第35話 光と闇のアイドル

 ゆっくりと歩く道の先に光が見える。

 ライブに向かう道と同じようで全く違う。

 これはバトルへの道。

 その道をまっすぐ進んでいくとその先に待っているのは知っているようで知らない人間。元々同じアイドルグループに所属していた人間。自分の人格を否定してきた人間。自分を信じられなくなった原因。

 そんな人間と今から対等に戦うのかと思うととてもおかしな気持ちになる。


 でも。


 もうセシリアはあの日のセシリアじゃない。

 寒空の中何も出来ずに扉の外に投げ出されたセシリアじゃない。


 ジョージ・Pが。

 ママが。

 サクラが。

 三銃士が。

 モリー・マッスルが。

 何万人ものファンが。


 いる。


 今、セシリアは光の中にいる。


———————————————————————————


 暗い道が続く。

 ここを進めば光の下へ出られるだろうかと進んでいる。

 スポットライトの下から追い出されて以来。

 ずっとずっと暗闇の中にいる。

 光の下へ戻ろうともがけばもがくほど深い闇へ堕ちていく。

 闇は次々と闇をよび、どんどんとその深度を増した。

 組織と契約してからも何度かスポットライトの下に立った。


 でも違う。


 あれはきっとブラックライトでできたスポットライトだ。

 でもそれも今日でおしまい。

 ルージュを闇に落とした女に復讐した後に、あの気に入らないキラキラした女優をやる。

 それだけでまたあのスポットライトの下に戻れる。


 憎むべきセシリア・ローズを。

 責任をとらないくそ社長を。

 やる気のない左と右を。

 無駄に喋るだけの組織の男を。


 全員見返してやる。


 今、ルージュは闇の中にいる。


———————————————————————————


 両選手の入場の最中。

 準決勝第一試合の興奮冷めやらぬ実況席では、マイカ・エムシーと解説おじさんの両名がテンション高く、お茶の間に向けて二人の解説をしている。


 あのサリー・プライドほどではないが、第二試合も注目のカードである。


「さあ! 準決勝二回戦! 元同門対決! はじまりますねえ!」


 同門対決。

 この言葉に心おどらない人間は多分性格のいい人間だ。

 同じグループで仲が良い二人を戦わせるなんて。

 同じグループで助け合ってきたアイドル同士を戦わせるなんて。

 ひどい。

 違う。

 仲なんていいわけないだろう。


 同じグループで足の引っ張り合いをしてきた二人を戦わせるなんて。

 同じグループで潰し合いをしてきたアイドル同士を戦わせるなんて。

 素晴らしい。

 正解だ。

 これは救済だ。

 陰でやりあってきた。今回でいえばルージュが一方的にやってきた関係だが。それに決着をつけさせるのだ。


「すでにトワイライトというグループは存在していませんが、この二人は元々そのグループに所属していました。当時は圧倒的にルージュ・エメリー選手が人気でしたが、現在では鳴かず飛ばず。逆に人気のなかったセシリア・ローズ選手は移籍後に飛ぶ鳥落とす勢いでここまで駆け上がっております」


 対照的な二人。

 光り輝いていたルージュは闇に。

 陰に沈んでいたセシリアは光に。


 ネガとポジが入れ替わった二人。


「アイドルとしての人気では圧倒的にセシリア選手有利という事ですかねえ?」


「そうですね。しかし今回はバトルです。先ほどの一戦を思い出したくない皆さまも多いでしょうから詳細は伏せますが、ルージュ選手は強いです。元々強かったのか、アイドルバトルに出るために強くなったのか不明ですが、あの力を上回るのは容易ではないでしょう」


 クィーン・マスクは応急処置を受けた後、病院へと運び込まれた。腕を失った事実を受け止められず、精神錯乱状態に追い込まれ、鎮静剤で眠っているというカンペが差し込まれたが、解説おじさんはあえてそれを読む事はなかった。


「そうですねえ。あれは本当にトラウマ級でした。画面の先の皆様のショックを最小限に抑えられたのは不幸中の幸いと言えますう。あわせて、クィーン・マスク選手の一刻も早い回復をスタッフ一同願っております」


