第25話 年末特番アイドルバトル記者会見

 季節は初冬。

 年末に開催されるアイドルバトルまで残り二ヶ月をきっていた。


 今日はその出場者が発表される記者会見の日である。


 コーンカフェには記者会見をライブビューイングするためにプロジェクターやスピーカーが運び込まれ、アイドルカフェはスポーツバーに衣替えをしていた。

 セシリアとジョージ・Pはその記者会見会場に行っているため、当然この場にはおらず、いるのはママ、サクラ、三銃士、常勤の元アイドルたち、コアなセシリアファンなど、まあコーンカフェのいつものメンツである。

 今日は料理やドリンクもビュッフェ形式の提供となっており、従業員も客も席に座ってめいめいで会話に花を咲かせている。


 その中で会話がはずまなさそうなテーブルが一つ。


 一番画面の見やすい位置にある。


 ママ、サクラ、三銃士のテーブルである。


 ママもサクラも三銃士には世話になっており感謝もしている。ちょっと変な奴だがそれを補って余りある功労者であると理解もしている。


 だがママもサクラもツンデレの見本のような性格である。


 急にデレるなどありえないのだ。


 三銃士も三銃士で自分たちが好きでしている事であるため、ママやサクラに恩を売ったという感覚はなく、気持ちは客が三人しかいなかった頃と何も変わっていない。


 セシリアのハレの日にママやサクラを怒らせないように怯えている。


 結果、無言である。


 そんな状況を破るのはやはりママである。

 さすがママ。


「ところであんたらどっからこんな機材持ってきたんだい? 盗んだりしてないだろうね?」


 指差した先にあるのは。

 百インチはあろうかというプロジェクター。

 キッチンをすっかりと覆い隠している。

 さらに野外イベントでもやるのではないかというほどのサウンドシステム。

 音量をしぼらないとガラスが割れそうである。


「我らは真面目なアイドルオタクですので盗みなどしませんよ! これらは会社の備品なので問題ないですよ」


 こぽ氏が憤慨している。


「会社の備品って……そんなもんを勝手に持ち出したら上司に怒られるよ」


 サクラが一般論を展開する。


「ママ、我が社ではこぽ氏が問題なければ全て問題ないのでござるよ」


「ん? どういう意味だい?」


「……社長」


 ボソりとてん氏。


「よく聞こえないよ! あんたはもちっとシャキッと喋んな!」


「……ヒイ」


 一喝されて怯えるてん氏の頭を撫でながらござる氏が口を開く。


「拙がちゃんと説明するでござるよ。ママには言ってなかったでござるが、こぽ氏は『株式会社 三銃士』という舞台技術全般を扱う会社を経営しているでござる。そして拙はその会社の専務で、てん氏は技術本部長なのでござる。つまり会社の備品程度ならこぽ氏の一存である程度借用可能でござる」


 結構長い付き合いになるが、ママもサクラも三馬鹿に対して全く興味がなく、プライベートなどに触れる気もなかったため、初めて知る衝撃の事実であった。


「はあー、毎日毎日うちの店に入り浸ってるから怪しい奴らだと思ってけど、あんたら経営者だったのかい!?」


 正直、親の遺産で食ってるクソニートだと思ってたという言葉はギリで飲み込んだ。

 飲み込まれた言葉は知らず、こくりと頷く三馬鹿ならぬ三銃士。


「隠してたようですまなかったのです」


「驚くでござるよね?」


 おずおずとママの顔を見る。


「んー驚いたは驚いたけどね。まあいいさ、あんたらがなんであれ、店の恩人には変わりないんだ。今まで通り変なことすりゃ出禁だし、そうでなけりゃ大事な客だよ。特に何も変わらないさ」


