第16話 先輩、襲来
「手応えを感じますね、セシリアさん」
ライブ後。
最近固定で枠を確保してくれるようになった馴染みのライブハウスの楽屋。
手帳に目を落としながら静かにジョージ・Pが言った。
それに反応して放熱中のセシリアが顔を上げる。
その表情はいつにも増して満足感、充実感が見え、今日のライブがどうだったかを如実に表していた。
「今日は我ながらいいライブだったと思います」
「そうですね。過去最高の出来でした」
手帳から顔を上げ、セシリアに向き直ったジョージ・Pの顔にもセシリアと同様の感情が満面に浮かんでいた。
「嬉しいです。お客さんの顔が今までの興奮とは段違いなのが本当にわかるんです」
「今までスタミナが少し不足して、後半のダンスと歌唱に影響が出ていた部分がなくなったのが大きいですね。おかげで最初から最後までフルスロットルのパフォーマンスが可能になってます」
「そうなんですよ! 今までは体力も考慮してセトリを組んでたんですけど、今はお客さんの感動体験だけを考えてセトリを組めるようになったんです! これが本当に嬉しいんです」
ジョージ・Pはうんうんと無言で同意しながら微笑む。
「急にスタミナ上がりましたけど何かありました?」
「これのせいですかね?」
そう言って自分のステータスをオープンしたセシリアはジョージ・Pにも確認してくれるように促し、それを受けてスキル「現状把握」を起動したジョージ・Pはセシリアと一緒にステータスの確認作業に入った。
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名前:セシリア・ローズ
職業:アイドル
ウェポン:ファンサ(+12271)
スキル:布教、なれ果てからの喝采
SING:★ ★ ☆ ☆ ☆
DANCE:★ ★ ☆ ☆ ☆
BEAUTY:★ ★ ★ ☆ ☆
自己肯定:MICRO
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「スキルが増えてますね」
「スタミナが増えたのはこのスキルのおかげなんです」
「どんなスキルなんです? スタミナが増えるって事はバフ系でしょうか?」
「正解です! 流石ジョージ・P」
セシリアの声が嬉しそうに弾む。つられてジョージ・Pの頬も緩むほどに。
「ありがとうございます。増えるのはスタミナだけですか?」
「いえ、身体能力全部にバフがかかる感じですね」
「なるほど、ダンスのキレが増していたのもこれが原因でしたか」
なるほど納得といった調子でジョージ・Pが頷くと、よくぞお気づきでといった様子でセシリアは両手の平を上に向けてそれをジョージ・Pに向けた。
「そうなんですよ! 今までは出来なかった振りもできるようになるし、ビートのどこにでも乗れるようになるし、良い事だらけなんです!」
「実際見てみたいのですけど今って使用できます?」
「そうですね。ここならギリギリ入れるかな? 後ろを開けて……横は……なんとかなるか? うん」
ジョージ・Pの提案に、セシリアは座っていたソファから立ち上がり、楽屋内を見回しながらブツブツと独りごちながら、周りを確認してから小さくうなずいた。
「たぶん大丈夫です。じゃあちょっと発動しますね」
「お願いします」
「なれ果てからの喝采!」
片手を天に向けたセシリアがスキル名を唱えると、その背後、頭の上辺りに、光のついていないスポットライトが五つ現れた。
それが点灯するとその光の下に女性の幻影が浮かぶ。
順番に一つずつ点灯していき、スポットライト分の五人の幻影が浮かび終えると、それらはコーラスを歌うような動作をするがそれは声にはならない。
声にはならないが、それは光となり、セシリアの全身を包む。
光に包まれたセシリアはまるで女神のようだった。
「す、すごいですね」
急に人口密度? の増した楽屋と、あまりにも神々しいセシリアの姿に、ジョージ・Pは言葉を失った。
神々しい姿もアレだが、何よりもすごいのはやはり圧迫感であろう。幻影とはいえ五人である。狭い楽屋なのでそこに急に五人も増えたのならそれはもうぎゅうぎゅうである。
もうぎゅうぎゅう。
危うくセシリアとジョージ・Pがくっついてハグしそうなくらいにぎゅうぎゅうである。
