が跳ね起きた。


「うん、言ったよ。でも、今はギターを弾いているっていうより弾いてたって方が正しいかな」


 ギターを弾いていた。

 過去形だとしても、ギターをやってたなんて言う人を生まれて初めて見た私は、目が点になっていた。


「中学生なりたての頃にバンドの存在を知ってね。それから音楽の世界に興味持ったのは一瞬のことだったよ。よくママにギター欲しいってねだってたなぁ、今思うと懐かしー」

「(ママ……)」

「思い返してみれば、あれはあれで良い思い出だったよけどね」

「良いですね…羨ましいです……でも、弾いてたってことは、もうギターは弾かないんですか?」


 私の問いかけに世奈ちゃんは少しだけ目を横に逸らした。


「うーん……それ、今聞いちゃう?せっかくカラオケに来たんだから歌おうよ!その方が私たちもっと仲良くなれると思うしさ!ね?良いよね?」

「は、はい…そうですね…(遠回しに断られた気がするような……)」


 多分だけど、あんまり聞いちゃいけない感じの話なのかもしれない。

 私はこれ以上、余計なことを何も言わないようそっと口に人差し指を当てた。


「よーし、せっかくだから時間ギリギリまでいろんな曲歌っちゃおっか!」


 すると、世奈ちゃんはなんのためらいなく私にマイクを差し出してきた。


「え、マイク…?私も歌うんですか!?」

「もちろんだよ!てか、カラオケに来たんじゃなかったの!?」

「そ、そうですけど…」

「なら、歌わなきゃ損だよ!お金も払うんだし!パーッと盛り上がってこー!」


 こうして、マイクを受け取ってしまった私は、世奈ちゃんの選ぶ曲に合わせながらたくさん歌うことになった。

 最近の流行りの歌から結構マイナーなアニメの歌まで、ジャンル問わず歌っていた。

 歌ってるうちに世奈ちゃんからアニメの話をされたときは、ちょっと意外だった。


「(もしかして、世奈ちゃんはあの有名な"オタクに優しいギャル"だったりして……なわけないか……)」


 そして、私たちは約二時間半ぐらい歌い続け、そろそろ終わりの時間が迫っていた。


「姫ちゃん歌うっま!高得点バンバン出すじゃん!どっかで習ってた感じ?それとも、姫ちゃんの才能?」


 モニターに表示されたカラオケ採点の96点を見て、世奈ちゃんは結構びっくりした様子だった。


「最近、カラオケに通ってたんで…」


 と、誤魔化したが、今日は不思議と声の調子が良かった。

 いつもだったら、こんなに高得点はでない。


「へぇ〜、カラオケに通えばそんなに歌上手くなれるんだ!私も通ってみようかな」

「少し発声の勉強をすれば…世奈ちゃんの歌はもっと良くなると思いますよ?」

「ほんとっ!?じゃあ、姫ちゃんが教えてよ!」

「ふぇっ…!?わ、私が!?」

「よろしくお願いします、姫先生!」


 期待に満ちた目で私を見つめる世奈ちゃんに、私は髪がボサボサになるくらい首を横に振った。

 歌の先生でもないのに教えるなんて、語彙力のない私には難し過ぎる。


「えー残念。でも、なんかもったいないなぁ」


 握るマイクを見つめながら、世奈ちゃんは話を続けた。


「姫ちゃんみたいな楽しそうに歌を歌う子が中学校にいたら良かったのに」


 急なことに私は少し動揺してしまった。

 私が必要とされるなんて、普通じゃありえない話だったからだ。


「私みたいなのがいても…良いことはないですよ。基本的に私から喋らないですし、関わることなかったと思います…あと、ほら…体育とかで人数が合わなくなって…」


 私みたいな陰を謳歌する者にとって、陽キャの世奈ちゃんは眩しくてしょうがない。

 もし、関わっていたとしても、その眩しさで焼き鮭みたいに焼け焦げてるかもしれない。

 そもそもの話、私がその環境で生きていられるかも分からない。


「いや、そんなの関係無しで結構面白かったと思うよ?だって、もし姫ちゃんがいたら誘ってるもん。私のいた"バンド"に」

「いやいや、私なんかを——え?バンド?今、バンドって言いませんでしたか!?」


