第34話 先輩と後輩とお姉さま

 会場はサリー・プライド一色である。

 どこからどこまでも。

 誰しもがサリーを求めているし、誰しもがサリーに囚われていた。


 準決勝、第一試合。


 中央にはすでにサリーが異常なまでの存在感を放ちながら、ただ静かに立っていた。

 相対するはムサシ。相対的にその存在は小さい。まるで添え物である。


「サリー先輩初めましてなのです」


 そんな雰囲気をモノともせず、ムサシは挨拶に伴って深々と頭を下げる。

 その動作を見て、レフェリーは準備が整ったと判断、試合開始を告げた。

 同時に会場中は大歓声に包まれる。

 さっきまでの静けさの反動とばかりに。

 反面、試合展開のはじまりは静かだった。

 サリー・プライドは音もなくゆっくりとムサシへと歩み寄る。そしてお互いが手で触れられる位まで近づいてから、まじまじとムサシの顔を見た後に口を開いた。


「はじめまして、よろしくね。貴女、新人さんよね? 一風変わった売り方をされていると聞くわ」


 少しからかうような口調。


「事務所のやり口は汚いのです。異国で孤独な拙者に甘い顔で近づいてきたと思ったら……くっ」


 お決まりのくっころである。これでも本人はいたって真剣である。


「ふふ。やり口が汚いのは同意するけど、貴方の売り方に関しては正解だったと思うわよ」


 口で手を隠しながら上品に笑う。


「先輩まで。コーンカフェのママたちと同じ事をおっしゃる」


「コーンカフェ? ママ? ……ああ、ジョージの一派の人間ね」


 後輩の口から出てきた名前を記憶の奥からたぐる。決してその名前はいい思い出とは言えなかった。ジョージとの決別の一因になった人間たちの名前。売れないアイドルの救済事業を続けていきたいからと。サリーの手をとらなかったあの日に言っていた名前。


 気に入らない。


「ええ、そうなのです。あの方たちも拙者の恩人ではあるのですが、やはり事務所の人間同様に拙者を面白がるのですよ。でも、あぁ! 拙者の愛するお姉様だけは拙者の不遇を嘆いてくれます。他の方達はただ笑うばかりの中。お姉さまだけが! あぁお姉様、はぁはぁ……」


