来世はアイドルになりたいと願ったら異世界転生させられた

山門紳士

第1話 夢と現実

 ゆめをみた。


 スポットライト。


 ステージ。


 舞い散る紙吹雪。


 独特な匂いのスモーク。


 手に持ったマイク。


 わたしはそこに立っていた。


 綺麗な衣装。


 ワンピース。


 ボディラインに美しく添いながら、全身にレースで装飾がされている。

 白に対して白のレースだからあまり目立たないけれど夢の中のわたしはこれが好きだって感じている。

 スカート部分はお尻の辺りから層を成して派手なマーメイドスカートみたいになっている。


 わたしはそれを着ていた。


 ちょっと踊りにくいけど、踊った時にひらりひらりと揺れるのが綺麗。


 ファンの視線がそれに揺られるのも好き。


 わたしは踊っていた。


 一曲歌う毎にファンの声援が熱を帯びていくのがわかる。


 始まった時にはこれ以上ボルテージが上がることなんてないんじゃないかっていつも感じるけど、終わった時にはその予感はいい意味で裏切られる。


 今日もそうなるだろうと肌感でわかっている。


 わたしは歌っていた。



 そうだ。



 わたしはアイドルだ。



 世界中を魅了しているアイドルだ。



 そんなゆめをわたしはみた。



 夢は夢。



─────────────────────────



 現実は現実。


 今日も事務所内には罵声が響く。

 罵られているはこの話の主人公、セシリア・ローズである。

 セシリアはただ俯いている。

 俯きながら。

 はい。何もできない私が悪いんです。満足に悪役すらも演じられない私が悪いんです。何度も何度も頭を下げながら、ごめんなさいルージュさんと言い続ける。

 この場合これしか正解がない。そうすれば三時間ぐらいでこの地獄も終わる。


 普段ならば。


 でも今日は違った。


 夜九時にライブが終わってからすでに四時間経過し、時計の針がテッペンを回ってから一時間ほど経っていた。


 激昂、嫌味、激昂、嘲笑。

 繰り返す罵倒は手を替え品を替え延々と続いていた。

 今は激昂のターン。


「あんたわあ! なんでダンス中の通りすがりに足をかけて転ばせるくらい満足にできないのよ! あそこは私が転んだ後に健気に立ち上がってダンスを続ける事でお客をわかせる振り付けでしょうが! バカがあ!」


