第22話 バトルにむけて特訓だ!
シーンカフェから戻り、休暇した分のエネルギーをライブとファンサービスに注ぎ込んで数週間。
季節は秋に差し掛かり、頬を撫でる風の熱気が優しく変わっていた。
そんなある日。
「どうしよう」
セシリアは一人立ち尽くしていた。
クルーズタウンの目抜き通り、クルーズロードの脇道に入り、少し行った場所にある瀟洒な小道。
目の前には一棟のビルがあり、その一階には全面ガラス張りのスッキリとした雰囲気のテナントが入っている。
ガラス越しに見えるその室内では数名の女性がサンドバックを叩いたり、縄跳びを飛んだりしているのが見える。
格闘系のジムである。
そう。
セシリアは女神から紹介を受けた格闘ジムを訪ねてきているのであった。
クルーズベイでの戦闘を経験して戦闘系アイドルの実力を知ったセシリア。
自分では絶対にアイドルバトルには勝てない。
そう言いきった女神の言葉の意味を思いしっていた。
「でも、なんて言って入ったらいいんだろう? 女神からの紹介できましたセシリアです? 流石に我ながら電波がすぎると思うのよね」
そんな事を呟きながら既に小一時間ジムの前を行ったり来たりしている。
完全に時間の無駄である。
「よし! もう一回クルーズロードのキラキラ成分を浴びてからこよう!」
もう何度目になろうかという後ろ向きに前向きな意思決定で踵を返したセシリア。
クルーズロードに向かって数歩進んだ所で突如重力が消えた。
歩けども歩けども。
歩が進まない。
足元に視線を落とすとなんとも不思議。
宙に浮いていた。
「ついにこんなスキルにまで目覚めたのでしょうか?」
空をきる足の動きを見ながらつぶやく。
「んなわきゃないだろうよ」
宙に浮くセシリアの背後から否定の言葉が降り注ぐ。
「は! 天の声! 女神かしら!」
声の主を確認しようと振りむけば、そこにいたのは当然女神ではない。
とても大きな女性。
金色の髪を無造作なウルフカットで仕上げている意志の強そうな眉が特徴的なワイルド女性。
宙に浮いていたのはこの女性に首ねっこ掴まれて持ち上げられていたからで。
それは端的に言ってパワーであった。
女性としては長身であるセシリアを軽々と持ち上げている事から女性の体躯が容易に想像できるだろう。
でかい。
「はじめまして?」
知らない顔である。
行動からしてもセシリアのファンではないだろう。
「そう、はじめましてで正解だ。嬢ちゃんがセシリアで正解かい?」
「正解です。はじめまして。で、私をご存知で?」
「ああご存知だ。おれはモリー・マッスル。女神からの神託で来るはずの嬢ちゃんを待ち続けていた女だ」
親指で自分を指し示すその動作はとてもマッスルで男前である。
発言以外は。
「とても電波な発言ですね」
つい先ほどまで自分がしようと思っていた説明とほぼ同内容の説明が他人からされている。
客観的に聞いたら余計に電波であった。
「はっお互い様だろ? 嬢ちゃんだって女神の神託でここにきてるはずだ」
「そ、そうですね。神託なんて言って通じるかわからず、不安で入るのを迷っていました」
流石に実際女神に会って行けと言われたのであるが。そのまま言ったら電波のK点を越える。
セシリアはモリーと言う女に話を合わせた。
「確かにその気持ちはわかるね。おれも神託なんて受けたのは初めてだったからさ。一回目はゴーストかレイスの仕業だと思って相手にしなかったんだよ」
「妥当ですね」
「そしたらさ、信じるまで何度も何度も神託が降ってくるんだよ。ノイローゼになるかと思ったね」
傍迷惑な女神である。
しかもその行動が容易に想像できるのもまた困りものである。
「女神ですからねえ」
神託からも漂う残念臭。
普段はそんな事ないのに自分が絡むと途端におかしくなる行動を思い浮かべながらセシリアは微笑む。
その態度を意外そうな顔で見つめるモリー。
「女神ってそんなイメージか? おれは意外だったよ。神殿の感じだともっと厳かで神々しい神を想像してたからさ。なんというか、必死すぎてキモいくらいだったな」
「あーわかります」
女神を知らない状態であの神殿を見たのならあの荘厳さが女神のイメージになるのは至極当然だろう。
神殿を知らなかったセシリアでもぼんやりとそんなイメージだったのだから、女神のパブリックイメージを形にしたのがあの神殿なのだろう。
