No.2ギャルって感じの子

 カラオケ店までは結構歩く。と言っても、大体二十分かからないぐらいだけど。


「うぅ、あんまり動きたくなぁい…」


 誰にも聞こえないように口を小さくして呟く。

 部活に入ってない私の唯一の運動である、歩行。

 まだ自分のペースだから良いけど、「今から走れ!」なんて言われたら、私は天に召されちゃう。


「それにしても、何…この状況…」


 私は普通に歩いているだけのはずなのに、すれ違う人たちから、まるで私のことを不思議な生物でも見たかのような顔でじーっと見つめてくるのだ。

 サラリーマンの人は電話に出ながら少し迷惑そうに私を見てくるし、ちょっとチャラそうなカップルは私のことを見てクスクス笑ってる。ベビーカーに乗ってる子どももぽかんとした顔で見つめてくる。

 もしかして、何かのドッキリじゃないよね?

 そう疑うぐらいだった。


「とりあえず、着いたけど……」


 カラオケ店の前に立ち止まったとしても、通行人のほとんどが、まだ私のことを見てくる。

 私、何かやらかしましたか、と問いかけたくなるほどだった。

 私はポケットの中にあるスマホの音楽を止め、何かしたのか必死に頭の中を探っていると、急に肩にポンっと手のような感触がした。


「〜〜〜〜〜っ!!??」


 あまりの突然の出来事に、私は声にならない声をあげ、肩から足先までビクッと身体が震えた。


「はぁはぁはぁ…!?はぁっ、はぁはぁ…!?」

「ねぇねぇ、君———あれ、大丈夫?」


 私の後ろから声がする。

 だが、そんなことよりも、あまりにもびっくりした私は、膝から崩れるように倒れてしまった。


「だ、誰…で…しゅか?」


 私はイヤホンを取り、ゆっくり後ろを振り向く。


「どうも!さっきのぶつかった人でーす!!」


 そこにいたのは、なんとさっき私がぶつかった女子だったのだ。

 しかも、私に軽く手を振りながら、ニコッと笑っている。


「え、えっ?えぇええぇぇぇっ!!??」


 可愛らしい笑顔に、薄茶色のローツインテールとキラキラ光るヘアアクセサリー。チラッと見えたカバンには、色々とカラフルなキーホルダーが付いており、ポケットの中には、可愛くデコレーションされたスマホが見えていた。

 私は思った。

 この人を簡単に言うならば、ギャルだと。

 私とは縁が遠いはずのギャル、一時期憧れたギャルだったのだ。


「さ、さっ…さっきは、ほんとにごめんなさい!どうか、私のことを皆んなには…お願いです…わるくいわないでください……」

「いやいや、そのことなら全然平気だよ――って、ちょっ!そんな土下座までしなくて良いからっ!?」


 私は、人生でしたことないぐらいの土下座をギャルさんの目の前で披露した。


「ほ、ほら顔あげて!私がそんなことで怒るわけないって!」

「で、でも……」

「とりあえずさ、話をするなら中に入ろうよ。今の私たち、ものすごーく目立ってるよ?」

「え…あ……」


 そう言われ、ふと顔を上げて周りを見ると、たくさんの人が私のことを囲むように見ていた。

 その瞬間、私の顔はカァっと熱が出たかのように熱くなり、涙がちょっとずつ滲んできたのが分かった。

 視界が涙で少し歪んでいく。


「おぉ…すごいね君、今女の子が普通しないような顔してるよ」

「うぅ…仕方がないじゃないですかぁ…」

「冗談だよ。あ、でも、写メ一枚撮らせてもらうけどね〜」


 謎のギャルさんは、スマホで私の顔をパシャッと一回撮った後、私の肩を掴んでカラオケ店の中へと運んでくれた。


◇◇◇


 そして、なんやかんやあり、カラオケ店へと入ることができた私とギャルさん。


「はぁ〜…とりあえず深呼吸。君もほら、早く座って一息つきなよ」


 まるで慣れているかのようにギャルさんはソファへと座り、ぽんぽんとソファを優しく叩いて、私に手招きをしていた。

 

「えっと、なんかすみません…」


 申し訳なさそうに私も、ギャルさんとは反対側のソファへと座る。

 すると、急にギャルさんはスッと立ち上がり、すごい速さで私の隣に座ってきた。


「いーよいーよ。目立つのには慣れてるしね〜」

「そ、そうですか。あと…す、すみません、近く…ないですか?」


 私は、このギャルさんが誰なのか知らない。

 多分、制服からして同じ学年の人だとは思うけど、クラスが違うからか見た覚えがない。

 そもそもこんな明るそうな人、私の友達にはいない。しかも、初対面の私に近づいてきて、普通に肩組んでくる人なんて、いるはずがない。

 あと、なんで私の太ももばっかり触ってくるんだろう。


「すべすべ〜、良い太ももしてるね〜」

「く、くすぐったいですよ……」


 優しく撫でるように触る仕草に私は思った。

 せ、セクハラだ……!?