 男前なママ。

 立場などで人を見ないのである。

 ニートであろうと、社長であろうと。

 店を愛してアイドルを愛して対価を払えば客なのである。


「「「ママー!」」」


「気持ち悪いね! あんたらの、ママになった、覚えはないよ!」


 抱きつく勢いの三人の頭を順番に叩いた後、おしぼりで手についた油を拭く姿も今まで通りである。

 そんな様子を呆れた顔で眺めるサクラ。


「ママも三馬鹿もさあ、馬鹿な話してないでプロジェクター見なよ! 記者会見始まるよ!」


 指差した先、プロジェクターの中にはマイクを持った二人の男女が並んでいた。


—————————————————————————————————


「どうも! みなさんこんにちはー! MCアイドル、マイカ・エムシーですう! お隣にいるのわー!」


「どうも解説おじさんです」


 二人揃って頭を下げる。

 MCアイドルのツインテールが揺れ、解説おじさんの薄くなったひよこ毛も揺れる。


「今年もこの季節がやってきましたねえ、解説おじさん!」


「そうですね。マイカさんとのタッグもこれで五年目ですね。今年もよろしくお願いします」


 マイカ・エムシーの笑顔にぴきりと怒りが疾ったのを視聴者は見逃さなかった。


「五年目とかいうと年齢を感じるのでやめてくださいねえー! 永遠のFJD、永遠の大学生、マイカ・エムシーです! 今年もよろしくお願いしますう!」


 笑顔でそう言いながらピキピキと切れているのが画面越しでもわかる。

 往年のヤンキー漫画様式である。ひき肉にしちまう感じの怒り方である。

 しかしカメラを向いてる解説おじさんはその事実に気づいていない。


「五年目だと学部ならダブってますね。単位足りてます?」


 その言葉。

 命取りである。


「だあかあらあ! 永遠のFJDだっつんでしょうが? おん? この解説ハゲが! 五年で進行した頭むしるぞ」


 机の上に足を上げ、左手で解説おじさんの首を捻り上げ、右手で頭頂部のひよこのような髪の毛をむしっている。

 言った時にはすでにやっているのである。


「ちょ、マイカさん! いた、痛い! なま、生放送! 映ってるから!」


「おっと失礼しました。今年もこんな具合で可愛いわたしとうざい解説おじさんの二人で、年末恒例アイドルバトルの実況と解説を担当させていただきます。よろしくお願いしますう」


 キュルンと可愛げに小首を傾げているが、アイドルがおじさんをシメる映像を見せられた視聴者の方が首を傾げている状況である。見たかったアイドルバトルではない。


「……よろしくお願いします」


 おじさんはむしられた頭頂部を軽く撫で付けながら涙目で挨拶をしている。


「さておじさん、今年のアイドルバトルは異例ですねえ」


「そ、そうですねえ。異例の一言では片付けられないほどの異例ですね」


 何事もなかったかのように進行するマイカ。

 プロである。

 おじさんもテーブルの上に散った髪の毛に未練を残しながらも何とか通常運転に戻る。


「まず一番大きいのは彼女の存在ですよねえ」


「ええ。彼女が帰ってきました」


「彼女はわたしがはじめて実況を担当した年の優勝者なんですよお」


「ごねん……」


 その言葉にマイカ・エムシーの持っていたシャーペンが机に突き刺さった。


「あ?」


 コリないおじさんである。いや単純にデリカシーが欠如しているのだろう。


「いえなんでもありません。彼女は優勝してすぐに女優に転向しましたのでバトルは久々だと思いますが、女優として破竹の勢いで売れていった今の彼女がどう戦うのかすごく楽しみですね」


「対戦相手に何もさせない戦い方がまた見れると思うとドキドキですねえ」


「モリー・マッスルが指一本動かせずに終わったあの決勝は賛否ありましたがすごい試合でした」


 ここまで言ってしまえば誰かなんてわかる人間の方が多いだろうがサリー・プライドに関しては色々な所で出場を告知済みであるため、形式的に名前を伏せているだけである。


「次は出場者の割合が異例なんですよねえ。解説おじさんお願いしますう」


「いやあ、これもすごいですよ。普段であればこの大会は格闘系、戦闘系のアイドルしか出場しません。今年復帰する彼女が出ていた年も非戦闘系は彼女だけでしたが、今年はなんと三人もストレートアイドルが出場しています……」


 少し複雑な表情な解説おじさん。


「解説おじさん、表情が優れませんね? 髪の毛むしりすぎました?」


「いえ、それもありますが、このストレートアイドルが出場している原因が元々出場予定だった戦闘系アイドルたちの怪我や事故ですから。原因が原因だけに話題に出しずらい面がありまして」