「嬢ちゃんの神託もあんな感じだったのか」
「ええ、おおむね似た感じです」
実際はもっと残念な感じで抱きつかれながらではあったが。
それは言っても栓なき事。
「意外だねえ。意外だけど、なんと言うか、まあ親近感は覚えたね」
「それはわかります。私、女神好きじゃなかったんですけどね、あの感じだと嫌いになれないというか」
「わかるねえ」
愉快な女神の話に花を咲かせているが。
セシリアはいまだに浮いたままである。振り返りながら話していると少し首が痛い。
長身の女性一人を持ち上げたまま安定して会話ができるモリー・マッスルのマッスルには驚く所であるがそろそろ持ち上げられている方が辛くなってきた。
「モリーさん。もう逃げませんので下ろしていただいてもいいですか? 振り返りながら話すのにちょっと首が痛くなってきたので」
「おお、すまなかったね。立ち話が浮いた話になっちまったよ」
うまい事言ったった顔で笑いながらセシリアを地に下ろすモリー。
「私、アイドルなので浮いた話は天敵ですね」
そんな冗談に笑って応え、乱れた上着を整えてから、モリー・マッスルにむきなおって頭を下げる。
丁寧に。
姿勢は真っ直ぐ。
凛としたアイドルがそこにある。
「あらためまして、私はセシリア・ローズと言います。アイドルバトルで優勝するために格闘指導をお願いしにきました」
アイドルバトルの優勝。
その言葉を聞いたモリーの雰囲気は一変した。
冗談を言っていた明るい顔から、射抜くような視線放つ真剣な表情に。
まるで猫化の大型獣のような雰囲気だとセシリアは感じた。
獲物の力を推し量るような。
そんな視線で上から下までセシリアを舐めるように確認した後、瞼を閉じて少し思案した後に口を開いた。
「格闘の経験は?」
「ありません」
クルーズベイで泥試合と評された戦闘は格闘経験にはノーカウントである。
セシリアの否定にひとつ首肯いて口を開くモリー。
「無理だね。帰んな」
即答。
そしてそれはセシリアにとって数ヶ月前のコーンカフェで聞いたような言葉。見たような態度であった。
デジャブかな? と首をかしげたが。
帰んなと言われて素直に帰るセシリアでは当然ないのだった。
「ここで素直に帰る人間に対して女神は神託を下しませんよ」
「そうは言ってもね。いくら女神の神託とはいえ無理なものは無理だよ。そもそもアイドルバトルの出場権自体とれないだろうよ」
けんもほろろである。
「それは大丈夫です! アイドルランキングの足切りラインは越えてます」
「ほん。それは意外だね。嬢ちゃんはそんなにランキング高位のアイドルだったのかい? 戦闘系のアイドルとは違って、非戦闘系アイドルのバトル出場ラインはけっこう厳しかったと思うんだけどね」
「ここ最近でランキング100位以内にはほぼ確実に滞在できるようになりました」
少し見直した顔のモリーに対して、豊かな胸を張るセシリア。
「んーなるほどね。女神が神託を下す理由はあるわけだ」
「はい! ぜひお願いします!」
再度、綺麗な姿勢で頭を下げる。
「まー神託に逆らうわけにもいかないし仕方ないか。とりあえず身体チェックやら現状のすり合わせがしたい。今日は時間あるかい?」
「はい!」
「じゃあとりあえず入んな」
そう言って親指できらびやかなジムを差し示した。そのまま案内されて中に入ったセシリアは更衣室で持参してきたトレーニングウェアに着替えさせてもらった。
見慣れたジャージ姿である。
身体のラインがはっきりとわかる。
以前にもましてボディラインがくっきりとしているようだ。
今はその姿で顧客面談用であろうブースに通され、クルーズロードのインテリアショップにおいてありそうな座りごごちの良い椅子に所在なさげに座っている。それを苦笑いで見ているモリーはこれまたおしゃれなガラステーブルを挟んだ向かいに座っている。
ジム内は椅子やテーブルだけではなく全てが洗練されたインテリアで統一されており、クルーズロードのキラキラ成分を浴びている時同様にセシリアの心は高揚し、ついついジム内をキョロキョロと見回してしまうのだった。
「何か珍しいものでもあったかい?」
「いえ! キョロキョロ見回しちゃってごめんなさい。外から見ても綺麗でしたけど、中から見るとさらに綺麗でおしゃれだなあと思ってついつい見ちゃいました」
彷徨う視線をモリーに戻す。
