第24話 おでんを食べながら

 モリー・マッスルのジムに通い始めてから一ヶ月ほど経過した頃。


 夏の残り香は消え、すっかり季節は秋となっていた。

 少し肌寒い季節になり、事務所の一室でランチミーティングと称し、ジョージ・P特製のおでんを振る舞われていた。


「んーーーー! 大将のおでん! 久しぶりです!」


 セシリアの感動が室内にこだまする。

 感動しすぎて、んーの所にメロディがついている。


「そこまで喜んでもらえると久々に大将に戻った気がしますね」


「……! すみません、ジョージ・P! おでんを食べてたらついつい呼び名が大将に戻っちゃいました!」


 一番最初に大将呼びを禁止されていた事を思い出したセシリアはす具に訂正する。

 ジョージ・Pは気にしている風はない。


「いえいえ、おでんの時は大丈夫ですよ。それよりそんなに慌てたら口の中やけどしますよ」


「セーフでした。いやあ本当に大将のおでんは最高ですねえ。この後の仕事がなければ一献合わせたくなります」


「飲酒してのステージはもう少し大御所になってからですね」


「大御所になっても飲酒ステージはダメですよ!」


 むうと膨れる頬に、軽く笑いながらそうですねと答えたジョージ・Pがふと話題を変える。


「ところでセシリアさん、格闘訓練は順調ですか?」


 急に仕事の話になり、あわてて口に含んでいたたまごをもぐもぐごっくんしてセシリアが答える。


「ええ! モリーさんにみっちり鍛えてもらってます!」


 両腕で力こぶを作ってみせるポーズはきっとモリー・マッスルの真似であろうが、可愛いが過ぎてしまい、迫力はない。


「あの人の指導には定評ありますからね。心配は無用ですか。ですが、あのモリー・マッスルに稽古をつけてもらえるとは驚きましたよ」


「ん? ジョージ・Pはモリーさんをご存知で?」


 サリー・プライドに敗れる前の実績と、格闘系アイドルやこの街のセレブに対しての指導実績。

 両面からモリー・マッスルは有名人。

 知らないセシリアの方が少数派である。


「もちろんですよ。彼女は格闘系アイドルのトップオブトップで、強さと美しさがイコールであるという理論の体現者です」


「ほんとに獅子のような美しさですもんね」


 金色の髪を振り乱す凛々しくも愛嬌のある容姿を思い出す。


「実際に現役時代は、『獅子であり豹でもある。だが吾輩は猫である』ってキャッチコピーでしたよ」


「猫、かわいすぎます! でもわかりますね。稽古中も時たま猫になりますよ。内緒なんですけど、差し入れのクッキーとか見るとゴロゴロのどが鳴ってますもん」


 言いながら中空であご下を撫で回すそぶり。


「それは可愛いですね。にしても……うちの事務所とは因縁があるのによく受けてくれましたね」


 ゴロゴロにゃーんなモリー・マッスルの想像をかき消すように、無理矢理真面目な顔で真面目な話題に変える。


「サリー先輩とのことですよね?」


「セシリアさんも聞いていましたか。アイドルバトルの決勝でサリー・プライドがモリーさんに勝った結果が彼女の凋落のきっかけでしたから」


 当時を思い出して視線が落ちる。


「んー。モリーさん的にはそれはもう過去の話で誰にも遺恨はないそうです。ただ負けっぱなしは性に合わないから今回の件は女神が与えたもうたチャンスだねとは言ってましたよ。モリーさんの性格的に嘘ではないと思いますけど」


「なんというか。さすがのモリー・マッスルですね」


 納得の表情。

 モリー・マッスルのパブリックイメージ通りの言動である。


「おかげでビシビシのスパルタで指導されていますけど」


「その結果はどうですか?」


「ふふふ。よくぞお聞きくださいました」


 ニヤリと笑う。


「その顔は何か目覚めましたね?」


「御明察です。私、スキルに目覚めてしまいました」


「新スキル、いいですねえ! それはどのようなスキルなのですか?」


「ステータスオープン! ジョージ・Pも確認してください」


「では失礼して……」


 いつものステータス確認が始まる。


—————————————————————

名前:セシリア・ローズ

職業:アイドル

ウェポン:ファンサ(+35917)

