第21話 侍はアイドルを目指す事になる

 同病相憐れむとはよく言ったもので。

 女神の子羊を憐憫の情で見つめていたママがため息まじりに口を開いた。


「あんたアイドルウェポン持って生まれてきたね?」


 近づいて、ぽんと肩に手を置く。


「そうなのです! アイドルウェポン:サ……」


「ああ! 言うんじゃないよ!」


「ふぁ!」


 大慌てで制止するママの声に驚き、ムサシは跳ね上がるような声を上げた。

 その横からワケ知り顔でセシリアが説明を添える。


「ムサシさん、この街で自分のアイドルウェポンは言ってはいけませんよ。誰に利用されるかわかったものではありませんから。とても危ない事なの」


「店で堂々と言い放ったあんたが言える事じゃないけどね」


「ほ」


 精一杯の先輩的な行動もママの事実陳列罪に台無しにされてはセシリアも言葉を失った。

 そんな二人を見てムサシは感心しきり。


「恐ろしいとは聞いていましたがこの街はやはり本当に恐ろしいのですね」


「ああ、特にアイドルウェポンはアイドルにとっては秘中の秘だ。信頼した人間だとしても軽々しく教えるべきではないよ。特にあんたはアイドルバトルを目指すんだろう?」


 秘中の秘の部分でママはチラリとセシリアを見たが、それを簡単に晒した事を晒されたセシリアは何も言わずにうんうんと頷いている。アイドルバトルを目指すライバルが目の前にいると言うのに全く態度の変わらないセシリアを見てママは呆れるやら感心するやらであった。


「そうなのですよ! 師匠の弟子になるにはそこで優勝する必要があるのです!」


「まあ今年の出場は無理だろうけど、あれは毎年開催されるからね。ちゃんと計画を立てて、信頼できる事務所に所属するなりすればあんたなら近いうちに出場だけなら何とか漕ぎ着けられるんじゃないかい?」


 ママの言う通り、漂流して薄汚れてはいるが、顔立ちは整っており、クルーズタウンには珍しいタイプの造作であるため人気が出そうである。それ以外にも高めに結われたポニーテールが特徴的であり、着ている衣装も合わせてキャラが立っていて、事務所に所属してアイドル稼業を始めたらあっという間に人気が出そうである。


「ムサシさんはアイドルバトル仲間ですね! 私で教えられる事なら教えるんで何でも聞いてくださいね」


 セシリアはやはりセシリアである。

 普通のアイドルであれば、ライバルになると考えて情報は秘匿するだろうし、性格の悪い人間であれば嘘を教えて足を引っ張ろうとする。ましてやこんなにキャラの立った人間相手なら尚更である。

 しかしセシリアにそんな考えは出てこない。


「セシリアお姉様もアイドルバトルを目指しているんですか!?」


「そうなんですよ」


 ムサシはファンになったお姉様がライバルと知って少し気まずそうな態度に変わる。これが普通の態度であろう。しかしそれに対してもセシリアは屈託なく笑って肯定するだけである。

 それをフォローするようにママが補足する。


「セシリアはすでに出場資格満たしてるからね。今年の大会への出場がほぼ決まってるよ。だからムサシ、あんたと戦う事はないだろうよ。安心するといいよ」


 セシリアのニコニコとした対応にどう応えるべきか迷っていたムサシは安心した様に息をついた。


「そうなのですか。よかったのですよ。大会はいつなのですか? あ、年末ですか。流石に今からあと数ヶ月では出られるものではないですよね。拙者はできればお姉様とは戦いたくないのですよ」


