第20話 夏という季節はアイドルも出会う

 夏。

 海。

 太陽。

 アイドル。


 全てが光放つ恒星である。


「海! すごいですね!」


 セシリアは感動の声をあげた。

 それもそうだろう。

 セシリアにとって生まれて初めて見る海である。

 今日は売上絶好調なコーンカフェが開いた海の家『シーンカフェ』のお手伝いを兼ねてコーンカフェの慰安旅行として海にきている。


 ここはクルーズタウンの一大観光地『クルーズベイ』である。


 クルーズタウン外からも観光客が多く訪れる地域であり、客の多さからここを拠点とするアイドルも多くいるほどである。

 そんな場所にセシリアは立っている。

 ビキニの水着にフード付きのラッシュガードを羽織り、下にはパレオを巻いている。

 夏の完全防備である。

 しかしそれでもなお成長したセシリアの魅力を隠しきることはできずにまるで光放つような存在感を示していた。


「セシリアー!」


 そんなセシリアを海の家の中からママの声がよぶ。 


「はーい。今いきますー!」


「いや来なくていいよー! こっちは落ち着いたからあんたは上がりでいいよー!」


「本当ですか!?」


「ああ、せっかくの海なんだ。堪能しておいで」


「ありがとうございまーす!」


 そんな具合に自由を得たセシリアはまずは海岸線をフラッと歩く事にした。


 焼けた砂の上をゆったりと歩く。


 カラッとした空気と。


 力強く照る太陽と。


 足元に寄せては返す波と。


 セシリア。


 あまりに絵になりすぎてナンパにもならない。

 まるで黒髪のヴィーナスが降臨したかの様だった。


「女神が無理矢理つけてくれた状態異常耐性は正解だったのね」


 本来であれば肌をやくはずの太陽も。

 足の裏をウェルダンオーダーのステーキだと勘違いしている熱砂も。

 全て無効。

 どれもこれもセシリアが海に行くと聞いた女神が付与した状態異常耐性のおかげである。

 セシリアのどこまでも白い肌がやける事がどうしても許せなかった過保護な女神の賜物である。

 日差しもセシリアの美を崩す心配がないせいか容赦なく燦々と降り注いでくる。

 そんな日差しに目を細めながらぼんやりと遠くを望むと服を着たまま波うちぎわで横たわるおかしな人間が見えた。ここにいる人間は皆一様に水着姿で露出の多い服装をしているのだが、ようく目を凝らしてみるとやはりその人間は水着を着ていない。かと言って普通の服でもないように見える。


 気になったセシリアは少し足を早めておかしな人間の所へ急いだ。


 時間にして一分ほど砂浜を走ったセシリアは軽く肩で息をしながら、波打ち際で寝転び遊ぶ女性の傍らに立ち、懐かしい気持ちでその姿を見下ろしていた。


「これ、着物だ」


 セシリアの前世である日本の民族衣装。

 着物を着た女。

 セシリアの前世では着る事は叶わなかったが、推しのアイドルがお正月番組で来ている姿を見ては憧れていた記憶がある。


 しかし眼下の女性がきているのは着物とは言っても推しがきていたものとは違う。


 推しが来ていたのは振袖と言われるいわゆる成人式などで見るような派手な着物だが、死体系女子が来ているのは地味な長着に無地の野袴をはいたいわゆる武士と言われる人間の旅装スタイルだった。


 その着物も荒波に揉まれたのか、前合わせは大きくはだけて、きつく巻いたサラシがさらされており、野袴も軽く捲れ上がって綺麗な脚が露わになっていた。


 そして。

 残念ながら。

 どう見ても波打ち際で波に打たれて遊んでいる楽しげな様子には見えない。


「ドザえもんかあ。南無」


 目の前の綺麗な顔をした仏様に手を合わせた。

 こんな異世界で仏も何もあったものでもなかろうとは思うが、どうしたらいいのかわからないからとりあえずといった心境だろう。


 遺体がフレッシュな事もセシリアの余裕を産んでいる。

 状態から見て死にたてピチピチだろう。

 これが数日海を漂った仏様であれば流石にこんな悠長に眺めていられないだろう。


「とりあえずママに報告かな? とは言ってもこの世界だと死体とかそんなに珍しくないし、見ず知らずの人間の死体を弔う様な文化もないのよね。弱肉強食。全員修羅の道に入ってるわけだし」


 クルーズタウンでは地域によっては行き倒れやギャングの抗争なんかで道端に転がっている死体はそれほど珍しいわけではない。年に一度くらいはこうやってご遺体を見かける事もある程度で、それもいつの間にか清掃業者が片づけられているため、見かけた人間が何かする訳でもない。


 きっとここクルーズベイでも同様の職業の人間がいるだろうし、下手に触ってその縄張りを侵したなんて言いがかりをつけられてもつまらない。


 さてどうしようか?

