第9話 トワイライトの行く末は
コーンカフェのママからセシリアとコミュニケーションをとっていいという許しを得た三人組は子供のような照れ笑いを浮かべながらモジモジとしていた。誰から行っていいのか迷っているようだ。
そんな三人を見てセシリアはニコリと笑い、自分から口火を切った。
「皆さん、私の事を知ってくれてるんですか?」
喋る動きにともなって黒髪が揺れ、窓からの陽光を反射して煌めく。光から香りがしそうな美しさ。
その光に目を細めながらやせぎすメガネが答える。
「も、もちろんでござるよ!」
「あ! ござる氏! 誓いはどこに行ったのですか?」
嬉しそうに答えるヤセに対して最初に話しかけてきた小太りが不服そうに頬をふくらませて抗議している。
その横から小男メガネがすすっと顔を出してくる。
「……セシリア氏、ライブ行きました。よかった」
「てん氏まで三点リーダー以外で! 割としっかり喋って! ずるいですよ! こぽお!」
自分が最初に話しかけた時は誓いがどうとか言って止めてきた二人が真っ先にセシリアとコミュニケーションをとろうとしている事に小太りは憤慨して、口から異音が漏れている。
それを見て少し反省したのか、やせぎすが小太りに向き直り、深々と頭を下げた。
「すまないでござるよ、こぽ氏。ですが! ですが仕方ないでござろう! トワイライトのセシリア氏でござるよ! ルージュ嬢の陰に隠れた実力者! トワイライトの中のダークネス! セシリア・ローズ氏ですよ!」
一旦謝罪したやせぎすであるが、下げた頭をガバリと持ち上げて、すぐに己が衝動の正当性をよくわからない表現で主張する。それに対して小太りは怒る事はなく、むしろ嬉しそうに破顔して答えた。
「わかるぅ! ござる氏! わかるぅ! 悪役とかわけわかんないけど、ダンスと歌唱はグループの中で唯一完璧! そこがあのグループの下支えになってるんですよ。まさに夕闇の中の闇の部分がセシリア氏ですよねえ!」
そうでござるよう、わかってるうこぽ氏ぃ。と歓喜するやせぎすと小太りはキャッキャとはしゃいでいる。
セシリアも表現はよくわからないが誉められている事は嬉しく感じていた。トワイライトを観にくるお客さんはルージュ目当てが98割なので980%でつまりは100%である。
そんな中自分を見てくれていたお客さんがいてくれた事に胸が震えていた。
「あんたらアイドルの事になるとよく喋るねえ。この娘はそんなに有名だったのかい?」
熱く語る三人組に、ママから投げかけられた言葉。
一瞬で三人組は真顔に戻る。
刹那。
三人の視線が何度も交錯し、独自のコミュニケーションをとった後、同時に頷き、同時に口を開く。
「いえ、全く」「全くでござる」「……」
異口異音同義語。
それはセシリアの感動していた胸にグサリと刺さる。
三人組のリアクションが感染ったように胸を押さえて軽くのけぞるセシリア。
「……ですよねぇ」
と同意の言葉を言いながら、のけぞった姿勢から戻り、とったリアクションに反応がなかった事に照れた頬は赤く染まっていた。
「なんだい、あんたらが熱く語るから有名なのかと思ったじゃないか」
いかにも拍子抜け、感心して損した顔のママ。
その顔に三人組は苦笑いを浮かべながら口々にトワイライトへの感想を述べる。
「うーむ。トワイライト自体がキワモノの中のルージュ嬢を愛でるグループでござるから、どうしても王道のアイドルと比べるとやはりマニア向けで知名度、人気でいうと。……難しいでござるなあ」
「我らは好きですがねえ。マスに向けてとなると……」
「……ムリ」
グサリ。
言葉の刃がセシリアの胸を突き刺す。
「てん氏! オブラートを忘れてるでござる!」
ヤセ眼鏡がフォローにならぬフォローを入れる。
たとえオブラートがあった所で言葉の刃はそれを容易く突き破るだろう。何せ胃液で簡単に溶けるような軟弱者だ。
「それよりも聞き捨てならない話を!」
「そうでござる!」
「……クビ」
グニャリ。
刺さった言葉の刃が捻られてセシリアの胸を抉る。
自分で言うのと他人が言うのでは言葉の刺さり具合が全く違う。自分では明るく言えても他人に言われると胸が痛くなるものである。
「てん氏! オブラート! こぽお!」
小太り眼鏡がフォローにならぬフォローを入れる。
こいつらはオブラートが賢者の石にでも見えてるのだろうか? 刺さったナイフを抉る言葉にオブラートはなんの意味も成さないだろう。絆創膏代わりに貼ってみるか?