その距離感にセシリアは顔を真っ赤に染めた。
「あああ、やっぱり狭いですね。ちょっと切ります!」
慌ててセシリアがスキルを解除すると一瞬で幻影は消え去り、楽屋には顔を赤く染めた男女が取り残された。
「……すみません。俺が見たいって言ったのに」
「いえいえ。実際見てもらいたかったのは私もなので」
なんとか平常心を取り戻すようにできるだけビジネス感を出していく二人。
「スキル名からすると後ろの方達はきっとアイドルとして大成されなかった方達の思念でしょうか?」
「うーん。あの人たちが誰かはわかりませんが、すっごく暖かくしてくれますね」
「コーンカフェでの経験で得たスキルでしょうか?」
「いえーー」
セシリアは女神との邂逅をうまく誤魔化しながら、礼拝に行った帰りにシステム音声が響いてスキルを得た経緯を説明した。
「なるほど。礼拝のボーナス、ですか。それも初めて聞きます。いやあ、セシリアさんは異例ずくめですね」
「すみません。私おかしいですよね……」
「ああ。俺は否定してるわけじゃないですよ。一年でクルーズ・クルーズの舞台に立とうというのですから普通では絶対に無理です。むしろ異例で全てを埋めていかなきゃ無理です。だからこれは誉めているんですよ」
「そ、そういうものですか?」
「そういうものです」
セシリアはジョージ・Pの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
しかしそれも一瞬で。
次の疑問を思い出した。
「ジョージ・P! このファンサの横の人数もおかしいんです!」
「おかしいですか? 順調に増えてません?」
「それです! 増えすぎなんですよ! 前にこの人数は私のファンになった人数だって見解に落ち着いたじゃないですか? でも私こんな人数と握手してないんですよ……」
「あーそれですか? すみません、俺の中で勝手に納得してたんで話してなかったですね」
「知ってるんですか? ジョージ・P!」
「知ってるというか、推測ですよ」
「教えてください!」
セシリアに請われてジョージ・Pは見解を語る。
布教というスキル名。これがキーである。
布教とは教えを布く行為。
布教をすればファン信者が増えるのは当然である。
ここで問題になるのは本人が布教をした人数よりもファンが増えている事である。
布教とはアイドル偶像のみがする事だろうか?
否である。
布教とはファン信者がファン信者を増やす行為である。
つまりセシリアのファンが増えれば増えるほど、ファンがファンを増やしていく構図が出来上がっている。
布教とはファンが増やしたファンを数字として加算できるスキルである。
「こういう仕組みになっていると俺は思っています。だからセシリアさんのファンはセシリアさんの努力を超えて、これからも延々と増え続けますよ」
「それはちょっとーーずるいのでは?」
宗教染みていると言いかけながらも、自分の生業が宗教染みているとは認められない宗教嫌いのセシリアは、ついつい子供のような表現で己のスキルを評した。
「確かに。セシリアさんはずるいと感じるかもしれません。でもよく考えてください。ファンがファンになるのは自由です。そしてそれをやめるのも自由です。入口はどうあれファンで居続けるのはセシリアさんのパフォーマンスを見ての事なんですよ。全てはセシリアさんの実力です」
「うーん」
「すぐに納得がいかないのはセシリアさんの性格上仕方ないとは思いますけどこれは事実ですよ。納得いかないならもっとパフォーマンスを磨いてファンをファンさせてあげればいいんですよ」
「そ、そうですね」
ジョージ・Pの言葉を飲み込んで、セシリアが無理やり自分を納得させようとしている所。
楽屋の外からスタッフさんの慌てる声が響く。
『チョ、ちょっと! お待ちください! こちらで一旦確認しますから!』
どうやら誰かを押しとどめているような声。
セシリアとジョージ・Pが騒動に対して顔を見合わせているとすぐに扉がノックされ、中の返事を待つ事なく聞き慣れたスタッフさんの声がトラブルの来訪を告げた。
「サリー・プライドさまが楽屋挨拶にいらっしゃってます!」
「はい?」
セシリアの間の抜けた声。