 セシリアが対応に迷っていると足元から小さく掠れた声が聞こえた。


「し、……死んでないのですよ」


 死体だと思っていた女性が、倒れたまま小さく手を天に伸ばし、必死に生を主張していた。


「あら! 生きてるの? 大丈夫?」


 立ったまま対応を思案していたセシリアはその声に驚き、かがみ込んで元死体の女性に問いかける。


「う、うう」


 しかし返ってくるのはうめき声のみ。

 生きているとは言っても放っておけば死ぬような状況には変わりないようで呻くだけで精一杯の状態の様だった。


「生きているなら助けなくっちゃ! なれ果てからの喝采!」


 セシリアはスキルで身体強化をかけ、とりあえずシーンカフェに着物女性を運ぶ事にした。

 体を持ち上げて背負うために手を取った瞬間。


『握手によりファン人数が増加しました』


 頭の中に女神のシステム音声が流れた。


「あ。しまった。 というか人命救助もファンサービスになるの!?」


 計らずもファンを一人増やしたセシリア。

 しかし今はそれどころではないと考え、取った手を引き上げ自分の服が汚れるのも厭わず着物女性を背負うと、来た道をシーンカフェへと急ぎ戻る。

 もちろん。

 行き倒れ女性をシーンカフェに運び込んだセシリアにママの怒号が飛んだのは言うまでもない。


「自由にしていいとは言ったけど、自由に行き倒れ拾ってこいとは言ってないよ」


「すみません! でも死んでたなら放っておけますけど、流石に生きていたなら見過ごせませんよぉ。ママでもきっと連れて来てたと思いますよ」


「あたしならこんな面倒なのはほっとくよ! こっちはカフェでてんてこまいなんだよ!」


 そんな冷たい言葉とは裏腹にママはドザえもんに水を飲ませたり、声をかけたり、軽く体を拭いたりと大忙しで救護をしている。

 ママがママたる理由である。


「ママはほんと素直じゃないのよね。わたしなら拾わないけどね」


 呆れた口調でママの補佐をしているサクラも言葉の割にはしっかりと補佐をしている。


「二人とも本当に優しいんですよね」


「「違うってば」」


 同口同音かと思うほどのシンクロ。流石親子である。

 それを見て笑うセシリア。

 ママは照れを隠すように眉根を寄せてそんなセシリアに檄を飛ばす。


「拾ってきたあんたが一番だろうよ。笑ってないでさっさと介抱の手伝いしな!」


「は、はいっ!」


 小一時間。


 濡れタオルで体を拭いたり、うちわで体を仰いだり、水を含ませたりと手厚い介抱を受けた行き倒れ女性は意識を取り戻し、会話ができる程度まで回復した。


「命を救ってもらった上に、こんな体勢で礼をする無礼をどうか許していただきたいのです」


 申し訳なさそうに目を伏せる。


「気にするんじゃないよ。この街は殺伐とはしてるが全く情がないって訳でもないんだ」


「そう言っていただけるとありがたいのです。貴方がたは命の恩人なのですよ。あ、申し遅れたのです。拙者はレディー・ムサシと申す者なのですよ」


「あたしはこのカフェの主人でママって呼ばれているよ。こっちは娘のサクラ。あんたの隣にいるのがセシリアだ。それがあんたを拾ってきたんだから直接的な命の恩人だね」


「サクラだよ、生きててよかったよ」


「セシリアです。よろしくお願いしますね、レディー・ムサシさん」


 それぞれ自己紹介がてらの挨拶をするサクラとセシリア。

 セシリアの言葉が脳に刺さったようにムサシの目が見開かれる。

 その刹那。




「ふぁああああああ! かわいいいいいいいい! ムサシって呼んでほしいいいい!」


 突如奇声を上げるムサシ。

 それが三人の脳に刺さった。


「ちょお、どうしたんだい急に!」


「は! 申し訳ないのです! セシリアお姉様を拝見したらなんだか魂が叫びだしたのですよ……」


 ナチュラルなお姉様呼びからの意味不明な供述。

 思わずママも首をかしげるが、しかしそこはセシリアの名前が出ているのである。

 当然なにかやったのだろうとママは推測した。

 その思考に至り瞬間その顔と矛先はカッとセシリアに向かう。


「どういう事だい!? セシリア! あんたまた何かやったのかい?」


「えええ? 私なにもしてませ……ってああ! ええ……?」


 海岸線で聞いた女神のアナウンスを思い出すも、これは不可抗力であり、自らがやりたくてやった訳でもなく、なんと言ったらいいか口ごもるセシリア。


「セシリア、完全に今なにか思い当たったでしょ? 正直に白状なさいよ」


 そんなセシリアをサクラが半笑いで揶揄ってくる。

 その言葉にムウとなりながらもセシリアは諦めた。


「そう、ですねえ。多分、助けるときにムサシさんが私のファンになってしまったのが原因かと……」


「セシリアお姉様が拙者の名前をおお! 嬉しいのですう!」


 白状したセシリアの口にのぼる自分の名前にまた興奮するムサシ。


 結論。


 ファンのソウルスクリームだった訳である。


