第11話 目論見は大成功

 季節は冬からすっかりと春に変わり、オムライス事件から二ヶ月経ったある日。

 三銃士は笑っていた。


「ガハハ、やりましたなあ、ござる氏ぃ」


「そうでござるな、こぽ氏ぃ」


「……やりヴァース」


 なぜなら。

 仕掛けたハートパワーオムライスがバズりにバズっていたからだ。

 初めは三銃士のオタク仲間が。

 次の日はそのオタク仲間が別のオタク仲間を。

 さらに次の日には……。

 そうやってオタクがねずみ算式に増えていき、オタク以外の客が増え、女性客も増えた。


 結果。


 雑居ビル内の九階にあるコーンカフェ。

 その入り口から伸びた行列はフロアはじの階段を過ぎてその先まで伸びていき、最近では九階から七階くらいまでいくようになり、二時間三時間待ちは当たり前となっていた。


「ガハハ。……つらいぃでござるぅ」


「まさかここまでになるとは予想外でしたなぁ」


 ござる氏とこぽ氏はがっくりと肩を落とす。


「……あと少しヴァース」


 ハートパワーにやられて以来、語尾が宇宙色に染まっているてん氏が、そんな二人の肩に軽く手を乗せ、その手で廊下の端にあるコーンカフェの入り口を指し示す。


「そうでござるなぁ。我らの愛するあの入り口も見えてる事ですし、あと三十分くらいでござるかなあ? 一時間はかからないといいでござるなあ……」


「そうですねえ。ああ、我はハートパワーが欠乏して手が震えてきましたこぽぉ」


「こぽ氏ぃそれは中毒症状でござるよぉ。まずいでござるよぉ」


「こぽぉ、そういうござる氏は全身が震えてるのですよぅ」


 そう言いながらこぽ氏はござる氏の体を軽く揺すっている。

 揺すられたござる氏は悪ふざけに乗るように大袈裟に体を震わせる。


「グハア、バレたでござる! だが一番やばいのはてん氏でござるが……」


「……ブツブツ」


「白目でなんか電波受信してますこぽぉ!」


 三銃士がそんな馬鹿話でキャッキャと笑い合っているうちにも行列は進み、やっと三銃士が店に入れる番となった。


「「「おかえりなさいませ、ご主人さまぁ」」」


 扉を開くと何人もの元アイドルの甘い声が出迎える。


 知名度が上がり店が忙しくなった事で手が回らなくなったママは元スタッフに声をかけて人員を強化していた。日々人員は増えていき、毎日通っている三銃士ですら見た事のないスタッフが増えていく。


 誰かの元推しが雇用される。

 その話を聞き、推していた人間が客になる。

 スタッフに歩合が入る。

 評判を聞いたスタッフが応募してくる。


 今までとはうって変わった好循環である。


 これがコーンカフェが元々目指していた元アイドルの救済だ。


 セシリアをキッカケにコーンカフェは再生したのだった。


 そんなセシリアが入店した三銃士の姿を見つけて入り口まで駆けてきた。


「あ! 三銃士の皆さん! お待ちしてましたよ。いつもありがとうございます」


 店内のセシリア推しの視線が一瞬殺気立つが、三銃士の姿を確認するとすぐに仕方ないという感情にすり替わる。セシリアの魅力を引き出し、喧伝し、この店を立て直した人間だという共通認識がオタク界隈でもたれている証拠である。