「そうですね。今年は事故や怪我が多い年でした。一日も早い回復を願いたいですねえ」


「はい。今年は無理でしたが来年またキレのある技を見せてもらいたいと思います」


 そう言ってポジティブにまとめるコンビは喧嘩しながらも長年の経験から息があっており、ネガティブな情報もうまくさばける安定感がある。


 ここでマイカ・エムシーがポンっと手を打つ。


「さて、そう言っている間に選手たちの入場時間となりましたあ!」


「出場者七人中、三人が非戦闘系アイドルという異例な今年の大会はどうなるのでしょうか!?」


「さあ、出場者の入場に伴い、今年の参加者の名前が公表されます! 復帰した彼女が誰なのか!? 」


「続きはCMの後です! お楽しみにい!」


 画面は明るいジングルに合わせて可愛いアイドルが踊る洗剤のCMに切り替わった。


────────────────────────────────


 CM中に選手の入場はすでに終わっており、会場に設置された横長のテーブルに選手が一列に並んでいた。

 カメラのフラッシュが瞬き、シャッターの音が選手への賞賛のように鳴り響いていた。


「さて会場には七人が一堂に会しております! 視聴者の皆さんにはお見せできていない事が申し訳ない限りです」


「毎年の事ですが、アイドル七人が並ぶと壮観ですねえ」


「今年は特別枠で彼女がいますからさらに豪華ですね」


「彼女の実況を担当させていただくのが光栄でなりませんねえ」


「では早速ですが選手を一人一人紹介させて頂こうと思います。マイカさんおねがします!」


 解説おじさんのフリに対して、マイカ・エムシーはマイクを握り直す。


 一呼吸。


 五年の経験を持ってしても選手紹介の一言目は気合が必要である。


「ではまずは一人目画面に向かって一番左端に座っておりますのは、クィーン・マスクさんです。美少女すぎる覆面レスラーとしてお茶の間の人気者ですねえ」


 マイカ・エムシーの声と同時にカメラが切り替わり、クィーン・マスクの顔がアップになる。


「ご存じない方に補足させていただきます。彼女は覆面レスラーですが、その真価が発揮されるのはそのマスクが剥がされてからです。ヒールレスラーがマスクマンのマスクを剥がしにくるというセオリーを逆手にとって、マスクを剥がされると能力が強化されるというスキルを持っています。今回の大会でもそこからがポイントになってくると思われます!」


「覆面をしてても美少女さが透けて見えますからねえ。期待したいですう。クィーン・マスクさん一言お願いします!」


 ADさんらしき人間がクィーン・マスクにマイクを手渡した。

 それを手に取り立ち上がる。


「毎回マスクを剥がされるのは本人的には不本意だ! だがぼくはどんな卑怯な手にも負けない! 今大会はマスクを剥がされずに優勝すると約束しよう!」


 強気で言い切り、マイクを置いて席に座った。


「はい、クィーン・マスクさん。ありがとうございましたあ!」


「不本意と言いつつも毎回マスクを剥がされに行く所が彼女のチャームポイントなのでぜひそこに注目いただきたいですね」


 身も蓋もない解説おじさんの言葉に憤慨して立ち上がり、マイクをつかんで何事か叫んでいるが、すでにマイクはオフされているため、お茶の間に届くことはない。

 ここまでが彼女のお約束である。


「では次の選手紹介にうつります。隣に座られていますのが、キミー・チョップさんです。グラビア空手の急先鋒として話題の彼女です。空手着の下にインナーをつけない事で有名ですが、空手の大会で何人の青少年を狂わせたかわかりませんねえ。解説おじさん何かありますか?」


 カメラはクィーン・マスクから横にスライドし、ショートヘアーのあざとかわいい感じの女性を写す。


「スキルの特性上という理由でインナーを着用しない事を空手連盟から許可されている彼女ですが、空手協会のお偉いさんの欲望が薄手のインナーよりも透けて見えますね。けしからん事です」