 痛ましい表情でしめる。


「ええ、そうですね。さて試合の話に戻ります。セシリア・ローズ選手ですが、一回戦が不戦勝となっているため、バトルの実力が未知数となっております」


 これもルージュ戦の余波である。泣き喚いたナイ・カポネも今は落ち着いて控室でスースーと寝息を立てているようだ。ギャングの一人娘として甘やかされて育った結果、年齢から少し幼い精神性となっているようだった。

 その結果。

 セシリアは無傷で一回戦を終え、万全の状態でルージュ戦に臨んでいる。

 これが幸か不幸かは試合が終わるまではわからないだろう。


「私の知っている限りですとバトルの能力があったという記憶はありませんので、現時点ではセシリア選手が不利だと考えざるを得ませんねえ」


「おおむね、私もその判断ですが、ルージュ選手も元はバトルなど無縁な選手でしたからね。セシリア選手にも何かの力があると考えております!」


 さすが解説おじさん。

 ご明察である。


「解説と実況の判断はこうなっておりますが! バトルはミズモノ! どう転ぶかはわかりません!」


「そうですね。さあ、そうこうしている間に選手両名の入場が終わりました。向かい合って今バトルがスタートします!」


 画面はアリーナ中央で因縁の二人が睨み合っている画に切り替わった。

 睨むアイドル。

 視線には恨みが辛みが呪いまでもがこめられていそうだった。


 ルージュ・エメリー。


 あの頃であればその視線に怯え、下を向いて謝る事しかできなかっただろう。

 しかし今はしっかりとネガティブな視線を受け止めて胸を張っている。


 セシリア・ローズ。


「ついに来たわねこの時が。生意気にルージュの目を見てんじゃないわよ」


 三白眼気味に下から睨めつけるような目線は変えずにルージュが口火を切った。


「ルージュさん」


 何をいうべきか。何と言うべきか。セシリアには選べる言葉は少なく、名前を呼ぶ事しかできなかった。


「ずっとずっとずっとずっとお!」


「……」


 セシリアの声を聞き、過去の嗜虐性がルージュの心を刺激する。


「あんたを叩きのめす日を待っていたわ」


「……」


 バカにして、見下して、奴隷扱いをしていたセシリアと同じ目にあったあの日から。ルージュはずっとこの日を待っていた。

 闇に堕ちても、人を殺しても、泥のような味しかしない高級酒を啜っても。


「ルージュが立っているはずの場所を奪ったあんたを! 再起不能にして全部を取り戻すのよ!」


 これを待っていた。


「……ルージュさん」


「うっさい! 黙れ! あんた如きがルージュの名前を呼ぶな!」


 ルージュの怒号にセシリアは体がすくむのを感じる。過去の呪縛だ。解き放たれてからまだ一年も経っていない。当然、心も体も完全に解放されてはいない。


 怖い。


 でも。


「黙りません」


 恐怖を上回るモノが今のセシリアには溢れている。


「あぁ!?」


 予想外の反抗にルージュの顔が怒りで歪む。すでにそれはアイドルの顔ではない。朱に交われば赤くなる。この半年でルージュは立派な裏組織の振る舞いを身につけていた。


「私、あの日のままじゃないんです」


 決意の言葉。

 別離の言葉。


「うっさい! 黙れ! あんたはクズで無能! あんたには何もない誰もいない! あの日のままよ! 人生初のセンターを味わったあの日から何も変わってないわ!」


「ルージュさんにそう言われ続けて。実際に何年もそう思ってきました」


 静かにうなずく。

 静かにその事実を受け止める。


 それこそがセシリアが変わった証。


「そうよ! あんたはあの日のままの無能よ! 今持っているモノは全部あんたがルージュから奪ったモノ! さっさと返しなさい! そうすればクィーン・マスクみたいに腕を失くすだけで済ませてあげるから!」


