第6話 Dreamy・中編

「パットロール、パトロール〜」


 唯斗ゆいとがご機嫌に鼻歌を歌いながら先頭を歩く。その様子をなぎさりつは後ろから眺めながら、3人は東京の街を歩く。


 対策治療課として欠かせない仕事の1つが街のパトロール。


 魔獣が出現した場合に、いち早く駆けつけて治療という名の討伐をするのが主な理由らしいが、日常的にパトロールをすることで些細な変化に気付けたり、困っている人を助ける意味合いもある。

 実際にパトロールをしていても子供が迷子になった、落とし物をした、風船が木に引っかかったなど魔獣出現に比べたら平和そのものだ。


 しかし唯斗と凪は嫌な顔ひとつせず、助けを求める声に耳を傾け、困って泣いている人に手を差し出す。

 行なっていることは小さいのかもしれないが、まさしくヒーローそのものだ。


 そんな2人を憧憬しょうけいの眼差しで見つめていると、突如3人が持っていた端末に「ピコン」という音と共に通知が届く。


「『池袋ショッピングエリアに魔獣出現。周辺にいる者は直ちに急行せよ』だって。

 場所は……うん、近いね。行こう」


 唯斗の号令に凪と律も頷き返し、現場に向かった。


 出現エリアに近付くと、あちらこちらから悲鳴が聴こえてくる。

 事前情報では1体のみの出現ということだが、発生現場は混乱状態で情報が錯綜しているのだろう。

 律達は人混みを手分けして探した。そして、凪から発見したと連絡があったのは5分も経っていない頃だった。


「いたぞ。それも厄介なほうが」


 遅れて到着した唯斗と律が見たモノは想像を超えていた。


「あれは……」


「ヤコウ魔獣、だね。よりにもよって、律ちゃんがいるタイミングでお出ましなんてさ」


 通常の魔獣が最大で体長1メートル程に対し、ヤコウ魔獣と呼ばれる怪物は一軒家を超える体長と巨大な体格を誇る。

 その上、ヤコウ魔獣は魔獣と比にならない程に強い為、魔法少女・魔法少年対応必須案件でもあるのだ。


「これって、あかし様が仕組んだ訳じゃないよね」


 唯斗は揶揄うように、大袈裟に呆れた表情をしてみせた。


「何ふざけたこと言ってんだ。さっさとやるぞ」


 凪は大きく伸びをして、短く息を吐く。その顔はヤル気で満ちていた。


「OK。──それじゃあ、お掃除の時間だよ」


 そう言って唯斗は右手中指に、凪は右手薬指に付けた指輪にそっと口付けた。


 すると、指輪に嵌った宝石からフロア一帯を照らす色鮮やかな光が生まれた。

 同時に、着けていた指輪はゆっくりと抜けて空中で回転する。その引力に引き込まれるように集まった光は粒子となり、形を変えて体積を増していく。

 次に瞬きをした瞬間には光は弾けて、あっという間に指輪は立派な武器に変化した。


 唯斗と凪は目の前に浮かんだロッドを掴んで、くるりと回す。


 そして唯斗は手に持つロッドを高く掲げた。


「あーあー。警告、警告。こちら、トウキョウ魔法統制局対策治療課です。これより治療を開始しますので、速やかに建物から離れてくださーい」


 魔法で拡がった声はショッピングエリア全体に響き渡る。


「これでいい感じかな〜。じゃあ凪と一緒に行って来るから、律ちゃんは被害が広まらないように魔法でサポート、お願いしてもいい?」


「分かった。やってみる」


 律は腰に提げていた魔法の杖を取り出し、胸の前で構える。


 それを見た唯斗と凪は無言で頷き合い、ヤコウ魔獣目掛けて走り出した。



* * * * *



「……ッ。危なっ。

 こんなこと朝の占いで言ってたっけ。今日のヤコウ魔獣はひと味違いますよー、なんて」


「そんなこと、言ってるわけ、ねーだろっ!」


 ヤコウ魔獣が次々と繰り出す攻撃を避け、凪は魔力を纏わせた渾身の一撃を叩き込む。

 体勢が崩れたタイミングを逃さず、唯斗はすかさず魔法を放つ。


 完璧なコンビネーション攻撃を真正面で受け止め切れなかったヤコウ魔獣は吹き飛び、壁に亀裂が入り、コンクリートの欠片が舞う。

 数秒して立ち上がり体を震わせるが、それは武者震いだったようで凶悪な魔力が込められた魔法が放たれる。


「──律!」


 唯斗の声が聞こえたと同時に、防御魔法を唱える。


 逃げ遅れた人を守るように、建物が崩れないようにバリアを展開した律を見て、唯斗は胸を撫で下ろす。


「あの様子なら大丈夫そうだね。

 それにしても、ヤコウ魔獣だいぶお疲れモードになってきたけど、ここじゃあ必殺技撃てないよね」


 東京でも有数の巨大ショッピングエリアである為、避難は速やかに開始されたものの、人の波はまだ途切れることを知らない。

 

 律も引き続き防御魔法を駆使しながら、客の安全を守っている。


「唯斗、司令部に連絡しろ。その方が手っ取り早い」


 凪が「こっちだ」と言って魔法でヤコウ魔獣の注意を引き付ける。その隙に唯斗は後方に下がり、連絡する為に柱に隠れた。


 急いでバッグから端末を取り出し、話しかける。


「電話。トウキョウ魔法統制局司令部」


 ピピッと鳴って、呼び出し音が聞こえてくる。2コール目にいく前に電話は繋がった。


「こちら、司令部」


 仕事の特質上、唯斗と凪にとっては聞き慣れた女性の声が流れた。


「トウキョウ魔法統制局対策治療課です。池袋ショッピングエリア、めちゃくちゃ大変なので救援お願いします」


「了解」


 すんなりと許可が降りて、唯斗はやっとこれで安寧が訪れると思った、が。

 

「それじゃ1時間耐えて貰える? 今、人が出払ってて。セミナーなんだけど、後40分くらいで終わる筈だから」


 どうやら、そう簡単にはいかないようだ。

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