第13話 褒められたら伸びる
今日も今日とてセシリアは忙しい。
年末のアイドルバトルに出場しそれに優勝してクルーズ・クルーズの出演へ至るために。
目指す未来へ。
昼はコーンカフェでバイト。夜はライブ。
時間は足りず、課題は山積している。
一歩一歩。
ジョージ・Pがねじ込んでくれたライブハウスでライブ。
ライブハウスが空いていなければ路上でライブ。
路上で怒られたら公園でライブ。
そんな毎日。
今日もライブハウスでのライブを終えて、楽屋で一休みしていた。
そんなセシリアへ。
さっきまで手帳を見てスケジュールを確認していたジョージ・Pがそれをパタンと閉じ、胸ポケットにしまうと、ふいと顔を上げてセシリアに声をかけた。
「セシリアさん」
「はい?」
ライブ後の熱を全身から放出するように俯いていたセシリアはジョージ・Pの呼びかけにゆっくりと顔を上げた。
「ちょっと現状を確認したいんですが、少し時間もらえますか?」
「はい! 私もジョージ・Pに確認したい事があったんです。こちらからもいいですか?」
「それはもちろん良いですよ。ありがとうございます。お疲れの所すみません」
「こちらこそありがとうございます!」
ぺこりぺこりと会釈合戦をひとしきり終えてから、ジョージ・Pが口を開いた。
「じゃあ早速こちらの話からなんですけど、セシリアさんの今のステータスを確認させてもらってもいいですか?」
「あ、はい。──ステータス。ってこれ、どうしたらいいですか?」
セシリアのステータスの言葉に反応して中空に浮かんだステータス画面をさてどうしたものかと、手に持ってあたふたとしている。そんなセシリアを微笑ましく眺めながらジョージ・Pは両手でその動作を止める。
「そのままで。そのままで大丈夫ですよ。俺の方で見れますんで。単純に何も言わないで見る事が失礼すぎる行為なので確認させてもらっただけですから。……それにしても、ステータス画面って手で持てたんですね」
「え? これですか? なんだか持てましたね」
そう言って手に持ったステータス画面をテーブルに置いた。
「では失礼して……」
ジョージ・Pのスキル「現状把握」によってジョージ・Pの目の前にセシリアのステータスが表示された。
—————————————————————
名前:セシリア・ローズ
職業:アイドル
ウェポン:ファンサ(+7496)
スキル:布教
SING:★ ★ ☆ ☆ ☆
DANCE:★ ★ ☆ ☆ ☆
BEAUTY:★ ★ ★ ☆ ☆
自己肯定:NULL
—————————————————————
「セシリアさんもご自分でステータスを確認してもらってもいいですか? それを見ながら認識のすり合わせをさせてください」
「はい! よいしょっと」
どうにもアイドルらしくないかけ声とともに、テーブル上に置かれていたステータス画面をセシリアは持ち上げて空中に置いた。
セシリアの一風変わったステータス画面の扱いになれない様子のジョージ・Pだが、それ以上にセシリアのステータスの特異な部分の話をしたかったようで、そちらはスルーして話を進める事にしたようだ。
「相変わらず、見たことのないステータス画面ですね」
「うっ、やっぱり私のステータスっておかしいんですか?」
薄々勘づいていた事実を突きつけられたセシリアは苦々しい表情を浮かべた。
「少なくとも俺が見てきた中でははじめて見る表記が多いですね」
「……やはりですか。自分でも少しおかしいんじゃないかとは思っていましたが、どこが違うんですか?」
「まず通常のステータスは基本、星で表されるんですが白星ってはじめて見ましたね」
「そうなんですねえーーって! 黒星が増えてる気がします!」
セシリアがステータス画面を眼前に近づけて頓狂な声をあげた。
その声にジョージ・Pは自分の胸ポケットから小さな手帳を取り出し、片手でページを繰ると器用にお目当てのところで止めてそこの数値を確認する。
「確かに前回は、SINGとDANCEが星一つでBEAUTYが星二つだったと俺の手帳にも記載がありますね。ですが、もっとおかしいのは自己肯定って項目ですよ。これも前回から変わってますね」
「あー、前回はDEATHでしたね。今回はNULL? ですか? 死んでる状態から変わって、NULLって何ですか? ジョージ・Pは知ってます?」
「NULLは空っぽとそういう意味ですかね? 多分? はじめて見るんで明言はできませんが……」
「空っぽですかあ、本当に意味わかりませんねえ」
せシリアは首をかしげる。こんな部分では前世の記憶も役に立たない。そもそも前世にはステータス画面などないのだからそれもそうだろう。
「んー」
ジョージ・Pも同様に首をかしげているが、どうにもセシリアとは様子が違う。
その視線が自分の手帳とセシリアのステータス画面とを行ったり来たりしては唸っては首をかしげている。
その様子を不思議に思いセシリアはジョージ・Pに問いかけた。
「どうしました?」
セシリアの問いかけに顔をあげ、言うべきか迷うように逡巡してからジョージ・Pは口を開いた。
「……推測、というかほぼ当てずっぽうなんですが、良いですか?」
形の良い顎に手を当て、先端をこねるようにしながらジョージ・Pは言った。
「ええもちろん! ジョージ・Pの感でここまで来てるんですよ。今更ですよ」
「それは確かに。では……」
真っ直ぐと向き直り、セシリアを見つめながら話しはじめたジョージ・Pの推測はこうだった。
白星という特異なステータス表記。
自己肯定という特異なステータス。
その自己肯定という項目が変化する事によって、白星から黒星へと星が変化している事。