 それを理解できないルージュは自分の優位性を確信して下卑た笑いを浮かべる。


「でもあの日クビになってから。それは違うって言ってくれる人が増えたんです」


 でも違う。

 セシリアはあの日のままじゃない。

 むしろあの日から大きく変わっている。あの日が良くも悪くもセシリアの全てを変えた。


「それもルージュのモノよ!」


「はじめはジョージ・Pだけでした」


「無視するんじゃねえ!」


 自分の言葉を無視して語り続けるセシリアに対して、さらに苛立ち、声を荒げる。

 しかしそんなルージュの怒号も今のセシリアには何の意味も持たない。


「そこから頑張れば頑張っただけ認めてくれる人が増えました。褒めてくれる人が増えました。同時に自分を否定し続けてきた気持ちも変わりました。私を好きって言ってくれる人。私を応援してくれる人。その人たちのためにも自分を否定するのは違うって! 自分を否定するのは自分を信じてくれる人を否定する事だって! だから! 今日は! ルージュさんに勝って! 自分をほめます!」


 毅然とした決意表明。

 勝利宣言。


「あああああああ! うっさいうっさいうっさいうっさい! ルージュを否定するな! ルージュの言葉に逆らうな! ルージュは正しい! 正しい正しい正しい! 死ねえ! 一点死突!!!」


 ついにルージュの理性は吹き飛んだ。

 闇組織に堕ちて以来、必要に迫られて習得した感情コントロールも、過去の幻影セシリアに対しては意味をなさなかった。


 あの日のままの感情の奔流。


 嵐のような怒り。


 それがレイピアから光となってセシリアに向かって放たれる。


 因縁の会話に聞き入っていた観客は突如放たれたトラウマに悲鳴をあげる。


 クィーン・マスクのように、腕が飛んでいるセシリアを誰もが幻視した。


 しかしそうはならなかった。


 ファンファンネル。

 ファンがファンすればファンするほど堅くなる盾。

 セシリアがまとうそれはすでに鉄壁。ルージュのスキル如きで傷がつくような代物ではなかった。

 光は弾かれ。会場中に乱反射。それはまるで特殊効果のようにセシリアを美しく引き立てる。


「試合! 開始ッ!」


 ルージュの攻撃に慌ててレフェリーが試合開始を告げる。

 本来であれば試合開始前に攻撃を仕掛けたルージュの失格になりそうなものだが、そこは組織に買収されたレフェリーである。何事もなかったかのようにしれっと下がっている。


「一点死突! 一点死突! 一点死突!」


 なおも届かない苛立ちを光線に変えて連発するルージュ。

 それら全て、セシリアに届く事はない。

 散った光線が空でほどけ、光の粒子となり、全てセシリアに振り注ぐ。


 美しい。


 会場から思わずため息が漏れる。


「なれ果てからの喝采!」


 一声で。

 天にスポットライトが出現し、そこから光が降り注ぐ。

 そしてその下に順番にアイドルの幻影が出現していく。

 この能力もまた進化して出現する幻影の数はまし、セシリアにかかるバフの効果量も跳ね上がっていた。


 その数、十体。

 お揃いの制服。

 お揃いのダンス。

 お揃いのマーク。


 その一糸乱れぬ挙動で一列に並ぶ様はまさにアイドルグループである。


「なんなのよ! それはぁ!」


 突如現れた幻影に慌て怯えるルージュが叫ぶ。


「一点死突!」


 幻影の一体に光線を放つが、それは霧に放たれた光のように霧散する。

 光線に貫かれる事、消滅する事もない幻影。


 実体がないのだから当然だが。

 それはルージュにはわからない。

 セシリアに攻撃が通らなかった時よりもルージュの顔に焦りが奔る。

 『なれ果てからの喝采』の効果がわからないルージュにとっては自分の攻撃が効かない敵が一気に十体も現れた。


 そういう状況に見えている。


 大勢で一人を囲み、それを嬲る。

 それは裏組織の手法であり、過去、ルージュがとってきた手法でもある。多勢の強さは誰よりも知っていて。それが今は自分に向かっている。


 パニックだった。


 何かないか? 突破する方法は?

 焦るルージュの視界に一人の男が立っていた。

 レフェリーである。


「はッ!? レフェリー! セシリアが味方を呼んだわ! ズルよ、チートよ! 早く失格にしなさい!」


 買収している。


 組織の男の発言。


 これだ! と思った。

 グズで無能は失格にしてしまえばいい。これでルージュの勝利!


 完!


