第32話 開幕戦は侍の独壇場

 セシリアが楽屋で新スキルについて話し合っている間にもアイドルバトルは進行している。すでに第一試合の選手入場は済んでおり、中央で向かい合いながらレフェリーの試合開始の合図を待っている状態である。


「さて、一回戦、第一試合がもう間も無く開始となりますねえ!」


 ワキワキとするマイカ・エムシーが会場中の期待と興奮を表している。


「第一試合はキミー・チョップとレディー・ムサシという対戦カードになります」


 アリーナで向かい合う選手を見ながら、冷静に語る解説おじさんの鼻の下は伸びている。


「解説おじさんはこの組み合わせをどうみますかあ?」


「圧倒的にレディー・ムサシ有利だと、私は思いますよ」


 鼻の下は伸びているが、予想は妥当である。


「そうですねえ。刀持ってますしねえ」


 シンプルな感想すぎてアホな発言に聞こえるかもしれないが、実際問題無手の人間が刀を持った人間に勝つ未来は誰にも見えない。


「達人クラスであれば無手で武器を持った人間を圧倒する事も可能ですが、キミー選手は強くはあれどあくまでアイドルです。達人クラスを期待するのは酷でしょう」


「ムサシ選手はどうですか?」


「逆に彼女はまごう事なく達人クラスです。かわいくはあれどあくまで達人です。一度彼女の居合のパフォーマンスを見たことがありますが、気づいたら移動していて、気づいたら巻藁が切れていました」


 事務所の人間がプロモーションの一環でライブパフォーマンスをうったのである。その美しい太刀筋、真剣な眼差し、流麗な所作は、普段のアホな動画に反してギャップがあり、これも好評を博した。


「さ、そう言っている間に選手が中央で向きあっております!」


「キミー選手挑発的ですね」


 確かに中央で客を煽りながらムサシに対しても何らか発言をしている。


「それはエロい意味ですかねえ?」


 ジトりと睨むマイカ・エムシー。


「い!? いえいえ、格闘的な意味で、ですよ! 見て下さい! かかって来いとばかりにムサシ選手を挑発しているじゃありませんか?」


「個人的には胸元を開いて挑発しているようにも見えますがあ? まあいいでしょう」


 キミー・チョップアンチであるためどう言われようと気に入らない。


「……そこも彼女の戦闘力の一因ですから」


「レフェリーが今中央によって戦闘開始の合図をーー」


—————————————————————————————————


 ファイト!!!


 レフェリーの掛け声と共にキミー・チョップが一気に距離を詰める。

 刀相手の中距離での戦闘を避け、自分が得意とする近距離戦に持ちこもうとするいい判断である。

 それに対して無構えで構えるムサシ。

 ならばご挨拶とばかりに無防備な腹へと飛び膝蹴りを繰り出す。しかしムサシにそんな見え見えの攻撃が当たるわけもなく軽く左手で払われる。


「アナタ、日の国から、来たん、ですってぇ?」


 左拳、右ロー、から軌道を変化させた前蹴り、左後ろ回し蹴り。キミーの一言毎に攻撃が繰り出される。どれも一級品の攻撃には間違いない。


「そうなのですよ」


 つまらなさそうに答える。

 レディー・ムサシ。

 一級品のその上をいく特級品の侍である。侍が刀だけだと思ったら大間違いである。合戦での組み打ちもある侍は徒手空拳も特級である。そもそも刃の軌道を目で追い、それに反応するのであるから拳や蹴りなど止まっている蝿も同然である。


「そんな怖い顔しないでよぅ。言葉もかわいくないわぁ、アナタほんとにアイドルなのぅ?」


 容易にさばかれる己の攻撃に焦りを覚えながらもその手数を増やす事で対応するキミー。しかしいくら手数を増やそうともムサシには意味がないのである。


「不本意ながら」


 ムサシとしては本当に不本意である。師への弟子入りを望んで行動すればするだけ真の侍からはかけ離れていく毎日である。ムサシはいつでも真剣である。しかしその真剣さはアイドルとしてはコミカルに映る。どこまでも真面目に真剣に生きているのにムサシの周りには笑いが起きていた。


 不本意である。


 そんな事を考えながらもキミーのラッシュを的確に捌いていく。小技も大技もどんな攻撃もムサシにいなされる。攻撃を繰り出せば繰り出すほどキミーのスタミナは削られていく。

