第64話 無駄に高度で無駄に洗練された無駄な技術

 さて、それでは実験といこう。


「それじゃあ、俺ちょっと道具取ってくるわ」

「道具、ですか。何を使うんですか?」


 シレーネが首を傾げているが、まあ一目見ればすぐにわかるはずだ。

 今回使う道具は、何も複雑なものではない。


「まあ、ちょっと待っててな。すぐ持ってくるから」

「はい、わかりました」


 一旦シレーネをその場に残した俺は、俺の椅子のすぐ横に寝そべっているロボを蹴り飛ばさないようにしながら小屋の方へと向かう。


 以前ここに帰ってきて物品の整理を始めた初日に、ロボが急に俺に甘えてくるような動作をしていたのだが、なぜかあれ以来ロボは、普段は離れたところに寝そべっていたのに、俺のすぐ近くに普段から居座るようになったのである。

 

 加えて、俺とシレーネが2人で地下室で作業を済ませて出てきたりすると小屋の出口のところで待っていて、一層激しく体をこすりつけてくるようにもなった。


 なんだろこれ、と思っていたが、色々と考えてみると、意外と以前シレーネが言っていたのが一番的を射ているのかもしれない。


 つまり、シレーネというロボにとっての異物に、俺を取られるのが気に食わない、ということだ。

 以前までは放っておいても自分のものだったが、今では放っておくとシレーネに俺を取られている可能性が普通にある。

 

 だからこそ、普段から俺の側に控えているようになったし、俺とシレーネが2人きりになった後は匂いかマーキングだか知らないが、何かを上書きするように体をこすりつけてくるようになったのではないだろうか。


 とはいえ、ロボってそんなに俺のこと気に入っていたっけ、という疑問は普通に残っている。


「ロボもお袋さんみたいに人化出来たら話が通じるんだけどな」


 そんなことをつぶやきつつ、俺は目的のものを回収して小屋の外へ。

 なお、さすがに短距離の移動であることがわかっていたのか、ロボは俺の席をぐるっと囲うようにして寝そべったままで、ついてくるようなことはなかった。


 あれ、さっきまで俺の椅子あんなに包囲されたような状態だったっけ?

 お前普通に横に寝そべってただけじゃなかった?


「はい、持ってきたぞいっと」


 そんなことを思いつつ、ロボを踏まないように回り込んで椅子に座り、持ってきた道具を机の上に並べる。


「これは……」


 俺の持ってきた道具。

 それを見たシレーネが、すごく珍しそうにそれを眺めている。


「手にとっても良いですか?」

「ご自由に」


 シレーネが道具を手に取る。

 それは核となる拳大の魔石が1つと、それの外型にスイッチになるように小指の爪ぐらいの大きさの魔石の欠片を配置し、それらを皮で出来たベルトと紐で繋いだ道具だ。


「蓄音機、ですか?」

「ああ、やっぱりそっちにもあったのね、こういう魔法具」


 そう、シレーネの言うとおり、俺の持ってきたこれは蓄音機の役割を持った魔法具である。


 しかし、それにしてもシレーネの驚いたというか呆れたというか、なんかいろいろな思いが混ざっていそうな表情が気になる。


「どうした? なんかシレーネの知っている蓄音機の違いとか思うところがあったら言ってくれて良いぞ」


 俺がそう言うと、なおもしげしげと珍しそうに魔法具を眺めながら、シレーネは口を開いた。


「無駄に高度で無駄に洗練された無駄な魔法陣の精度……凄いですね」


 ジョン・ドゥに10のダメージ。

 ジョン・ドゥは力尽きた。

 ジョン・ドゥは立ち上がれそうにない。


「そんなド直球で罵倒しなくても良くない?」


 力尽きそうになりながら、なんとかそれだけシレーネに文句を言っておく。

 すると、驚いた表情をしたシレーネがこっちを向いて弁明してきた。


「え、いえ、罵倒してるとかそんなことは全くありませんよ!? ただ、私達は他の道具と組み合わせて使っていましたから。ここまで魔法陣に全ての役割を任せている魔法具は初めてみたなと思いまして」

