第4話 天賊

「そうして、水晶玉に映った名前が『神倉 律』。君だ」


 神倉かみくら りつ不知火しらぬい あかしが元いた世界で出会っていた上、魔法少女だということ。


 その事実を静かに聞き、受け止めようとしている中、律は恐る恐る口を開いた。


「……正直、混乱してます。

 私が魔法少女として総統制官様を救ったことも。謎の人物と戦っていたことも。

 私が生まれた時から総統制官様は神に最も近いとされている存在でした。けど、それは総統制官様が運命と言われた悲劇を変える為だった。その為に魔法を普及させた。

 だからこそ、悔しいです。当たり前を疑うこと無く、何1つ分かっていなかったことが」


 俯きながらも言葉にした律を見て、灯は腕組みをする。


「君は、やはり魔法少女に向いているな。

 突然、パラレルワールドからタイムリープしてきたと聞いて、通常、ここまでの考えには至らないだろう。

 流石。代々魔法少女をしてきた家の生まれなだけある」


 最後に言われた言葉に律は最早、驚かなかった。


 これまで、あらゆる手段を利用して調べ上げてきたのだろう。


 確かに神倉家は代々、魔法がフィクションとされる時代の中で魔法少女として世界の平和を守ってきた。

 しかし、自身を守る為に誰にも口外するな、と両親に言われ従ってきたことですら灯は把握した上で自ら口にしたのだ。


 ならば、こちらも全てを知られる前に情報収集をしなければ。


「ところで、いくつかお聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか」


 不自然な流れだということは承知で話を変えようと律は問いかける。


「勿論」


 図星だっただろ、と言わんばかりに灯はニッコリとしながら肯定する返事を返す。


「まず、やり直すだけなら魔法が存在する世界で良かった筈です。何故、ここへ?」


「そうだな。この事について、君には話しておくべきだ」


 灯はティーカップを持ち上げ、液体に反射して映る自分を懐かしそうに眺める。「少し長くなるが」と前置きしてから言葉を続けた。


「我は生まれた時から魔法の才能に恵まれていた。その才能に両親も頂点に立つ存在になることを期待し、蝶よ花よと育ってきたのだ。

 しかし周りからの期待は我にとって重圧でしか無く、我には耐え切ることが出来なかった。これからも永遠にこの苦しみが続くのだろうか、と思った時、閃いてしまった。いっその事、本気を出さなければ良いと。

 そうすれば、いずれ周りからの圧も薄まって普通の魔女として過ごしていける。今となっては楽観的な考えだが、当時の自分にはそれしかなかったのだ。

 時が経ち、学び舎を卒業して大魔法使いの称号は獲得したが、やはり期待外れだと非難されるようになった。

 ……それだけなら良かった。

 無事就職も決まり、不知火しらぬい家に帰ってきた我を両親は『お前は不知火家の汚点だ』と叫び散らかし、自由を奪って部屋ろうやに閉じこめたのだ。

 そして、両親から告げられた。『お前は一生、ここで懺悔し死んでいきなさい』と。

 ただ、いかんせん我はしぶとくてな。すきを見て、家を抜け出すことに成功し、探知魔法でも探すことが困難な地下で暮らし始めた。

 これを機に不知火しらぬいを忘れて、全てをやり直せば良い。実に晴れ晴れした気分だった。不知火 灯が事故死として処理されている事実を知るまでは。

 ……魔法が存在する限り、同じようなことは必ず起きる。それに、死者の言葉など誰も聴きやしないだろう?

 それでも我は諦め切れずに探し続け、見つけた世界がなのだ」


 あまりにも壮絶な人生に、律は唇を噛む。


 しかし、こんなチャンスは滅多にないという好奇心も湧いてくる。

 律は感情をあまり優先させるべきでは無いと分かっているのに、余韻も感じさせず新たな問いを口にしてしまう。

 

