第10話 オムライスは反撃ののろし
無人のキッチンへと進んでいったセシリア。
それをママが追いかけて走っていき、しばらくすると中からはママの呆れたような怒ったような声が聞こえてきて、それがおさまると少ししょんぼりとしたセシリアが三銃士の席へとクリームソーダを手に持って戻ってきた。
「はい、クリームソーダお待たせしました。ピザとオムライスはもう少しお待ちくださいね」
しょんぼりしながらも美しい笑顔は崩さずに、しっかりとした体幹を感じられる美しい所作でクリームソーダをテーブルに置くと、また綺麗なターンでキッチンへと戻っていった。
「セシリア氏からもらうクリームソーダはいつもよりうまい気がしますなあ」
「あれほどの美女にニコニコしてクリームソーダを運んでもらうことなんてないでござるからなあ」
「……天国」
消えていくセシリアの姿に華やかなランウェイを幻視し、それを名残惜しく見つめながらクリームソーダのストローに口をつけたこぽ氏が感慨深げに呟くと、残りの二人もそれに深く同意している。
背後から近づく影に気づかずに。
「あんたら私の給仕が不満だってことね?」
ママ譲りの声音で後ろからボソリ呟いたのはサクラである。
「はっ! サクラ氏! 違うのですよ!」
「いいよいいよ。あんたらにはこれからいつも以上に冷たく接するから覚悟しな」
こぽ氏必死の言い訳も軽くあしらわれる。
このままではまずいと判断したござる氏とてん氏が加勢に入る。
「ママ譲りのその冷たい目は恐ろしいでござる。誤解でござる。優しくしほしいでござる」
「……たすけて」
「ふん」
が。
全くの無力。サクラはいかにも気に入らなさそうに鼻を鳴らして三銃士のテーブルから離れて、空きテーブルの清掃に移った。そのまま入れ替わるようにセシリアが料理を手に戻ってきた。
萎れた三銃士と少し荒々しくテーブルを拭くサクラを見比べて言う。
「みなさん、サクラさんを怒らせたんですか? ちゃんと謝った方がいいですよ」
「誤解でござる」
「語弊なのですよ」
「……」
「ふふふ。そうなんですか? でもしっかりと誤解はといておいた方がいいですよ。お互いに良くないですからね」
そう言いながらござる氏の前にピザ、てん氏の前にオムライスと順番に置いていく。かちゃりかちゃりと鳴る皿とスプーンの音が食欲をそそる。
「おお、かたじけないでござる」
ござる氏は自分の前に給仕された料理に目を落とす。サラミ、玉ねぎ、ピーマンがのっている。味付けはトマトソース。生地は厚めで、いかにも喫茶店のレトロピザである。パーフェクトである。
「……感謝?」
ピザに反して、てん氏の前に出されたオムライスは画竜点睛を欠いていた。
ケチャップがないのである。
オムライスにケチャップがないなどとは画竜に点睛がないどころの騒ぎではない。無口なてん氏の感謝にも疑問符がつくのは自然な事である。
しかしセシリアはてん氏の目を見てにこりと笑って言う。
「てんさんはちょっと待ってくださいね」
「……?」
不思議な顔のてん氏を横目に、セシリアは手に持ったケチャップを胸の前に抱える。
「おいしくなーれのおまじない!」
そう言って、ケチャップを持ったまま、胸の前でハートの形で手を動かした。
そこからてん氏に向かって銃を向けるようにケチャップ構え、パキューンとかわいい擬音の弾丸を放った後、そのまま容器をくるりと回転、下をむけ、容器の蓋を開けると、オムライスに見事なハート柄を描いた。
「ハートパワー! てへ」
仕上げとばかりにてん氏の瞳を見つめ、人懐こい笑顔ではにかむように笑った。
「「「……」」」
「おまたせしました。さぁ、めしあがれ」
言葉を失うてん氏に追い討ちをかけるように、セシリアの胸の前に出された両手がオムライスを進めてくる。進撃のオムライスである。
「「「……」」」
「どうしました!? そんなにオムライスを見つめてたら冷めちゃいますよ? てんさん? ん? みなさん?」
そこでやっと三銃士が異様な雰囲気になっている事に気づき、動かなくなっているてん氏から視線を外し、こぽ氏、ござる氏に助けを求めた。
しかし、両名もオムライスから視線を外す事なくワナワナと震えている。
「せせせせ、セシリア氏ぃ、ここここぽぉ!」
「は、発明でござる!」
「はい?」
本人らとしてはやっとの事で絞り出したであろう言葉は全く要領を得ない。てん氏は相変わらず固まったままだ。セシリアは戸惑いながら手に持ったケチャップを見る。
