第65話 意志の力
「互いの話す言葉や、コメントは互いの言語に翻訳されている。一方で、俺がシレーネの城で見つけた本は俺には翻訳されない。この違いはなんなのか」
少し間を作る。
こういう話すときのテクニックというか、相手を引き込む技術的なのは、実は俺は好きだったりする。
かっこいい言い回しって良いよね、ってだけの話だけども。
「時間が経過しているかどうか、ですか?」
「お、そうそう、リアルタイムかどうか、っていうのも1つの違いだな。この蓄音機は、本来はその場に残らない声や言葉を音として記録することで保存することが出来る。つまり、声からリアルタイム性を奪うことが出来るわけだ」
仮説その1。
リアルタイムに発された言葉かどうかで、この謎の翻訳機能が働くかどうかが決まる。
そのため、今話している声や今届けられたコメントは翻訳されるが、以前書かれた本は翻訳されない。
そして俺には、もう1つ仮説がある。
「後はもう1つ。伝える意思、のようなものを読み取って翻訳してるんじゃないか、とも俺は思ってる」
「伝える意思、ですか? そんなものを読み取ってこのなんらかの翻訳機能は働いていると?」
シレーネの問いに、俺はコクリと頷く。
「リアルタイムかどうか、って話なら、地上で配信のアーカイブとして残ってるシレーネの言葉は翻訳されて聞こえたりしないんじゃないか? と俺は思ってる」
「なるほど……しかしその記録を地上で確認したら、私の言語がしっかりと翻訳されて聞こえてくる、ということですか」
うん。
この勝手に働いている何らかの翻訳機能だが、ありがたいのはアーカイブとかリアルタイムとか、そういうシレーネの世界には無いであろう言語を話しても、なんかうまいこと翻訳してくれているらしいところだ。
おかげで、こちらがやたらと言葉を選んでシレーネと会話する必要もないし、シレーネもシレーネで、普通に話しているだけで俺の文化や言語観に適正化された翻訳を届けることが出来る。
そういう意味では、申し分ない翻訳機能なんだよな。
いざ相手の言語を勉強しようとしたときに邪魔になる、というだけで。
「多分な。俺には確認できないけど、もしそういうことがあるなら見てる人達が教えてくれるはず」
そう言いながらコメント欄に視線を向けると、一斉に返事が帰ってきた。
:そんなことには全く気づかずに見ておりました!
:基本アーカイブ勢だけど特にそういうことはないな
:言われてみれば、アーカイブでも翻訳されてるのか。こわっ、いったいなんで翻訳なんか勝手にされるんだ
:じゃあリアルタイム制ではないんか
「な、これでリアルタイムだから翻訳されてる、っていうのに1つ反証が出来た。まあそこまで明確なものかわからないから、反証が出たところでだから何って感じだけど」
「結局試さないとわかりませんから」
「そゆこと」
そして俺にはもう1つ、ある。
「後はまあ、実は秘密にしてたんだが、シレーネの城に入ったときに、誰かの書いた日記みたいな文章が、俺にはなぜか読めた」
「日記、ですか? 城で働かれていたどなたかの日記でしょうか」
そのシレーネの言葉に、俺は首を横に振る。
そういうわけではない、と俺は思う。
思い出してほしい。
俺がシレーネの城で探索していたときのことだ。
見つけた日記の欠片は、ごく一部の文章だけが書かれたものであった。
そして俺がその文章を確認すると同時に、空気に溶けるようにして消えていった。
「シレーネの街を最後振り返ったとき、お前の民が手を振ってくれただろ?」
「……ええ、はい。とても心優しい方たちでしたから」
シレーネが少し過去を振り返りそうになっているが、一旦それはやめてもらって。
「で、とにかく俺は城の中のあちこちで見つけた日記とか日誌とか文章の欠片みたいなものは、お前の民達が俺をお前のところに導こうとあえて俺に見せていたものなんじゃないかと思う。俺はそう思ってる」
俺の言葉に、シレーネが少しばかり考え込む。
この感覚は、実際にその時に探索の様子を一緒に見ていた視聴者一同ならわかってくれると思うのだが。
:確かに、女王様に関する内容は多かったな
:まあジョンをシレーネさんのところに行かせようとしてたと言われたらそうかもしれんが、それにしては誘導下手じゃなかった?