スキル:布教、なれ果てからの喝采、ファンファンネル

SING:★ ★ ★ ☆ ☆

DANCE:★ ★ ★ ☆ ☆

BEAUTY:★ ★ ★ ★ ☆

BATTLE:★ ★ ★

自己肯定:HALF &  HALF

—————————————————————


「このファンファンネルというのが新スキルですか」


「はい! すっごいですよこれ!」


 セシリアには珍しく自分の事に肯定的である。


「どんな能力なんですか?」


「これは実際見てもらう方が早いですね。ジョージ・Pちょっと私を殴ってもらってもいいですか?」


「どこの世界に自社の所属アイドルを殴るPがいると?」


 自社のアイドルをアホの子をとして見るPはここにいるらしい。


「ああ、大丈夫です、これパッシブスキルらしくて攻撃を受けた時に自動防御してくれるんです。パンチ程度では当たらないから大丈夫ですよ」


「なるほど。とは素直にはできませんけど?」


 Pが自社のアイドルを殴る。

 完全にパワハラである。


「軽くでいいですからお願いします。本気で殴るとジョージ・Pも痛くなっちゃうんで」


「仕方ないですね」


「どうぞどうぞ」


 執拗なセシリアの催促に、仕方ないと言った顔で、軽く拳を握り、セシリアの肩を狙ってパンチを放つ。


「ッつ」


 しかしそのパンチはセシリアに届く事はなく、硬質な音を立てて止まっていた。

 同時にパンチを放ったジョージ・Pの顔が歪んでおり、拳とセシリアの肩との間には鱗状の膜が張られていた。


「これがファンファンネルです」


 さっきまでセシリアの肩にあった鱗状の膜は移動しており、今はセシリアの手の上でゆらゆらとぜん動していた。


「この膜がですか?」


「実はこれ一枚一枚はとっても小さい六角形の板みたいなやつなんですよ。それがいっぱい集まって膜になってガードしてくれたり、拳に纏って攻撃力を上げてくれたりするんです」


「……万能すぎる」


 ナックルガード以外にも刃物状になったり、盾状になったりと自由自在に形を変えるその能力を目の当たりにして思わずジョージ・Pの口から言葉が漏れる。


「ですよねえ? これモリーさんとのスパー中に習得したんですけど、危うくモリーさんの拳を潰しかけましたよ」


「モリーさんは大丈夫でした?」


 稽古中とはいえ、自社のアイドルが原因で怪我をしたのなら謝罪に出向く必要がある。


「はい! ナックルガードをつけていたので大丈夫だと言ってました」


「そうですか、よかった。なら直接の謝罪ではなく、今度お詫びの品でも送っておきます」


 ホッと胸を撫で下ろす。


「あ! いいですね。モリーさんはスマートな都会的な物が好きですよ」


「わかりました。考えておきますね」


 そう言って胸元に入っていた手帳を開き、クルーズロードの一流店を何店舗かピックアップして記載した。モリー・マッスルへのお詫びの品にある程度の目処をつけたジョージ・Pは手帳からセシリアのステータス画面へと視線を戻した。


「それにしても、他も結構大きく変わってますね」


 一つ一つ指差し確認するように、画面上の項目を指で触っていく。


「そうなんです。BATTLEって項目が増えたし、自己肯定が変化しました。星が増えてるのはそれによってですかね?」


「そうですね。過去も自己肯定の変化と星の変化が同期しているのは確認済みですし。あとは……ファン数の増加は想定内って感じですかね?」


「個人的には会った事もないファンが増えるっていうのは想定外ですが……」


 いまだに布教の効果に納得がいってないセシリア。

 頑固ちゃんである。


「それ普通のことですよ。それがアイドルです。ライブをやりライブは配信される。それを見てファンが増える。セシリアさんは特別にそれが数値で見えるだけです。ここの数値はファンサの能力で増えたファンしかカウントされないと仮定すると実際のファンはこの数を大幅に超えていると俺は想定してますよ。オーディン自慢のアイドルのファンがこんなに少ないわけがないでしょう」