 丸木舟で大海に漕ぎ出す割には常識を持っていたようで、ムサシは今年の出場を目指すとは言わなかった。


「セシリアなら今からでも目指します! とか言い出しそうだけどね」


 ムサシの言葉を聞いたサクラは隣にいるセシリアの脇腹をつつきながら言った。


「本当にねえ。一年でアイドルバトルの優勝を目指すとか言い出した時はただのバカだと思ってたけどね。なんだかんだいい所までは行きそうだよ」


「ママと違ってわたしはアイドルじゃないけど一年でアイドルバトル優勝とか言い出した時はちょっと可哀想な子だと思ったよね」


「お二人とも」


 薄々気づいていた数ヶ月前の自分への評価をあけすけに語られて若干凹んでいるセシリア。


「拙者はお姉様と同じ夢を抱いているのですね」


 憧れのお姉様と同じ夢を持ちつつ戦う事はないとわかり安心とその嬉しさに浮かれるムサシ。


「この娘はこの娘で全く聞いちゃいないねえ」


 片や凹み。


 片や熱で浮かれ。


 同じ夢をもつ二人を交互に眺め、ママが呆れ顔でため息をついていると、外がにわかに騒がしくなった。


 団体客かと思い、三人が外に視線を向けるが違うようだ。

 よく見ればどうにもガラの悪い男が出迎えたスタッフに絡んでいる様に見える。

 それを訝しんでいるうちに、対応しているスタッフの声は徐々に大きくなり。


「お客さん! このカフェはそういう店じゃな……キャア!」


 ついには悲鳴へと変わった。


「ああっ! またあいつらかいっ!」


 それを聞いたママは一瞬で事情を察したように外へと駆け出し、サクラとセシリアもそれに続いた。

 飛び出してきたママを見て、太った男がにんまりと汚らしい歯を剥き出して笑う。


「おう、ババア! またきてやったからよ! いい加減、言う通りにするか、店を畳むか選びなよ」


 スタッフを突き飛ばしママに一声かけた後、その男はテラス席に腰掛け、そのままふんぞりかえり足をテーブルの上に載せた。

 太く短い脚、大きく膨らんだ腹、いかにもな悪人面。

 パツンパツンなショートパンツタイプの水着の上にガラの悪いアロハシャツを羽織っている。どう見ても街のゴロツキ、チンピラの類である。

 その背後には海には似つかわしくないスーツ姿にサングラスをかけたクローンのような二人組の男が控えており、こちらも見た目にはそぐわない暴力的な匂いを発している。


「またあんたかい! なんど来たってあたしらはあんたらに払う金はないし、店もこのまま続けるよ。組合には参加費は払ってるし、クルーズタウンの行政にも届出を出してる。あんたらに許可をもらう必要はどこにもないんだよ! 帰んな!」


「おいおい、ババアもクルーズタウンは長いんだろうよ。表の金を払っただけでこの街で平和にやってけるワケねえだろうがよお! 特にこのクルーズベイでなにかするのにシーベイ一家に無断なんて通るわきゃねえだろうが!!」


 言葉とともに短い足で器用にプラスチック製のテーブルを蹴り飛ばし、それはテラス席のはじの方へと軽い音をたてながら飛んでいく。


「クッ」


 直接的な暴力の匂いに流石のママも言葉を継ぐ事ができない。


 相手が怯んだ事を察して、太った男は立ち上がると、ゆさゆさと重い身体を揺すりながらママに近づく。


「な、痛い目に会いたくなきゃ言う通りにするのが一番だぜ。ここらじゃみんなそうやって生きてんだ。ドン・クルーズの目が行き届く中心街と同じ感覚でこの地方にやってきて、そのまま裏に落ちた人間なんてゴロゴロいるんだぜ。ババアだって使い道があるのがこのクルーズベイって地域なんだよ、なっ」


 そう言って、砂に汚れた芋虫の様な手をママの頬に添えようとした。


 その瞬間。


「汚い手で拙者の恩人に触れるんじゃないですよ」


 先ほどまでママが立っていた位置にはムサシが立っていて、汚い男の手を腰に刺さっていた脇差の鞘で制していた。


 驚いた男は声を荒げる。


「んだ、てめえはよお!」


 まばたきの間に現れた見慣れない服装の女に意表をつかれた男は反射的に制されている逆の手で殴りかかろうとモーションを取るが、しかしムサシにはそんな動きは動き出す前に察知できており、一番後ろに振りかぶった状態でそれを制止した。