 と言いつつも解説おじさんの目線は道着の前合わせに翻弄されているし鼻の下は伸びている。

 そんなおじさんに侮蔑の視線を投げながらマイカ・エムシーは進行を続ける。


「わたしは解説おじさんの鼻の下からも欲望が透けて見えますねえ。ではキミー・チョップさん一言お願いします」


 クィーン・マスクとキミー・チョップの間に置いてあったマイクを手に取り立ち上がる。


「もーマイカさんったらひどいですう。きょうかいのぉ、お父さんたちはぁ、純粋にぃ、応援してくれてるんですよぉ。パパー! わたし絶対勝つからぁ応援してねぇ」


 あざとい。


 そう言って手を振ると豊かな胸部装甲が揺れ、胴着の隙間から肌色が見え隠れする。

 マイカ・エムシーは自分の胸に一瞬視線を落としてから舌打ちをしたが、すぐに切り替えてアイドル笑顔を浮かべてキミーの紹介を打ち切る。


「はい、あざしたー。そういうのはパパ活でお願いしまーす」


「純粋に応援したいですね。それはもう純粋な心で」


「このハゲ、本当にクソだな」


 広がった前合わせと増えた肌色の面積に翻弄されるおじさん。


「解説パパーありがとー! マイカさんこわーい!」


 元来マイカ・エムシーのありがとうございましたの合図で切れるはずのマイクがキミー・チョップの音声を拾っている。音響さんもキミーの色香に惑いマイクを切り忘れているのだった。


「どいつもこいつもエロに釣られやがって! さっさと次の紹介にうつります! 次の選手はナイ・カポネさんです。彼女はクルーズタウンのギャングであるカポネファミリーの跡取り娘ですねえ。エロハゲ解説おじさん補足お願いします」


 滑らかに右にスライドしたカメラはピンク色のふわふわ髪と猫耳カチューシャをうつした。

 次のアイドルであるナイ・カポネの身長が低いため画角におさまっていないのだった。


「ナイさんの今回の出場動機なんですが、彼女はギャングを嫌っており、アイドルバトルの優勝を条件にギャングからの足抜けを許されたとのことです。とは言っても能力が完全にギャングであり、ギャングになるために生まれてきたとの呼び声も高い彼女です。幼い見た目とは裏腹に戦闘力は高いですね。またカポネファミリーもカタギには絶対に手を出さないダークヒーロー的な面が強いファミリーですから応援する声も高いです」


「ロリっ子ギャングとか応援する要素しかないですもんねえ。ナイ・カポネさん一言お願いします」


 すでにマイクを手に取り、椅子の上に立ち上がって何事かわめいている幼女。

 その姿にマイカ・エムシーも解説おじさんもニコニコである。


「……ぇが……ロリじゃあああ!!! ぴっにゃあ! 急に大きな音! 耳が痛いのじゃあ!」


 マイクのスイッチがオンになった途端に、イヤモニから響いた自分の大声に自分でびっくりしている。

 一旦マイクをテーブルの上に置き、猫のように警戒しながら眺めるが、再び手にとって軽くぽんぽんとマイクを叩いてから再度話し始めた。


「あーあー。うむ大丈夫じゃあ! おいこら! そこの解説ども! 誰が幼女じゃあ! わしはもう十三歳になったんじゃあ! にゃめんなこらあ!」


 可愛らしい恫喝についつい頬が緩む。

 お気に入りの猫耳カチューシャとあいまって会場全員デレデレである。


「はい。とても可愛らしい自己紹介ありがとうざいましたあ!」


「いやあ幼女と動物要素はずるいですね。掛け合わせが実にあざとい! ブレーンが優秀ですね」


 ナイ・カポネはいまだにマイクに向かって憤慨しているが、今度は音響さんもしっかりと仕事しているようで、会場に声が響くことはない。

 かすかににゃあにゃあ聞こえてくる声に頬を緩めながらマイカ・エムシーは進行を続ける。


「次の選手で戦闘系アイドルは最後となりますう! レディー・ムサシ選手! 鎖国中の日の国から単身渡ってきました異国の剣士! アジアンビューティーな美しさと剣の腕前でアイドルバトルの出場権を得ました! この選手はどうですかあ、解説おじさん?」


 横に移動したカメラがうつしたのは誰であろうレディー・ムサシである。

 元ドザえもん系女子だったムサシはすっかりと綺麗になり、ポニーテールはツヤツヤと揺れ、着物も質の良さそうなものを身につけている。

 大きな会場に緊張しているのか、頬は紅潮している。


「いやあこの選手は凄いですねえ。半年に満たない期間でアイドルバトルの出場権を得た異例の選手です! 先ほども話に出ましたが出場予定であった戦闘系アイドルが軒並み怪我や事故で出場できなくなった結果の繰り上げとはいえ、それも彼女の実力のうちと言えましょう!」


「ポニーテールがとても特徴的ですね。ではレディー・ムサシさん一言お願います!」


 マイカ・エムシーの言葉にぎこちない動作でマイクを手に取るムサシ。


「あああ、憧れのお姉様と同じ大会に並び立てるなんて思ってませんでした!!! でも出るからには真っ向勝負が侍の魂! 優勝を目指しますので皆様何卒応援宜しくお願いするのですよ! そしてそれと同時にお姉さまへの声援もお願いするのですよ! はあああああ! お姉様かわいいいいいい!」