「ねぇ、君の名前は?」

「え、名前……私は…乙守姫乃って言います。姫乃って呼んでくれると…」

「プリンセスちゃんかぁ〜、随分と高価な名前してるんだね!でもまぁ、可愛いしあながち間違いじゃなさそうだけど」

「プリンセスじゃなくて、姫乃です…」


 名前がどうとかよりも、とりあえずこのギャルさんからくる陽キャのオーラが、いつもの私の調子を狂わせてくる。

 しかも、とっても良い匂いがする。


「あはは!ごめんごめん、可愛い名前だったからつい。私は水澤世奈みずさわせな。普通に世奈って呼んでくれると嬉しいよ!」

「分かりました…水澤さん」

「……」

「えっと…せ、世奈…さん」

「うん!まぁ良し!できれば、"さん"よりかは"ちゃん"の方が親しみがあって良いと思うけどなぁ〜」

「ぜ、善処します…」


 いひっと笑う顔が照明よりも眩しく見える。

 てか、近い。


「一つ聞きたいんだけど、姫ちゃんさ……」

「姫ちゃん…」

「どうかした?」

「あ、いや…なんでもないです。どうぞ、続けてください」


 初対面なのにあだ名で呼ばれるなんて、生まれて初めて。


「聞きたいことあるんだけど〜、学校からカラオケ店に来るまで、ずぅー…っと爆音で音楽鳴らしながら歩いてたけど、あれってわざと?」

「え…えっ!?それ、ほ、ほんとですか!?」

「うん、あれ、自覚ない感じ?なら、自分で確認してみな?」


 世奈ちゃんに言われた通り、私はポケットからスマホを取り出してみると、そこにはイヤホンが繋がれていなかった。


「あ…あぁ………」


 音が聞こえにくかった原因がまさかの…

 そうと分かった瞬間、私の体からスゥッと何かが抜けていった。

 もしかしたら、魂かもしれない。身体が、ものすごく…軽い……。


「おーい、姫ちゃーん。戻ってこーい」

「んむっ!?も、戻りまひ…戻りましたからぁ!」


 世奈ちゃんの手が私の頬をむにっと引っ張った瞬間、私の意識は元に戻った。


「そんなに気にすることないでしょ?人間、生きていれば、自分の恥ずかしい醜態を晒すこともよくあることだよ。難しいかもしれないけど、素直に立ち直っちゃえば良いんだよ!まぁ、街の中は少し歩きにくくなるかもしれないけど……」

「最後の一言いらなくないですか〜…?そのせいで私…もう立ち直れなくなっちゃいますよぉ…また何かで転んじゃいますよぉ…」

「その時は……うん!まぁ、頑張れ!姫ちゃん!応援してるよ!」


 世奈ちゃんの励まそうとしてくれた言葉に、私はへなへなになり、ソファへとゆっくり倒れ込んでしまった。


「あっ、そういえば、姫ちゃんの聞いてた曲ちょっと見せてもらっても良い?」

「はひ…」


 私が首をゆっくり縦に振ると、世奈ちゃんは私のパーカーのポケットに手を突っ込み、私のスマホを取り出した。


「やっぱり!これ『universeユニバース』の曲じゃん!へぇ〜、姫ちゃんも好きなんだ!」

「そうですけど…世奈ちゃんも好きなんですか?」


 『universe』とは、私の好きな一番バンド。

 ギター二人、ベース、キーボード、ドラムの計五人で結成されたバンドのこと。

 ちなみに、私が小学生の頃に見たバンドがこれ。

 そして、私の憧れたボーカルがこのバンドのギターをしている。名前は確か……。


「うん!!私の一番のお気に入りバンドだからね!私がギターをやるきっかけにもなった思い出のバンドでもあるし、何よりボーカルがめっちゃ好きでさ〜」

「そうですよね…ボーカルの——え、えっ!?世奈ちゃんってギターやってるんですか!?」


 あまりの驚きに、私の体が急に跳ね起きた。


「うん。まぁ、中学の時にだけどね。ギター弾いてチャラけてたよ」


 わー、ギターやってたって言う人、生まれて初めて見た。


「中学一年の時にバンドの存在を知ってね。それから、音楽に興味持った頃には、よくお母さんにギター欲しいってねだってたなぁ〜。思い返してみれば、あれはあれで、良い思い出だったよ」

