第2話 前世の記憶とステータス
背後でドアが閉まり、悲鳴のようにきしむ音が消えてしばらくしてから、やっとセシリアは立ち上がった。
「なに、これ……」
頭を打ったショックから目の中でぱちぱちと弾けた火花。それにのっかるように色々な記憶がセシリアの脳から溢れ出してきた。
うずくまっている間中ずっと。
白くのっぺりとした床の上に置かれた機能的なベッド。
鏡に映る病的に色の白い少女。
この世界の電影板に似たアイテムの中で映るキラキラとした女の人たち。
弾ける火花ひとつひとつにのってどんどん引き出される記憶。
全部知らない景色。
けど全部知っている景色。
「これ、私だ」
セシリアの前世の記憶が全て引き出され、白い息とともに口からこぼれた言葉。
実感のこもった言葉には全てを理解した響きがともなっていた。
そのまま、ヨタヨタと行くあてもなく、とりあえず歩き出すセシリア。
寒さと体の痛みからその歩みは遅々として進まないがゆっくりと一歩ずつ。
一歩ずつ。
前世の記憶が体に馴染んでいく。
セシリアの前世。
相良芽依。
享年十三歳。
中学校には一度も通う事なく病床の脇に掛けられた制服を見ながら息を引き取った。
「なんで今なの?」
その言葉にはもっと前から記憶があればもうちょっとやりようがあったであろう悔しさが滲む。
「痛ッッ」
どうにもできない悔しさに溢れそうな涙を必死で堪えている所、こめかみにバチンと電気のような痛みが疾った。
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名前:セシリア・ローズ
職業:アイドル
ウェポン:ファンサ
スキル:なし
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同時に脳裏に変な画面が浮かぶ。
「なに、これ? ……っていッたい!」
こめかみへの電撃ともに再び流れ込む画像。
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SING:★ ☆ ☆ ☆ ☆
DANCE:★ ☆ ☆ ☆ ☆
BEAUTY:☆ ☆ ☆ ☆ ☆
自己否定:MAX
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「もうッ! やめてったら!」
誰に文句を言っているのか本人もわからないが、脳裏に浮かぶ画像を振り払うように頭を振る。
「まったく……前世も今世も良いことないわね」
前世のセシリアはほぼ病院の外で生活する事のない人生だった。幼い頃から入退院を繰り返していた芽依は、一旦は学区の小学校に入学したが、すぐにその病状が悪化し、そこからは病院内の教室とも言えない教室で勉強とも遊びともつかないような教育を受けて過ごしていた。
ほぼ家庭と病院しか世界を知らない少女。
そんな少女の唯一の楽しみがタブレットで見るアイドルであった。
その知識を活かしてアイドル活動をしていればもう少し違った現在があったのではないかと考えている。
「生まれ変わったらアイドルになりたいって思ったけど」
そう。
相良芽依は死ぬ間際、生まれ変わったらアイドルになりたいと願っていた。
アイドルになりたいと願いながら命を手放した。
そういう記憶がセシリアの中にある。
「でも。私が願ったのはあの世界のトップアイドルだった」
あのタブレットの中のキラキラした世界に生まれかわりたいという願い。
それは歪んだ形で叶えられた。
ここは芸能都市、クルーズタウン。
芸事の全てがこの都市で完結している大都市。
俳優も歌手もアイドルもコメディアンも全て。そしてそれに関わるクリエーターも全て。その才能を持った者はどんな道を通ろうと自然とこの都市に流れ着く。この都市でしか生きていけない。
実際セシリアも十三歳になってすぐに先ほど解雇された芸能事務所に売られてきた。それを自然に考えていたが、前世の記憶が蘇ったセシリアには違和感しかない。この世界には人権が存在せず、持って生まれた才能が人生のレールを自動で切り替える世界だった。
元の世界とは全く別物の。
言うなれば異世界。
これは異世界転生なのだと。セシリアは認識した。
アイドル動画を見る合間に流し読みした小説で知っている程度の知識だが知っている。
だからこそ、先ほどのなりたいのは『あの世界のトップアイドル』だったのにという発言に繋がる。
「こんなに殺伐とした修羅道みたいなアイドル世界は望んでなかった」
この世界のアイドルは、神から与えられたアイドルウェポンという才能を用いて、アイドルバトルを行い、アイドルランキングを上げる事に血道を上げる。
人生の目的がそれなのである。まさに修羅道だ。
だがセシリアが知らなかっただけで前世のアイドルも目に見えない人気や目に見えるグッズの売り上げ、フォロワー数で争う世界であったから、実際はこの世界と大差のない修羅道である。
違うのは個々人の意志は関係なくアイドルウェポンというカテゴリの才能を授かった時点で修羅道に生まれつくという事だけである。
「ファンサかあ。前世の知識を思い出したから意味はわかるけどこの世界で役に立つかな? トワイライトのメンバーも事務所の社長も知らない才能だったものね」
セシリアが授かったアイドルウェポンはファンサ。調べてわかったのはこれだけ。説明も何もなし、アイドルウェポン図鑑にも記載なし。買った元事務所の社長も首を傾げた。
その結果がキワモノグループ『トワイライト』への加入と悪役アイドルの誕生であった。
「それにしてもファンサービスの才能ってなんなんだろう?」
特にこの世界のアイドルにはファンサービスという概念自体がない。
アイドルは歌唱、ダンス、パフォーマンスで客を魅了する職業である。実体は持っていない。アイドルはトイレに行かないし、鼻毛も生えないし、彼氏もいない。
ファンと交流する事のない状態でファンサも何もあったものではない。精々がステージ上から手を振ったりするくらいだろうか?
セシリアがファンサービスの使い道を頭の中でああでもないこうでもないと捏ねていると見覚えのある建物に気づく。
「あ、もう家か」
思考に足を任せてヨタヨタと歩いているうちにどうやらいつの間にかセシリアの常宿の脇道に立っていたらしい。帰巣本能というのは人間にもあるのだろう。ただこの巣も事務所の借り上げであり、一両日中には引き払う必要がある可能性にセシリアはまだ気づいていない。
今の場所から右に行けば宿の入り口。しかしセシリアは動かない。
しばし無言で宿を眺めてからセシリアはその足を宿の入り口とは別。つまりは左方向へと向けた。
そして小さくつぶやく。
「お腹、すいた。おでん食べたい」
ライブ終わりから四時間もの間飲まず食わずで暴言を浴びせられていたセシリアの空腹は限界を迎えていた。
くうと小さく腹が鳴く。
「どんな状況でもお腹はすくのね」
くすりと笑いが漏れる。
左に向けた足でそのまままっすぐに進み、十字路を右に曲がってしばらく行くと、いつもの屋台が見えてくる。
「あそこのおでんを食べずに今日という日は終われないわ」
セシリアは深夜の暗闇の中にぼんやりと灯る光へ、痛む体とぺこぺこのお腹を抱えてゆっくりと歩き出した。
「くしゅん」
道すがらにでた、小さく可愛いくしゃみは寒さによるものか、元チームメイトの噂話によるものか。
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