「セシリア氏はトワイライトをおやめになったでござるか?」
趣味の対象への好奇心は他人の心情への配慮を超越するのがオタクである。諸説ある。個人による。用法用量による。
ただ、この三人組はそういった類のオタクである。
セシリアの心情は気にせず、話題は核心に迫る。
問うている本人としては本人が言っているのだから触れても大丈夫だろうという判断もある。
「ええ、一昨日クビになりました」
セシリアは律儀にもやめたという能動的な表現から、より正確なクビという受動的な表現で答えた。
若干曇ったセシリアの表情を見て、一昨日のライブを思い出したのか、三人組は、あーあの時ー。みたいな表情でお互いの顔を見合う。
「一昨日といえば、確かにルージュ嬢が珍しく本性丸出しでセシリア氏を睨みつけていた場面があった故におかしいとは思っていたでござるよ……」
「え? ライブ見てくれたんですか!? ありがとうございます!」
もっと食いつく話もあろうが、セシリアはライブを見てもらえていた事への感謝が先に立ってしまう。
ぺこりと下げた頭から薫る馥郁たるアイドルの香りに急に三人組はあたふたし始める。
「とととと、当然でござろう! 我らはこの界隈のライブはほぼ全て網羅しているでござる!」
「すごいです! 嬉しい!」
曇った表情が一転、歓喜の表情に変わった。ど底辺アイドルとは言え、セシリア単体では超絶美少女である。そんな相手の顔を綻ばせるなどという体験は三人組の人生の中であり得ない事であった。
もうどうしたらいいかわからない。
あたふたあたふたお互いの肩を叩いたり、眼鏡を拭いたり、泣き笑いのような顔でどうするどうすると無言の作戦会議の果てに辿り着いた結論。
突拍子もない結論。
「我ら! アイドルを守る! 三銃士!」
「アトス!」
「ポルトス!」
「……アラミス」
「「「ドルオタ三銃士! どごーん! シュバ! ピシャシャシャーン!」」」
文脈も脈絡もなく。関連なく外連しかない。
自分達の仲間内で楽しんでいるポーズをとるという謎の行動だった。
もちろんその結果訪れるのは。
「店の中でポーズ取るなって! 何回! 言ったら! わかる! ん! だいっ!」
ママの怒号と平手打ちである。
言葉の切れ目ごとにそれぞれの頭が叩れた。行って戻って都合二回叩かれた計算である。
ママはおしぼりを三本ほど使って手を拭き、叩かれた本人らはやり切った満足感から、叩かれた頭をなでなで、とても嬉しそうにニコニコとしている。
セシリアもそれを見てとても嬉しい気持ちになっていた。
クビになったとは言え、人生をかけていたグループを見てもらえていた事はとても嬉しい事だった。
「かっこいい! みなさん素敵なポーズをありがとうございます! 私はもうあのグループにはいませんけど、これからもトワイライトをよろしくお願いします。ルージュさん以外のメンバーも割と良いんですよ」
その言葉に三人組の嬉しそうな表情は微妙な表情へと変わった。
セシリアの言葉に一転曇った三人組の表情。それを不思議にセシリアが見つめている。
三銃士はどう言ったものかと迷うようにお互いの視線を行ったり来たりさせ、無言の会議をした結果。こぽ氏とてん氏がござる氏の肩を叩いた。どうやら結論が出たらしい。
ござる氏は恨みがましい眼差しで二人を睨んでから口を開いた。
「セシリア氏、それはちょっと難しいかもしれないでござる」
言いづらそうに、組み合わせる手をモミモミとしながら視線をそこに落とし、セシリアを見る事はない。
「え? なんでですか?」
純粋な疑問顔で軽くござる氏をのぞきこむセシリア。
その澄んだ美しさに耐えかね、ござる氏は大袈裟にのけぞり、こぽ氏の肩を掴んで引っ張って、無言でバトンタッチの意思を伝える。こぽ氏は一瞬顔を歪めたが、仕方ないといった表情で話を継いだ。
「我らは昨日もトワイライトのライブに行ったのです」
「え! 本当ですか? いつもありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるセシリア。
下げた頭のつむじから放射状に広がる美しい天使の輪を見つめる三銃士の表情は晴れない。
「いえ」「ござ」「…………」
三人揃ってどうにも歯切れが悪い。
頭を上げたセシリアは三銃士のおかしな態度をさすがに不思議に思う。