「お、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ただ、お世辞を言っても判断に手心はくわえないよ?」
そうは言いつつもまんざらではない様子のモリーに対してセシリアは続ける。
「いや、お世辞じゃないですよ。クルーズロードにあるホテルのロビーと言っても違和感ないです」
お世辞ではなく実際この面談用のブースは広々としており、置いてある調度品も全て一流、三つ星ホテルのロビーと比べても遜色のない雰囲気を醸成している。
「そうかいそうかい。そう言ってくれると嬉しいね。ここはさ、クルーズロード近辺に住んでるセレブ相手のジムとして開いてるからね。洗練されたインテリアにこだわったんだよ。おれもさ、自分のこの見た目とは違ってこういうおしゃれな感じが好きでね。よく似合わないって揶揄われたりするんだけど……」
「そんな事ないですよ! モリーさんの凛々しい見た目とこのすっきりしたインテリアに統一感があってとっても似合ってます! からかう人は見る目がないんだと思います」
身を乗り出してモリーとその城を褒めちぎる。
「もう! おやめ! 照れるじゃないか! 全く……嬢ちゃんは見た目によらず随分と人懐っこいんだね」
真剣なセシリアの眼差しに耐えかねて降参するようにモリーは両手を上げる。
「それ! モリーさんと一緒で私もよく言われるんですよ! どうにもぱっと見近づきにくいみたいで……そのせいか、ちょっと前まで悪役令嬢アイドルみたいなわけのわからない事やらされてたんです」
「悪役令嬢アイドルってなんだい」
笑い声混じりのモリー。
声からセシリアに対して心が開いているがわかる。
「わけわからないですよねえ。おかげでグループをクビになっちゃいましたけど」
大袈裟にため息をついて首を横に振り下を向いたセシリア。
「詳しい事はわからないけど、なんだか大変そうだね」
それを真剣に心配するモリー。
しかし心配ご無用である。
「はい。なかなかに大変でした。でも今は新しいプロダクションに拾ってもらえて、アイドルバトルにも出場できる目処もたってますから結果オーライです」
そう言いながら悪戯っぽく顔を上げてにんまりと笑う。
その顔からセシリアの冗談だと判断してモリーは安心した。
「なるほどね、今が良いなら何よりだよ。おれも昔は大きな失敗をしたけど、今はこうやってジム経営で成功してるからね」
「ですね」
お互いにそう言って笑い合った。
「よっし。人となりは大体わかったし、いっちょ本題に入ろうか」
柏手一つ打って雰囲気を切り替える。
「ぜひお願いします!」
セシリアもそれにあわせてテーブルに手をついて深く頭を下げる。
「まず嬢ちゃんの持ってるスキルを教えてくれるかい? ああ、全部じゃなくて良いよ。答えられる奴、戦闘に使えそうなやつだけで良い」
チェックシートが挟んである手元のバインダーに目を落としながらモリーが言う。
「戦闘系のスキル。と言っていいかわかりませんが、身体強化系のスキルがひとつあります」
言わずとしれた『なれ果てからの喝采』である。
「ひとつかい。それだけだとやっぱり厳しいね。倍率はわかるかい?」
口を尖らせながらペンを回す。
「む。……はかった事がないので、わからないです」
「強化箇所は?」
なんとかアイドルバトルで勝利していく方法を探るために、その手がかりを探ろうとするモリー。
「それはわかります! 全部強化されます!」
「ぜんぶ?」
「はい!」
セシリアはやっと自分の答える事のできる内容がきたとばかりにはっきりと答えるセシリアの声。
反面、モリーの声は冴えない。というかおかしな事言ってんなこいつ感がある。
「ぜんぶって……何を持って全部なんだい? 身体には色々あるんだよ? 腕力とか跳躍力とかスタミナとか……それぜんぶって言ってるのかい?」
「はい……たぶん、ですけど? これもどこが強化されてるか調べた事なくって……」
ツッコまれた途端に精彩を欠く。
アイドル部分を磨く事に余念がなかった分、戦闘をおざなりにしてきたツケが一気に回ってきている。
「……はぁ。これはなかなか大変そうだ。女神もとんでもない娘を紹介してくるもんだよ。神託下ろすならもう少し詳細まで欲しかったよ。セシリアがいかに可愛いかの情報はいらないんだよ」
「が! 女神はそんな変な事言ってたんですか?」