「発明って? ケチャップはケチャップですよ」
「ケチャップではなく! それを使ったパフォーマンスです! 見てください、てん氏が気絶しているのです」
「それはそうなるでござろうなあ。あれの直撃を受けたらひとたまりもないでござるよ。余波だけで拙も一瞬意識が飛びかけたでござるよ」
納得するようにござる氏はうむうむとしている。
「確かに我も河原の向こうに祖母が見えましたな」
同意、同意。といった様子でこぽ氏もまたうむうむとしている。
ひとしきりの共感の後、そこで二人は大事な事に気づく。
「ん? ってことはてん氏は下手すると河を渡ってるのではござらぬか?」
「ぎゃあ! てん氏! てん氏! 帰ってくるのですよ!」
てん氏、てん氏と騒がしい店内に気付き、迷惑顔でママが厨房からやってきた。
一瞬で状況を理解したのか、厨房まで声が聞こえてきていたのか、呆れた顔でママが言う。
「ああもう! あんたらはほんとにうるさいね。んなモンはたきゃ戻ってくるよ! ほい!」
ばちこーん。
「……は」
生還。開眼。開きながら閉じていた瞳に光が戻った。
「てん氏ー! よかったー!」「ほんとに直ったでござるー!」
歓喜するこぽ氏、ござる氏。左右からてん氏に抱きついた。抱きつかれた本人は全くの無表情、ノーリアクションである。そんなこぽ氏の態度などお構いなしに両名はむぎゅむぎゅと抱きついている。絵面が汚いったらない。
「……食べる」
そんな両名を両の手で押し戻して、何事もなかったかのようにその手にスプーンを持つ。
その姿は聖剣を抜いた勇者である。
勇者は黄金律で描かれたハートのケチャップへと聖剣を振るう。
勇者の従者はその行動に驚きを隠せない。
「なんでこぽぉ?」「なんとでござる!」
戸惑う従者などお構いなしに、聖剣に聖遺物オムライスをのせ、大胆に口中へと納める。
「……うまい」
一言。
「ああ、拙にも一口くだされ!」
「……ダメ」
にべもない。
勇者は無言でオムライスに挑んでいる。
その横からこぽ氏がセシリアに問いかける。
「セシリア氏! オムライスを頼んだらさっきのやってくれるのですかこぽお!?」
「ええ、私でよければ。サービスですよ」
「やってほしいでござる! 拙が先に頼むでござる!」
「ござる氏! そういう所ですよ! 我が先に聞いたのです!」
了承するセシリアにこぽ氏、ござる氏がテーブルを挟み、掴み合っている。間に挟まれたてん氏は迷惑そうにしているが、オムライスと闘う姿勢は決して崩さない。まさに勇者である。
「オムライス、二人前ですねー。かしこまりましたー。あ! ござるさんは先にピザを食べてからですよ! 冷めないうちに食べてくださいよぉ」
セシリアはそう言って無人の厨房に戻ろうとする所を、ママに首根っこ掴まれた。
「あんたも! 厨房にあたしがいないのに誰がオムライスを作るんだい!? これで二度目だよ!」
連続の失敗にうなだれたセシリアを放置し、ママは怒りながらも注文の品をテキパキと作り上げ、あっという間にテーブルの上は食事が提供される。その端から三馬鹿が平らげていくため、テーブルの上は食後の皿で死屍累々となった。
オムライス、オムライス、ピザ、オムライス、クリームソーダ。
わんぱく小学生の集いかと思うような内容であるが、歴とした社会人の集い。その食事後の風景である。
テーブルの主人である三銃士は満腹になった腹を労わるようにさすりながら、少しのけぞり、椅子の背もたれに体を預けている。
「いやあ、セシリア氏があんな恐ろしい娘だったとは。ステージ上だけではわからぬでござるなあ」
「いっつもステージ上ではツンっとしてましたからね。あのギャップにはやられましたこぽぉ」
すっかりとセシリアのハートパワーにやられた二人がのけぞっているのは満腹感からだけではないようだった。
しかしこの二人はまだ軽症で、一番の重症者は最初の被害者、てん氏である。
「……卵とケチャップにハートパワーが渾然一体となり、口の中で世界が作り出されていった。ああ! あれが生命の海。卵が先か鶏が先か。いや! そうか、生命の起源はオムライスだったのだ! ビッグバン!」
なんだか意識が宇宙の彼方に飛んでいっている。
「チョ、てん氏! 三点リーダーで喋ってくだされ! キャラが崩壊してるでござる! こぽ氏、どうにかしないとまずいでござるよ!」
「とは言ってもあのハートパワーを免疫もなく正面から喰らってしまってはそうもなるこぽお」
「それは同意でござるが、でもこれを見てくださいよ、こぽ氏ぃ!」
