第3話 そして幕は上がる

「……この世界は、終わった」 


 今から45年前。『ゴースト魔法大戦』と呼ばれた、あの日。


 地面に横たわり、あかしは途切れかけの思考を必死に繋ぎ止めようとしていた。


 しかし、無慈悲なことに身体は冷たくなり、心臓が黒く染まっていくのが分かった。


 そのまま灯の瞼は抗うことも出来ずにゆっくりと閉じようとした、その時。


「──まだ終わってない」


 突如、灯の目に焼きつくような光が広がる。それは背けたくなるような光では無く、寧ろ見ていたいような不思議な引力を感じた。


 意識が戻ったとはいえ、力無く薄っすらと開かれる灯の瞳には1人の少女の姿が映っていた。


「今、回復魔法をかけるから。そのままで」


「君は……」


 回復魔法での処置を終え、少女は灯の上半身を起こすと、無表情で返答する。


「ただの通りすがりの魔法少女です」


「魔法、少女?」


 久しぶりに聞いた単語に灯は耳を疑った。


 魔法少女。それは魔法が当たり前の世界でも誰も見たことが無く、幻とされている存在だ。

 

「魔法が効いたようで良かったです。貴方も早く安全な所へ、と言っても今の日本に安全な場所なんて、もう何処にも無いのだろうけど」


 そう言って、少女は立ち上がる。


「私がアイツの注意を引きつけます。その隙に逃げてください」


 灯を背に正面を向いたまま、退避するよう指示を出す。


 冷静に対応する姿はまさにヒーローのようだ。場馴れしていなければ、こうも上手くいかないだろう。

 しかし、今は尊敬だけでは無い。我々が見えない所で未知の生命体とたった1人で戦っていたのか、と雷に打たれたような衝撃だった。


「君なら、あの怪物も倒せるのか」


 やっとの思いで膝に手を付いて立ち上がろうとする中、小さな希望を掴めたかのように少女に問いかける。


「正直、私の力だけじゃ原因を倒すことは無理です。出来たとしても、これ以上、酷くならないように侵攻を遅らせることだけ。

 ……それだけだとしても、私は諦めない。

 だって、世界の平和を守る魔法少女ですから」


 灯にとって受け入れ難い事実を淡々と並べた少女の表情は一瞬、曇ったかのように見えたが、直ぐさま宿命に対する決意と諦めの色が滲んだ言葉に変わる。


「そうか」


「でも、切り札を使えば」


「──魔法少女ちゃん、みぃ〜つけた」


 こちらにじりじりと迫ってきていた怪物の群れから突如、幼い声が響いた。


「イトね、たくさん探したんだよ。それでも、また魔法少女ちゃんに会えたのはイトと赤い糸で結ばれてるから、だよね。

 だからね、今度はかくれることが出来ないように動けなくしてあげる」


 無邪気さが溢れる幼子が言葉を言い終えた瞬間、少女の体は力が抜けたように崩れていった。


 それでも、手を地面について立ち上がろうとするさまはまるで糸で操られたマリオネットのようだ。


 肩を上下に揺らし、足は小刻みに地面を蹴る。少女の抗おうとする意思からの動きであると分かっているが、そんな風に考えてしまう程に彼女の体のコントロールは奪われていた。


 幼子は、いよいよ少女の目の前まで近づき、自分の背よりも低くなってしまった彼女を見て嬉しそうに微笑み、しゃがみ込んだ。

 そのまま伸ばされた小さな手は、土で汚れた少女の頬を撫でた。


「つかまえた。私だけの魔法少女ちゃん。

 これからは、ずっ〜〜〜〜〜と。いっしょだよ?」


 少女は虚ろな目で幼子を見上げ、何か言いたそうに口をパクパクする。


「ん〜、どうしたの。お腹空いちゃった?

 あっ、分かった! さっきの魔法で声が出ないんだ。動けなくする魔法って声にも、かかるんだね。イト、また1つかしこくなっちゃった♪」


 得意げに鼻をふふんっ、と鳴らし、小さな指先が少女の喉仏に触れる。


「少しだけ、だよ。何か変なことしたら……」


「転移」


 短く呟かれた言葉で、少女と灯の足元に魔法陣が出現する。

 通常ならば、そのまま眩しい光に包まれた2人の体は別の場所に転移する筈だった。


「だめ」


 幼子の魔力が魔法陣に流れ込み、転移魔法を妨げた。

 

 しかし少女は眉を顰めながらも、ありったけの魔力を魔法陣に込め続ける。


 その様子を見た灯は自身も危険な立場に置かれていることなど関係無く、声を上げる。


「──このままだと君の魔力が枯れてしまう。

 危ない。今すぐ止めるんだ」


 魔力が完全に枯れれば、それは死に直結する。魔法使いにとっては常識だ。


「生きて」


 少女の掠れた声は確かに灯の元に届く。


「貴方だけでも、どうかっ……!」


 次の瞬間、少女の足元の魔法陣が薄まり、代わりに灯の足元にあった魔法陣に魔力が集中し、色鮮やかに光る。


「だめっ! にげないで!」


 幼子の声は少女のたましいが込められた魔法を貫通すること無く、光は粒子となって灯の体を駆け巡って体温を上昇させていく。


「……イトからはなれるなんて絶対に許さない。だって、これは運命なんだから」


 運命という言葉に灯は引っかかりを感じながらも、負けじと少女へ手を伸ばす。


 魔法が効かない今ならば、転移も可能かもしれない。


 (せめて、彼女と共に……!)


 しかし、少女はその手を取ることは無く、僅かに細められた瞳と幼子の俯いて見えない表情は真っ白な光で覆い隠され、灯の体は無重力になる。


 反射神経で目を閉じた灯の視界は1秒も掛からずに戻る。


 ハッと目を見開き、辺りを見渡す。


 本棚に収まり切らず乱雑に置かれた書物、誰にも見られないのにお洒落の為に飾ったドライフラワー、紅茶でも淹れようかと家から持ってきたティーポット。


 1人で何十年も過ごして、すっかり見慣れて落ち着く筈の風景を見て落胆してしまう。


(ここに彼女も来れたら……。いや、それより我にはやるべきことがある)


「世界を救わなければ」


 それが少女に救われた命を、託したかったであろう想いに繋がるだろう。


「本来、時間操作魔法は禁止されているが滅亡しているなら関係無いか。問題はいつまで遡るかだが……」


 灯は乱雑とした書物を掻き分け、机に置かれた水晶玉に近づき、問いかける。


「──水晶玉よ。過去と未来を映したまえ」

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