第17話 宣戦布告
「私はそこのジョージに見捨てられた。だからオーディンを辞めたのよ」
その衝撃的な言葉にセシリアは息をのんだ。
信頼していた人間に見捨てられる。それは事務所を離れるには十分な理由に聞こえる。
セシリアの表情は驚きが浮かんでいた。
その様子を満足げに見たサリー・プライドは言葉を続ける。
「だから貴女もいつかそこのジョージに見捨てられるわ。貴女はジョージが見つけてきたのだからそれなりに優秀なアイドルなのでしょう。今日のステージもよかったわ。しかもまだまだ成長の余地が見える。有望よ。私の次くらいにね。でもね、だからこそ断言できるのよ。貴女は捨てられる。そういう男なのよ。育てたアイドルが成長しすぎると、支えられなくなるほど大きくなると、自分の行けなかった道の先にタレントが進んでいった未来で」
言葉を止めて、セシリアから外し向けた視線の先にはジョージ・P。
「ジョージはその手を離すわ」
そう言い切ってから落とした視線の先には、言えなかった「私みたいにね」の一言が落ちていた。
楽屋の中にはとても気まずい空気が充満している。
サリー・プライドは落とした言葉を見つめている。
ジョージ・Pは非難の言葉に無言を貫いている。
セシリアから驚きは消え、何やら考え込んでいる。
セシリアの質問はプロダクション・オーディンの核心を突く言葉だった。
核心を突きすぎてとんでもない修羅場になっている。
やはり未来なんて知りたがるもんじゃない。
そんな修羅場の蓋を開けたのもセシリア。
そしてそれを収拾するのもまたセシリアだった。
思案顔から一点晴れやかな顔でサリー・プライドを見つめてから口を開いた。
「貴重なご意見ありがとうございました。参考にさせていただきます!」
それはどこかテンプレートじみた言葉。
言葉と同時に下げた頭は慇懃な態度で深々と下げられ、その黒髪に光があたり天使の輪ができていた。
サリー・プライドは我にかえり、小さくのどを鳴らす。
「そう、役に立ったならよかったわ。サリー・プライドからの助言なんて滅多にもらえる物じゃないのよ。そうね。オーディンを辞めたいなら連絡をしなさい。後輩のよしみで事務所を紹介してあげるわ」
間。
サリー・プライドもジョージ・Pもセシリアが当然喜んで飛びつくと考えている。
しかしセシリアの表情はキョトンとした顔でまるで理解ができていない感じのそれであった。
「お気遣いありがとうございます。折角のお話ですが、それは丁重にお断りさせていただきます!」
「……セシリアさん」
「貴女、私の話聞いてた?」
「はい! それはもうしっかりと!」
それはもうしっかりと頷いている。
今度はジョージ・Pとサリー・プライドが理解不可能に陥るターンである。
アイドルで生きていくなら、トップアイドルを目指すのであれば。
事務所の力は必須である。
もちろん、アイドル本人の力も重要ではあるが、チャンスを掴むためのチャンスの量は事務所の力である。そこからがアイドルの力量なのである。つまり営業力が段違いという意味だ。
それをセシリアは断ると言っている。
「どうしてそれでその結論になるの? サリー・プライドの紹介で入れる事務所なのだから大手よ? 無条件で入れるわ。仕事の質も量も段違いよ?」
「非常にいいお話ですが……」
「いい話なら乗りなさい? ふむ。こんないい話を断るなら理由があるのでしょう? 貴女、言いなさい」
申し訳なさそうな顔のセシリアに反して自分の提案が却下される事などないサリー・プライドは少し動揺している様子が見える。もちろんトップ女優の貫禄は失っていないが、かといって普段通りでもない。
「そうですね。折角のお話をお断りするのですからしっかりとご説明させていただきます」
「それがいいわ」
「まず最初にして最大の理由です」
「言いなさい」
「私はジョージ・Pを信頼しています!」
「その信頼をジョージは裏切るわ」
ふんすと鼻息を吐き出したセシリアににべもない言葉を投げるサリー・プライド。
しかしセシリアはめげない。
一度信じた人間への信頼力は前世の記憶が戻るくらいの衝撃を与えないと途切れないほど強い事は実証済みである。
