第33話 第二試合の影響が次にも

 暗い控室。


 セシリアと同じ控室なはずだが、どうにも暗い。


 間取りも同じ。電灯も同じ。


 でも暗い。


 そんな部屋に試合を終えたルージュ・エメリーが座っていた。

 傍らには組織の男。


 名前も知らない男。正確には名前がない男。または名前がありすぎる男。


 そんな男が笑う。


「クッフフ。いやあ圧勝でしたね。さすがルージュ・エメリーだ」


 これにルージュは普段と同じく不快さを隠さない。


「うっさい」


 ただ一言。

 しかし饒舌な男は止まらない。


「これならレフェリーを買収する必要はありませんでしたかね?」


「は? あんた買収なんてしてたの?」


 さすがにルージュも組織がドン・クルーズの管理しているレフェリーを買収するとは思わなかった。どれだけの金を動かしたというのだろうか? 改めて組織の本気度を感じる。


「保険ですよ。保険。今回に関しては我々もコストをかけてますからね。可能であれば正攻法で回収したいのですよ」


「ルージュには保険なんていらないわよ」


 保険。

 どう転んでも組織が損をする事はないようにしてあるのだろう。


「いやはやごもっとも。浅慮でしたな。あの開幕の一点死突! 見事と言わざるを得ません!」


「死んだ?」


 問いかけるルージュの手は己が放った力を思い出し震えている。


「え? 相手のクィーン・マスクの話ですか?」


「以外に誰がいるのよ」


 間抜けな返答に苛立ちがつのる。


「多分死んでいないんと思いますよ? 死んでいたらこちらが失格ですからね。そこらへんの手加減もお見事としか言いようがありませんね。さすがルージュ・エメリーだ」


 その言葉にふうと息がこぼれた。

 殺さないようにと考えて死点をずらして打ち込んだが本当に殺さないで済むかは未知だった。何せ今日まで殺す事が正解だったからだ。今更殺すなと言われても難しい。


「ならいいのよ」


 安堵と同時に手の震えがおさまる。

 安堵したとは言っても。

 殺さなかった事への直接的な安堵ではない。

 ルージュ・エメリーは今更人の生き死にセンチメンタルにはなる事はない。単純にここで失格になるわけにはいかないだけだ。そのために殺してしまわなかった事に安堵している。何せ次の試合の対戦相手に復讐するためにルージュ・エメリーはここに至っていると言っても過言ではないからだ。


「クフフ。次はルージュ・エメリーが待ちに待ったセシリア・ローズとの対戦ですな」


 そんなルージュの内心を見透かすように男が嗤う。


「……うっさい」


「これは失礼いたしました」


 男はルージュのイラつきを察して口をつぐんだ。


——————————————————————————————


 第二試合を終え、控室に戻ったルージュ・エメリーたちの静けさとは裏腹に会場、客席、実況、つまりはルージュ陣営以外は大荒れであった。


 原因はもちろん第二試合である。


 試合自体は開始間も無くあっという間に終わった。

 レフェリーが試合開始を告げると、クィーン・マスクはお決まりのパフォーマンスとして、マスクを剥がされない宣言を対戦相手であるルージュ・エメリーに告げようとどこからともなくマイクを取り出し、天に高くかかげた。

 そしてそれに対してルージュは手に持った細剣、レイピアに分類されるであろうそれの切先をクィーン・マスクに向ける。相手の宣言を受ける騎士のように。


 その美しさに会場は湧いた。


 そこまではほのぼのとしたコミカルなアイドルバトルらしい状況であった。

 しかしルージュ・エメリーは騎士でない。

 暗殺者だ。

 レスラーの宣言など聞く気など初めからない。


 しかし会場はそんな事は知らない。

 歓声でわきにわいている中。


 ルージュは小さくつぶやく。


『一点死突』


 この一声で状況は一変した。

 クイーン・マスクに向いた切先から言葉とともに光が放たれ次の瞬間。


 とさり。


 と、音がした。


 光に目が眩んだ観客は状況がわからなかった。いつの間にかうねっていた歓声も静まっていた。


 音はクィーン・マスクの足元から聞こえた。


 観客は無言でその音の先を視線で追う。


 そしてその先にはマイクをつかんだ腕が落ちていた。


 異様な静けさは異常な悲鳴へ移り変わった。


 会場中の悲鳴に、やっと状況を理解したレフェリーはクィーン・マスクに駆け寄り、立ったまま気絶している事を確認すると試合の終了を告げ、ただちに医療班を呼び寄せた。

 その様子を尻目にルージュ・エメリーはサッと控室へと戻っていった。


 誰もその勝利を告げる人間はいなかった。


——————————————————————————————


「突然のCM失礼いたしましたあ!」


 CM明けの画面でマイカ・エムシーが頭を下げている。

 放送側の機転でクィーン・マスクの腕が飛んだ瞬間に即座にCMに移ったため、お茶の間のショックは最小限にできた。開幕でヒキの画であった事もまた幸いだった。


「第二試合の結果はルージュ・エメリーの勝利となりました」


 解説おじさんが淡々と試合結果のみを告げる。

 しかしそれで終わるわけにもいかない。


「CM前にTVをご覧になっていたお茶の間の皆様も不安でしょう。そこらへんを解説おじさんお願いします! まずクィーン・マスクの容体どうなんでしょうかあ!?」


「先ほど入った医療班からの情報ではバイタルは安定しているそうです……」


「命に別状はないという事ですか!?」


 その言葉には多少の安堵が混ざる。


「ええ、奇跡的に重要な血管などが収斂していたようで大量出血をまぬがれたために命に別状はないようです」


「それは本当によかったです。お茶の間の皆さんご安心ください」


 これでクィーン・マスクの命が散るような事態であれば下手をすればアイドルバトル自体が中止になりかねない状況であった。これは関係者全員にとっての朗報であった。

 思わずマイカ・エムシー、解説おじさんの顔にもほんのりと喜色が浮かぶ。


「ただ、次の試合に影響が出ているようです」


「と言いますとう?」


「第三試合の出場者である、ナイ・カポネ選手が第二試合を目の当たりにして棄権するという事です」


「それは、仕方ないと思われますねえ」


 苦笑いを浮かべるマイカ・エムシー。

 原因は遠く聞こえる声。

 いやじゃあ死にたくないのじゃあ。こんな怖いとは思わなかったのじゃあ。これじゃあギャングの方が怖くないのじゃあ。いやじゃあいやじゃあ。

 泣きわめく声が遠く離れた実況室まで聞こえてくる。

 とは言ってもそうなるのも当然であろう。

 アイドルバトルで片腕がとぶなど誰も考えていなかった。バトルといえどアイドルの、である。


「という事で第三試合はセシリア・ローズ選手の不戦勝となります」


「となりますと、次は準決勝という事になりますかあ?」


 期待がこもった声。


「ええ」


 一言でも何を期待しているかがわかる。


「クィーン・マスク選手の容体は心配ですが、準決勝と聞いてはアレですねえ」


「ええ」


 その存在が膨らむ。


「ついに彼女の登場ですう!!」


「お茶の間の皆様! お待たせしました! サリー・プライドの登場となります!」


 その名前は。


「続きはCMの後で!」


 最高潮の期待をはらんで、画面はサリー・プライド主演映画の一場面に切り替わった。

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