 私の聞き間違えじゃなければ、今明らかに世奈ちゃんの口から"バンド"という言葉が聞こえた。


「姫ちゃん、急にテンション上がるじゃん。しかも、めっちゃ近づいてきて、これってチューする距離だよ?」

「え、あ……いや、これは、その…えっと…」


 世奈ちゃんが言ってくれたおかげで、私の体が世奈ちゃんへと前のめりになっていることに気づいた。

 どうやら、私の体は無意識のうちに動いていたらしい。私は恥ずかしさのあまり、世奈ちゃんからそ〜っと離れる。


「バンドって言っても、私の仲良い友達と少しの間だけだよ。テキトーな場所に集まって、何かの行事でちょこっと発表したぐらい。もしかして、姫ちゃんもバンドやってたの?」

「いや、私はやったことなくて……でも、昔からずっとバンドに憧れてるんです。あの…『universe』の"あやなん"いるじゃないですか、ボーカルの」

「うん、知ってるよ」

「私、あやなんの歌う姿が一番好きなんです。自由で無邪気で本気で…その背中に少しでも触れてみたくて……恥ずかしい話ですけど、私はボーカリストをなりたいんです。あやなんみたいな、カッコいいボーカリストに…」

「だからめっちゃ上手なんだ!」


 世奈ちゃんに褒められて、ちょっとだけ顔が熱くなる。


「あやなんって、不思議だよね。めっちゃ元気をもらえる歌っていうか、言葉にできない魔法みたいなものを持ってるっていうか——てか!それなら、姫ちゃんってめちゃくちゃ努力家じゃん!」

「そ、そんなこと、初めて言われました」

 

 そういえば、小学生の頃の夢を誰かに話をするのは、家のぬいぐるみ以来だった。

 しかも、ちゃんと誰かに話したのは、世奈ちゃんが初めてだった。


「へぇ〜ボーカリストかぁ。"良い夢"持ってるね」

「えっ…良い夢…ですか…?」




『くだらないわ』




 一瞬だけ、嫌な記憶が頭に浮かぶ。


「そ、そうですよね…きっと、そうなんですよね……うぅ…」

「うんうん、良い夢——え?な、泣いてる!?ちょっ、姫ちゃん!?急にどうしたの!?」


 でも、それを塗り替えるぐらいの幸せが私の心を包み込んだ。


「私の夢…初めて人に褒められました…」

「そ、そんなに嬉しかったの?」


 私はがむしゃらに何度も頷いた。頷く度に目元がじわじわと熱くなる。

 失いかけていたボーカリストへの思いが世奈ちゃんの言葉のおかげで、少しだけ取り戻せた気がしたから。


「話せば長いですけど……でも、そんなこと言われるなんて…」

「じゃあさ、落ち着いてからで良いからもっと聞かせてよ。姫ちゃんの夢」

「はい……え?」


 すると、世奈ちゃんは自分のスマホを取り出し、私の目の前へと向けてきた。


「はいこれ、私のメルアド。私が起きてるときだったらいつでも電話してきて良いよ!」

「え、良いんですか…?」

「姫ちゃんなら大歓迎だよ!」

「じ、じゃあ…できたらします…」

「いやそれ、絶対しないやつじゃん!」


 また明るい笑顔を見せる世奈ちゃん。

 世奈ちゃんのスマホのQRコードを読み込むと、私のスマホの画面に陽キャオーラが溢れる『せな☆』の名前とアイコンが出てきた。


「(ここもキラキラしてる…!さすが…陽キャの人だ…!)」


 陽キャの人を友だち追加したことに、私はちょっとだけ感動していた。


「あっ!私、そろそろ帰んなきゃいけないけど、どうする?姫ちゃん一人でまだ歌ってても良いけど」

「わ、私も一緒に出ます。あと、あの…どうか途中までついて来てください…」

「そんな拝むようにしなくても良いのに、最初からそのつもりだったから。ほら、忘れ物ないようにね!」


 私は忘れ物がないか確認して、カラオケ店を後にした。

 世奈ちゃんにここまで付き合わせてしまったと急に申し訳なくなった私は、世奈ちゃんにカラオケ代を奢ろうとしたけど、頑固として拒否された。

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