それは扉にスタッフがぶつかり荒々しく開く音にかき消された。
ゴロンと転がって楽屋に入り込んできた顔馴染みのスタッフ。
その先、廊下に立っているのは場末のライブハウスには全くそぐわないゴージャスでファビュラスで背景に黄金の神殿を背負っているような女性だった。
「ほら、立ちなさい」
ぽってりとしてツヤツヤ光る唇からまるで黄金のように煌めく言葉が音になってこぼれる。
ピンと背筋を伸ばしたまま見事な柳腰を軽く折り乳白色の大理石でできたような手をスタッフに差し伸べた。
それがまるで神に差し伸べられた救いの手であるかのような表情でスタッフは吸い込まれていく。
女性はそのすがるような手を掴むと、全く澱みのない動きで手を引いて立ち上がらせ、そのまま外に出るように促す。スタッフは名残惜しそうに手を離し、先ほどまで掴んでいた手の温もりの残滓を己の手の中に探すように、無言で誘導に従い外へと出ていった。
そんなスタッフに一瞥もくれる事なく。
その女性、サリー・プライドは立ったまま足をクロスさせ、胸元で腕を組み、金糸のような濃いめのホワイトブロンドを一糸乱れぬまま背中から腰まで流し、ツンと上向いた鼻を天に向けるような角度になるように顎をあげると、アーモンド型のクルリとした金色の瞳でセシリアを睥睨していた。
観察するような値踏みするような敵視するような。
複雑な視線にセシリアが小さくなっていると、サリー・プライドはフンと鼻を鳴らし、視線を外すと今度はそれをジョージ・Pに向けた。
「ジョージ」
ぽってりとした唇がツヤツヤした言葉を音に変える。
「サリー、こんな所へ。一体どうしたんだ?」
ジョージ・Pの声は震えている。
「どうしたんだって? 楽屋挨拶よ」
艶のある唇が揶揄うようにコロコロと鈴を鳴らす。
楽しそうなサリー・プライドとは対称的にジョージ・Pの表情は固くなっていく。
「君のようなトップ女優が楽屋挨拶にくるような場所じゃないと思うが?」
「いいじゃないのよ。古巣が活動を再開したって聞いて、楽屋挨拶に来るぐらい普通でしょう? それともサリー・プライドが来ることに問題が?」
楽しそうな表情は変わっていないが声には力がこもっている。一流の女優が放つ威圧感をジョージ・Pに向けている。それはセシリアにも向けられており言葉を挟む事も出来ず小さくなるばかりである。いくら成長したとはいえ一流の女優とはやはり格が違う。
「いや、特には問題がないが……しかし、君は……」
「君は……? それは私の事? 私、サリー・プライドが何か?」
「いや……」
言い淀むジョージ・Pにサリー・プライドは腰に手を当てて声に怒気をこめる。
「そう。ジョージはこう言いたいのね? 事務所が休業する原因になったサリー・プライドがその再開を祝いに来てはいけないと? ジョージはそう言いたいのね?」
「そんなことはない! 君の移籍と休業は関係ない!」
我が意を得たりとサリー・プライドは嗤い。
小さく頷いた。
「じゃあジョージはサリー・プライドを歓迎するべきだわ」
「そう、だな。丁寧な挨拶、ありがとうございます。サリー・プライド」
「始めからそれでいいのよ、ジョージ」
一流女優であるサリー・プライドとジョージ・Pのやりとりを呆気に取られたまま聞いていたセシリア。
二人へと交互に視線を行ったり来たりさせるのに忙しく、黒目がどこかに飛んでいきそうだった。
「貴女が後輩ね?」
「へ?」
ジョージ・Pの返答に満足したサリー・プライドは今度はセシリアを獲物に定めたようだった。
急に狙われた小動物セシリアは間抜けな声しか出ない。
それを見てサリー・プライドは呆れた声を上げる。
「ちょっとこの娘は馬鹿なのかしら? サリー・プライドが貴女に質問してるのよ?」
辛辣なサリー・プライドの言葉に自分を取り戻したセシリアは、小さく縮こまっていた状態から立ち上がりピンと背筋を伸ばす。
その勢いでサリーとは対称的な黒髪が存在感を持って揺れる。
女性としてはそれなりに長身なサリー・プライドよりも背は高く、少し見下ろす感じになる。
それを気にしながら、それでもセシリアはしっかりと挨拶をしようと考えた。
「いえ、すみません! ご挨拶遅れました! 私はセシリア・ローズと言います! 今年の二月からプロダクション・オーディンに所属してます!」