 となるわけがない。


「セシリア選手のスキル発動を確認しております! 問題ないため試合継続と判断します!」


 レフェリーの声が無情に響く。


「は!? あんた何言ってんの? 自分が言ってる事、わかってんの? 金、貰ってんでしょ!?」


 追撃として組織の存在を仄めかす。

 さすがのルージュもはっきりと言う事はしないが、言っている意味は絶対に通じるだろう言葉。


「ルージュ選手、試合を継続してください! 継続せず、戦意がないと判断した場合はペナルティもあります!」


 しかし応じる事はない。

 レフェリーも必死である。金を貰ってはいるが、さすがにこの状況でセシリアを失格にしたら自分の不正が明るみになってしまう。裏組織も恐ろしいが、ドン・クルーズの方がもっと恐ろしい。このレフェリーにできる事はルージュ側の不正に目をつぶる位の事であった。


「ふッ! ふざけるな! 何がペナルティだ! どいつもこいつも役立たずが!」


 審判の事情など関係ないルージュにとっては、買収とは相手が自分の奴隷になったのと同義である。

 ルージュから見えている世界はこうだ。

 言う事を聞かない奴隷。

 圧倒的に不利な状況。

 それを作り出した元奴隷。


 全てが気にいらない。


 気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。


 ルージュの心身に苛立ちが溢れ、それは状況の不利に対する怯えを凌駕し始める。


 今まで我慢してきた。

 組織にいい様に利用される自分。

 ずっと我慢してきた。

 それに対抗できない弱い自分。


 ルージュは最強のはずなのに。

 ルージュは最高のはずなのに。


 トワイライトにいた頃なら毎日発散していた感情の嵐を。

 あの日以来発散させる事はできなくなっていた。

 ライブで集まった熱を感情のうねりに変えて、セシリアや他人に対して発散するあの快楽。

 ずっと失っていた。

 でも今でも忘れていない。

 あの快楽。


 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。


 恐怖。怒り。快楽。欲求。

 綯交ぜとなり、渾然となり、混沌となって。

 ないまぜとなりこんぜんとなりこんとんとなって。


 箍がはずれた。


「もう、全員! 殺してもいいわよねえええええ!」


 あふれる。


 こぼれる。


 せきとめていた感情が。


 おしとどめていた怒りが。


 全部、光になる。


 そうやってほとばしる感情が変化した無数の光の玉がルージュ・エメリーの全身にくまなく浮かび上がる。これら全ての球、一つ一つが一点死突と同等の威力を持っている。

 ルージュ・エメリーの怒り。全てを破壊する嵐のような怒り。それが具現化したモノだった。

 深い深い闇の感情の発露が光になると言うのはルージュ・エメリーなりの感情昇華の方法なのだろうか。


 こうなってはもはや一点死突ではない。言うなれば多点死突。


 ルージュがやっと掴んだ多である。

 でもそれは。

 個が積み重なった結果の多である。

 でもそれは。

 どこまで行っても本質的に個である。


 他人を犠牲にして自分の個を引き立たせる『アイドルウェポン:一点突破』

 それは他人を蹴落とす孤独への道をつくった。

 そしてその生き様から派生した『スキル:一点死突』

 それは人を殺して自分を生かす道をつくった。


 それらが積み重なった。そうして罪重なった。

 どこまで行っても孤独。行き着く先は蠱毒。蠱毒を生き抜いた先もまた孤独。


 だが。


 そんな事は今のルージュには関係ないし、今のルージュには考えもおよばない。


 ただ感情があふれ。

 ただ力がまして。


 気持ちがいい。


 それだけだった。


 ルージュが身に纏った光球はぶるぶると震え、今にも光線となって、その力を無差別に発揮しようとしていた。

 そして当然、これが放たれれば会場の人間は大なり小なりの怪我をするだろう。命を失う人間も少なくないだろう。

 相対しているセシリアにはそれがすぐにわかった。


「ダメです! ルージュさん!」


「うるせえええええええええ! ルージュを否定するな! 否定するな否定するな!」


 静止の言葉さえ、否定の言葉として届くような精神状態。ルージュは完全に感情に。怒りに。力に。飲み込まれている。正常な思考など力を放出する間際の快楽に溺れている。もうすでに自分で止まれるような状況は過ぎていた。