「みなさんどうしたんですか? 私の邪魔がなくなってルージュさんは伸び伸びとやれていたでしょう? 私はいつも彼女の邪魔ばかりしてしまっていたから……一度観客席から見てみたかったなぁ。ん? あ、私も行こうと思えば行けるのか! ねえみなさん、今度私も連れて行ってくれませんか?」
「いやあ」「ござあ」「…………」
アイドルとライブ鑑賞。
普段であればドルオタ三銃士が喜びのあまり滂沱の涙を流しそうなものだが、どうにも及び腰である。
そんな三銃士にイラついたのかママが大声で叱りつけた。
「どうしたんだい三馬鹿ぁ! 急に見た目通りににおどおどし始めてぇ!」
ママに叱咤の声に三銃士の体はびくんと跳ねた。
「いや、確かに我々らしくはないのでござるが。それが、でござるねえ。あー、こぽ氏? リーダーとして言ってくださいでござるよ」
「ござる氏! 急に我をリーダー扱いしだすのやめてくださいこぽお!」
ござる氏とこぽ氏はお互いに押し付け合うように揉み合いはじめた。その姿を見るママの目はゴミを見る目よりも冷たい。そんな二人の横に無言で座っていたてん氏がボソリと口を開く。
「……モウイカナイ」
「てん氏! オブラート!」
ライブにもう行かない。という意味の言葉を放ったてん氏を振り返り、こぽ氏がそれを諌めるようにいった。
どうにもオブラートを万能薬だと思っている節がある。
「何か、あったんですね?」
先ほどまでライブに行った事を誇らしげに語っていた三銃士の不穏な言葉からトワイライトに何事かが起きたと察したセシリアは心配げな表情で三人に問いかける。
「いやあ、ルージュ嬢がねえ……。ね? ござる氏」
「またでござるか! ああ! こぽ氏は頼りないでござる! もう拙が言うでござるよ!」
「さすがござる氏!」
「……」
ござる氏以外の二人があからさまにヨイショしながらパチパチと柏手を打っている。
「お願いします!」
セシリアがペコリと下げた頭を契機に、醜いオタクの押し付け合いは終わり、ござる氏が代表して語る事になった。
セシリアは深刻な顔で、ママは呆れた顔で、残りの三銃士は痛ましい顔で、ござる氏を見つめる。
ござる氏はンンッと軽く喉を鳴らしてから話しはじめた。
「……実は、昨日のライブ中にルージュ嬢が急にキレ出したんでござるよ!」
「え? ライブ中に? 誰にですか?」
ござる氏の言葉に思わず目をみはるセシリアとママ。
アイドルがライブ中にキレるなんて前代未聞である。そういうのを観たい客はアイドルバトルの方を観劇しに行くのだ。ライブはあくまで歌唱、ダンス、パフォーマンスを楽しむ場である。
三銃士はそのリアクションにうんうんと共感するように首肯く。
「キレた相手はメンバーでござる。どうにもメンバーの失態が気に入らなかったようで。とはいえ、ミディー嬢とヒラリー嬢のミスなんていつもの事でござろう? むしろそこの中でルージュ嬢が頑張っているテイなのを楽しむライブでござるのに、昨日のライブではもうミス一つ一つに都度都度キレて、終いにはステージからミディー嬢を蹴り落としたのでござるよ。おかげでライブは中止、会場に救急車がやってきてもう大惨事でござった」
「酷かったですなあ」
「……アレムリ」
「アイドルならばステージ上では夢を見させてほしいでござるよ」
三銃士は昨日の事を思い出すように口々に愚痴を紡ぐ。客として率直な意見であろう。夢を売るアイドルが現実を突きつけて来たのだ。興醒めにもなろう。
「そんなことが……」
想像していたよりも重大な事件だった事にセシリアは言葉を失った。
重大な事態に言葉を失っているセシリアの代わりにママが口を開いた。
「なんだいそりゃあ。あたしも元アイドルだけどね。板の上でキレるなんてやらかしたこたあないよ」
え? ママは普通にキレてそう。という言葉がもれかけた三銃士の視線と口は無言のママの圧力で一瞬で萎んで存在を抹消された。ござる氏はそれを誤魔化すように話を続ける。
「と言うわけでミディー嬢の容体はわかりませぬが、それ関係なくあんな事件を起こしてしまってはトワイライトの活動は難しいでござる……」
「ミディーさん大丈夫でしょうか? ルージュさんもアイドルに命を賭けている方なのにどうしてそんなこと?」
セシリアからみえていたルージュは心底アイドルであった。舞台裏では癇癪を起こして暴言暴力暴風雨の権化であったが、板の上では美と夢と愛の権化であった。