「そう、それでいいのよ。私はサリー・プライドよ。五年前までオーディンに所属していた貴女の先輩よ。よろしくね」
視線をあげしっかりとセシリアの黒い瞳を見つめながら言い切ったその態度は優雅の一言である。見下ろされる状態になってもサリー・プライドの態度は変わらず、悠然として泰然として完全な女優である。
それに感心すると同時にセシリアはその自己紹介の内容に心を掴まれていた。
「先輩! 五年前!?」
「そうよ」
見事にオーディンが休業したタイミングと合致している。先ほどの会話で休業の原因となったとの話もある。
「という事は三年でクルーズ・クルーズに立ったという先輩は?」
ワクワクが全身から溢れ出している。それもそうだろう。ずっと心の片隅で気になっていた自分が進もうと考えている道のモデルケースである。つまりは自分の未来像である。
「サリー・プライドの話ね」
「やっぱり! 私、先輩の事気になっていたんですけど、中々ジョージ・Pに聞くタイミングがな買ったんです! 質問してもいいですか? あ! 先輩はどうやって三年でクルーズ・クルーズに立ったんですか? アイドルバトルってどんな感じですか? 何か特別な練習はしましたか? あー! でも聞きたくないかもしれません! やっぱり聞きたいかも! でも聞いたら面白くない感じもぉ……」
確証を得たセシリアの口からは興奮を溢れ出してた。
自分の未来が知れるとなれば聞きたくなるものだろう。同時に聞きたくもないだろう。
もちろんサリー・プライドの人生を聞いた所でセシリアの人生が全くそのままその通りにならないのも理解している。しかし押し込めていた感情の蓋が開き言葉が溢れ出して自分では止められなかった。
しかし。
幸いそれはサリー・プライドの圧のこもった声が一瞬で止めてくれる。
「お待ちなさい」
ぴたりとセシリアの感情には重い蓋がかぶされた。
それはとても強い強制力を伴った蓋だった。
「すみません……つい興奮してしまって」
冷静になったセシリアはピンと伸びていた背筋を丸めた。まるで犬の尻尾のようだった。
その状態になるとサリー・プライドとセシリアの視線は同じ位置になり、ちょうど目線が合わさった。
金色の瞳がセシリアの黒い瞳をのぞいている。
黒い瞳はその視線を全てのみこんでなおも黒い。
普通の人間はサリー・プライドの視線をここまで受け止めきれない。
視線に心酔してのまれるか、恥ずかしくなって視線を外してしまう。
小さな違和感に居心地の悪さを感じたサリーは小さく息をはいた。
「アイドルがそんなにバタバタするものじゃないわ。五分の質問時間しかないメディアでもそんなにがっつかないわよ?」
五分しか時間がなかったらメディアもあれくらい慌てそうなものだが。
しかしそれはそれ。
重ねてセシリアは謝罪する。
「……そう、ですよね。ごめんなさい」
「そう、それでいいのよ。サリー・プライドは寛容に貴女を許すわ。そして質問を何でも一つだけ許しましょう」
「あ! ありがとうございます!」
許しを得た一つの質問。
冷静になったセシリアはいま問うべき事を考えた。
直近の未来は自分の努力の問題。
サリー・プライドに問う未来ではない。
となれば何を問うべきか。
思い悩むセシリアにサリー・プライドは呆れ顔で声をかける。
「時間は有限よ。早くなさい」
「本当に、何でもいいんですか?」
「許すわ」
セシリアの中で聞く事は決まった。
ただ聞いていいかはわからない。
だから確認の言葉が欲しかった。
そしてそれをいま得た。
ならば聞くのみだ。
「先輩はなんでオーディンを辞めたんですか?」
「そう、貴女はそれを選ぶのね?」
夢を叶えた後の話。
セシリアはそこが一番知りたかった。
「す、すみません。ダメでしょうか?」
「いいわ。サリー・プライドは自分の言葉に責任を持っているの。答えましょう」
「お願いします」
サリーは一つ頷く。
「言っておくと」
サリーは一つ息を吐く。
「サリー・プライドからやめたのではなく、そこのジョージが私を捨てたのよ」
驚くセシリアに、サリーはそのまま言葉を続けた。
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