「……まさか僕の口中で生命が誕生するとは……はっ! そうか。この世界は誰かの口中にある。マルチヴァースとはこういう仕組みで成り立っているのか。となるとここは平行世界! カミニアラガエ!」
電波受信中である。
その様子に完全にひいてしまった両氏は話題を転換する事にした。
「こ、こぽお。てん氏の帰還はまだ先になりそうですなあ。時間が解決してくれるのを待ちましょうござる氏」
「そ、そうですな。旅立ったてん氏は置いておくとして、この事態はママに提案をする必要があるとは思わぬでござるか?」
「同意! 同意ですよ! ござる氏」
無言のアイコンタクトからニヤリと笑うと、テーブルにバンっと両手をついて立ち上がった。
食後の皿がガチャンと音を立てる。
「という事で!」
「ここの責任者をだせえ!」
某美食親子を彷彿とさせる表情であるが、小太りとやせぎすでは全く締まらない。
しかもここの責任者といえば。
「あ? あんたら誰にもの言ってんだい?」
そう。ママである。
水に濡れた鉄のオタマを手に、厨房からのっそりと姿を現した。
今宵のオタマは血に飢えておる。
「ごめんなさい。調子に乗りましたこぽお」
その迫力に立ち上がっていたこぽ氏は一瞬で着席。
「一回言ってみたいセリフナンバーワンなのでござる。ふざけただけで……」
「あん?」
「なんでもないでござる」
ござる氏の言い訳も一睨みで霧散、モグラ叩きのモグラのように一瞬で席に引っ込んだ。
その様子にいつもの悪ふざけであると判断したママは鬱陶しそうにこぽ氏に問いかける。
「んで、何の用だい? 暇な店だけど、あんたらに関わってる時間よりは有効に時間を使いたいんだよ」
「ママのいう通り、この店は暇なのですよ」
そう言うこぽ氏の視線はママを真っ直ぐ見つめている。
さっきの悪ふざけから一転して、実に真剣である。
その眼差しにママは対応に迷う。
「……ふざけて言ってるなら出禁にするよ」
「ふざけてはいないでござる。出禁も困るでござるが、この店が経営難で無くなるのはもっと困るでござる」
横からござる氏。
こぽ氏同様、真剣な眼差しである。
「……モノの言い方には気をつけな」
「でも事実ですよね?」
今度はこぽ氏。
左右から切り込んでくる言葉にママは普段の力強さを失う。
力が抜け垂れ下がった手の先に伸びる鉄のオタマからは水滴がポタポタと床を濡らしていた。
「だとしたってあんたらが口を挟む話じゃないよ」
実際、コーンカフェは経営難である。
元アイドルに給仕してもらえるカフェ。
カフェにつけた付加価値であるが、このローブロードにはもっと直接的に欲望を刺激する店舗がいくらでもある。そのためこのカフェは売上が上がらない。そうすると給料も安くなる。元アイドルにも生活はあるから稼げる方に行く。たとえそれが苦界であろうとも。そうすると店からは付加価値がなくなる。さらに売上が下がる。
ジリ貧である。
ママは悩んでいた。
「それが解決できるとしたら? どうでござる?」
「あん? んなもんないよ。あんたらも結局ここを喰い物にしようとする輩と一緒かい?」
そんな甘い言葉は何度も聞いてきた。
どれもこれも全部死体に群がる蝿のような連中だった。
それは三銃士だってうっすらとだが知っている。
あえてござる氏はそれには触れずにママの質問にも答えない。
「我らもこの店の理念に感銘してるでござる」
「アイドルランキングからこぼれ落ちた元アイドルの救済。それはママにしかできない事なのですよ」
コーンカフェはこぼれ落ちたアイドルが次の道を探すための宿木として、ジョージ・Pとママが共同で始めた事業だった。はじめのうちは物珍しさに客が入っていたが、今や完全に死に体である。
「……うるさいよ。そんな立派なもんじゃない。あたしゃあ昔の自分にしてもらった事を返してるだけだ」
「それでも」
「それでも我らはここが好きでござる」
普段の三銃士の姿からは想像もつかない真剣な眼差し。
大人としての覚悟の中に、宝物を守りたいという少年の心を秘めている。
「……わかった。続きをはなしな」
その姿にママはふうと一息こぼして肩から力を抜いた。
こぽ氏とござる氏は小さくガッツポーズをとってから、テーブル越しにお互いの拳を軽くタッチさせた。
そして同時にママに視線を向けて言った。
「「鍵はこのオムライスなのですよ」ござるよ」
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