意外である。そういった顔のセシリアだが。その感想はセシリアのみだったらしく、三銃士は意外でも何でもなく順当と行った表情であった。
「いやあ、ルージュ嬢の癇癪はファンの間では有名でござったよ」
「そうですなあ。ブランドショップで男にキレ散らかした事件はゴシップ雀どものいい餌になってましたしね」
「……」
腕組みした三銃士は同様の表情でうんうんと頷きあっている。そんな様子を見たママが冷ややかな目線と声で言う。
「なんだいあんたらそんな下世話な話で盛り上がってるのかい? 悪趣味だねえ」
「な! さ、流石のママでもそれは失礼ですよ! 我らはアイドルをアイドルとして楽しむ信者なのです! アイドルに中の人などいないのです!」
瞬間に沸いたこぽ氏の剣幕にさすがのママも軽くのけぞって謝罪と訂正を口にする。
「お、おう。それはすまんかったね。言葉の意味はよくわからんけど、あんたらはゴシップでピィピィ囀る輩じゃないって事でいいんだね?」
それを聞いても興奮おさまらぬ三銃士は皆同様にふんふんと荒い鼻息を噴き出し憤慨している。
「そうでござる。我々をゴシップ雀と一緒にしないで欲しいでござる。我らはアイドルを守る存在。あれらとは別次元で生きているでござる。それにしても、さすがこぽ氏。譲れない所はママであっても毅然と意見する態度! やっぱり、我らのリーダーでござる!」
「……!」
「そうだったんですね。私、自分の事で精一杯でチームメンバーの事、何も知らなかった……」
ルージュの癇癪は全て自分の至らなさから来るものだと。全ては自分の責任で起こっている事だと。
ずっとずっと自己を否定し続けた日々を反芻していた。
そんなセシリアの様子に責任を感じたのかござる氏が軽い口調で話題を変えた。
「ちなみに、セシリア氏のおでん屋台通いも有名でござるよ」
「がっ!」
足元に落ちていた視線が跳ね上がり、ゆっくりとござる氏の目を見て真偽を確かめる。
ござる氏は無言で肯定を返す。
「ゴシップ雀どもが張り付いてスキャンダル狙っている中、いっつもおでんを美味しそうに食べて、酒を一献あおって帰るだけでなんの面白味もないって有名でしたなあ」
「……ププ」
横からこぽ氏が軽口を叩き、思い出したようにてん氏が横を向き小さく吹き出す。
言われたセシリアは恥ずかしさで真っ赤に顔を染めながら、行き場のない感情を持て余し、小さな両拳で何もない中空をポカポカと殴りながら、怒りとしてそれを表現している。
「みなさん! それは意地悪です! それも立派なゴシップですよお!」
「謝罪! 謝罪! 失礼しましたセシリア氏!」
「全くこぽ氏は失礼でござるよぉ」
「……ププ」
「ござる氏、言い出しっぺがずるいですよ!」
暗くなった雰囲気は三銃士の軽口で一転明るく変わっていた。
それはセシリアもわかっている。自分のゴシップがあるなんて初耳だが、おでんとお酒を嗜んでいるのは事実であるから仕方ない。むしろあんなモノのために張り付いてもらえていたなんて記者さんは風邪ひいてないかしらといらぬ心配まで思考が飛んでいた。
とはいえ。
そこはそれ。
セシリアは怒ったふりで、腰に両手を当て、少し前屈みになりながら、三銃士を睨みつけて言う。
「みなさん同罪ですよ! 笑っていただけのてんさんもです! 人のゴシップで楽しんだ罰としてコーンカフェでいっぱい飲食してください!」
怒り顔からころっと変わった人懐こい笑顔。
三銃士は一瞬ポカンとした顔を浮かべた後、すぐに納得した表情になり、ニヤリと笑った。
「わかったのですよ! セシリア氏は商売がうまい! 我はクリームソーダのおかわりをお願いしますこぽお!」
「委細承知したでござる! 拙はピザを一枚お願いするでござる!」
「……オムライス」
「ふふふ。では全てを許しましょう。厨房へ注文を伝えてきますから、少々お待ちくださいね!」
美しい笑顔。
くるりと回ったターンにあわせてひらりと舞う黒髪。
スラリと伸びた長い脚で厨房へ消えていく後ろ姿。
三銃士はステージをみているかのようにそれに見惚れていた。
その横でママは小さくぽつりと呟いた。
「あたしはまだあの娘を採用したつもりはないんだけどねえ……」
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