第15話 女神のせいでした

 目の前に立つ自分の姿をした女神に、セシリアが怪訝な顔で話しかける。


「なんで私の姿なのよ。神殿に来たら本当の姿を見せてくれるって言ってたのに」


「ん? あーこれ? なんかあの日から姿がこれで固定されちゃってさ。まーこれでいいかって思って。千年くらい神やってると自分の元の姿なんてわからなくなってるしねー」


「えー」


 見るからに不満そうなセシリア。しかし女神はそんな事気にしない。


「それにしても! 来るの遅くない? ワタシずっと待ってたんだけど?」


「う」


「まさか女神の事を忘れてたなんてないわよね?」


「あー」


 頬を膨らませて怒り顔で詰め寄る自分の顔。それを少しかわいいなんて思ってしまっているセシリアは謝罪も言い訳もなくどうにも言葉に詰まってしまう。


「嘘ついても無駄よ。女神は全てお見通しだから」


「そこはほんとごめん」


 元から女神に嘘をつこうとは思っていなかったセシリア。

 詰め寄る自分の顔にようやく慣れたので、しっかりと両手を合わせて素直に謝罪した。その態度に女神は満足そうに肯く。


「うむ。素直に謝れてよろしい。正直忘れてたのも知ってるし、さっきそれを思い出したのも知ってるしね。嘘ついて言い訳するようなら神罰下したろうと思ってたけど。まあ貴女ならそんな嘘はつかないわよね。うむ、よろしい許そう」


「ねー本当にごめんね。レッスンと仕事が落ち着いたら来ようと思ってたんだけど思いの外忙しくて」


「ずっと見てたから知ってるけど、大活躍だったじゃないのよ」


「女神の発言じゃなかったら通報する所よそれ」


 ストーカー発言に思わずセシリアが身を震わせる。それから何か悪い事してなかったかなと思い出すように視線を上に投げる。セシリアの悪行といえば、飲食店でご飯を残してしまっただとか、足の指でモノを摘んでしまっただとか、その程度が関の山で、それがセシリアの頭の上あたりに浮かんで見える。女神はそれを指差しながらニマニマと笑いながら言う。


「セシリアのそれは悪行なんて言わないから安心しなさいよ。しかもそんな細かいとこまで見てないしね」


「ちょっと! これまで見えるの!?」


 頭の上に浮かんだ記憶を振り払うようにバタバタと頭上を手で払うセシリア。


「まーまーいいじゃないのよ。ワタシが見てるって事は、常に女神の加護がかかってるようなもんよ」


「うーん。女神だからぎりぎり許すわ」


 記憶を振り払い終えたセシリアは不満げながらも女神の監視を許した。自分と同じ姿をした気安い神をセシリアは自分が思っているよりも気に入っていた。


「それに今言ってた大活躍も女神のお陰なんでしょ?」


「ん?」


 ぼけた顔でセシリアの顔を眺めながら女神は首を横に振る。


「ん? もしかして女神見てるだけ?」


「ん? んー。色々やってるわよー?」


「ちょっと、嘘ついたら神罰下すわよ」


 言われてから自分の功績にしとけばよかったということに気づき、そんな感情を浮かべながら誤魔化す女神にさっきのお返しとばかりに頬を膨らませるセシリア。その言葉に女神は呆れたように笑う。


「女神相手に神罰下すってどこから目線の脅しなのよ」


「いいでしょ? お互い様よ。だから正直に言いなさい」


 セシリアも悪戯っぽく女神に笑いかける。そんなセシリアを見て女神も諦めたように肩をすくめた。


「しょうがないわね。まあ正直な所、ワタシは何もしてないわ。今までの功績は全部セシリアの実力よ。貴女はすごいわよセシリア」


「ありがとう。でも……みんなのお陰よ」


「それだってセシリアの功績よ。ずっと見てた女神が保証するわ」


「うん……ありがと」


 自分の顔に自分を褒められる。

 自分の顔に自分を認められる。

 他人に自分を肯定されるのとはまた別の感触だった。


 そんなセシリアを満足そうに眺める女神がポツリと言葉をこぼす。


「それでこそ貴女の魂を拾ってきた甲斐があるってものよ」


 その言葉にしんみりしていたセシリアの背筋がピンと伸びた。


「……ちょっと待って。もう一回」


「女神が保証するわ」


「そこじゃない! そういうベタなやりとりはいらないの! ねえ私の魂って女神が拾ってきたの?」


「あーそこ? そうよ、ワタシがこの世界に拾ってきたの。とは言ってもワタシを呼んでたのはセシリアの魂よ。アイドルになりたい! 何が何でもアイドルになりたい! って魂が叫んでたのよ。アイドル志望のくせにすっごい魂の叫びブルースだったのよね」


