第5話 Dreamy・前編
少し歩いて『対策治療課』と書かれているプレートを確認し、灯がノックをする。
「灯だ。入るぞ」
「はーい。どうぞー」
中から聴こえたのは性別を感じさせない中性的な声。だが、声色からは少しイライラしているようにも感じる。
それでも灯は構わずにドアを開けた。
灯の後を着いていき、部屋を見てまず目に飛び込んできたのは、かろうじて執務机に乗った紙の山だ。
2人いるにも関わらず、無言でそれに手を伸ばし、ペンで何やら書き込む工程を繰り返す姿はまさに修羅場だ。
それを見た灯も驚いた顔をしながら、作業中の2人に話しかける。
「珍しいな。こんな状態は
「何ですかー、その変な単位。
いつもはもっと綺麗ですよ〜。だって、今日の凪は、ちっとも片付けてくれないから」
「お前が報告書サボってるから手伝ってるんだろ」
「はぁ〜? 別にサボってないし。明日やろうと思って置いといただけだし!」
「それが提出締め切り明日じゃなければな」
ノックをした際に聴こえた中性的な声の持ち主と、ぶつぶつ文句を言いながらも書類作成を手伝う青年は、こちらを気にすること無く、がみがみと言い合う。
いつまで続くのだろうと律が静観する中、埒が開かないと判断したのか灯が仲裁に入った。
「2人共、喧嘩はそこまでだ」
灯の声に2人はぴたりと口を噤む。
そして、灯は1歩後ろにいた律の背中をポンッと押す。
「紹介する。こいつが今日から君達と共に対策治療課で活動してもらう筈だった
紹介され、律は少し気まずそうにお辞儀をする。
「それじゃあ、僕も自己紹介しちゃおうかな」
そう言って2人は立ち上がり、前に出た。
「初めまして。
これから、よろしくね。ほら、凪も」
唯斗に促され、机の角に腰掛けていた彼は、こちらを見ること無く呟く。
「
「もう、相変わらず素っ気ないんだから。
ごめんね。一応これでも凪はSランクなんだよ」
律は驚いた。何故なら、Sランクとは大魔法使いと同等の能力を示すからだ。
Sランクはかなりの待遇をしてもらえる反面、面倒臭い部分もある。
学園入学時の試験で魔法能力トップで入学した律ですら、それがどうしても嫌で昇格試験を受けていない。
しかし、律のあらゆる能力を加味すれば昇格には充分だった。気づいた時には会長が勝手にSランクになる手続きを終えていたので、律は受け入れるしかなかった。
なので、先程から終始クールな態度を取る凪がそうだとは信じ難いのだ。
「──これで自己紹介は終わり。それで、活動してもらう筈だった、って……どういうこと?入んないの」
唯斗は眉を下げて、悲しそうな表情をした。
「諸事情あってな。どうも本人が嫌らしい」
わざと嫌な言い方をした灯を見て「そうじゃなくて」と律がフォローしようとした所で、凪が口を挟む。
「まぁ、大変どころじゃないからな。この仕事。毎日のように筋肉痛だし、汚れる」
「そんなこと言うな。魔法少年、素敵なお仕事じゃん。この世界を可愛くできるんだよ」
「可愛く?」
思わず律が疑問を声にすると、唯斗が嬉しそうに両手を目いっぱいに広げた。
「そう。可愛いで塗り潰せば、世界は平和になること間違いなし。
さらにコスチュームをもっと可愛く出来れば、やる気も湧いてきちゃうんだけどな〜」
灯をちらっと見ながら言うが、当の本人はわざとらしく顔を背ける。
それを見た唯斗は口をむぅと拗ねた表情をしながらも続ける。
「僕たちのチーム『Dreamy(ドリーミー)』は可愛く戦うのがポリシーなの。その為にはまず、コスチュームも可愛くしないと。ね、凪」
「別に。動きやすければ何でもいいけど」
2人にピリピリとした空気が流れ始め、またもや喧嘩のゴングが鳴り響くかと思ったが、そこは灯が再び間に入る。
「ならば、こうしよう。律が対策治療課へ自らの意思で加入する
「本当ですか! やったぁ」
「あの、大変申し訳ないですけど私は辞めたいので……」
灯が話を進めていく中、律は慌てて断りを入れるが、念願の戦闘服を作って貰えることが嬉しいらしく、唯斗の耳には届かない。
冷や汗を流す律を見て、凪が助け舟を出してくれた。
「
後、フツーに忙しいから手伝って貰えたら助かるし」
そう言って書類だらけの執務机を見る。
「うっ。それは言わなくていいじゃん。あー、思い出しちゃった。現実つらい……」
唯斗は浮かれた表情から一転、頭を抱える。
「凪はこう言ってるが。どうだ、律」
灯からの問いかけに対して律は簡単には答えられず、床を見つめて黙り込んでしまう。
重い空気が流れる中、唯斗はふと顔を上げて律に駆け寄る。
「あのさ。さっきは勢いで喜んじゃったけど、僕たちの為にー、とか考えて無理しなくていいからね。自分を一番大切にして、ね?」
唯斗は気まずそうな顔をしていて、律の心情を窺った言葉は慌てて取り繕ったものでは無いように思った。
それは、恐らく唯斗自身も自分を大切にしているからこそ出た言葉であり、髪型や服装で可愛いを体現していると感じたからだ。
そうやって言葉だけじゃなくて行動に移せる人に律は弱い。
律は灯の方を向き、今の正直な気持ちを吐露した。
「総統制官様。やはり、現時点では退職したいという気持ちは変わりません。
ですので、綾瀬さんも言っていた通り、今日一日職務を手伝った上で、考える時間をいただけませんか」
凪の案を採用した言葉は灯も納得したようで、深く頷いた。
「あぁ。勿論だ。唯斗と凪もそれで良いな」
「は〜い。異議なし!」
「右に同じく」
律の出した条件に2人も同意したことを確かめると、灯は満足そうな表情を浮かべた。
「よし。そうと決まったら、後は若い者だけで。頼んだぞ」
律の肩をポンと叩き、そう言い残した灯は部屋を後にした。
灯が去ったからか、厳かな雰囲気は少し軽くなる。
唯斗も気を取り直すべく、自分の頬を両手で挟み込むようにして上にムニッと引っ張る。
「ん、スイッチOK。それじゃあ、凪。次のスケジュールは?」
「引き続き報告書の作成、と言いたい所だが、この調子だと午前の巡回を先に済ませた方が良さそうだな」
「そうだね。じゃあ準備! 律ちゃんも一緒に行こ」
律は「はいっ」と返事を返し、来たる初仕事に向けて胸の鼓動が早まっていった。
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