「間に合って! ファン・ファンネル!」


 叫ぶセシリア。

 その手の先にほとばしる鱗のようなファンネルは美しい群体を作り出し、さながら龍のように中空を疾る。

 そしてそれは大きな口を開けて、体を埋め尽くす光点から力を解き放たんとしているルージュ・エメリーをばくりと飲み込んだ。


 会場をああ、という感嘆が埋め尽くす。

 それが安心からなのか、恐怖からなのかは観客たちにもわからない。


 ルージュ・エメリーを飲み込んだ龍はぐるぐるととぐろを巻き、ルージュの放つ攻撃から会場を守るため、幾重にもその身を巻き付け、多層結界とも言える状態を作り出した。


 一方ルージュ・エメリー。ファンの龍に飲み込まれた状態であるが、本人はすでにそんな事に気づいていない。いや、もしかしたら気づいているかもしれないが、意に介する精神状態にはない。

 体の中ではちきれんばかりに暴れる力。それを体内におしとどめている痛痒。そしてそれを自分の意思ひとつで解き放てる自由。解き放った時の快楽。それらが精神を支配し、享楽、快楽、悦楽の園に精神は転移している。


「は、ハハハ、ダスわよ! 全員これで死ぬ!」


 セシリアのファン・ファンネルが体内から突き破られて会場に光線が放たれればルージュの言う通りになる。

 しかしセシリアはそんな事をさせる気はない。

 ここで光線を全て防げれば、もうルージュに力は残っていない。そこで勝敗は決し、セシリアの勝利になる。お互いに力を出し惜しみする気は一切なしだ。


「ぜ、ん、い、ん! 死にナア! 千本死突!!!」


 半透明な龍に飲み込まれたルージュ・エメリー。

 叫びと共に。

 全身に纏った光点が。


 軛から解き放たれた。


 それはすでに点としては認識できる量を超えていた。


 放たれた千本死突。

 触れただけで肉体を破壊するほどの威力を持った光線が一気に放たれるそれは技名通り、千にも届きそうな数である。それら全てが光の龍を体内から食い破らんとする。


「ファン・ファンネル! お願い! みんなを守って!」


 セシリアの願い。

 それはファンの願い。

 ファンがファンすればするほど硬くなる盾。

 画面の先の、会場中の、ファンたちは。

 セシリアのため、自分のため、他人のために。


 祈る。


 さらに会場を守らんとするセシリアの姿に心打たれ、現在進行形でファンは増え続けて、その数すでに数十万人を超えている。それと同枚数のファンネルが多層結界を展開しているのだ。単純な数で言えばファン・ファンネルの圧勝である。が、しかし単純な個の能力で言えば圧倒的にルージュの勝利という状況でもある。