「ああ、そういうこと」


 多分俺とシレーネの間に働いている翻訳能力が、なんらかの形でシレーネの意図しないところを表現してしまったのだろう。

 言語の翻訳だと、その言語の文化背景とかもあってそういうことは起こりそうだし。


 アメリカ人の『オーマイゴッド』だって日本人からしたらなんで神様が出てくるのかあんまりよくわかってないわけだし。


 いやしかしそれにしても、3回も無駄という表現を挟むとは、よほど俺のやり方が無駄な代物だったのだろう。

 労力と技術の無駄遣い、とでも言おうか。

 本来なら色々な道具を組み合わせて作る蓄音機を、全部魔法陣で完結させる。

 それは原始的な蓄音機の隣に、現代のボイスレコーダーを並べたようなものにシレーネの目には映ったのだろう。


「まあ、そんだけ魔法陣の精度が高いってことを自慢に思っておくよ」

「本当に……ここまで細かい魔法陣なんて、見たことありませんよ?」


 しみじみとシレーネが言う。

 そこまでの物なのか、俺が手作りで作った蓄音機は。


「まあ俺の世界、科学っていう技術が発展しまくったせいで物の小型化がどんどん進んでたからな。そのせいで俺もそういうのに慣れてるのかもしれん。そのドローンだって、1ミリ以下の部品とか入ってたりするからな」

「1ミリですか!?」


 シレーネが驚いたようにドローンに視線を向ける。

 そうです。

 1ミリです。

 俺も結構科学技術進歩しすぎて頭おかしいよなあ、と思ってます。


:だから精密機械って名前なんだよなあ

:確かに現代の工作の精度、異世界から見たらキチガイだわな

:マイクロチップとかもうどんな小ささの部品が組み合わさってんのかわからん

:こういうのって本当にどうやって作ってんだろな。普通に気になってきた

:我が世界の科学力、技術力は世界いちぃぃ!


「で、そろそろ実験の話に移ってもいいかな?」

「あ、そうでしたね。つい、あまりにも 精度の高い魔法陣を見たものですから」

「一応凄いとは思ってくれてたのね」


 まあそれなら驚かせることが出来て良かったな、と思うけど。


「さて、それじゃあこれを使って実験をするわけだけど」


 その魔法具がシレーネにも配信の視点にもよく見えるようにテーブルの上に持ち上げながら説明する。


「これは蓄音機。現代風に言うとボイスレコーダーに近い役割をしてくれる魔法具として俺が作ったものになってる」


 魔法具を考えるときに、現代の道具の再現を考えるのはもとラノベオタクとしては当然だよな。

 まあ俺の場合は普通に生まれが科学技術の進んだ地球なので、意味があるかと言われれば一切無いのだが。


:待って、あれ魔石単体でボイレコの全性能を発揮する魔法陣書いてるってこと?

:それは確かにキチガイだわ。魔法陣使った道具とか販売してるけど、ちゃんといろんな部品で構成されてるし

:いったいどういう精度で魔法陣彫りこめばそんなことが出来るのか。検討がつかん

:現代の魔法具、一般人が触る大半は魔法具とは名ばかりの電化製品の魔石バージョンだからな

:それで何を?


 うるさいぞコメント欄。


「まずシレーネ。俺たちの言語は、何が互いに翻訳されて、何が互いに翻訳されてないと思う?」

「話す言葉は翻訳されて、それ以外の文章などは翻訳されない、ということではないのですか?」


 うん、まあ現状だけを見ればそういう可能性が高いんだ。

 だが、待ってほしい。


 シレーネ、お前


「じゃあシレーネは、いったいどうやってコメント欄のコメントを読んでるんだ?」


 その言葉に、シレーネがピタリと固まる。

 そして少しして、理解の色が表情に広がった。


「確かに、そうです。話す言葉だけが翻訳されるというなら、私がコメントを読むことが出来ているのはおかしな話ですね……」

「だろ? そこでこの蓄音機の出番というわけだ」


 これを使うことで、俺の仮説を検証することが出来る。


 さあ、俺の思考を説明していくとしよう。



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