第23話 サリー・プライドはご立腹

 クルーズ・クルーズに併設されているこじんまりとした建物。


 そこに。

 この街のドン。

 ドン・クルーズが経営している事務所がある。


 事務所名はそのまま『クルーズ』。


 建屋の中には広々とした社長室、応接室が数室と、古株の元アイドルが勤務している事務室くらいしかない。


 とてもとても。

 この街の全てを握っている人間の事務所とは思えない。


 その社長室の中。

 少し固めな座りごごちのオフィスチェアに、ドン・クルーズは座っていた。

 白髪のオールバックを後ろに軽くなでつけながら、ぎょろりとして眼光鋭い赤い瞳を同室の女性に向ける。


「おう、サリー。おいらを動かすなんて偉くなったな」


 言葉遣いとは違い、その声は少し酒掠れが混ざっているが太く強い紳士的な声だった。


「お手数かけました、ドン」


 目だけで謝意を表し、決して頭を下げる事はない。

 サリー・プライドの名前通りにそのプライドはこの街のドンに対しても変わる事はない。


「ほんっとおいらでも苦労したぜえ。無理くりお前さんをアイドルバトルにねじ込むのはよお」


「とは言ってもでも女優デビューの五周年企画としては最高だと思ったから動いてくれたのでしょう? ドンは意味のない事には絶対にコストをかけない事は知ってます」


 事務所の社長としては当たり前の行動だと言わんばかりのサリー・プライド。

 しかしそんな態度をドンは鼻で笑う。


「は、言うようになったねえ。オーディンの大将にフラれてメソメソ泣いてた小娘とは思えねえ」


 煽るように泣きまねをして見せる。

 紳士の泣きまねなど腹しか立たない。


「泣いてません」


 ドンを見る事なく無表情での否定。


「泣いてただろうが。お前も私を捨てるのか! とか、お前は私を見捨てたんだ! ジョージ! とかって言いながらボロボロ涙を流して……」


「泣いてません」


 食い気味での否定。

 無表情ながら苦しげである。


「あん時の契約書の端の方が涙でくしゃくしゃになってんだぜ? 持ってこようか?」


 社長椅子から腰を浮かしかける。


「ドン・クルーズ! 止まりなさい!」


 ドンの動作はサリー・プライドの言葉でピタリと止まった。

 中腰のまま、空気椅子の状態で停止している。


「そう怒るなって。意地でも認めないのはサリー・プライドらしいやな。しゃーねえこれくらいにしてやるか。契約書は持ってこねえから椅子に座らしてくれ。年寄りは腰がよええんだ」


 今度は泣き言の真似。

 泣きまねだったり、泣き言のまねだったり忙しい街のドンである。


「それでいいのです。サリー・プライドはアイドルバトルには出場できるのですね?」


 その言葉と同時にドンの尻が椅子の座面に落ちる。

 ぽすんと小さな鳴き声をあげる椅子にどんはしっかりと座り直した。


「おう、無理くり枠を作ったから一回戦はシードになってるが勘弁してくれな」


「いいでしょう」


 ドンを見る事なく無表情でうなずく。


「あ、あとセシリアちゃんとは決勝で当たれるようにしといてやったからよ」


 その呼び名に仕事後の顔。

 『ドク』としての顔が見え隠れする。

 おでん屋の常連。

 『ドク』はドン・クルーズの夜の顔。もっともそれを知らないのはセシリアくらいであったが。


「……ドン」


 無表情であったサリー・プライドの口の端が少し噛まれたように歪む。


「あん?」


「ドンも後輩推しなのですか?」


 体は微動だにせず、首だけを回し、ドンを睨むサリー・プライド。

 アイソレーションの賜物であるが、これではホラーである。


「……ちがうよ」


「嘘ですね」


 視線を逸らす紳士を嘘つきだと断ずる女優。


「推しじゃねえよ。他事務所のアイドルを推してる事務所の社長がいるわきゃねえだろ?」


「目の前に」


 苦しい言い訳をこねる男を嘘つきだと断ずる女。


「だから違うっての。セシリアちゃんはよう、オーディンの大将の店での飲み仲間なんだよ。あの娘はよう。どんな辛い事も苦しい事も一献の酒で洗い流せる娘なんだよ。すげえんだよな。だから推しとかじゃねえんだ。わかるな?」


 馬脚どころではない。


「今の言葉を聞いて推しじゃないと思える要素がどこかにありました?」


「ん?」


「後輩推しですよね?」


「ガッハッハ」


 馬脚どころか、一等賞のお尻までさらけ出したこの街のドンは豪放に笑うのだった。


「笑って誤魔化すのはやめてください。ジョージもドンもどいつもこいつも」


「まーしゃあねえだろう。あれは正直逸材だよ。扱いきれず、放り出した馬鹿事務所もその後ずいぶん苦労して後悔したみたいだぜ」


「逸材なのは認めますが、ドンがいう程ですか?」


 サリー・プライドもこれ以上推しの話題を続ける気はないらしく、ドンの開き直りにこれ以上どうこういう事はせずに話題を変える。


「ああ、久しぶりに女神の姿を思い出すくらいには逸材だ」


 昔に思いを馳せるような表情。


「女神なんて見た事もないでしょうに……」


 それを鼻で笑うサリー・プライド。


「そう思うか?」


「当然でしょう? 神なんてアナタの心の中にいます程度の代物でしょう?」


 変な所で先輩と後輩に共通点があったらしく。

 サリー・プライドも女神否定派、もっと言ってしまえば非実在派であった。


 好きじゃない。


 どころか。


 んなもんいるかぼけえ。


 派であった。


「お、サリー・プライドは女神非実在派か? アイドルにしちゃ珍しいな。自分の人生の中で女神なしでは辻褄が合わない箇所がアホほどあるだろうに」


「偶然です」


 サリー・プライドは自分の人生を自分で切り拓いてきたというプライドがある。

 それがサリー・プライドを形作っている。


「アイドルウェポン持ちが必ずこの街に誘われる呪いに関してはどう思う?」


「偶然です」


「偶然で鎖国した日の国から丸木舟にのったサムライが無傷でクルーズ・ベイに流れ着くってか?」


「そうですね。偶然です」


 サイコロを千回振ってずっと六が出続ける事もあるよね?

 海流が向かってもいない上に、六千メートル級の海溝がある海をこえて漂流しても無傷な事ってあるよね?


「かたくなだねえ。おいらにいわせりゃそりゃすでに必然だよ」


「見解の相違です」


 んな事ないよね。

 しかしどこまでいってもサリー・プライドの意見は変わらない。


「ま、いいさ」


 諦めたようにに肩をすくめる。


「そういえばドン。先ほどのサムライも拾われたんですか?」


 ムサシの事である。

 シーンカフェの用心棒をしていたムサシは海を訪れていた『クルーズ』所属のスカウトマンに無事スカウトされていた。初めは所属を迷っていたムサシだが、ママの勧めもあり所属を決めた。


「ああ、ほっといたら面倒な事になりそうだ。セシリアちゃんのファン同士って縁もあったしな」


 お尻を出した子一等賞である。


「ドン?」


「どうした?」


 本人は一ミリも気づいていない。


「ファンだって自白してますが?」


「まじか」


 突きつけられた真実はいつも一つであった。

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