:場所の記述とか無かったしな
:とにかくシレーネに関する内容が多かったのは覚えてる。
:そして今確認したけどそのときの文章アーカイブでもちゃんと読めます
意外と共有されてなかったらしい。
おかしいな。
こう言ったらなんだが、俺はホラーゲームとか脱出ゲームの誘導的なものかと勝手に思ってしまっていた。
だってシチュエーションが絶対にそうだったろあんなの。
なんかホラーみたいなやつも出てきたし。
「民の、ジョンさんに伝えようという思いが、彼らがなんとか残した言葉をジョンさんに伝えた、ということですか?」
「じゃねえかなっていう勝手な思い込みだけどな。そんなわけで、伝えようという意思、ってのが実は結構鍵になってるんじゃないか、と俺は推測してる」
そもそも、翻訳するしていないの判断基準をどこにおいているのか。
それを判断するときに、何を参照すれば楽なのか。
簡単な話だ。
俺たちの頭の中を覗いて、それが相手に伝えようとしている言葉なのか、あるいはそうではない言葉なのか。
意思で判別してしまえばいい。
非常にシンプルだ。
リアルタイムだとかどこまでがリアルタイムなのだとか。
書き言葉話し言葉手話とかどこまでが言語なのかとか。
そんなまどろっこしいことは必要ない。
伝える意思。
それさえ読みきってしまえば、これほど翻訳するか否かの判断基準にしやすいものはない。
「そんなわけで、配信に声が入らないところで、これに何か、俺や視聴者に伝えるんじゃない言葉を記録してきてくれないか」
「……わかりました」
シレーネが、2つ持ってきた魔法具のうち1つを持つ。
そしてもう一方を、俺が持つ。
「ジョンさんもされるのですか?」
「おん。シレーネも俺たちの言語、聞きたいって言ってただろ? ならお前にやってもらってる間に、俺もやってみようかと思ってな。それでお前に意味が理解できない言語が聞こえてきたら、そのときは俺の考えが正解だった、ってことだ」
俺の言葉に、シレーネは少し驚いたように目を見開いた後、嬉しそうにふわりと笑った。
「そういうことですか。ありがとうございます。では離れたところでやってきますね」
「おう。俺もちょっと行ってくる。俺耳が馬鹿みたいに良いから、結構離れたところまで行ってくるわ」
「はい。では、先に終わってしまったらお待ちしています」
そしてそれぞれの手に魔法具の蓄音機を手に立ち上がった俺達は、ドローンをその場に残したままシレーネは小屋の裏側へ。
俺はそれなりに離れたところまでダッシュで移動して、録音を開始した。
なおロボは俺の方についてきた。
まあ、ロボがいたとしても、俺の仮説どおりなら、ロボに伝えるつもりが一切なければ、それを強烈に拒絶すれば、ロボに伝わることは無い。
それはひいては、シレーネにも伝わらないということだ。
「さて、この辺で良いかな」
軽くダッシュで1分ほど行ったところ。
距離にして拠点から1キロほどだろうか。
流石にこれだけの距離があれば、俺もシレーネの声を聞き取ることは出来ない。
もちろん逆もまた然りだ。
さて、そうなると吹き込む内容をどうするかだが。
「ま、シレーネに伝えないようにするってことは、シレーネには聞かれたくないことにすれば良い、ってわけだ。そうすれば、心の中に一部もシレーネに伝えたいという思いが入り込むことは無い」
例えば独り言のようにポツリとこぼした言葉だって、俺とシレーネの間では翻訳される。
これは、その場で関わりを持っている2人の発言は、基本的に相手に伝えるものだ、という無意識によるものではないかと俺は思っている。
そうした無意識の伝える思いを裂けるために必要なこと。
それは、シレーネ以外の誰かにだけ伝えたい言葉を吹き込むことだ。
そうして俺は、その場でしばらく、いくらかの言葉を蓄音機へと吹き込むのだった。
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