管理外魔法少女は愛されている

第1話 魔法を統べる者・前編

　東京某所にそびえ立ち、圧倒的な存在感を放つビルがある。

　その名は、『トウキョウ魔法統制局』。

　魔法統制局とは、その名の通り日本における魔法の全てを統制している機関だ。

　特に本部のトウキョウ魔法統制局は、魔法統制局の司令塔としての機能を果たしている。

　トウキョウ魔法統制局内部には、図書館や飲食店といった馴染み深い施設から魔法の研究所があったりなど、市民からは魔法のデパートと言われている。

　しかし、今は魔法のデパートを楽しむ余裕は無い。

　そこに向かって歩く少女は一見、眼鏡をかけている効果で真面目そうに見えるが、ショートカットの髪型にインナーカラーを入れていることで、その印象は変わってくるだろう。

　建物の入り口に着くと、顔認証の為に眼鏡を外す。レンズ越しだったからこそ緩和されていたキリッとした目つきが露わになる。

　数秒経ち、無機質な「お通り下さい」の声と同時にロックされていた扉が大きな音を立てる。ギギギギ……と開く音はボスダンジョンみたいだが、待っているのは一般職員だ。

　結局、開き切るのを待てずに隙間に体を滑り込ませる。注意されることも無いまま手に持っていた眼鏡をポケットに突っ込むと、すたすたと歩き始めた。

　ロビー一帯、床には高級そうな絨毯が敷かれ、天井からは大きなシャンデリアがぶら下がっている。

　あまりにも広々とした空間では、指定の制服を着た職員や施設を利用する為に訪れた一般人といった様々な年代の人が行き交っているにも関わらず、息苦しさを感じさせない。

　段々と早足になりながら、ロビー中央にある受付がはっきりと見えてきた時、背後から自身の名前を呼ぶ声が聴こえた。

「こんにちは。神倉（かみくら） 律（りつ）さん」

　思わず振り返ると、そこには魔法統制局指定の制服を着た1人の青年が立っていた。

「初めまして。ワタシはトウキョウ魔法統制局総務部秘書課のデルタと申します。神倉様の了承が確認でき次第、『神倉様ご案内』のミッションを開始しますが、ご準備は宜しいでしょうか」

　ミッションという日常では使わない言葉、そしてデルタの瞳に刻まれている記号を見て律はハッとする。

　若干の違和感と一見不審な点が無いように思う彼の姿こそ、アンドロイドロボット。所謂人造人間だと。

　トウキョウ魔法研究所と魔法の頂点に立つ者の合同開発の成果は大々的にメディアに取り上げられ、各地の魔法統制局で働いていることは殆どの国民は知っているだろう。

　電力では無く魔力が流れるその体は継ぎ接ぎも目立たず、事前に瞳などの特徴を知らなければ人間とはまるで判別がつかない。

　しかし稼働し始めたのは、ここ数年の話であり、限定した業務のみに絞っている為、律含め実際に働いている様子を見た者は少ない筈だ。

　機械相手でも失礼だと分かりつつ、頭からつま先まで舐め回すように見てから肯定する返事をすると、デルタは1度瞬きをして言葉を続ける。

「認証しました。これより『神倉様ご案内』のミッションを開始します。

　それでは、ワタシに着いて来て下さい」

＊　＊　＊　＊　＊

「──神倉様。1つお伺いしたいのですが、我が国の魔法の歴史について、どの程度ご存知でしょうか」

　何処に向かっているかも分からないまま、律はデルタと薄暗く長い廊下を横並びの状態で歩く。

「学校で勉強したので何となく理解してると思います」

　律がそう応えると、半歩前を歩いていたデルタが突如立ち止まって振り返った。

「トウキョウ魔法統制局の職員たる者、漠然としたままではいけません。

　今から、詳細に説明して差し上げます」

「……お手柔らかに、お願いします」

　デルタの説明を簡単に纏めると、今から45年前。突如、東京の上空に空いた穴から大魔法使い『不知火（しらぬい） 灯（あかし）』が出現した。

　誰もがフィクションだと思っていた魔法を人々に見せつけ、『魔法少女（まほうしょうじょ）及び魔法少年甦生（まほうしょうねんこうせい）計画』を宣言。

　実際に言動が間違っていなかったと証明されていくに連れ、いつしか国のトップでさえも不知火 灯の指示に従った。

　こうして魔法の杖の配布や魔法に関する施設を各地に建設するなど、魔法は当たり前の存在になったのだ。

「灯サマは現在、トウキョウ魔法統制局本部長兼総統制官として魔法の全てを統制し、日本のトップとして君臨しております。

　ですので、くれぐれも灯サマに粗相の無いようにお願い致します」

　デルタが一方的に話し続ける中、1人と1体は大きな両開きの扉の前に辿り着いたが、その直ぐ近くにあるプレートに書かれた名前を見て、律は固まってしまう。

「今からですか？」

「言ったでしょう。粗相の無いように、と。

　──それでは。理解をしていただけたのなら、さっさとお入り下さい。ワタシ達の大切なご主人サマがお待ちですよ」

　デルタは無表情のまま、こちらへどうぞと言わんばかりに扉の方にスッと手を向けるが、いつまで経っても棒立ちしている様子を見かねて勝手にノックをしてしまった。

「灯サマ、デルタです。神倉 律サマをお連れ致しました」

「入れ」

　短い言葉の後、気持ちを整える前に扉は開かれる。デルタに目で入るよう促された律は覚悟を決めて一歩踏み出した。

「失礼します」

　そこは最低限、職務に必要な物しか置かれていない殺風景な部屋。

　豪華な装飾もされておらず、国のトップとしての姿とは掛け離れていた。

　そして暗い照明が照らす先、大きな魔女帽子を被る彼女の姿があった。

「ようやく来たか、神倉 律。そこに座るといい。お茶でも飲んで話をしようじゃないか」

　灯の目配せだけで食器棚に仕舞われていた2つのティーカップが浮かび上がり、テーブルにゆっくりと着地する。

「総統制官様。大変恐縮ですが、そんな時間は必要ありません。私は本日をもって、退職するつもりですから」

「淋しいことを言うな。まだ勤務初日じゃないか」

「だからこそです。あらゆる権限は総統制官様にあるとお聞きしました。こうやって、お会い出来る機会も今後無いでしょうし」

　律は冷たい口調で言葉を並べていく。

「まぁ、確かに。君の言う通り、人間の時間は有限だからな。……手短に済ませよう」

　そう言うと灯は大きな椅子に鎮座したまま、頬杖をつき、律をまっすぐ見つめ返す。

「神倉 律。まず、君がトウキョウ魔法統制局から去ること以前に、我。不知火 灯が存在する以上、君の願いは一生叶わない」