「ああ、神託を無視してたらずっとだよ。女神があんなだと思わなかった」
神託を思い出してゲンナリした顔をしている。
その言葉にふとセシリアは女神の言葉を思い出していた。
「そういえば、モリーさんは女神と面識はないんですか?」
「……? そりゃないよ。むしろ女神と面識ある人間なんているのかい?」
伝手があるとか言ってた女神の言葉はなんだったんだろう。
セシリアは首をかしげた。
言葉の真意であるが、正直女神からすれば自分の信徒は全て伝手があると思っている状態であり、この街の人間の九十五割は伝手がある状態という認識になるのである。
つまりは100%であり。
つまりは大雑把な女神のせいである。
「面識のある人間……は、いない……でしょうねえ」
自分は面識があるとは言えずに言葉を濁したセシリア。
「ま、いいさ。のっかっちまったからにはおれにやる事はやるよ! こっちきな!」
モリーの男前な言葉に従う事が今の最善である。案内された先は四角いリングの上だった。
中に入る際にリングロープに軽くつまづいて顔から落ちそうになってヒヤヒヤしたのは内緒にしておく。
「さて、まずは身体強化しない状態でチェックしていこうか」
「チェックってどうやるんですか?」
リングの上にはモリーとセシリアの二人きりで計測器などは見当たらない。
能力のチェックをする場合には定量化するために数値として計測するはずだがそれがないのである。
「ああ、おれの能力でその辺は見えるんだよ。敵の能力を正確に推し量るために得たスキルの転用だね」
「なるほど!」
納得のセシリア。
「早速だけど何個かやってもらうよ」
モリーはそう言ってセシリアに次々と指示を出しはじめた。
上体起こし。
座っての前屈。
反復横とび。
リングを斜めに使ったシャトルラン。
立ち幅とび。
ボール投げ。
ミット打ち。
限界までの縄跳び。
前世でセシリアが体験する事のなかったスタンダードな体力測定だった。
これを次々とこなしていく。
身体強化をしておらずとも日々トレーニングに余念のないセシリアはこれらを全て苦もなくこなした。
「アイドルバトルを目指すとか言うだけあってなかなかの身体能力だね」
数値化した能力を手元のチェック用紙に書き込みながら、少し見直したようにモリーが言う。
「ふふふ。アイドルは身体が資本ですから!」
「確かにね。じゃあ今度は身体強化を使って同じ事をやってもらうよ」
手元のバインダーから視線を上げる。
「はい! なれ果てからの喝采!」
例によってスポットライトともにアイドルの影が背後に浮かび上がる。
「ちょい! 召喚能力じゃないんだよ! 身体強化をしな!」
急に現れたなれ果てさんたちに驚きの声を上げる。
そりゃそうだろう。
いくらリングがステージとはいえ本当のステージになる事は稀である。
「すみません! 後ろの皆さんからの喝采で身体強化するんで使ってる間ずっと皆さんがいるんです!」
お気づきだろうか?
つまりは海での戦闘中もなれ果てさんたちはずっと出ていたのである。
「……はあ。女神からの神託なんてのっかるんじゃなかった。しょうがないね、続けるよ」
一つずつ。
同じチェックを繰り返すのだが。
繰り返すその度にモリーの驚きは加速する。
モリーはセシリアの言う全部なんていう言葉をひとつも信用していなかった。
よくある身体強化は多くても一箇所から二箇所の強化のみだ。
初心者は一部の肉体が強化されると全能感に支配されるため、全てが強化されたなどと世迷言を言う場合があり、セシリアもその類だと考えていた。
しかし実際は腕力が強化されるだけだったり。スタミナが強化されるだけだったり。
どこか一部の強化。
それだけだ。
だからこその身体強化のスキルのみで戦うのは厳しいという判断。
その判断はチェックを進めるごとにくるくるとひっくり返る。ひっくり返りすぎて挙動が量子的になりそうなほどだ。
全てのチェックを終える頃にはモリーの顔から感情が消えていた。
セシリアのいう通り全部が強化されていた。
倍率も場所によって差異はあるが概ね十倍以上の倍率となっていた。
一般的な身体強化とは段違いである。
「……嬢ちゃん、とんでもないね」
呆れるやら驚くやら。
平坦な声で言いながらセシリアの顔を見る。
「私、勝てそうですか?」
モリーの反応がいいものでありそうだとは思うが自信はない。
「ああ、この身体強化なら目はあるよ」