「それも込みで信頼しています」
「裏切られて捨てられてもいいと?」
「私を初めて見つけてくれたのはジョージ・Pです。私を初めて認めてくれたのはジョージ・Pです。私を初めてアイドルにしてくれたのはジョージ・Pです。私はジョージ・Pを信頼しています」
「捨てられてから泣くのは貴女よ」
「私はサリー先輩のお話ししか聞いていません。ジョージ・Pは何も言ってません。そこには事情があるのではないかと思います。少なくとも私の知っているジョージ・Pは所属タレントを見捨てる人間だとは思えません。そんな人間であればコーンカフェの経営なんてやってませんし、私を拾うなんて愚行はおかしません」
自己肯定感の低さは相変わらずで。サリー・プライドにそこそこのアイドルと認められていた事実を考えればジョージ・Pがセシリアを拾った事は愚行でも何でもないのだがいまいちそこを理解しきれないセシリアである。
「でも私は捨てられたのよ」
「ですからそこには私の知らない事情があったのではないかと考えています」
「……ないわよ」
いかにもそこにある事情を隠すかのように言い捨て胸元で腕を組んだ。
「そうですか。それは置いておいて、次は最後にして最強の理由です」
「ーー言いなさい」
「私は絶対に貴女を超えます! だからサリー先輩の力を借りる事は絶対に出来ません!」
「は?」
突然の宣戦布告に眉を顰める。
その眉の動きだけで女優の威圧感が放たれ、楽屋内の空気がピンと張り詰めた。
しかしセシリアはそれに動じる事なく堂々とした態度で胸を張る。
「貴女の作った三年でのクルーズ・クルーズライブの記録を超えて、一年であそこに立ってやります! こんな事人生の中ではじめて思いましたけど、私は貴女に勝ちたいんです」
「無理ね」
「すでにそれを目標にして活動してますから無理ではありません。年末のアイドルバトルで優勝してクルーズ・クルーズに立ちます!」
「なら私がそれを阻むわ」
「は?」
まさか投げた手袋を受け取られるとは思っていなかったセシリアが驚くターン。
決闘の受領である。
「女優デビュー五周年のいい企画を探してたのよ」
「それと何の関係が?」
「察しが悪いわね。サリー・プライドの言葉からはきちんと意図を汲みなさい。そうね……でも今は気分がいいからきちんと説明してあげるわ。私はクルーズ・クルーズのライブを最後にアイドルを引退して女優になったの。そこから五年。いい節目だし期間限定でアイドル活動を再開するわ。そして私がアイドルバトルに出て優勝するのよ。その優勝賞品で一日限定奇跡のアイドル復帰ライブをやるの。どう? いい企画でしょう? つまり貴女は優勝できないし、クルーズ・クルーズでライブもできないわ」
「それは……」
「ふふ。怖気付いたかしら? でも後悔しても遅いわよ。私を超えるなんて無謀な考えは捨てるべきだったわね」
「それは! 直接サリー先輩を超えるチャンスをいただけると!」
「は?」
セシリアから飛び出した言葉はあまりにも予想外であった。
ここまでサリー・プライドに反抗するような態度もセシリアのそれとは異っていたが、ここまで来るとすでに別人ではないかと思う変貌である。
普段のセシリアであればここは絶望して縮こまる場面である。自分がサリー・プライドに勝つなど無謀だ何だと理由をつけてうじうじする場面である。
「そうね。ノーチャンスではあるけど、私と直接対決できる可能性はあるわ。貴女が決勝まで残れたのならね。どうせすぐに負けるでしょうけど。じゃあサリー・プライドは次の仕事があるから行くわ。次に会うのはアイドルバトルね、楽しみにしてるわ」
「私もです! よろしくお願いします!」
「そうと決まればここで遊んでる暇はないわね。事務所に帰って企画書を書いて方々に根回ししなくちゃ。じゃあ帰るわ。アイドルバトルで会いましょう」
サリー・プライドはサリー・プライドのまま話をまとめるときた時と同じく嵐のように去っていった。
セシリアの前に立ちはだかった高い壁に、ジョージ・Pはため息をつき。
当のセシリアは拳を握っていた。
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