 手を胸の前で組み合わせ、まるで女神に祈るように目を閉じる。


「うーん……やっぱり貴方の売り方は大正解だったと思うわよ。というか正攻法じゃ貴女絶対に売れないわよ」


 そんな姿にドン引きしながら己の所属事務所マネージャーの慧眼を噛み締める。


「まねーじゃーも同じ事を言っていたのです。先輩も同意見なのですか。やはりお姉様以外は信じられないのです」


「お姉様ってのは後輩ね?」


 これ以上後輩の売り方に対してどうこういう気を失ったサリー・プライドは話題を変える。


「後輩? サリー先輩はセシリアお姉様の先輩でもあるのですか?」


「ええ、そうよ」


 静かに頷く。


「という事はお姉様が絶対勝ちたい相手っていうのが先輩って事なのですか?」


「そうね。宣戦布告されたわ」


 興味本位で見にいった後輩にまさか宣戦布告されるとは思っていなかった。でもあの日が今日につながっていると考えると行ってよかったとも思っている。


「そう、なのですか……」


 噛み締めるように言葉をこぼしながら、ムサシの目に殺気がこもる。


「あら、なあに? 雰囲気が変わったわね」


「ええ」


 明確な敵意が。


「憧れのお姉様のために少しでもサリー・プライドの戦力を削っておこうという決意でもしたのかしら?」


「いえ」


 溢れんばかりの殺意が。


「じゃあなんなのか教えてくれる?」


「お姉様の初めてを奪った人間が憎い!」


 憧れの人の初めてを奪った女に向かう。


「そっち!? 貴女怖いわよ」


 さすがのサリー・プライドからも変な声が出る。


「問答無用ッ!」


 相手の驚きなどお構いなしに、目に見えぬ速さで掌底をサリー・プライドの顎に向けて放つ。

 そしてそれは確かにサリー・プライドの顎を的確にとらえた。


 はずだった。


「残念、届かないわよ」


 その言葉通り、掌はサリーの顎先でピタリと止まって動かない。まるで腕が木の棒になったかのような感覚に、驚愕の表情でその場から後ろに飛んで距離をとるムサシ。

 離れて数秒で固まっていた腕が弛緩して感覚が戻る。ぶらぶらとそれを振ってみるが、まだ若干の痺れのような感覚が残っていた。


「これが先輩の能力……」


「ふふ。どうかしらね?」


 とぼけた表情でも美しいその横顔に観客席からため息が漏れる。


「間違いなく能力なのですよ。日の国でも似たような能力の使い手と戦った事があるのです」


 サリーから視線を外さずに過去を思い出す。

 その時は相手の呪縛を気合いで解いて、動けないだろうと油断した相手を一刀両断したのだった。しかし今回は気合いでそれが解ける感じではなかった。

 ムサシは警戒を強める。


「サリー・プライドの能力は唯一無二よ。一緒にされても困るわ」


 サリー・プライドはムサシに視線を合わせる事ない。

 ムサシの推測は続く。


「察するに言葉による精神支配。だから届かないと言われた拙者の腕は先輩に届く術を失ったと推測するのです。大抵は動作が緩慢になったりするだけの能力なのですが、ここまで完全に動けなくなるのは初……」


 なめらかだったムサシの言葉はピタリと途中で止まる。


「後輩はよく喋るわね?」


 原因はサリー・プライドの言葉。


「タッ……」


 一言。

 それだけで今度はムサシの唇が固まり、言葉を発する事を禁じられた。


「そうそう。静かな方がいいわよ。アイドルは喋りすぎると価値が下がるわ。貴女も静かにしてればクールビューティーな侍として新しい道が開けるかもしれないわ」


 逆になめらかになるサリー・プライドの言葉。

 先ほどの腕の例から推測して、距離減衰で能力が解けると判断しているムサシは場外ギリギリまで距離を取る。だがしかしその口が自由をとり戻す事はない。


「あらあら、距離を取ってもサリー・プライドからは逃げられないわよ。だからね。そのよく動く『足』を動かしても無駄よ」


「グッ! (しまった!)」


 足。


 その言葉を聞いた瞬間に足を止められると判断したムサシはそれはまずいとばかりに足を動かそうと試みる。しかし時すでに遅く、その足が動く事はなかった。


「さて、これで場外に貴女を落としてレフェリーにカウントをとってもらえばサリー・プライドの勝利ね」


 静かにゆったりとまるでランウェイを歩くように死神が迫る。

 勝負の趨勢は決まり、会場はサリーコールで包まれている。


 サリー! サリー! サリー!


 コールに合わせ一歩一歩迫るサリー・プライド。

 この状況でもムサシは決して諦めていない。

 瞳にはランランと闘志が溢れている。ムサシは残りの動く部分。つまりは上半身のみで使用可能な技を準備して待ち構える。


 あと一歩。そこまで来れば技の射程に入るという所。


 その一歩手前。


 サリーは足を止めて、ムサシを見つめる。


「貴女、狙ってるわね」


 とても嬉しそうに。


「ンッ? (何の事ですか?)」


 ムサシは首を横に振る。


「いいわ、後輩。貴女いいわよ。あのモリー・マッスルですらこの状況では絶望したわよ。この一歩が貴女の射程ね?」


 完全に思考がバレている。やる気満々のムサシを見ていればサリーでなくとも容易に察せられる。


「ンーンー(イヤイヤ全然射程から遠いのですよ)」


 なおもシラをきるムサシにサリーは笑う。


「いいわ。一歩入ってあげるからうちなさいよ。絶対にサリー・プライドには当たらないから」


 そう言ったかと思うと美しい跳躍でムサシの射程へと飛び込んだ。


「フッ! (翁一刀流! 鬼ヤンマ!)」


 瞬間。


 相手の思惑がどうであれ、その機を逃すかとばかりに腰に佩いた日本刀が鞘から放たれ、柄頭が中空に踊っているサリーめがけて弾丸のような速度で迫る。


 逆転を狙うムサシの攻撃に会場中が息をのんだ。

 宙に浮いた状態ではさすがのサリー・プライドも逃げようがなく被弾するように見えた。


 しかし。


「サリー・プライドに攻撃は当たらないわよ」


 一言。

 ただその一言で。


 真っ直ぐに飛んでいた日本刀の軌道はぐにゃりと歪み、カーブするようにサリー・プライドの横を掠め、そのままの威力で飛んでいくと、場外の壁に当たって無機質な音とともに地面に落ち、それとすれ違いに跳躍していたサリー・プライドはムサシの目の前へと同時に着地していた。


「ね、当たらないと言ったでしょう?」


 それは天使のような笑顔であった。

 セシリア推しであるムサシでさえも魅了されそうな笑顔。


「クッ(精神支配ではなく事象変更であったか! そこまで至るとは神の領域! くっころ!)」


「ふふ。なに言ってるかわからないけど、これでサリー・プライドの勝利ね」


 動けなくなったムサシのおでこを人差し指でツンっとつくとそのままの体勢でムサシは場外に倒れ込む。


 レフェリーの場外カウントを以って、サリー・プライドの勝利宣言が会場にこだました。

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