 後半はカメラではなく横に並ぶセシリアに向かって叫ぶだけの何かになっていたのにも関わらず、会場は拍手に包まれた。百合の花の香りしかしないが、これは純粋な応援である。キミー・チョップへの応援とは違うのだ。


「会場が何だか白百合に満たされた気がしますねえ、解説おじさん」


「前情報としては剣の師匠に弟子入りを認められるために単身クルーズタウンまで漂流してきたという割と濃いエピソードがあるはずなのにそこに一切触れずにお姉様一本槍で行く所に百合魂を感じますね」


「さて、ここまで戦闘系のアイドルを続けて紹介してきました。残りは非戦闘系のアイドルの紹介となります。ムサシ選手のお姉様や限定のアイドル復帰をかけた元チャンピオンも登場しますので後半もお楽しみに!」


「では一旦CMです。チャンネルはそのままで」


 解説おじさんの言葉と同時に画面は年末の特別ドラマに主演するサリー・プライドが大写しになっている画面に切り替わった。


 なるほどわかりやすく露骨である。


────────────────────────────────


 CM明けの画面にはアイドル笑顔のマイカ・エムシーとCM前と比べ頭頂部の髪が一層薄くなった解説おじさんが並んで座っており、CM中にあった一悶着が容易に察せられた。

 視聴者も慣れたものでこのやりとりも年末の楽しみとなっているのであった。


「視聴者の皆様お待たせいたしましたあ! 年末恒例アイドルバトルの出場選手発表の続きを放送いたします!」


「……宜しくお願いします」


 解説おじさんは抜けた髪の毛を悲しげに見つめている。


「解説おじさん! 元気出してください。折角の晴れの舞台なんですよお! ほら元気元気!」


 やったであろう本人がおじさんの背中をパンパンと叩き、元気づけている。

 何というマッチポンプであろうか。


「……はい。気を取り直しまして、マイカさん紹介をお願いします」


 MCアイドルのボディタッチに心なしか気力が戻った解説おじさん。

 こっちはこっちで現金である。


「はい! 残す所三名となっておりますが、ここからは全員非戦闘系のアイドルとなっております!」


「歴史の長いこの大会でも三名の非戦闘系からの出場は本当に異例ですね」


 一呼吸。

 マイカ・エムシーの声のギアが一段上がる。


「そんな異例のアイドル、一人めのご紹介! ルージュ・エメリーさんです! 彼女は元々はトワイライトというアイドルグループに所属していましたが今回はソロ名義での出場です!」


「トワイライトでは圧倒的センターだった彼女ですが、電撃脱退からのソロデビューはアイドルオタク界隈ではざわつきましたね。それから数ヶ月アイドルバトルへの出場を果たした彼女に何があったのかは謎に包まれており、誰も多くは語れません! まさにダークホース! バトルの内容が気になる所です!」


「アイドル時代からエキセントリックな性格はアイドル仲間でも有名でしたねえ。ルージュ・エメリーさん一言お願いしますう」


 過去に何かあったのだろうマイカ・エムシーからのチクリとした言葉に反応はせず、すでに手に持っていたマイクを胸元に据え、ルージュ・エメリーは静かに立ち上がる。

 以前の言動を知っている人間からするとこの段階で異質である。


「ルージュは変わった。ルージュはより最高になっている。それを見せる時がきた。それだけ」


 それだけ言うとマイクを隣に置き、ちらと隣に座るアイドルへ視線を投げる。

 その一瞬だけ。

 昏い感情が瞳にこもった事には誰も気づかなかった。


「る、ルージュ・エメリーさんでしたあ」


「雰囲気が変わりましたね」


 これには解説おじさんも困惑を隠せない。


「で、では! 次の選手紹介に移らさせていただきますう!」


「そうですね。マイカさんお願いします!」


 変な空気感を振り払う。

 ルージュ・エメリーは知らん顔で正面を向いていた。


「残り二人となりました! 次の出場選手! セシリア・ローズ選手です! なんと彼女! 先ほどのルージュ・エメリー選手と同じトワイライトに所属していたアイドルとなります! 何という因縁でしょうかあ!?」