 一枚一枚はとても小さいファンネルが身を寄せ合い、幾重にも重なり、常の力となっている、ファン・ファンネル。

 一本一本が力を持っていて、それを寄せ集め、かき集め、今この時を突破するためだけに集約している、千本死突。


 まるで二人の特徴そのままである。


 放たれた光線は体内の鱗を砕き、龍の腹を食い破らんとばかりに放たれ続けている。

 破られたファンネルはカケラとなる。

 阻まれた光線はチリとなる。

 結界内を乱反射する光線とそれに煌めくカケラ。

 カケラは地面に降りそそぎ、落ちた先で再び鱗を形造り、他者と身を寄せ合い、再び小さな龍となって天に昇る。


 光線はなおも尽きる事なく放たれ続ける。


 破壊と再生。


 せめぎあうその姿。


 苛烈である。


 だが一方、その苛烈さとは裏腹に。


 美しい。


 まるで巨大なスノードームのような様相である。


 散る雪の中。


 光線を放つために踊るルージュ。


 皮肉にもそれはまさにアイドルの姿であった。


 闇に堕ち失ったアイドル性を取り戻していた。


 自分のためだけを追求し続けたルージュ。それを支え続けていたセシリア。


 他を犠牲にしようとするルージュ。それを防ごうとするセシリア。


 協力構図、対立構図の違いはあれど。


 それはトワイライトの再現のようである。


 当時、その評価は全てルージュに向かっていた。


 しかし今は違う。皆を守らんとする気概。慈愛。それらから美しさへの評価は全てセシリアに向かう。皆がセシリアの魅力を知った。皆がセシリアの勝利を願った。


 無限に続くかと思うほどに美しいスノードームライブ。


 それを見た皆がセシリアにファンしている。

 魅了されたファンの数に比例してセシリアのファン・ファンネルはさらに硬さは増していく。そうなると自然に砕かれるファンネルの数は減っていく。


 反対に。


 ルージュの力は有限である。

 怒りや快楽を力の根源としているが、人間の感情というものはそこまで長続きするものではない。発散すれば消えていくし、忘却の機能で薄れていく。どれだけ粘着気質な人間でも残滓として残る感情はあれど爆発的な力にするにはどうしても足りなくなっていく。


 徐々に光線は細くなり、数を減らし、龍の腹を食い破れなくなっていく。


 時間が経てばスノードームは静まるのである。


「……なんでよ」


 光線を打てなくなり、結界内でへたり込んだルージュがつぶやいた。


「ルージュさん、もう力はないでしょう? 大人しく降参してくれませんか?」


「は? ルージュが降参? 調子にのってんじゃないわよ。今からあんたを殺してルージュが勝つのよ」


 強気なその言葉にもこころなし今は力がない。


「戻ってファン・ファンネル」


 とぐろを巻いてルージュを包んでいた結界はセシリアの言葉に反応して今度はセシリアの体を包み込んで透明化した。それを見たルージュはニヤリと笑って、腰に差していたレイピアを引き抜くとセシリアに向ける。


「一点死突!」




 レイピアからは細い光線が放たれるが、それはセシリアに届く前に霧散した。


「は!?」


 ルージュが油断と判じたセシリアの行動は油断などではなかった。すでにルージュには光線を放てるほどの力は残っておらず、意地だけで放った光線も力なく消えることは自明の理であった。

 しかしルージュにそんな事が認められるわけもない。


「ルージュをそんな目で見るなッ!」


 セシリアが己を見る視線にイラつき、声を荒げ立ち上がると、おぼつかない足元を無理やりと動かして、拳を振り上げながらセシリアに駆け寄る。


「オラァ!」


 気合いと共に拳を打ち込むが、力はこもっておらず、ファンネルに阻まれ、セシリアに届く事はない。


「ここでッ! ルージュは! 勝つんだッ!」


 なおも打ち込み続ける拳はただ不毛にファンネルを殴り続ける。そのたびに拳の皮は破れ、肉が抉れ、鮮血が舞うが決して止まる事はない。方向は間違っているがその不退転の覚悟は本物であった。


「……ルージュさん! もうおしまいにします!」


「オラァ! 血だらけだァ! アンタの負けで終わりィ!」


 舞い散る己の鮮血が自分のモノだと気付けない状態。危険である。


「ファン・ファンネル! モードタイガー!」


 掛け声と共に一部のファンネルがセシリアの両拳に集まってその全体を覆った。

 モードタイガーの名称通り、まるで二頭の虎の頭を拳に纏っているようである。


「行きます!」


 モリー・マッスル仕込みの格闘スタイル。


 身体は半身。

 足は爪先立ち。

 左拳は顔の前。

 右拳を深く引いている。


 脱力し。

 呼吸を整え。

 力を全身に巡らせ。

 放つ右拳を銃身にこめる。


 目の前には駄々っ子のように拳を振るう対戦相手がいる。


 過去、自分を散々な目にあわせてくれた人間。

 普通であれば恨み骨髄に入り、何度息の根を止めてもそれが晴れる事はないだろう。


 しかしセシリアはそうではない。

 恨んでもいる。憎んでもいる。でもどこかで感謝もしている。元チームメイトとしての情もある。


 そんなルージュはセシリアが止めなければこのまま壊れてしまうだろう。


 意を決して拳を握りしめる。


「モリー・バレット!」


 モリー・マッスル直伝の右拳はルージュの腹に放たれた。

 無防備に立っていたルージュ・エメリーはその攻撃を避ける事も防御する事もなく。


 ただ受けた。


 生まれてはじめて、他人からの言葉を素直に受け取ったように。

 それはとても穏やかな表情だった。

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