 両手を制されたチンピラデブは飛び跳ねて距離をとった。その巨体に似合わぬ動きにムサシは感心するように、ほうと口を開いた。


 チンピラデブは汚い歯を剥き出して怒りをあらわにする。


「先にヤッパを持ち出されちゃ、こっちも出さざるを得ねえよなあ!」


 肉に隠れていた水着の部分をゴソゴソと漁るチンピラデブ。

 しかし、そんな隙を見逃すサムライはいないとばかりに。


「出させないのですよ」


 一言一閃。


 目に見えない程の速さで元いた位置からチンピラデブの後ろまで駆け抜けたムサシ。

 それと同時に白目をむいて倒れるチンピラデブ。

 いつの間に腰の太刀を鞘に入れた状態で抜いており、目に止まらぬ速さでデブの腹を一閃していたのだった。

 崩れ落ちたデブはピクリとも動かない。


 それに油断する事なく今度は黒服二人組に刀の先端を向ける。


「あなた達の手先は倒れたのですよ。まだ続けるのですか?」


 ムサシの言葉に黒服二人はお互いに顔を見合わせる。シンクロするような動作が妙に気持ち悪い。


「クロ、どうする?」


「ロン、この女は俺らがデーブより強いって理解しているみたいだよ。それくらいの実力はあるってことだ」


「クロ、確かにこいつはそこそこやるだろうけど、俺ら二人の相手じゃないよ」


「ロン、それはそうだよ。俺らシーベイ一家の若頭だよ」


「クロ、確かにな」


「ロン、じゃやるか」


 クロとロンと呼び合ったスーツの男はお互いの背中を合わせるようにして左右対称に拳法の構えをとった。


「話はまとまったのですね」


 ムサシは相手の構えに合わせるように、腰の太刀を鞘からスラリと抜き、切っ先を正面に構える。

 そのタイミングで横にスッとセシリアが並び、ムサシに声をかける。


「ムサシさん! 二対一はさすがに不利です! 私も手伝います!」


「お姉様! ご一緒してくれるのですか?」


 視線を正面から外さず、しかし嬉しそうに口角を上げながら隣に並んだセシリアに声をかける。


「もちろん! 私だってアイドルバトルに出る身ですから! ムサシさんには及ばないかもしれませんが、一人引きつけるくらいの役には立てるはずです」


「嬉しいのです! 実際あの二人そこそこの実力者ですから、同時に相手するにはちょっと苦戦しそうだったのですよ。でもお姉様が一緒なら安心です!」


「一緒にこのカフェを守りましょう!」


「はい! 行きます!」


 掛け声とともにまずはムサシがテラスの床に薄く広がっていた砂が巻き上る程の勢いで駆ける。

 まるでそれは第二戦の狼煙のように天に舞い上がった。

 ママとサクラがそれに見惚れいている間にムサシは既にクロと呼ばれていた黒服に接敵しており、抜き身の刀を袈裟斬りにしてクロに切りかかった後であった。

 勝負はそれでつくかと思いきや、すんでの所でそれはかわされており、刃はクロの黒服を軽く切り裂くだけに終わっていた。

 振り下ろしの隙を狙うようにロンがムサシの横腹へと拳を繰り出しているが、それを少し出遅れたセシリアが横から体当たりを入れる事で阻止した。

 なれ果てからの喝采で身体強化した状態の体当たりにロンは踏ん張りが効かず、テラスから砂浜まで軽く飛ばされていった。

 追撃を入れるためにセシリアはそこからさらに駆ける。


「お姉様、そちらは一旦お任せするのです。すぐに駆けつけますのでご無理はなさらず!」


 後ろ姿にかけられた声に背中で応えるセシリア。

 横目で見送るムサシ。


 視線の先には砂浜を滑っていったロンがいる。

 体当たりではそこまでダメージがないようで砂にまみれた黒服を叩いてセシリアを待ち受けているようだった。


 ムサシが視線を戻すとクロが無表情で立っている。


「ロンと分断すれば勝てると思ったか?」


 サングラスと無表情でその言葉の感情は見えない。


「二人セットは分断すれば雑魚なのは日の国の常識なのですよ」


「ならその刀ごと魂を叩きおってやる」


 両の拳を合わせるとガチりと硬質な音がする。

 見た目は普通の拳であり、武器を装備している様子もない。


「やれるものならやってみるのです!」


 そう言ってムサシは静かに刀を鞘に納め、中腰に構えをとった。


「居合」


 ここで初めて感心したような感情が漏れる。


「よくご存知なのです」


「待とう」


 そう一言だけ言うと、足を踏み締め、俗に言う三戦立ちの体制を整えるクロ。

 その構えを見て何かを察したようにムサシは頷いた。


「受ける気なのですね。では拙者のタイミングで行かせてもらうのです」


 ふうと息をふき。


 すうと息をすい。


 ふうと息をふき。


 そのまま脱力。一気にムサシの全身から力が抜けるのがわかった。