 しかし気の弱い三銃士はどうにもおどおどしてしまう。

 そんな三銃士の気持ちなどお構いなく、セシリアは三人への感謝の気持ちを満面に溢れさせて、席へと案内する。


「今日は皆さんがいつも座っていた席にご案内できるんですよ! 懐かしいですね。ってまだ二ヶ月しか経ってないんですよね」


 前を歩くセシリアはそう言いながら振り返るとクールな顔に乗せて人懐こい笑みをこれでもかと三銃士へと向けた。

 その表情におどおどとしていた三銃士はもちろん、店内にいるセシリア推しの表情も一気に和らいだ。


「セシリア氏ぃ!」


「今日も美しいでござるぅ」


「……やヴァース」


「皆さん! お世辞がすぎますよぉ! 冗談でもこんな底辺アイドル褒めたら勘違いするじゃないですかぁ、もうっ!」


 褒められたセシリアはそれを冗談ととらえている。自己肯定感は依然と低いままである。


 三銃士はそれを訂正する事をせず、案内された席へ、いつもの席順で着席した。


「して。セシリア氏、ファンは増えたでござるか?」


 ござる氏がこそりと小さな声でセシリアに問いかける。


「ええ、皆さんのお陰ですっごく増えたんですよ! アイドルランキングも上昇して、アイドルバトルへの出場足切りラインもそろそろ越えられそうなんです!」


「それはよかったこぽぉ。これで第一関門は突破ですなあ」


 こぽ氏も他の客にわからぬように小さく喜びの言葉をかける。


「セシリア氏の夢を叶えるにはアイドルバトルで優勝するしかないでござるからねえ」


「……よろこヴァース」


 てん氏は……いつも通りである。


 オムライス事件のあの日。

 セシリアは三銃士に自分の夢、それに付随して自分のアイドルウェポンの説明をした。

 握手でファンを増やす。

 その上で自分のファンになってもらえないかと頭を下げた。


 それを聞いた三銃士の驚きは想像に絶する。


 アイドルからアイドルウェポンの内容を聞く。


 教えられた事が全てではないだろうが、一端でもアイドルの秘部に触れたのだ。


 三銃士は五分ほど意識を失った後、セシリアの申し出を快諾し、握手をした後、また五分ほど気を失った。


 この日。

 三銃士はセシリアのファンになった。


 その後、それはもう精力的にこの店を宣伝した。

 界隈でそこそこなオタクである三銃士が片っ端から声をかけた。


 同時にママへ企画としてハートパワーオムライスにアイドルとの握手券セット付きのプランを提案した。

 握手によってセシリアのファンを増やす算段である。


 しかしこれにはセシリアが強く抵抗感を示した。


 説明なしでそんなことをするのはフェアではないという意見だった。

 しかし誰にでもアイドルウェポンの説明をするわけにはいかない。

 元来は自分達だって聞くべきではなかったのだと三銃士は言い、これにはママも同意し、セシリアをキツく叱った。


 結果。


 折衷案としてスタンプカード制とした。

 ハートパワーオムライスを注文すると、一回の来店につき一つ、指名のアイドルのファンである証明としてスタンプカードに捺印をしてもらえる。それが五個貯まるとはじめて握手券付きのハートパワーオムライスが買えるようになるというものだった。

 流石に五回も指名してハートパワーオムライスを食べるようであれば既にファンになっているだろうという理屈である。これでなんとかセシリアも納得したようだった。


 セシリアを納得させるための苦肉の策。


 しかしこれが希少性を求めるオタク心を刺激して、逆にリピーターが増加し、コーンカフェの客が増え、売上の増大に貢献したのだ。

 さらに言えば、副産物として、セシリアだけではなく、元スタッフの握手券付きオムライスも飛ぶようにうれた。


 その結果が今である。


「アイドルバトルの時には我ら三銃士、心から応援するのですよ」


「お願いします!」


「きっと応援しくれるのは我々だけではないでござるよ」


「え?」


「この店に来てる客はもちろん、スタッフも全員セシリア氏を応援してるのですよ」


「……そうヴァース」


「そんな……全員は流石に言い過ぎですよ。私なんて……」


 そう言いながら、セシリアは振り返り、店内を見回す。

 店内の客はもちろん、ママ、サクラ、スタッフ全員が手をとめ、セシリアを見ていた。

 それはそれは優しい笑顔で。

 普段は厳しいママですら、握手なしで既にセシリアのファンになっていた。


「み、皆さん。本当ですか?」


 おずおずとした問いかけ。

 それに返ってきたのは割れんばかりの満場の拍手であった。


『ファン数の条件を満たしましたので、スキル「布教」を習得しました』


 満場の拍手の中、頭の中には女神の声が響いていた。


 同時にアイドルバトルへの出場規定を満たしたタイミングでもあった。

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