第66話 決めた覚悟

 しばらくして俺が拠点に戻ると、シレーネは既に元の席について、机の上に魔法具を載せていた。


「すまん、待たせたな」

「いえ、私もつい今終わったところですから」


 シレーネに謝りながら俺も席につく。

 対面しているシレーネを見ると、どこかスッキリとしている様子が見て取れた。


:あれ、画面の向こうでデート始まった?

:唐突なデートは草

:それデートのやつなんよ

:はやく、再生してくれ。教授ガガガ

:教授と一緒に見てるニキのためにもはよ始めてやってくれ


 なんかコメント欄が若干のカオスになっているようだが、まあ気にすまい。

 後誰がデートだ。

 自慢ではないがそういうのは俺は完全に未経験だ。


「どちらから再生しますか?」

「俺の方から行こうか。もしシレーネの言葉が聞けるなら、一度目からちゃんと集中して聞きたいからな」


 もちろん蓄音機なので繰り返し再生することは出来るのだが。

 1度目に対する期待感は2度目以降には絶対出せない、みたいなところ無いだろうか。


「わかりました。私も、ジョンさんの言葉を聞くのを楽しみにしていますよ」

「大した内容でもないから照れるな。後配信の向こうに聞こえてるのは腹立つが……まあ良いか」


 それじゃあ流すぞ、と確認をした後、ポチッと、俺は魔法具のスイッチを入れて録音したものを再生する。

 

 それを聞いている間、俺は目をつむっておく。

 シレーネの反応から聞こえているのかどうかわかってしまったら、せっかくの驚きがなくなってしまうからだ。


 それと内容がちょっと真面目なので、しっかりと届けたい相手に届くように思いを込めておきたい、というのもある。


 魔法道具が作動し、最初に数秒間の沈黙の後、俺が録音した音声を再生し始める。


『えー、もしもし、親父、お袋。いきなり探索者になるなんて言ってびっくりさせて悪かった。それと、いきなりダンジョンから帰ってこなくなったのも、心配かけた。10年ぶりに帰ったとき2人は普通に受け入れてくれたけど、ブチ切れられてもおかしくないと思ってた。ありがとう。俺はこんな感じで元気にやっとりますよ。そっちもお元気で』


 そして再生が終わり、魔法道具が沈黙する。

 俺が魔法道具に込めたのは、こんな俺を育て、導いてくれた両親に対しての感謝の言葉だった。


 今でこそ探索者という賢さも何もあるか、と言いたくなるような職業をやっている俺だが、少なくとも両親に見守られていた高校生まではまともな人生を歩んでいたし、そのまま大学以降もまともな人生を歩んでいれば、きっと俺はそれなりに良いところに就職出来ていただろう。

 貧乏な家庭ながらも、それぐらいには大切に育ててもらった恩がある。


 面と向かって言うのは恥ずかしいと思ってしまう質だが、だからこそ、両親もたまには見ているであろうこの場で感謝の言葉を述べさせてもらった。


:なんか……ジョンにも人の心とかあったんだな

:そうかー、親からしたら10年もダンジョンから帰ってこない問題児だもんな

:むしろ普通に迎えてくれたのかお前の両親

:あんま親に迷惑かけんなよ

:内容が真面目過ぎてちょっと突っ込みづらい


「どうだった、シレーネ」


 俺がそう声をかけると、目を閉じて聞き入っていたシレーネは目を開いて軽く頷く。


「私の、全く知らない言語が聞こえてきました。不思議な言語……アクセントにあまり重きを置いていない、と言えば良いのでしょうか」


 そのシレーネの言葉に、思わずガッツポーズが出てしまう。


「よっしゃ! てことは、ちゃんと日本語が聞こえたんだな。どの仮説が当たってたか知らんが、取り敢えず伝える気なしで録音した声なら、ただの音として届けられるってことはわかったのはでかい」

「確かに、これならうまく使えれば言語学習も捗るかもしれませんね」

「本当にご迷惑をおかけします。本当にありがとう」


 そんな、私の方が、なんていうシレーネに改めてお礼を言っておく。

 言語学習については本当にこっちが一方的にお世話になりっぱなしになっている形なので、お礼は常々伝えておくようにしているのだ。


 

:おおっ、ちゃんと日本語が聞こえたのか

:日本語ってどんな風に聞こえてるんだろうな

:日本語って響きは綺麗な部類なんだろうか。表現とかピカイチだと勝手に思ってるが

:さてさて、これでそっちの世界の共通語が聞けるぞ

:教授が静まりました。再生をお願いします


 そう、そして俺の言葉がちゃんとシレーネの耳に届いたということは、その逆もまたしかり、ということだ。

 つまり、これまで一度として聞くことが出来なかったシレーネの世界の言語を聞くことが出来るのである。


 出会ってきたやべー奴等は念話的な感じでメッセージを伝えてきたり、翻訳されてる奴ばっかりだったからな。

 この世界の言語を音として聞くのは本当に初めてのことになる

 