「そうだったんですね、あれ…弾いてたってことは…今は、もうギター弾いてないんですか?」

「うーん…それ今聞いちゃう?せっかくのカラオケにいるんだからさ、パーっと歌っちゃおうよ!その方が早く私たち仲良くなれると思うしさ!ね?」

「は、はい…」


 遠回しで断られた気がする。多分だけど、あんまり聞いちゃいけない感じの話なのかもしれない。


「よーし、せっかくだから〜…時間ギリギリまでいろんなの歌っちゃおっか!」

「え、マイク…?わ、私も歌うんですか!?」

「もっちろん!カラオケに来たなら歌わなきゃ損だよ!」


 急にマイクを渡された私は、次々と流れる曲に合わせながら、世奈ちゃんと一緒にたくさん歌った。

 流行りの曲はもちろん、結構マイナーなアニメの歌まで。一応、私の知ってる曲がほとんどだったおかげで、何とか歌うことができた。

 てか、世奈ちゃんが結構アニメを知ってるってのが意外だった。もしかして、あの有名な"オタクに優しいギャル"だったりして……。




 そして、気づいたときにはもう二時間が経過していた。


「姫ちゃん歌うっま!高得点バンバン出すじゃん!え、習ってた感じ?」

「え、まぁ…最近、カラオケに通ってたんで…」

「へぇ〜、カラオケに行ってればそんなに歌上手くなれるんだ!私も通おうかな〜」

「あの、少し声の勉強をすると…もっと良くなりますよ?」

「ほんとっ?じゃあ、姫ちゃん教えてよ!」

「ふぇっ!?わ、私が?」

「よろしくお願いします、姫先生」


 大きく頷く世奈ちゃん。

 期待に満ちた世奈ちゃんの瞳に、私は「無理です無理です…」と言いながら首を振った。

 歌の先生でもないのに教えるなんて私には難し過ぎる。しかも、世奈ちゃんとは今日が初めて話したばかり。

 そもそも、世奈ちゃんは何でこんなに積極的なんだろう。私も少しは見習わなきゃ。


「あーあ、ほんともったいないなぁ。姫ちゃんみたいな楽しそうに歌を歌う子が、中学校にもいたら良かったのになぁ〜」

「私みたいなのがいても、基本喋らないですし、面白くないと思いますよ?…あと、ほら…体育とかで人数が合わなくなって…」

「いや、そんなの関係無しでさ、結構面白かったと思うよ?だって、もし姫ちゃんがいたら誘ってるもん。私のいたバンドに」

「私のこと誘うって……え?バンド?今、バンドって言いました!?」


 私の聞き間違えじゃなければ、今明らかに世奈ちゃんの口からバンドという言葉が聞こえた。


「急にテンション上がったね、姫ちゃん」

「え、あ、いや…えっと」


 私の体が世奈ちゃん前のめりになっていることに、言われてから気づいた。


「私の仲良い友達と少しの間だけだったけどね。もしかしてさ、姫ちゃんもバンドに興味持ってたり?」

「はい!えっと…私、昔からずっとバンドに憧れてて。あの、『universe』の"あやなん"いるじゃないですか、ボーカルの!」

「うん、知ってるよ」

「私、あやなんみたくなりたくて…こうして、カラオケに来てるんです」

「へぇー、だから歌めっちゃ上手なんだ!」


 褒められてちょっと顔が熱くなる。


「ん?てことは、前からあやなんみたいなボーカリストになりたいって思って、毎日練習して、こんなに上手になったってことだよね?」

「まさしく…その通りでございます…」


 私は小さく頷く。

 ふと私は思った。小学生の頃の夢を初めてちゃんと人に話した気がする。


「へぇ〜ボーカリストかぁ〜。良い夢持ってんじゃん!」

「えっ?良い夢…ですか…?そ、そうですよね…きっと、そうですよね。う…うぅ…」

「え、え?な、泣いてる!?ちょっ、姫ちゃん?どうしたの?」

「私の夢を…初めて人に褒められたんです…」

「そ、そんなに嬉しかったの?」


 私はがむしゃらに頷いた。

 頷くと同時に、目元がじわじわと熱くなる。

 なんか、世奈ちゃんの言葉に、モチベーションというものを少しだけ取り戻せた気がする。


「じゃあさ、姫ちゃんの話もっと聞かせてよ。はいこれ、私のメルアド。いつでも連絡して良いからね」

「え、あ…はい。できたら連絡します…」

「あはは!姫ちゃんそれって絶対しないやつじゃん!」


 そう言って、また笑顔を見せる世奈ちゃん。

 差し出されたスマホのQRコードを読み込むと、私のスマホの画面に陽キャオーラが溢れる『せな☆』の名前とアイコン、その下にステータスメッセージが映し出された。

 陽キャの人を友だち追加することに、私はちょっとだけ感動していた。


「あっ!私、そろそろ帰んなきゃいけないけど、どうする?姫ちゃん一人でまだ歌ってても良いけど」

「じゃあ…私も出ます。あと、あの…どうか…途中までついて来てください…」

「いいよいいよ、そんな拝むようにしなくても。最初からそのつもりだったし。ほら、忘れ物ないようにね」


 私は忘れ物がないか確認して、カラオケ店を後にした。

 世奈ちゃんにここまで付き合わせてしまって、急に申し訳なくなった私は、カラオケ代を奢ろうとしたけど、頑固拒否された。




 そして、交差点にて。


「それじゃあ、私こっちだから。また明日ね!」

「ば、バイバイっ…!」


 途中の交差点で、大きく手を振る世奈ちゃんと別れることになった。

 あっという間のお別れだったけど、いろいろ話すことができて良かった。好きな歌とか学校での話とか。

 すると、ポケットに入れていたスマホがピコンと音を立てた。

 取り出して見てみると、一件のメールが来ていた。相手は、世奈ちゃんからだった。


『気をつけて帰ってね!』

「せっかくなら…直接言ってくれれば良いんですけどね」


 でも、その時の私の顔は笑顔だった。

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