第26話 トーナメント表は誰の仕込み?

 後日。


 トーナメント表が発表された。


 一回戦。


 第一試合。

 セシリア・ローズ VS  ナイ・カポネ。


 第二試合。

 クィーン・マスク VS  ルージュ・エメリー。


 第三試合。

 キミー・チョップ VS  レディー・ムサシ。


 シード。

 サリー・プライド。


 二回戦は第一試合の勝者と第二試合の勝者、第三試合の勝者とシードがそれぞれ戦い、その勝者同士で決勝戦となる。

 これらが一日で行われるため当然無傷で勝ち抜いた方が有利となる。

 セシリアがサリー・プライドと戦うためには決勝まで行く必要があるというわけだ。

 そんなトーナメント表を持ってセシリアは神殿に来ていた。

 祈るとすぐに神界に連れ込まれ、結果なぜか女神はセシリアの膝枕で幸せそうにしている。

 まあ女神ならいいか。と自分と同じ顔をしただらしない女神を片手で撫でながら、反対の手で持ったトーナメント表をためつすがめつ眺めている。


「ねえ女神」


 セシリアの膝枕で垂れた涎を啜る女神に呼びかける。


「なんなのようセシリア。膝枕はまだ終わらないわあ。ファンファンネルあげた分はこの太ももを堪能する権利がワタシにはあるのよう」


 弛緩した顔と気の抜けた声。

 残念女神である。


「膝枕はいいわよ。それよりも貴女トーナメント組み合わせ、やったでしょ?」


 手に持っていたトーナメント表を女神の眼前にかざす。


「どいうことー?」


 チラシの下で女神がピンとこない感じで答える。

 とぼけている感じはない。


「だってあまりに出来過ぎじゃない? サリー先輩とあたるのは決勝だし、二回戦であたるのはルージュさんだし……女神の意図が透けて見えるわよ」


 ずっと眺めていたのはそういう理由からだった。


「えーワタシは何もやってないわよう」


「それにしては出来過ぎなトーナメントじゃない?」


 女神の声音に嘘はないと判断してチラシを自分の目の前に戻す。

 犯人は女神ではないとしても組み合わせからセシリアをよく知る人間の意図が透ける。


「たぶーんそのへんの仕込みはドンのやつよお」


 セシリアの太ももを堪能するついでに女神が犯人を特定する。


「ドンって? ドン・クルーズのこと?」


 女神の顔がくすぐったかったようで太ももと女神の顔の間に手を挟むセシリア。


「そうよう。あいつの事務所が主催の大会なんだからトーナメントの仕込みはあいつがやってるわあ」


 それに反抗して顔をぐりぐりと太ももに擦り付けていく女神。


「私の事を何も知らないドンがどうしてこんな仕込みをするの? 不自然よっ!」


 しつこい女神の攻撃を完全に防ぎ、女神の後頭部をしっかりと太ももで挟み込んだ。


「んー? 知らない事ないでしょう? セシリアってドンに何回もあってるわよお?」


 挟まれるのはそれはそれで嬉しかったらしく大人しくなった女神。

 上へと真っ直ぐ向かう視線でセシリアを見つめる。


「は? なに言ってるのよ、この街のお偉いさんに何回も会えるほどのアイドルじゃないわ」


「んー? まあセシリアなら知らないこともあるのか」


 一瞬の不思議な表情からセシリアならあるかといった体で一人で納得する女神。


「なにをよ?」


「ドクって知ってるでしょ?」


「なによ急に? おでん屋の常連でしょ?」


 懐かしい名前。

 セシリアがトワイライトをクビになったタイミングでオーディンに所属するように勧めてくれた。

 いわば恩人である。


「そうそう。酔っ払いで赤ら顔の。ちょっとウザい感じの」


 実際そうであるが。

 やけに辛辣だなとセシリアは感じた。


「失礼ね。でもいい人よ。私がオーディンに拾ってもらえたのもドクさんのおかげだもの」


「そう? 見解の相違ね。まあいいわ。ちなみにあれがドンよお」


「は」


 寝耳に水である。

 酔った勢いで愚痴った事もある。

 一献頂戴した事もある。

 なんならちょっとした下ネタを言われて背中を叩いた事もある。


「それとサリー・プライドの所属事務所はドン・クルーズの事務所だからきっとその辺の内情も知ってるわよお。というかいきなりアイドルバトルにシード枠ねじ込めるのはあいつくらいよお」


「待って待って!」


 自分の太ももの上で後頭部をご機嫌にコスコスしている女神の顔を両手で挟む。

 タコのようになったセシリアと同じ顔がマーキングを邪魔されて不服そうにしている。


「ふぁんふぁにょよなんなのよ」


「ドクさんがドン・クルーズって言った?」


「そうよう? ドン・クルーズを略してドクだもの。若い頃からあの名前で夜の街をイワしてたわあ」


 当時は大層モテたらしい。

 その時の姿が1000クルーズ札に肖像画として印刷されている。


「えええ? 私、この街のドンにだいぶ気安くしちゃってるんだけど!」


「あの男は喜んでるわよお。むしろセシリアに気安くされるとかワタシがムカつくんですけど?」


 セシリアの手が離れてもムカついているからタコのような表情のままだ。


「でも、そっか」


 対してセシリアは心が温まり、それが自然と表情に浮かぶ。


「そのかおー可愛いんだけど」


「もう、女神うるさい」


 折角の温かい気持ちを邪魔してくる膝の上の女神を目隠しの刑に処してからドクを思い出した。

 セシリアの心に懐かしい思いがあふれてくる。


 辛み。

 悲しみ。

 痛み。

 飲み込めないほど溢れた夜。


 一緒にいてくれたちょっと軽薄でウザいおじさんの顔が脳裏に浮かぶ。


 セシリアはあの軽薄さに何度も救われていた。

 あの人も私をずっと見てくれていたんだと思う。

 知らない所で成長を見てくれていたんだと思う。

 セシリアが必ず決勝まで行けると信じてくれているからのトーナメント組み合わせ。


「あー今のセシリア絶対可愛いのに見せてくれないのう?」


「ぜったい見せない」


 太ももに挟んだ女神の顔の上に両手で蓋をするのだった。

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