「それじゃ、シレーネよろしく」

「そこまで注目されると少し恥ずかしいですね。では、再生します」


 そう言ってシレーネが魔法具のスイッチを入れる。


『~~~~~~♪』


 流れてきたのは、なんだろうか。

 外国の民謡のようなのがイメージが近いだろうか。

 とにかくそれは、ただの会話ではなく歌だった。

 そう思う。


 しかし、明らかに透き通るような音の成分が強い言語であるように思う。

 少なくともゲームのミュージックでラテン語とかドイツ語とか英語とか聞いてきたけど、そのどれも分類に当てはまるようなものではないのは確かだった。


 そしてそれが朗々と歌い上げられるようなこのリズム。

 気分がのるというよりは、どちらかというと染み込んでくるような歌、と言えばいいだろうか。

 現代的なPOPよりは、肌に染みるような民謡。


 うーん、このあたりの言語化が下手すぎて自分でも何を考えているのかわからなくなってきた。


 まあとにかく、美しい歌だった。

 そしてその歌が終わった後に、いくらかおそらく歌ではない平文の言葉が入っている。

 歌の部分のようにメロディがあったわけではないので、そこはおそらく本当に素の言語、なのだろう。


 そして、魔法具が動作を止めて、シレーネが録音してくれた音声の再生が止まる。


「どうでしたか?」


 そうシレーネが尋ねてくるが、答える言葉は1つしかない。


「とても、綺麗な言語だったと思う。特に歌の部分は、凄かった」


:色んな国の民謡聞いてるけど聞いたことない系統の歌だなあ

:教授が荒ぶったままどっか言っちゃったよ。凄い歌でした。後言語の音が綺麗

:好きだわこの言語

:僕の国の歌より綺麗だった

:透き通ってる感じがしてすごく綺麗

:濁音がないのかな。それか非常に少ない。

:音語の並び方的には日本語よりはやっぱり欧米系の言語の並びっぽいんかな


 見ていた視聴者質も、軒並みシレーネの歌からは美しさを感じたらしい。

 やはり音が綺麗というのが特に大きい。

 シレーネの声が美しいというのももちろんあるだろうが、音の繋がり、流れ、系統? 


 なんと言えばいいだろうか、とにかく綺麗さと、どこか儚さを感じる歌だった。

 一方で、言葉として発された部分は非常に音の通りが良さそうな言語だなと感じた。

 快活で、淀むことなく流れるような響きを持っていた。


「ありがとうございます。そこまで褒めていただけると、本当に嬉しいですね」

「ちなみに内容を聞いても? 俺は人への感謝のメッセージだったんだけど」


 流石に親への、というのは、既に両親を亡くしているシレーネに対して無神経だと思ってやめておいた。

 まあそういう意味で言えば関わりのある人を全て失っているシレーネに他者との関わりを思い出させるのは良くないのかもしれないが、人に聞く以上は自分も言って然るべきだと思ったのだ。


 俺が尋ねると、シレーネは大切そうに魔法具を胸元にあてながら答えてくれた。


「故郷のノステリアに伝わる民謡です。年に一度の祭事のときには皆で歌っていました。それと、民達にあらためて見守ってくれたことに感謝の言葉を。そして別れの言葉を送りました」

「……そか。まあ、細かい内容は聞かないが。なんかスッキリしているように見えるな」 

 

 というか流石にそこは踏み込みすぎて聞くことは出来ないが。

 しかし、どこかスッキリとしているように見えるのは、改めて民に別れの言葉を送ったことで、民の喪失から吹っ切ることが出来たからだろうか。

 そう思い、遠回しにだが探りを入れてみる。


「歌っているうちに民の事を思い出しました。これまでは、これからは女王ではない私を生きなければならないと、どこかかつての自分を否定しようとしていたのだと思います。けれど、それは出来ないとはっきりわかりましたから。これからは、民の分まで背負って生きていこうと覚悟を決めました」


 覚悟決めちゃったかー。

 いやまあかつての民についてどう考えるかは彼女の自由にしてくれて構わないのだが。

 しかしあまり重いものを背負ってしまっても、周りが見えづらくなるとは思うんだがなあ。


 だが一方で、その荷をおろそうかおろすまいか悩んでいる状態よりは、背負う事を決めて背負い続けている状態の方が、力は必要になるがやることはシンプルでわかりやすい、というのは確かにそうだ。

 そういう意味では、彼女が自分の過去との向き合い方を決めることが出来たのは、非常に良かったと言えるだろう。


 思いつきで行った実験だが、その成果はとても大きかったようだ。


「そうか。じゃあ、俺も楽しめる場所に連れて行かないとな」

「ふふっ、よろしくお願いしますね、ジョンさん」


 なお、この後改めてシレーネにその歌を歌ってもらったが、非常に綺麗な歌だったとだけ、言っておく。

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