 ついに息がきれたのか、キミーはいったん距離をとった。

 肩で息をしながら自分のスタミナを回復すべく口を動かす。


「えぇ? 不本意ぃ? むずかしいぃ。要はやりたくないのにアイドルしてるって事なのぅ? まぁそうよねぇ、アナタあんまり可愛くないもんねぇ。胸もわたしと違ってちっさいしねぇ? ねぇねぇ、なんで晒しなんて巻いてるのぅ? ほらほらわたしみたいにぃ、こうやったらみんな喜ぶわよぅ?」


 前合わせをひらひらと揺らすごとにチラチラと覗く柔肌に観客席からは大歓声が上がる。

 と同時にキミーのスタミナが回復する。

 これはキミー・チョップのスキル:エロチラリストの効果である。チラチラと覗く柔肌に興奮した人間の生気を吸い取ることができるのである。


「不要なのです」


 ムサシには全く興味のない話である。正直人気などどうでもいいし今回の大会に出場しているのも不本意なのである。キミー・チョップのやり方などそれこそどうとも思わない。セシリアの柔肌なら話は別であるが。


「えぇー。つまんなぁい。せっかく仲良くしたいのにぃ」


 そう言いながら、なおも自分のスタミナを回復するために必死で柔肌を観客席に見せつけている。仲良くしたいなどとは一ミリも思っていないただの時間稼ぎである。

 キミーとしては自分のスタミナ回復が最優先である。ムサシが攻撃してこないと判断して背を向けて観客へのアピールまではじめる始末。


「戦闘中なのですよ?」


 そんなキミーの背中にムサシの呆れた声が飛ぶ。


「アナタさっきから全く攻撃しないじゃなぁい? サービスよぅ」


 ムサシに向き直り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら観客に柔肌をアピールする。


「攻撃しろと?」


 ため息混じりの声。


「そうよぅさっさとしないとわたしのサービスタイム終わっちゃうわよぅ?」


 はねる身体。

 揺れる胸。


「無抵抗の人間に攻撃する侍はいないのですが。やれというのであれば仕方ありませんね。刀はなしにしましょう」


 ゆらりと身体を揺らし始める。


「ほらほらぁはやくはやくぅ」


 はねる身体。

 煽る胸。


「わかっているのですよ」


「きゃっ」


 止まる身体。

 焦る胸。


 先ほどまで離れていた距離が一瞬で詰まる。


「翁一刀流組討術! 波打童子!」


 掛け声と同時に、トンっと両掌でキミー・チョップの肩を押す。

 それに合わせてキミーの体がブルリと震えた。


 刹那。


 糸が切れた人形のようにキミーは、一気に膝から崩れ落ちた。そのままの勢いで腰くだけになり、上半身は後ろに倒れ、仰向けに天を向いている。


「か、カカ」


 先ほどまで饒舌だった口にも力が入らないらしく声を発する事もできない。下半身の辺りにはだらしなく水溜りができていた。

 その異常な様子に慌てて駆け寄ったレフェリーがキミー・チョップの状態を確認する。

 意識の確認。怪我の確認。手順に沿って従って進める。


 全ての確認が済んで立ち上がる。


「キミー・チョップ! 戦闘不能! 勝者レディー・ムサシ!!!」


 第一試合の決着を告げた。


—————————————————————————————————


 会場が戸惑いと大歓声に包まれる中。

 実況室も混乱していた。

 キミー・チョップの華麗なラッシュを気に入らないながらも褒めていた所への決着である。


「急転直下の決着う! これはどういう事ですか解説おじさん!!」


 解説は解説おじさんへ。


「わかりません!」


 あっさりと。


「ちょっっとお!? 解説おじさんが解説放棄したらただのハゲたおじさんですよう!」


 身も蓋もないがしょうがない。


「わかってます! わかっていますが! これは日の国の侍に伝わる技であることは間違いありません。が、流石に解説おじさんでもこれがどういう技かまでは知らないのです。しかも驚くべき事にムサシ選手は刀を使っていません! これはもうただひたすら東洋の神秘であります!」


 興奮冷めやらぬといった様子である。解説おじさんがここまで興奮することは珍しい。


「状況的にはキミー選手が一瞬で脱力しておりますのでえ、何らかの無力化、筋弛緩系の技だと思われますう!」


 となると逆に冷静になるのがマイカ・エムシー。いいコンビである。


「そうですね。見る限り、はっきりと意識はありそうですから、筋弛緩系の技と考えるのが妥当でしょう!」


 相方のフォローを感じ、冷静に解説を継ぐ。


「にしても強すぎますう!」


「触れただけでの勝利ですからね!」


 番組側からCM移行のカンペが出される。


「ではここでいったん第一試合は終了! CMをはさみ、第二試合の準備に移らせていただきます!」


「第二試合もお楽しみに!」


 ムサシモチーフのエナジードリンクのCMが画面に映し出された。

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