第7話 Dreamy・後編

「え。無理です。何とかならないんですか」


「こっちも無理なものは無理。司令部はそっちと違って圧倒的人手不足なんだから。じゃ」


 ぷつんと電話が切れ、ツーツーと聞こえる音に唯斗ゆいとは怒りが沸々と湧いてきた。


「も〜〜〜〜〜う」


 闘牛の如く、唯斗は物陰から一気に飛び出すとあっという間になぎさを追い越す。


 凪の「お前っ」と驚愕する声を無視して、ヤコウ魔獣の前で右手に持つロッドを相手の体にピッタリくっつけて、遠距離魔法攻撃を打ち込む。


 ズシンとした衝撃が襲い、遅れて耳をつんざくような悲痛な叫び声がヤコウ魔獣の体力が確実に減っていることを訴える。

 強烈な電撃を浴びた体は痺れから回復するのが難しいらしく、動きが止まった。


 大量の魔力を消費して疲労した様子の唯斗は地面を見つめたまま肩で息をする。


「お前のその様子から察するに、断られたか。で、どうする」


 依然俯く唯斗が意を決してゆっくり振り返るとその顔を見た凪は動揺した。

 瞳には涙を浮かべ、わなわなと唇を震わせる姿は年相応とも言えるが、普段の唯斗からは想像もつかない。


「分かんない!耐えろって言うけど、みんなをこれ以上不安に出来ないでしょ」


 その声からして、自身もかなり追い込まれている筈なのに唯斗は魔法少年として皆を気にかける言葉を口にした。


 周りを見渡せば、避難の波の中で恐怖でその場から動けなくなり、しゃがみ込んでいる人もいる。

 これ以上、魔法少年として不安な想いを抱かせてはいけない。そんな想いが強くなる一方、解決策は中々見つからず暗雲が立ち込んだ時、りつの脳内には1つの策が浮かんでいた。


(あれを発動すれば、状況は突破出来る筈。ただ、問題は巻き込んだことが無いから成功するかどうか……それでも今は、やるしかない)


 両親からもキツく言われていたリスクが頭を過ぎったが、律は腹を括る。

 魔法少女の端くれとして責務を果たす為に。


 離れた所で見守っていた律は念の為に再度防御魔法を掛けて、2人に近づく。


天衣あまいさん、綾瀬あやせさん。私に考えがあります」


 突如掛けられた声と提案に、唯斗と凪は疑いが混じった表情をする。


「嘘。本当に?」


 目元を手で拭い、唯斗は問いかける。


「はい。上手くいけば、この戦いは終わる筈です。なので任せて貰えませんか」


「分かった!」


 真剣な眼差しで口にした律に対し、唯斗は二つ返事で返した。


「そんな直ぐに決めていいんですか?」


 戸惑いながらも確認する律を横目に、凪は疲れた様子でロッドを片手で掴み、自身の肩を叩く。


「いいも何も、これ以上は俺達もお手上げだ。だから、やってみろ。律」


 未だ計り知れない彼女の実力を試すように、挑戦的な眼差しで律を見つめる。


 無言で頷いた律は数回深呼吸し、2人の前に歩み出た。


 瞼を閉じ、イメージする。そして、そのイメージを杖に乗せて解き放つ。


「──特異点、開幕オープン


 呟くと同時にカッと目を開く。するとヤコウ魔獣を含めて律達を囲うように地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 目を凝らすと、見たことが無い文字や図形が重なっていて、かなり緻密に作られていることが分かる。


 唯斗と凪は一向に状況が掴めないまま、きょろきょろと首を動かす。

 誰かが疑問を口にしようとしたその瞬間、突如足がガクンとなり、地面が消えた。


 まるで落とし穴にでも落っこちてしまったかと思ったが、目を開けていれば分かるだろう。

 スカイダイビングでもしているかのように律達の体は空中にあり、物凄いスピードで落下していることが。


「なぁにこぉれぇ〜〜〜」


 唯斗が体のバランスを保つべく、手足をバタバタさせながら絶叫する。


 律自身も何回かこの能力を使っているが、内臓が浮く感覚はいつまで経っても慣れない。


「おい! これ、どういうことだよ」


 凪も不安そうな顔で体を動かし、律に向かって叫んだ。


「説明は後です。とにかく今は想像してください。こう在りたいって思う自分を描くんです。

 じゃないと私達は、このまま地面に叩きつけられますよ」


 脅すような言葉も添えて、流暢に話す。


「えっ⁉︎ えっと、僕は可愛く在りたい! ほら、凪も」


「そんな急に思いつかねーよ」


 パッと答えた唯斗に比べ、凪は困惑する。


「イメージとかモチーフでも良いので。ほら、早く」


 そう催促すると、凪は「あー」と口にしつつ、渋々答えた。


「じゃあ、星」


 2つの答えが揃った瞬間、どこからともなく光の帯が飛んできて、唯斗と凪の体に絡みつく。

 抵抗する間もなく、完全に包まれてしまった2人はその温もりにすっかり身を委ねてしまう。しかし、心臓がドクっとして全身の血が沸騰したかのように熱くなり、直ぐにじっとしていられなくなってくる。