本来、星の総量がその人間のステータスとなる。能力が上がれば黒星が増える形になっている。白星などない。星の数が能力の総量となっている。つまりこのルールに従うとすると実際のセシリアの能力は全て星5であるはずだ。
星5のステータスを持ったアイドルなどこのクルーズタウンにも数えるほどしかいない。
その人間と比べるとセシリアはどうしても一段劣る。
もちろんダンス、歌唱ともに一級品ではあるが、しかしどう見ても星5のステータスは発揮されていないのだ。
その理由をジョージ・Pは自己肯定の低さゆえだと考えた。
自己肯定がNULLという空っぽという状態にあり、その自己肯定の低さから十全に能力が発揮する事ができず、そのせいで黒星表記が少ないのではないかと推測したのだった。
簡単に言えば能力にデバフがかかっている状態ではないかと。
そしてこの推測は正鵠を射ていた。
さすがプロデュースを授かっている男。担当アイドルに関しては外さない男である。
「なるほど。確かにそう考えるとこの表記の辻褄が合いますね」
「その線で今後は進めていきましょう」
「はい!」
自分のおかしなステータスについて少しアタリがついて安心したセシリアは元気に答えた。
そんなセシリアに向かってジョージ・Pが静かに問いかける。
「ではセシリアさんはどうしたらいいと思いますか?」
「ん? なにをですか?」
美しい造作の顔にあどけない疑問符をのせている。ファンが見たらファンのファンがファンしてしまうだろう。
「このデバフを解除するには、です」
「おお」
あどけなさから一点。
ジョージ・Pの意図を一瞬で理解し、どう誤魔化そうかと思案するすっとぼけた表情に変わる。
「どうするのが正しいですか?」
「ええっと。んー……が、頑張ります?」
これでいけたらいいなと甘い希望と無理だろうなという諦めが混ざっている。
もちろんそれは即座にジョージ・Pにぶった斬られる。
「違いますよね?」
「うう」
「本当はわかっていますね?」
「ああ」
二段構えで詰められたセシリアには母音しか残されていない。
「そうですね。さすがわかっていますね。そう。セシリアさんがセシリアさんを認める事ですよ」
言葉を失い、セシリアの発した喃語はジョージ・Pによって無理矢理に肯定の言葉ととらえられてしまった。
「ぃいい。……でも私なんて底辺アイドルですし」
喃語はまずいと考え、口癖をとりあえず口にしてみるセシリア。
その言葉にジョージ・Pはふうと一息入れてから話し始める。
「そこですね。そもそもセシリアさんは既に底辺アイドルじゃありません」
「ええ?」
「これは本当ですよ。毎日のライブでほぼチケットがソールドしてるのは底辺アイドルじゃありません」
「でもみなさん知り合いが多いですし。ほら助けてくれているだけで……」
「それだって立派な動員じゃありませんか。動員できているんだから底辺じゃありません」
「でも結局そこ止まりだと思いますよ。私のダンスや歌唱じゃあ」
「なに言ってるんですか? セシリアさんのダンスと歌唱は既に一級品ですよ。デバフがかかってる状況で、ですよ。それに知ってますよ。この忙しさの中で自室での練習を欠かしてませんよね? 伸び代しかないですよ」
「っ! それをなぜ!? それは私がライブで満足いかなかった所をさらってるだけですし! それに私程度の見た目のアイドルなんて山といます! 人気が出るわけありません!」
「は? そこもですか? ほんとに正直に言わせてもらいますよ。セクハラになりかねませんから今しか言いませんよ。よく聞いてください!? セシリアさんは美しい。顔の造形、髪、体型、表情、全てが美しいんです。さらに言えば性格も美しい。温かい。優しい。その両面があるから! 冷たい美に包まれた温かい慈愛が否応なく漏れてでてくる。これは唯一無二の魅力ですよ。そこはほんとわかってください。それをお客さんは見に来ているんですよ。美はセシリアさんの最大の武器です」
「うー」
打つ手を失ったセシリアは唸るしかなかった。
自己を否定され続けたセシリアには、肯定の言葉はなれないもので、実にくすぐったい言葉である。ジョージ・Pのターンはずっと精神をくすぐられ続けている状態であり、顔は真っ赤に染まり、指先はプルプルと震え、心臓はバクバクと跳ねて、脳は茹っている。
無理無理。とセシリアの精神は悲鳴をあげる。
なおもジョージ・Pの褒めは続いている。
セシリアの自己否定は端からジョージ・Pに否定されていくのだ。
否定は肯定に。
肯定は褒めに。
褒め褒めのサブマシンガン。
褒められれば褒められるほど。
認められれば認められるほど。
心を何重にも覆っているバリアに優しい攻撃を受けているように感じる。
そして的確にバリアが剥がされていく事を感じている。
「ほら、認めましょう?」
「はいー……」
ライブの疲れに、精神的な疲れが重なり、ぐったりした様子でセシリアはジョージ・Pの言葉を受け入れた。
「まだ不服そうですが、今日はこれ位で良いでしょう」
疲れた様子のセシリアを見て、今日は引くべきだと考えたのか、ジョージ・Pも追撃する事なく、にこりと笑って攻めの手をおさめたのだった。
「ふー」
「これからもこれを続けていきますからね。セシリアさんが否定をするなら、俺がそれを否定しますから」
油断したセシリアにジョージ・Pはさらにくすぐったい言葉を投げる。
「えー」
少し嫌そうで。
それでも少し嬉しそうな。
そんな表情のセシリア。
「これからも頑張りましょうね」
締め括りのジョージ・Pの言葉はセシリアの最初の提案と同じ言葉になった。
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