 そのままテラスに倒れるかと思うような位置まで上体が落ちる。


 ママとサクラがあっと声を上げた瞬間。


 その場からムサシが消えた。


 踏み込みの爆音を置き去りにした超スピードの居合い斬り。

 デーブと呼ばれた男を打ち倒した時とは比べ物にならない程の音とスピードだった。

 音が聞こえた時には既にムサシはクロの背後におり、刀をふりきった姿勢で静止している。

 抜き身の刀でその居合を避ける事もせずに受けたであろうクロ。


 当然無惨にも上半身と下半身が泣き別れになっている。


 はずであった。


 しかしそうはなっていない。

 スーツの腹は大きく裂けており、その下には一筋の痣はあるが、黒く光った腹筋がしっかりと存在を主張していた。


「やはり硬気功なのですか」


 ムサシは後ろを振り返る事なくつぶやいた。

 構えた刀身の半ばから折れて砂の上にふさりと落ちる。


「そう」


 クロも同じく振り返る事なく答える。

 お互いに追撃はない。

 既に勝負がついている事の証左である。


「刀が折れる程の硬気功。実にお見事なのです」


 クロの宣言通りにおられた刀の先。砂浜に横たわる自分の魂へと視線を落とす。


「娘も居合で内部破壊とは見かけに……」


 よらぬ手練れ。

 とは最後まで言いきれず。

 クロはそこで血反吐を吐き、地に倒れた。

 残心を解いたムサシは砂浜に視線を向ける。


 そこではセシリアとロンが泥試合を繰り広げていた。


 くりかえす。


 泥試合である。


 ロンはクロ程の使い手ではないらしく拳のスピードも重みもセシリアの身体強化を破る程の威力はない。

 かといってセシリアもロンを行動不能にできるほどの戦闘技術も経験もない。

 というよりできるのは体当たりのみである。

 それも不意をつけた最初のようにはいかず、大ぶりなモーションは先読みされるため当然当たらない。


 ロンの拳はセシリアに通らず。


 セシリアの体当たりはロンに当たらず。


 泥試合である。


 しかし。


 なぜか見ていられる。


 むしろムサシはずっと見ていたいとさえ思っている。


 なぜかと考えて。


 これがアイドルの華かと思いあたる。

 ママもサクラもぽうっと見惚れている。

 対戦相手のロンでさえ楽しくなって手を抜いている節さえある。

 大きく身体を広げたかと思えばそれを縮めて体当たりするセシリア。

 見え見えのモーションであるそれは当然避けられ砂浜を転がるセシリア。


 立ち上がりをロンの拳が襲う。


 驚いた顔で避けるセシリア。


 光煌めき舞い散る汗。


 燦々とした太陽の下舞い踊る黒髪。


 パレオの下から覗く躍動的な肢体。


「……お姉様のステージなのです」


 自分の血腥い戦闘とはまるで違う。


 華やかで艶やかで麗かな戦闘である。


 戦っている本人は全くそんな事は意識していないのに溢れ出すエンターテインメント。


「これがアイドル……これが拙者の中にも……」


 ムサシの中のアイドルが目覚めた瞬間であった。

 十分ほど全員がその戦いに見惚れ、いつの間にかギャラリーがセシリアとロンを囲むような状態になった時。


「もうっ! ムサシさん! そろそろ助けてくださいよお!」


 泥試合を必死に続けるセシリアが周りの状態に気づき助けを求めた。

 その言葉で我に返ったムサシが手に持っていた鞘でロンの脇腹を一閃することでエンターテインメントに昇華された泥試合は幕をおろしたのだった。


 デーブ、クロ、ロンの三人はクルーズタウン警察ベイ署の警官が数名やってきて、そのまま連行されていった。

 血反吐で汚れたテラスを片付け、テーブル、椅子を並べた後、今日は店じまいにする事にした。

 突き飛ばされたスタッフにも大きな怪我はなく、戦闘を繰り広げたムサシ、セシリアにも怪我はなかった。


 ひと段落したシーンカフェの店内。


 そこには腰に手を当てたセシリアの仁王像が建立されていた。


「みなさん!」


「「「……はい」」」


 めずらしく怒気のこもったセシリアの声にママさえも大人しくなっている。


「私! 必死だったんですよ!」


「「「……はい」」」


 生まれて初めての本格的な戦闘である。それは必死であっただろう。


「なんでみなさんずうっと見てるんですか!?」


「申し訳ないのです。お姉様があまりにも美しくて……」


 モジモジと胸の前の手を組み合わせたり話したりしながらモジョモジョとした言葉。

 最後まで言わせる気のないセシリアに遮られる。


「ムサシさん! そんなお世辞でごまかされませんよ!」


「いや……お世辞じゃな……」


 言わせないモードのセシリアはムサシの言葉を遮る。


 次!