 早くここから出たい。そんな衝動に駆られて正面を突き破る。すると光の帯は驚く程簡単に、綺麗に解けた。


 まるでさなぎからちょうに変わっていくように、外側から見守っていた律にはそう見えた。


 そのまま空中に裂けるように出現した穴に入ると、律達の体のコントロールが効くようになる。

 3人はゆっくりとしたスピードで下降していき地面に足をつけた。


「うっ……もうちょっとで吐きそうだった。凪は大丈夫だった、ってえぇぇ〜〜〜⁉︎ 凪、その格好どうしたの」


「そう言うお前もな」


「ん、え! ホントだ。僕も凪とそっくりな服に変わってる」


 宇宙服がベースとなった戦闘服コスチュームは全体的に可愛らしい印象を持ち、星のモチーフやガラスに見立てたシースルー素材があしらわれている。


 これこそ神倉家かみくらけに代々伝わる幻想魔法『特異点』だ。このモノクロになった現実世界と瓜二つの不思議な空間では、どれだけ暴れても影響は無い。

 さらに、想像や妄想を現実にすることが出来る『特異点』が持つ能力と神倉かみくら りつの魔法が掛け合わさることで、戦闘力が倍増するオリジナルコスチュームに変身することが出来るのだ。


 唯斗は素材を確かめるように触り、その場でクルッと回ってみせる。


「ん〜。服可愛いし、それでいっか」


「いいのか……まぁ、戦いに不向きって訳じゃねーし、動けるなら俺も問題無い」


 凪は伸縮性を見るように軽く屈伸をした。


 そんな2人を待っていたかのように叫び声と共に空中に巨大な穴が開く。


「来るよ」


 律の声に準備体操を止めて、2人はすっと武器を構える。

 そして、先程サポートしながらこっそりと調べた情報を伝える。


「相手の弱点は脚。そこを集中して攻撃して」


 2人が無言で頷き返すと同時に、ヤコウ魔獣が着地して生まれる振動を体全体で受け止める。


「いくよ。凪」


「あぁ」


 2人は勢いよく地面を蹴ると、数秒でヤコウ魔獣の前に辿り着き、唯斗が光魔法で目くらましをした。

 眩しさで相手の動きは止まり、背後に回った凪が教えて貰った急所を狙って思いっきり殴る。

 思わず片膝をついて体勢が崩れてしまったのを逃さず、唯斗は氷魔法を使って鋭く尖らせた巨大な矢を生成して足元を狙い撃つ。

 見事に命中し、痛々しい悲鳴を上げたヤコウ魔獣を目視して一旦こちらも体勢を立て直すべく距離を取る。


「凄い。身体中に魔力が溢れてくる。ずっと魔法が撃てちゃいそうだよ」


 唯斗は確かめるように手をギュッとしながら、やる気に満ちた顔で言った。


「なら、このまま必殺技行くか」


 凪がロッドを前に突き出す。それを見た唯斗は次こそは倒せるというように自信満々な表情で同じく彼が持つロッドの先端に重ねる。


「OK! 幻想治療魔法、発動」


「「AKUMU リフレクション」」


 唯斗の声に凪は息を合わせるようにして言う。


 すると2人の目の前には魔法陣が浮かび上がる。瞬間、光ったと思ったらパステル色の煙がボンッと湧き、中から動物のバクに似た獣が現れた。

 甲高い鳴き声を上げた獣は長い鼻でヤコウ魔獣に取り憑いた負のエネルギーを吸い取っていく。相手も力無くされるがままとなり、獣の体はどんどん巨大化する。

 そしてヤコウ魔獣と同じくらいの体長になった時、唯斗がニヤリと笑いながら告げた。


「さぁ。とびっきりの悪夢をご堪能ください」


 すると、獣の鼻が膨らんで中のモノがヤコウ魔獣に向かって一気に放出される。

 それは吸い取った負のエネルギーを相手にダメージを与えるように変換した魔法、唯斗と凪が今まで相手に喰らわせてきた魔法が全てこもったかたまりだった。


 対するヤコウ魔獣は真正面で魔法を浴び、凄まじい声を辺りに響かせる。もがき苦しむような声が聴こえてくる中、魔法の放出が終わった時には声が止み、小さな粒子となったヤコウ魔獣は上に吸い込まれていくように消えた。


 戦いが終わった。空間もそう判断したのか、舞台の幕が降りていくように、たちまち景色の色も変わり、元の世界に帰ってきた。


 また気づいたら、2人が着ていた戦闘服コスチュームも元の職員制服の姿に戻っている。


「もしかして僕たち勝った?」


 唯斗は棒立ちのまま、きょとんとした顔で問いかける。


「みたいだな」


 隣に立っていた凪は一瞬だけ口角を上げる。それを見て唯斗は嬉しそうに「やった〜」とその場で飛び跳ねる。


「……成功して良かった。本当に……」

 

 2人が勝利を噛み締める中、後ろでその様子を見ていた律はへなへなと座り込む。

 そのまま体の力が抜けてしまった律は、ゆっくりと意識を手放した。

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