「優勝は?」
目がある。
ではセシリアの目的は達成されない。
「そこはこれからの戦闘訓練次第だ……正直期間が短すぎて厳しい、とは思ってる。来年じゃダメなのかい? 来年ならほぼ確実に優勝まで持ってけるよ?」
「来年じゃダメです!」
語気が強まる。
初めはモチベーションを上げるための一年以内の優勝目標であった。
しかし今は明確に今年でなければいけない理由ができている。
「おおっ! いきなり大声だすじゃないか?」
意外なほどの強い言葉に若干のけぞるモリー。
「すみません……でも来年じゃダメなんです。来年のバトルにはサリー先輩は出てないんです。私は絶対サリー先輩に勝ちたいんです。もちろんアイドルバトルに優勝してクルーズ・クルーズに立つっていう夢はあるんですけど、でも今はそれ以上にサリー先輩に勝ちたいんです……勝ってあの舞台に立つんです!」
サリー・プライドに勝つ。
セシリアの中でそれはとても重要な事になっていた。
初めての感情。
「……サリー? それは誰だい?」
心当たりがありそうで。
でもその人物はあり得ないという面持ち。
「サリー・プライド先輩です」
「……あのサリーか」
モリーが思い描いていたサリーと同一人物であった。
「ご存知なのですか?」
「この街であの女を知らない人間はいないだろうよ」
というのは表向きの言葉である。
その言葉からは裏の意味が透けて見えた。
「それもそうですね」
それはセシリアにもわかっているが決して深追いはしない。
本人はきっと話すだろうと思っている。
そして実際すぐにモリーは詳細を語り始める。
「でもそれ以上におれはあの女に因縁があるんだけどね」
「知りませんでした」
「そりゃそうだろうよ。嬢ちゃんとは初対面なんだし」
「どんな因縁か、お聞きしても?」
「……あまり言いたくない話だけどね。嬢ちゃんもあの女に因縁がありそうな同志だからいいか。……おれはあの女に負けてるんだよ」
下を向いて言った表情をセシリアは見ない事にした。
「それはバトル的な意味合いで、ですか?」
「ああ、奇遇にもアイドルバトルでね」
「モリーさんもアイドルバトルに!?」
「そんなに驚く事じゃないだろう? おれは見るからに格闘系アイドルなんだから当然成り上がるにはアイドルバトルを目指すさ」
「ああ、確かにそれもそうですね」
アイドルバトルは格闘系、アスリート系アイドルに与えられるチャンスの場だ。
「自慢じゃないがおれも結構強くてね。アイドルバトルの決勝までは順調に進んでいったのさ。そこで当たったのがあのサリー・プライドだよ」
「という事は五年前のアイドルバトルですね」
「ああ……そうだね」
当時を思い出しているのかその表情は苦い。
「あの女が優勝しているって事は結果はわかってると思うけどね、おれは負けてね。ただの負けならまだ良かったんだが。これまた負け方が良くなくてね」
「負け方?」
「ああ、おれは指の一本も動かせずにあの女に負けた。格闘系アイドルがストレートアイドルに完封されたんだ……」
「え」
言葉を失うほどの衝撃。
一度見た限りだが。
サリー・プライドにそこまで格闘系の能力がありそうには見えなかった。
「会場中の人間みんなそんなリアクションだったよ。思い出すね。結果としてそんな情けない負け方をした格闘系アイドルを使うプロモーターはいなくてね、格闘系アイドルを廃業して今の状態になったのさ」
「すみません。変な事を聞いてしまって……」
「良いさ、もう五年も前の話だ。とっくに昇華してるよ。言っただろう? 嫌な事があったけど、今はこうやってジムも構えられてるし、結果オーライだって。でもモヤモヤはしてたんだ。なるほど、女神も粋なとこがあるね。間接的にリベンジのチャンスを与えてくれたって事だ。信仰していた甲斐があるってもんだよ」
そう言ったモリーの表情は前を向いていた。
女神が言った伝手がある。
それにはもしかしたらこの意味もあったのかもしれない。
「そうか! 私がサリー先輩に勝てばモリーさんの仇もとれますね!」
「そうだよ、察しがいいね嬢ちゃん! そうと決まれば徹底的に戦闘技術を仕込んでくよ!」
「はい!」
サリー・プライドを通して、共闘、師弟関係が出来上がったのである。
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