「さくらさん! なんで観客から観戦料取ってるんですか!?」


「いや! あれをタダで見せたらむしろ何でお金取るのよ!? セシリアのステージでチケット代取らないステージなんて最近やってないでしょうよ?」


「あれはステージじゃないです! 命と魂を賭けた白熱した真剣勝負でしたよ!」


「いや、ムサシとクロの戦いはそうだったけど、あんたのは泥試……」


 言わせないモードのセシリア。


 必死の戦いを泥試合などと言わせる気はない。


 次!


「ママも! ちゃんとしてください! シーンカフェの行く末を決める戦闘だったんですよ?」


「ほんとにすまなかったと思ってるよ。でもしょうがないじゃないかあれは見ちまうよ。ほんとにあんた成長したね」


「ほめてーごまかすのはーきんしですー!」


 ちょっと嬉しそうな顔で怒っている。

 三人の頭の中にはカワイイ以外の感想は浮かばなかった。


「事実なんだけどねえ……。ま、そんな事よりだ。ムサシ、あんた刀折れちまったけど大丈夫なのかい?」


 安定のママのスルー力。

 カワイイは置いておいて今回の戦いの最大功労者のムサシに話を向ける。


「確かにそうですね! 刀はサムライの魂だと聞きます」


 ほめられた照れ臭ささを隠すようにママの話に乗っていくセシリア。

 まだ頬が少し赤いのは夏の暑さのせいじゃない。


「……あまり大丈夫ではないのです」


 刀に言及された途端にムサシの顔が曇る。


「そうだよねえ……」


 ムサシ以外の三人で顔を見合わせる。

 解決策は見えない。


「あれっていくら位するんだい?」


「数打ちの刀でしたが、日の国の貨幣で二十万円ほどでした」


「ここの金で言うとどれくらいなんだかわかるかい?」


 値段次第では新しいものを買う事も可能であろうと言う判断だ。


「そうですねえ。このカフェで出されるような料理が千円くらいでした」


「じゃあ大体1クルーズが一円くらいなのかね?」


「クルーズがこの街の貨幣なのですか?」


「そうだねえ。このカフェでも大体の料理が1000クルーズくらいで出してるよ」


「それはわかりやすいのです」


 クルーズタウンでは通貨の単位はクルーズとなっている。

 日本と同じく千円未満は貨幣で千円以上は紙幣となっている。

 1000クルーズ札にはドン・クルーズが印刷されており、それ以外の紙幣は女神が印刷されている。女神本神曰く全部の札に自分が載りたかったが、この街をつつがなく運営しているドンに仕方ないから1000クルーズだけ譲ってやったと偉そうにしていた。でも素直にのせるのは悔しいから若かりしドンを思いきり美化してのせてやったそうだ。

 しかしその嫌がらせは逆に働き、1000クルーズ札はイケメン札として若い女性に人気となっている。


「ですけど、刀ってこの街で売ってます?」


「確かに見たことないね」


 クルーズタウンを隈なく知っているわけではないが、この場にいる三人の誰も見た事がないのであれば、流通がないか、有ったとしても一般に出回るような経路には存在しない事になる。


「有っても拙者買うお金がないのです」


 身も蓋もない。

 実際、丸木舟で大海に漕ぎ出した上に、それが沈み漂流した人間が金など持っているはずもない。


「うーん」


 ムサシ、セシリア、サクラは頭を抱えた。


「わかったわかった!」


 その中、一人難しい顔で何事か思い悩んでいたママはそう言って手を数回叩き言葉を続けた。


「はじめっからこのカフェを救ってくれた人間が困っているってのに見捨てるなんてあたしにはできゃしないんだよ! あんたらだってわかってただろうよ!」


「ママ!」


 待ってましたとばかりに声を上げるセシリアとサクラ。

 実際ママの判断待ちだったのである。

 ムサシは一人ポカンとしている。

 そんなムサシの両肩に手を置くママ。


「ムサシ! あんたこのカフェで用心棒兼、スタッフとして働きな! ひと月くらいでその刀の金額くらいは稼がせてやるよ! もちろん住む場所も、食事もつけてやるよ!」


 力強い言葉と。

 両肩に感じる温かい手。

 真夏の暑さの中にも感じる優しい温度。


「ママ殿! よろしいのですか!? 命まで救ってもらった上に生活の面倒までも!」


「乗りかかった船だ! シーベイ一家から救ってもらった恩もある! 全部あたしに任せな!」


「さすがママ!」


 そこに痺れる憧れるう!

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