「あんたもちょっと落ち着きな! いちいちそんな反応してたらまた行き倒れるよ!」


「は! 申し訳ないのです……どうにも魂が叫び出すのです。止まらないのです」


 ソウルの叫びは仕方ないと。

 そう供述するムサシを呆れた顔で眺める三人。

 サクラが思い出したように口を開く。


「何かに似てると思ってたら、コーンカフェの三馬鹿に似てるのよねえ……」


「確かに! 話し方もござるさんに似てますね! 一人称も拙と拙者で似てますし……」


「あんたら三馬鹿の話はやめな。噂すると湧いてくるよ」


 ママが三銃士の三人を思い出し顔を顰める。

 そんなママにセシリアは三人とも楽しい方たちじゃないですかとセシリアがフォローを入れ、サクラがママと同じ顔で顔を顰めながらも悪い人間ではないんだけどなどと以前に比べたら肯定的な意見を述べている。


「三銃士の皆さんも出資されてるんだから一緒に来たかったですね」


「うええ、流石にこんなあっつい場所ではあの油っぽい顔は見たくないかなあ」


「あの三人も似た様な事言ってたね。オタクに海は似合わないとか何とか。世話になった義理があるからあたしも一応誘ったんだけどね……断られたんだよ」


 実はこのシーンカフェを始めるにあたり、三銃士の三人からも出資を受けていた。

 その申し出を受けた当初は冗談だと思っていたママは実際口座に振り込まれた金額を見てひどく驚いた。

 おかげでシーンカフェのクオリティは上がり、出資を遥かに上回る売上を確保する事ができたのだった。

 オタクの財力は侮りがたいとママは認識を改めたのだった。

 そんな内輪の話で盛り上がっていると、横から申し訳なさそうにムサシが参加してきた。


「話に割り込むようで申し訳ないのですが、この街にサムライがいるのですか?」


「サムライ?」


 ママとサクラは初めて聞く言葉に首を傾げ、セシリアは前世以来に聞く言葉に驚いた。


「拙者とか、語尾のござるは我が故郷、日の国のサムライ言葉の特徴なのですよ」


「サムライとは?」


「拙者みたいな服装で腰に刀を佩いた人間の総称なのですが、違いましたか?」


 ムサシが語るサムライの説明に、マジマジとムサシの服装を眺め、それからござる氏を思い返すが、瞼の裏に浮かぶござる氏の姿は全く異なっていた。

 浮かんでくるのはいかにもオタク然とした格好をしている姿。

 彼は大体チノパンにチェックシャツである。

 たまにおしゃれでバンダナを巻いている。


「違うねえ」「全く違う」「違いますね」


 そう。

 全く違う。


「そうなのですか。基本的に日の国の人間は国を出ることはありませんから。勘違いかもしれないのです」


「確かに日の国って島国がこの街の東の海上にあるのは知ってたけど、基本的にあそことは国交がないからね。出身者を見るのは初めてだね」


「じゃあムサシさんはどうしてこの街に流れ着いたのですか?」


「それは……」


 と、ムサシが語り始めた理由。

 この街に漂着する事になったワケ。

 それは他でもない、アイドルウェポンが原因であった。

 ムサシは日の国で『アイドルウェポン:サムライ』を授かって生まれてきた。

 アイドルウェポンを持って生まれた人間は女神の強制力によって一生のうちで必ずクルーズタウンに運命的に誘われる。これはどうあっても避けられない。


 今ここにムサシがいる理由がそれである。


 日の国に生まれ、剣術道場の娘として育ち、一角の剣士と成長したムサシ。

 より高みを目指すために師を探す旅に出た。

 その中、一人の老人に出会い。その人間を一生の師と定めた。

 しかしその老人は弟子をとらない事で有名な偏屈老人であった。

 一度決めた事を変えられない性格が災いし、その老人の家に押しかけ、半ば無理やり見習いの様な状態になったまではよかった。老人も情に絆され、自分の剣を見て盗む程度は許可してもらえる様になった。


 ここまでは問題ない人生である。

 しかしここで女神の強制力が働くのである。


 そんな充実したある日。

 ついに老人から正式な弟子とする試練が与えられた。


「それがこの街のアイドルバトルに優勝する事だったのです」


 その指令によってムサシは半ば違法出国のように丸木舟と櫂一つで大海へと漕ぎ出す事になったのであった。

 ここまで話を聞いて三人は女神の強制力である事を確信した。

 鎖国状態の日の国にいる偏屈ジジイがこの街のアイドルバトルなんて知っている事がおかしい話なのである。


 ママとセシリアは顔を見合わせる。


「あーあれだねえ」


「これはーそうですね」


 思い当たる節のありすぎる二人はなんとも言えない表情で見つめあった。

 二人とも女神の強制力でこの街に来ることになった口だ。

 他の人間も似たような話を何度も聞いた事がある。

 この街ではありふれた話だった。

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