「セシリア選手はルージュ選手とは逆にトワイライトでは全く目立たないアイドルでしたが、脱退後に光り輝いたアイドルですね。彼女は凄いですよ。グループ脱退した次の日には新事務所に移籍、そこから破竹の勢いでアイドルランキングを駆け上がり、この大会の出場権を得ています。王道のアイドルでありながらアイドルバトルを目指すその姿はありし日の彼女を彷彿とさせます。その彼女がアイドル時代に所属していた事務所に所属という因縁もあるセシリア選手です」


「アイドルの仲間うちでは評判が良かったセシリア選手がここまで駆け上がってる姿は正直感動です。わたしも舞台の上でよくフォローしてもらいました。ではセシリア・ローズさん一言お願いしますう!」


 マイカ・エムシーの視線が優しげにセシリアに飛ぶ。

 それを受けたセシリアも微笑み、マイカだけにわかるように、「久しぶりありがとう」と口を動かした。


「ご紹介いただきましたセシリア・ローズです! ご覧いただきありがとうございます。アイドルバトルの優勝は私の長年の夢でした。ずっとずっと夢見てきました。でも! とある冬の日にそれは夢じゃなくなりました。現実の目標になったんです! 夢から現実へと導いてくれた皆さんに感謝してます! 応援よろしくお願いします!」


 ペコリと頭を下げて、マイクを置いた。

 マイカ・エムシーも解説おじさんも無言で拍手している。

 セシリアの人柄を知っている。下積み時代から付き合いのある人間だ。


 会場は暖かい拍手で溢れていた。


 セシリアが席につき、暖かな拍手が鳴り止んだタイミング。


 なんの言葉も。


 なんの気配も。


 なんの動作も。


 ないのに関わらず。


 空気だけが一瞬で変わった。


 セシリアはこの空気を知っている。


 マイカ・エムシーも。


 解説おじさんも。


 会場の人間も。


 番組を見ている視聴者も。


 誰もが知っている。


 一流が放つ圧力。


「は、ははは。この空気感はさすがですねえ!」


「マイカさんもおじさんも慣れてるはずなんですが慣れませんね。会場もお茶の間も待ちきれないでしょう。マイカさんお願いします」


 マイカ・エムシーも解説おじさんも。

 まるでサリー・プライドに囚われているように動作がぎこちない。


「そうですね……僭越ながら紹介させていただきます! 最後になります! 画面の先の皆様は待ちに待ったでしょう! そうです! すでにお気づきの事な上に、彼女に関しての説明などいまさら不要しょうが、あえて言わせていただきましょう! 天才! プライドの権化! つま先から髪先までの全てが彼女! 存在する場所全てが彼女になる!」


 すうううう。

 吸気音をマイクが拾う。

 そうしないと音が出せないと言わんばかりの大声のために。


「サリいいいいいいいいいいいいいい! プライドおおおおおおおおおおおおおおお!」


 コールと同時に会場が割れんばかりの拍手と歓声で包まれる。


 先ほどのセシリアの比ではない。


 説明通りに存在する場所が全てサリー・プライドに包まれた。


「彼女に関しては一切の説明は不要でしょう! アイドルバトルチャンピオンにしてトップ女優に上り詰め、女優デビュー五周年企画として一夜のアイドル復活のためにアイドルバトルに参戦する事が発表されました!」


「本当に一言をお願いしてもいいのかと何度も製作陣を通して確認しましたが、本人として問題ないとの返答なので、大変恐縮ですが! サリー・プライドさん! 一言お願いします!」


 サリー・プライドは無言でマイクを手に取って立ち上がった。

 会場中がその挙動をその声を待ちのぞんでいる。

 張り詰めた空気感。


 そんな中。


 一言。


 ただ一言。


「お待たせしました、サリー・プライドです」


 これだけ言ってマイクを置き、席についた。


 そして。


 ふうわりと微笑んだ。


 その笑顔で一気に会場の空気が緩和する。

 見ている人間全員が緊張から緩和の落差に心を奪われた。

 たった一言で何万字の言葉も敵わない効果を持っていた。


「サリー・プライド様! ありがとうございましたあ!」


「解説は不要ですね。これにて年末恒例アイドルバトル出場選手紹介特番を終わりとします」


「皆さん、この感動を胸に良い夜を」


 マイカ・エムシーと解説おじさんの丁寧なお辞儀で番組は終わった。

 何と放送尺ぴったりと終わったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る