 自慢のアイドル。

 その言葉にセシリアの表情が曇った。


「……私は……自慢のアイドルになれていますか?」


 組んだ手に視線が落ちる。


「もちろんでしょう? 今までのセシリアさんの道を見て自慢できない所を探す方が難しいですよ」


 言葉には真実味がある。

 所属一年に満たないアイドルが成してきたこの道を見て自慢できない道理がない。


「みなさんがいっぱい誉めてくれるんです。可愛い、かっこいい、ダンスすごい、筋肉キレてるよ、歌うまいって色々誉めてくれるんです。それでもまだ私は否定されていた自分が、否定していた自分が、誉められるに値する人間なのかどうか半信半疑なんです」


 そう言ったきりうつむくセシリア。

 そんな姿を見てジョージはふうとため息をついたかと思うと急にガバッと距離を詰める。


「セシリアさん!」


「ふぁい!」


 そしてその距離感でセシリアの手を取った。

 その行動にセシリアは悲鳴じみた返事で答える。


「俺は貴女を信じてます! セシリアさんも俺を信じてくれていますね!?」


 唐突な質問。


「も、もちろんです! ジョージ・Pを信じて行動してきたから今の私があるんですよ! 信じてるに決まってるじゃないですか!」


「俺は当初半信半疑でした!」


「なんと!?」


 そのカミングアウトいま要ります? 顔なセシリア。

 だが驚きの言葉だけで、それ以降口は挟まない。

 ジョージ・Pであれば、その言葉には何か理由があり、この言葉には何か続きがあるだろうと。


 信用しているのである。


「俺のアイドルウェポンは一年で貴女をアイドルバトル優勝に導けると囁きました。でも俺はその時自分の才能を信じられませんでした。散々この才能には振り回されてきましたから。何かの間違いだと思ったんです。つまり俺は俺自身も貴女も両方信じられていなかったんです」


 すみません。と頭を下げる。


「ま、まあそれは当然だと思います。私も一年でアイドルバトルに行けるなんて初めは信じてませんでした。でもジョージ・Pの事は信じてたから指示通り行動したんですよ」


 それほどにジョージ・Pに対してセシリアは恩義を感じていた。


「そう! 貴女は俺を信じてくれた!」


「は、はい」


 胸の前で合わされた両手を包むようにジョージ・Pの大きくて暖かい手がかぶさっている。

 その距離感でのジョージ・Pの勢いに照れるよりもたじろいでしまうセシリア。


「俺を信じて行動し、必ず結果を残してくれた。だからこそ今は俺は自分のアイドルウェポンの囁きを信じられている。一年で貴女がアイドルバトルで優勝すると信じられている」


「あ、ありがとうございます?」


「すみません、ちょっと感情が昂ってしまって支離滅裂になってます……」


 一旦、囚われていた手を解き、テーブルの上の水さしからコップへ注ぎ、ジョージ・Pに差し出す。


「落ち着いて、水飲みます?」


「いただきます」


 受け取った水を一口ふくみ、精神安定剤を嚥下するかのように喉を鳴らす。

 ふうと息を吐き、言葉を続ける。


「で、何を言いたいかっていうとですね。俺はセシリアさんを信じてるし、セシリアさんも俺を信じてくれているって事ですよ」


「そうですね。私は私を拾ってここまで導いてくれたジョージ・Pを無条件に信用してます。これは何があっても揺るがないですね」


 ビジネス的であるが。

 相思相愛の状態である。

 ビジネス的である。


「じゃあ、セシリアさんがセシリアさんのアイドル性を疑う理由なくないですか?」


「なぜに?」


 わかっていない。


「俺はセシリアさんが今回のアイドルバトルで優勝できる素晴らしいアイドルだと信じている」


「はい」


 首肯。


「セシリアさんはそんな俺を無条件に信用している」


「はい。……あ」


 首肯。


 からの気づき。


 ジョージ・Pの言いたい事に気づいたセシリアを見て。

 ね? という表情で微笑むジョージ・P。


 二人はしばらく無言で見つめ合う。


 ジョージ・Pの論破顔。


 セシリアはなんとかそれを否定しようと論理の穴を探すが、完全に手詰まりになっている事に気づいていないほどセシリアは愚かではない。

 つまりこの思案はあくまで自分を納得させるための作業にしかならない。


 結果。


「そんなの……ずるいです」


 子供じみた捨て台詞をはく、セシリアの表情には、はにかみと少しの自信が浮かんでいた。

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