「女神って異世界の、しかもたった一人の人間の魂の叫びまで聞こえるの?」


「いいえ普通は聞こえないわよ。だから貴女のブルースは特別だったのよ。思わずワタシが拾っちゃうくらいに」


 まるでその時を思い出すように目を閉じて感動に身を震わせる女神。

 一方釈然としないセシリアは眉根を寄せて首を傾げながら、表情と言葉を濁らせる。


「それはー? ありがとう? になるのかしら?」


「どうかしら? あの叫びなら普通にあちらの世界でもアイドルになれてたかもしれないわ」


 目を開きおとぼけフェイスで女神はとんでもない事を言い出した。セシリア的には元の世界でトップアイドルになるのが夢だったのだから、元の世界でアイドルになれていたならそっちの方がよほどよかったのである。


「ちょっと!? それはつまり女神のせいで、わざわざこんな修羅アイドル世界に転生させられてハードモードアイドル人生させられてるってこと?」


「んー?」


 おとぼけフェイスの女神。


「んー?」


 頬を膨らませて詰め寄るセシリア。


「女神?」


 トドメとばかりのドスの効いたセシリアの声に女神は降参の両手を挙げた。


「ごめん!」


「ちょっとー女神!」


 降参して素直に謝る女神の肩をカタカタと揺らすセシリア。自分の今までの苦労の元凶が目の前にいるのだ。正直心中穏やかではない。しかしそれでも目の前の自分の顔した女神を憎めないのは言葉からも態度からもわかってしまう。


「ごめん! 本当にごめんて! ね! だから今は特別待遇にしてるでしょう? 女神の加護付きよ。なんていうかもう、こんなん完全に異世界転生チートの代表格よ?」


 なんとかセシリアのご機嫌を取ろうと自分が転生させたメリットを述べたてる。

 しかしセシリア。

 リアリストである。


「でも見てるだけじゃないのよ!」


「うん。まあ。ーーそうね」


「めーがーみー!」


 真っ白で音のない空間にはセシリアの嘆きが響きわたった。


—————————————————————————————————


「もう!」


 ぷんとした怒りの声でセシリアは現実世界に帰ってきた。


 天を知らない天井。

 色とりどりのステンドグラスから差し込むカラフルな光。

 木製の長椅子。

 両隣に座るママ親子。

 急にぷんとしたセシリアに驚き、その顔を覗き込んでくる。


「どしたのセシリア?」


「びっくりした。あんた急になんなんだい?」


 驚くママ親子よりも驚いているのはセシリア本人である。

 急に別天地から戻されたのであるから当然であろう。しかしすぐに状況を把握し、これ以上怒られるのを嫌った女神が強制的にチャンネルを切ったのだろうと一瞬で理解した。


「驚かせてしまってすみません。女神に文句を言ってたら感情が昂ってしまって」


「わかるー!」


「まあそういう事もあるね。でも女神は女神だからね。ほどほどにするといいよ」


 すみません。とママ親子と周りにいた人間に軽く謝っていると、ママとサクラが立ち上がって言った。


「さ、そろそろ行こうか」


「メインの時間だ!」


「そうですね」


 セシリアも一緒に立ち上がり、長椅子の前をスススと横に出て、出口に向かって中央を進んでいく。


 その途中、ふと何かの視線を感じ後ろを振り返ると、そこには宙に浮かび申し訳なさそうに謝る女神が浮かんでいた。

 セシリアはその申し訳なさそうに小さくなっている姿に小さく吹き出してしまった。

 そして穏やかに。

 女神だけに届くように。

 つぶやいた。


「怒ってないよ。いつもありがとう女神」


 その言葉を聞いて、宙に浮かぶ女神はほっと安心したように微笑むと、セシリアに手をかざして柔らかい光を放った。

 ふわりふわりと。

 でも確実にセシリアに向かってくるその光をセシリアが両手に包むとそれはゆっくりと消えた。


『礼拝ボーナスとして スキル:なれ果てからの喝采 を取得しました』


『ワタシからの応援よ。何もなくてもまた神殿に来なさい。セシリアとお話がしたいから』


 頭の中に響くいつものシステム音声が流れた後、嬉しそうに響く女神の肉声が続いた。


「私もなんだか知らないけど女神が好きよ。お話ししたいし、またくるわ」


 小さくつぶやいたセシリアの言葉に喜ぶように天からはキラキラと光が降り注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る