「成程。しかし50年前では無く、もっと過去にタイムリープしていれば聴いてくれたんじゃないですか」


「それは魔力の関係だ。着いた時、実力を見せる為の魔力を残しつつ、確実に成功させるには遡れる限界があった。

 これは先程の質問にも関連してくるが、魔法が存在する世界では本気を出さなければ従ってはくれない。ならば、元より魔法が存在しない世界であれば……と考えた訳だ」


 ティーカップを持ち上げて紅茶を1口飲み、灯は答えた。


「ここに来たばかりの頃は何もかもが順調で、もしかしたら既に救われたのではないかと思っていた。10年かけて魔法教育を整え、これで問題は起こらないと。

 しかしながら、今や生まれ育った世界よりも魔獣の数は格段に増えている。

 それでもイトと名乗る者が言っていた通り、運命からは逃れられないのだとしたら、立ち向かうしかない」


 発言からネガティブに見えた灯だったが、とっくに覚悟を決めていたようだ。


 律もその言葉を聞いて、灯が行なってきた行動に納得した。


「だから、魔法少女と魔法少年を普及させたんですね」


 昔は誰でも魔法少女、魔法少年になれる時代があったと聴いたことがある。

 ただ、騒動が度々起きてしまった為に現在は選ばれた者しか魔法少女や魔法少年の力を得ることができない。


 中でも選別する方法として有名なのは『魔法能力適性検査』だが、育成機関としては律も通っている『トウキョウ魔法育成学園』が主力と言えるだろう。

 灯もメディアに出演する度に学園のことを話しているし、生徒会としても生徒を増やす為の広報に熱が入っていることは感じていた。


 こくん、と頷いた灯は試してくるような目線で律を見つめてくる。


「君も流れに従って魔法少女になれば、夢への手がかりも見つかるだろうね。

 ……知りたいだろう。お姉さんの行方を」


 それは、自分が最も欲していた情報であり、恐れていたことだった。


「やはり、姉が何処どこにいるのか知ってるんですね」


 行方不明の末に亡くなった姉。しかし国のトップから出たという言葉に律は確信していた。


「何でも知ってるさ。我はこの国のトップ、総統制官様だからな。

 それに、君も気づいているのではないか? お姉さんは戦うべき敵であると」


 嫌な予感が的中した。


 仮に姉が生きていたとして。未だに遺体が発見されていないという僅かな希望を諦められず、事件について個人的に調べていた。

 そこで見つけてしまった1つの可能性。この目で姉が敵側に堕ちている姿を見てしまったら、律は正気を保てる自信が無かった。


「──分かっているからこそ、私は魔法少女になれないんです。この手で終わらせることは出来ない。いや、怖い」


 律は恐怖を隠すように膝の上で両手をギュッと握るが、拳は小刻みに震えていた。


 分かっている。魔法少女と魔法少年を魔法の側面から支えることが出来る研究員を志したといえど、根本的な解決にはならない。

 この行為が真実から目を逸らし、逃げているということが。


 しかし、それでも、やっぱり。私は魔法少女にはなれない。


 苦しんでいる様子を見ていた灯は流石にマズイな、と思ったのか咳払いをして律を見上げた。


「さて。積もる話はこれくらいにして、ひとまず対策治療課の見学にでも行かないか。

 いい子達ばかりだから君も気にいる筈だ」


 灯は「よっこらしょ」と言いながら立ち上がり、扉に向かう。

 そしてドアノブに手を掛けて座ったままの律を振り返る。


「行かないのか? それとも、魔法で無理矢理連れて行かれるのがお好みかな」


 灯は人差し指を立てて、くるくると回す。


 指の周りにキラキラと輝く魔力の粒子と彼女から放たれようとされる魔力のオーラに沈んだ気持ちはすっかり怯えに変わってしまい、素直に従わなくては、と危険を察知する。


「……自分で行きます」


 脳まで灯の魔法で支配されてしまいそうになる所を理性をフル稼働させて追い払い、自らの意思を伝えて立ち上がろうとした時、足に力が入らず、よろめいてテーブルに手をつく。

 既に魔法が掛かり始めていたのか、緊張が解けただけか。生まれたての子鹿のようになりながらも何とか扉までたどり着いた。

 

 短距離の移動に時間を費やし、息を乱す律を見て灯はニヤッと微笑んだ。


「そうか。ならば、肩を貸そうか」


 大丈夫です、と丁重にお断りをした律だったが、対策治療課に着くギリギリまで元通りに歩けず、断ったことを少しだけ後悔した。

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