 ライブの時の可愛らしく、頼りない表情とは打って変わり、鬼女もかくやの表情でソファに腰掛けながら罵倒する女。


 ルージュ・エメリー。


 アイドルグループ『トワイライト』の絶対的センター。

 愛らしく、頼りないながらも、周りに支えられて、懸命にキワモノグループを牽引している。


 という設定である。


 実際はチームメンバーを引き立て役に自分の魅力を最大限に引き出すタイプのアイドルである。


 普段はふわふわと愛らしく揺れる金色の巻き毛。

 今はライブの疲れと、激昂の影響で燃え盛るオーラのようにメラメラと揺れている。

 普段はクリッとしてまんまるで黒目がちな小動物のような瞳。

 今は怒りと嗜虐の高揚から血走り、赤く、ゆらりと昏く光っている。


 これが偶像と実像である。


 対して正面のソファの下で正座し、ひたすら謝っている女。


 セシリア・ローズ。


 アイドルグループ『トワイライト』の圧倒的ヒール。

 ふてぶてしく、非協力的で、周りに協調せず、一匹狼を気取ったキワモノグループのキワモノアイドル。


 という設定である。


 普段はダンス中に振り乱しセンターの目潰しを画策する長い黒髪。

 今はシャワーをかけた黒猫のごとく濡れそぼっている。比喩でなく実際コップの水を頭からかけられた結果である。

 普段は切長な目の端からセンターの粗を探す黒い瞳。

 今はひたすら正座した己の膝先を見つめて光を失っている。


 これが偶像と実像である。


「ねえって! 聞いてんのかって! さっきから下向いてブツブツブツブツぅ! ブツブツくんかってのお!」


 ソファの前にあるテーブルを足蹴にする。脚が固定されているわけではないテーブルがずずっと動き、それは当然その向こう側にいるセシリアの頭を直撃する。


 その痛みにセシリアは顔を上げて弁明を始めた。


「いっ! ご、ごめんなさい。あの体勢で足をかけたらルージュさんが思っているよりも転んじゃうって思ったら怖くて……」


 と言ったまま、またブツブツと言葉をこねる。


 これがまたいけなかった。

 普段ならただひたすら謝るだけの所だが、普段とは違う雰囲気につい理由を話してしまった。


「なに!? それ! ねえルージュのせいだって言うの!? ねえ自分が無能でできなかった事をルージュのせいだって言うの?」


 それは自分に責任があると言われる事を何より嫌うルージュの逆鱗に触れる言葉だった。

 イキリたってソファから腰を上げて、セシリアの濡れた頭頂部を引っ掴み、下を向いていた顔を上向かせる。

 濡れてきしむ髪を引っ張られる痛みで目の端にたまる涙をこらえながらセシリアは答える。


「ち、違うの。私ができなかっただけなの。ルージュさんならきっと上手く受け身をとれたと思うんだけど、私が躊躇しちゃったから……本当にごめんなさい」


「なにが違うの!? なにも違わないじゃない! ルージュを悪者にして自分の責任を逃れようとしてるだけでしょう? ねえなにも違わないじゃない!」


 どんな言い訳も逆鱗に触れられたルージュの怒りをおさめる消火剤には足りない。


「う、うん。ごめんなさい。私が責任逃れをしちゃったの……」


「ムカつくんですけどおおおおおお」


 事務所に飾られていた封の開いていない酒瓶を手にしたルージュはそれを振りかぶりセシリアめがけて思い切り投げつけた。酒瓶は宙を舞い、セシリアの右耳を掠めて壁に激突し、湿ったガラス音を立てた。


 かすった耳が一瞬遅れて熱を持つ。

 その耳に軽く触れながらセシリアはそれでもルージュから視線を外さず謝罪を続ける。


「本当にごめんなさい。次からはちゃんと足をかけて、嫌な顔で笑うから。本当にごめんなさい」


「つううぎいいいい!?」


 怒りの声と共に机の上にあった文房具が払い落とされて飛んでいく。

 普段と全く違う怒り方にセシリアはどうしていいかわからなくなっていた。

 助けを求め、ルージュの後ろの社長席に座り、ずっと無言でいる男の顔を見るが、なにの感情も返してくれない。


 無言、無表情である。


 諦めて、その左右で微動だにせず立っている、メンバーのミディーとヒラリーへ交互に視線を送るが、ルージュを恐れ、セシリアを蔑んでいる二人が何かをいう事は、当然あり得ない。

 仕方なく息荒く、怒りを振りまくルージュに視線を戻す。なんとか怒りをおさめてもらう方向へ思考をシフトさせた。


「う、うん。次は絶対ちゃんとやるから……」


「あんたこの状況で次があると思ってんの?」


「え?」


 次があると思っているのかと聞かれたら。

 セシリア・ローズはもちろんと答えるだろう。


 ずっとアイドルを続けていくと。

 アイドルでしか生きていく術がないと。


 ここにしか自分の居場所はないと。

 考えているのだから。


「ほんとにわかってないの?」


「うん」


 と答えているが。

 セシリアも馬鹿ではない。ただ認められないだけだ。


 本当はわかっている。


 普段とは違う激昂。


 延々と続く反省会という名の罵倒。


 ルージュ以外のセシリアを見る冷たい目。


 セシリアが見ないふりをしている可能性。

 全ての状況がそれを可能性ではなく、眼前に迫る現実だと教えてくれている。


「じゃあちゃんと言ってやるわよ! あんたはクビ!」


「う」


 セシリアは言葉を失い、うめく事しかできない。

 今にも泣き出さんばかりのセシリアをルージュは上から見下ろしている。

 普段はファンを魅了する柔らかな唇は歪んだ孤月を描き、そこから最後通牒を告げるために花開く。


「まだわかんない? クビクビクビクビクビクビクビクビ! 解雇だって言ってるのよ!」


「う、そ……」


 現実はセシリアに銃口を向け、引き金をひいた。

 弾かれた弾丸は黙って座っていた社長らしき男とその左右にいたメンバー二人をセシリアまで歩かせる。


 両脇をメンバーに固められる。


 奇しくも人生初のセンターを務めているというのは皮肉が効きすぎているだろう。


 社長は無言で事務所出口の扉を大きく開く。


 束の間のセンターを務めながらメンバーにそこまで連れていかれる。


 ぽかりと開いた寒風吹きすさぶ深夜の扉を、抵抗する気力を無くしたセシリアは静かに眺めていた。


 すうと頬を流れる涙には本人も気づいていない。


 その後ろ姿を満足げに眺めていたルージュは片足をあげ、あげた太腿を胴に引きつけ、力を溜めた後。


 思い切りセシリアの背中にその力を放った。


 いわゆるヤクザキックである。


 蹴られたセシリアの体はそのまま扉の外まで飛んでいき、地面へと強かにその額を打ちつけた。

 深夜の暗闇の中、セシリアの瞳の中にだけ火花が散る。


 そしてその瞬間。


 セシリア・ローズは前世の記憶を思い出したのだった。

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